So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

「明日にかける橋 1989年」の太田隆文監督 プロフィール [My Movies]

CiABc1uVEAAm3Yn-73c5b.jpg

「明日にかける橋 1989年」の太田隆文監督 プロフィール


1961年生、和歌山県出身。ジョージ・ルーカス等のハリウッド監督が学んだ USC(南カルフォルニア大学映画科に学ぶ。帰国後、映画作家の大林宣彦に師事。1995年に脚本家デビュー。テレビドラマで監督デビュー。2005年にした青春ファンタジー「ストロべリーフィールズ」て゛劇場映画テ゛ヒ゛ュー。全ての作品は自身でオリジナル脚本を執筆。

毎回、カンヌ映画祭等、海外の映画祭で招待上映。選んだ新人キャストがその後大ブレイクする監督ともいわれる。大林宣彦監督も高く評価。次世代を担う実力派と期待されている。新作「明日にかける橋 1989年」は静岡県を舞台にした4本目の映画。

【フィルムグラフィー】

1370272_509837852438737_1497927869_n-1.jpg

「ストロベリーフィールズ」(2005年)
出演:佐津川愛美・芳賀優里亜・東亜優・谷村美月・波岡一喜・三船美佳
昭和40年代を舞台にした女子高生の幽霊ファンタジー。
カンヌ映画祭2005 フィルムマーケット招待作品
ジャパン・フィルム・フェスティバル・LA 201111招待作品

監督ブログ=>http://t-ota.blog.so-net.ne.jp

青い空DVDパケ.jpg

「青い青い空」(2010年)
 出演:相葉香凛・草刈麻有・波岡一喜・鈴木砂羽・袴田吉彦・藤田朋子・長門裕之・松坂慶子 浜松を舞台にした涙と感動の青春書道映画!
ジャパン・フィルム・フェスティバル・LA 2011招待作品 ふじの国映画祭2017招待作品
DVDは全国のTSUTAYA等でレンタル

 監督ブログ=>http://takafumiota08.blog.so-net.ne.jp

C1cohiNUQAADk8M.jpg

「朝日のあたる家」(2013年)
出演:並樹史朗・斉藤とも子・いしだ壱成・山本太郎
原発事故を背景に家族の絆を描いた社会派ドラマ静岡県湖西市ロケ。
ジャパン・フィルム・フェスティバル・LA 2011招待作品、アリゾナ州立大学、シンガポール、ニュージーランド、バリ、バンクーバ、ドイツ。世界6カ国で上映。絶賛される。
DVDは全国のTSUTAYA等でレンタル中

 監督ブログ=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp

C1cog1tUcAA0-X5.jpg

「向日葵の丘 1983年夏」(2014年)
出演:常盤貴子・田中美里・藤田朋子・芳根京子・藤井武美・百川晴香・別所哲也・津川雅彦 静岡県島田市ロケ
1983年と現代が交差する悲しみの青春物語。
ジャパン・フィルム・フェスティバル・LA 2015招待作品
DVDは全国のTSUTAYA等でレンタル中


 監督ブログ=>http://aozoraeiga.blog.so-net.ne.jp

top-2-1.jpg


最新作「明日にかける橋 1989年」

 バブル最高潮だった昭和64年。平成元年である1989年と現代が交差する家族物語。
 静岡県の袋井市、磐田市、森町を舞台にこの夏撮影予定。
 
 映画のHPはこちら=>http://ffc2017.main.jp 



18814019_1490261831048116_2273967011810088041_n.jpg

速報、映画「明日にかける橋 1989年」に宝田明さん出演決定! [キャスティング]

image.jpeg



お待たせしました。遠州(静岡県袋井市、磐田市、森町)を舞台にした市民映画「明日にかける橋1989年」ー僕の最新作でもある映画。そのキャスト発表続報。製作発表時にお知らせした田中美里さんに続き、何とあの宝田明さんが出演してくれることになった!

凄いことになって来た。宝田さんといえば誰もが知る大俳優!あの名作、「ゴジラ」(1958)の主演俳優でもある。数々の名作話題作で多くの巨匠たち、本多猪四郎、松林宗恵、伊丹十三らと仕事をし、今も活躍を続ける名優中の名優。

そんな俳優さんが市民が作る市民映画「明日にかける橋」に出てくれることとなった!先にお伝えした田中美里さんといい、素晴らしい俳優さんの出演は映画のクオリティを何倍にもしてくれる。この後もキャストは順次。お知らせする!

宝田明さんの出演作ーゴジラ(1954)青い山脈(1957)暗黒街の顔役(1959)日本誕生(1959)第三波止場の決闘(1960)モスラ対ゴジラ(1964)怪獣大戦争(1965)ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘(1966)ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐(1960)世界大戦争(1961)小早川家の秋(1961)続サラリーマン清水港(1962)

キングコングの逆襲(1967)緯度0大作戦(1969)あげまん(1990)ミンボーの女(1992)白鳥麗子でございます!(1995)マルタイの女(1997)監督・ばんざい!(2007)ゴジラvsモスラ(1992)ゴジラ FINAL WARS(2004)


明日に.jpg

キャスティングまだ続けている。俳優を呼ぶということ。思い出す逸話 [6月ー2017]

18670758_1482193885188244_7294731085370855771_n.jpg


出演者の発表。なかなか続報をお伝えできずにいるが、かなり決まっている。あと一息まで来ているのだが、最終的な部分でまだ奮闘中。そのために早く依頼したい俳優さんに連絡できずにいる。たぶん「何で俺に連絡来ないんだよ〜」と思っている俳優さんもいるはずだが、ご存知の通り、Aさんが決まらないとBさんが決められないということがある。

しかし、決まった顔ぶれを見るとなかなかだ。とても地方映画とは思えない。といってテレビドラマによく出る有名俳優が複数出演ということではない。役に相応しい実力ある俳優が並んでいるということだ。それによって素晴らしい作品ができる。それが何よりも大事。というのは思い出すことがある。

ある町から映画製作の相談をされたとき、地元の名士と言われる人たちに説明会をした。彼らはこういう「どーせ映画を作るならパーーと派手にやりたい。高倉健とか吉永小百合を呼ぼう!」そんなことをいうので「だったら、10億円くらいの製作費が必要ですよ」と答えると「どこにそんな金があるんだ!」と言われた。

彼らにとって映画というのはリアリティのない夢であり、自分たちが映画を作るという段になっても、憧れや願望を語るだけで、「それに向かって製作費を用意しよう!」ではなく、外部からレクチャーに来た者に対して「どこにそんな金があるんだ!」という本末転倒なことを言い出す。では、いくらなら用意できるのか? もし、本当に健さんで映画が撮りたいのなら、どうやって製作費を集めるのか?ということを考えるべきなのだ。

別の町でもこんな話があった。ある市民団体。年度内の予算が5万ほど残りそうだった。「それでタレントを祭りに呼ぼう!」と考える。当時、マツケンサンバが大ヒット。その松平健を祭りに呼ぼうと考えた。事務所に連絡するとギャラだけで500万ほどといわれらしい。市民団体は答えた「そこを何とか5万円で! それしかないんです」先方はあきれ果てたという。

なぜ、大俳優が田舎の市民団体の残った予算に合わせて仕事をせねばならないのか? 5万しかなければ5万なりのタレントを呼ぶべきなのだ。なのにテレビに出ている有名な人を求める。先の町でも「映画というと高倉健!」というオジさん世代が中心だったので出て来た発想だ。

だが、映画やテレビで活躍するということは本当に凄いことで、そんな人たちは業界でもなかなか出演してくれない売れっ子なのだ。それを田舎の団体が5万で出てくれというのは、何と言えばいいのか? やはり、芸能人や俳優というものがどんなものなのか?というリアリティがないのだろう。

映画祭でも似たような話がある。実行委員たちが自分たちの好きな俳優をゲストで呼ぶ。上映する映画よりそちらに興味が行ってしまう。委員たちはゲストで来た俳優と一緒に飲み会。委員と親しい人たちだけ呼ばれる。でも、彼らは映画祭には来ない。要は好きな俳優と懇意になるために映画祭を利用しているのだ。次第に映画祭には力が入らなくなり「次は**さんを呼ぼう」となっていく。観客はどんどん減る。やがて映画祭は中止。有名なあの映画祭もそんな形で消えて行った。

これらから言えること。俳優は魅力的だし、来てくれれば映画撮影も映画祭も盛り上がる。でも、どちらもファン交流会ではない。映作りであり、映画を観る会なのだ。その辺を勘違い。結果、全てを失うことが多い。その辺もあり、あまり早く俳優を発表するのも問題。「***さんが出るんだ!」「***さんが来るんだ」ということばかりが先行して、市民が作る映画なのに、協賛、応援するより「あの俳優に会いたい!」というノリの人が増えてしまう。

先の映画祭と同じように、上映する映画より俳優を優先してしまう。映画祭も映画製作も同じ。まず、作品だ。作品が一番大事。そのことを認識しないと大変なことになること。大事なのは映画で町の魅力発信であり、古里再発見。僕の作る映画の地元はこれまでに、その種のことで脱線したことはない。その意味で毎回感謝。でも、そのことを毎回、心がけて撮影に臨む。


明日に.jpg

監督業とはどんな仕事をするのか?記事が好評。続きを掲載 [映画業界物語]

19060075_1504846739589625_6306888350395996115_n.jpg


こんな声が届いた。「驚いた。監督ってこんな仕事するんだ」「意外だった」「大変だな〜」ということで、もう少し書いてみる。

世間では映画監督というと「撮影現場で偉そうにして、怒鳴っている人」という印象が強いようだ。それは黒澤明監督のイメージ。まあ、そんなタイプの監督は少なくなって来たが井筒和幸監督はその種のタイプと聞く。が、今時の監督は結構おとなしい。

よく言われるのは「映画監督は金持ち」これは明らかにハズレ。ハリウッドの映画監督をイメージしているのだろう。考えてほしい。日本人は年に1本しか映画を見ない国民。おまけに映画が大ヒットして10億円稼いでも監督には1円も入らない。アメリカとはシステムが違う。日本は監督が儲からないようなシステム。だから、ほとんどの監督は貧しい。

例えば監督料を200万円もらっても1年がかりだと、1ヶ月20万円弱となる。大卒サラリーマンよりも安い。その上、毎年映画を撮れる監督はごくわずか!副業をやらないと生活ができないのが映画監督。ちなみに日本映画で監督だけで食えるのは5人ほどと言われる。あの人と、あの人と。。。映画ファンなら名前は分かるだろう。

さて、今回はスタッフ集めの話を書く。監督にとって最も大切な仕事のひとつだ。仕事依頼が監督に来るとスタッフ集めをする。優秀なスタッフを集めないといい映画は撮れない。監督がいくらがんばってもスタッフが優秀でないと、素晴らしい作品は撮れない。ただ、映画界は黒澤組とか、大林組とかいって監督を長とした気心が知れた常連スタッフがいることが多い。初めてのスタッフだと意思疎通がなかなかできず、いい作品を作る以前にコミニュケーションに労力を使う。

ずっと以前、仕事をしたカメラマン。本当にダメだった。センスがないくせに、自分で全てを決めようとして、こちらの意図を聞こうとしない。「カメラはここなんだ!」とカメラポジションを自分で決め、何を言ってもそこから動かない。理由を聞いても意味不明。議論している時間がもったいなく、多くの監督は彼の言う通りにさせるが、大した絵は撮れていない。結果「二度と仕事しない!」と多くの監督は決意する。

撮影前はとてもいい人なのだが、現場に入ると性格が変わる。もう、トランプでいうとババを引いたようなもの。そんな人とでは素晴らしい作品は絶対にできない。だから、何度も仕事をして気心しれた優秀なスタッフを集める。が、これもむずかしい。**組と言ってもヤクザのようにいつも一緒にいる訳ではない。社員でもない。皆、それぞれがフリーでそれぞれが別の現場で仕事をしている。だから、監督は依頼を受けるとまず、彼らに連絡。スケジュールを確認する。

スタッフにはいろんなパートがある。撮影部、照明部、演出部、制作部、録音部、衣裳部、美術部。一番上を技師と呼ぶ。技師さんを決めれば、それぞれが助手を集めてくれる。だが、上記の7パート7人のスケジュールを合わせるのは至難の業だ。優秀な人は依頼が多く忙しい。撮影部は夏OKだが、演出部は秋OKということもある。さらに撮影スケジュールもなかなか決まらないものだ。夏撮影予定が秋になることも多い。

そうなると撮影部に「夏撮影」で御願いしても、秋にズレると先約が入っていて、いつもの撮影部には来てもらえない。撮影部がダメになり、別の撮影部を呼ぶと「いつも一緒にやっている照明部とやりたい」といわれ、すでに決まっている照明部に頼めなくなる。撮影&照明は相性が大事。アメリカでは同じパートである。だから、先に決まっていた照明部に御願いすることはできない。

いつものメンバーが集れば確実にいいものができるのに、そんなことで、全員が集らないことがある。また、こちらが夏から撮影と決まっていても、スタッフがその前に入っている仕事が伸び伸びになると、こちらに来てもらえないこともある。今、やっている仕事を「次があるので〜」と辞める訳にもいかない。そんなこともありえる。

が、一般の人の多くは「監督が1本電話すればスタッフがすぐに集る」と思っている。「AさんがダメならBさんを呼んでくれる」と考える。が、そんなふうにはいかない。撮影が夏なのが、秋にズレた。「ごめんね。秋でよろしく〜」という一般のスポンサーがよくいるが、こちらはてんやわんやの大事件となる。また1からスタッフを探さねばならない上に、夏に予定を開けていたスタッフは夏1ヶ月の収入がなくなるということ。しかし、スポンサーはキャンセル料を払わないと言い出すことがある。

例えば7月撮影と決めたらスタッフは、7月のスケジュールを空けて待つ。なのに9月に延期となると、7月は仕事がなくなる。そして9月は別の仕事が入っているとなると、そのスタッフの生活は大変。スタッフを押さえたあとにスポンサーの都合で撮影期間を変えると多くが迷惑する。死活問題となる。スタッフは生活を賭けて待っている。が、それも理解されずらく「延期になりました!」と平気でいうスポンサーが時々いる。

それは監督の責任でもある。スタッフに声をかけるのは彼らの生活を背負うのと同じ。もし、理不尽な形で撮影中止や延期が行なわれれば、スポンサーに掛け合い、保証をさせる義務が監督にもある。スタッフは監督を信じてスケジュールを空け、他の仕事を断り待っていてくれるのだ。スタッフは社員ではなく、職人。それぞれの分野のエキスパート。技術だけでなく、思いややる気も大事。安いギャラでも全力でやってくれることもあるが、いい加減な仕事だと高いギャラでも真剣にはならない。

とても気難しく、頑な人たち。だからこそ、素敵な作品を作るアーティストなのだ。そんな彼らに仕事を頼むときは1本の電話では済ませない。実際に会ってシナリオを渡し、なぜ、今回の映画を作るか?を詳しく説明し、納得してもらった上で引き受けてもらう。もし、納得できない作品なら受けてもらえないし、安いギャラでは引き受けてもらえないだろう。彼らが参加してくれるということは大変なことなのだ。僕の映画が毎回高い評価を受けるのは彼らが参加してくれるからである。

その辺も一般には理解されずらい。電話1本ー業者に電話すれば飛んで来るくらいに思っている。工事現場の日雇いに近い印象しかなかったりする。分かりやすく言えば、「七人の侍」だろう。腕はいいだけでなく、思いもある侍。名誉や金のためでなくても闘いに参加してくれる侍。そんな侍を探すのがスタッフィングなのである。それが監督にとって、最も大切な仕事のひとつである。


明日に.jpg

「明日にかける橋」の市民俳優オーディションパート2を今週末に受ける皆様へ御願い [6月ー2017]

審査委員_edited-1.jpg

「明日にかける橋」の市民俳優オーディションパート2を今週末に受ける皆様へ

今週末に「明日にかける橋」市民俳優オーディション②③が開催される。ロケ地である静岡県袋井市でだ。すでに受付は締め切られ300人近い応募を頂いた。僕の映画では最高記録の人数。それも県内だけではなく、遠方からの応募もある。毎回、多くの市民が参加。本当にありがたい。

僕の映画では毎回、市民の皆さんに出演してもらう。通行人のようなエキストラだけではなく、台詞のある役。名前のある役。有名俳優の相手役をする役まで、いろんな役を用意している。どれを演じてもらうといいか?を決めるために、市民俳優オーディションを開く。

台詞がうまい人はそんな役を。台詞が苦手でも存在感ある人はそれが生きる役を。刑事。探偵。主婦。いろんな役がある。高校生小学生の役もある。どの役が相応しいか?映画界で行なわれているのと同じスタイルでオーディションをする。

すでに締め切ったので、今から応募はできないが、すでに応募した方は、ぜひ、僕の過去の作品をDVDで観ておいてほしい。近所のTSUTAYAやGEOに行けば置いてある。

「向日葵の丘 1983年夏」
「朝日のあたる家」
「青い青い空」

C1cog1tUcAA0-X5.jpgC1cohiNUQAADk8M.jpg青い空DVDパケ.jpg

そうすると、僕がどんな映画を作る監督か?分かってもらえるし。自分たちが演じる姿がどんなふうに映画になるのか?も想像しやすくなる。

市民オーディションの審査は僕自身が行なう。みなさんとお会いするのを楽しみにしている。


明日に.jpg

「明日にかける橋」は今、支援御願いしている段階。なのに何で「撮影どーですかあ?」なんてコメントが来るの??(再掲載) [6月ー2017]

18557528_1475538119187154_772172601187350009_n.jpg

【「明日にかける橋」は今、協賛金を集めている途中。支援御願いしている段階。何でこんなコメントが来るの??】

多くの人から激励を頂いている。ありがたい。でも、こんなコメントも来る。「公開が楽しみです!」「大阪の映画館で観ます!」「スポンサーがついて良かったですね!」或は「撮影はどうですかあ?」ー???? まだ「明日にかける橋」は完成していない。いや、撮影も始まっていない。いや、製作費も集っていない。地元の方々が今、町中を駆け回り寄付を集めてくれているところだ。目標額が集らなければ撮影はできない。だから、もの凄くがんばってくれている。

そして今回の映画にスポンサーなどついていない。市民映画。大手の会社が出資する映画ではない。初期段階から「市民映画。寄付を集めて作る映画」とお伝えしている。なのに「製作スタート」というと「スポンサーが着いた!」と思う人がいるようだ。同じように「製作スタート」というと「映画館で公開される!」と思う人もいる。でも「朝日のあたる家」のときは多くの映画館から上映拒否。お蔵入りの可能もあった。今回もどうなるか分からない。

そんな状態で「公開楽しみです!」「大阪の映画館で観ます!」と言われると、もの凄く違和感を感じる。一般の方は「製作スタート」=「映画館公開」と思うのだろうが、作る側からすると、「妻が妊娠した。でも、死産の可能性もある。心配だ。でも、いい子が生まれるようにがんばろう!」というときに「成人式が楽しみですね〜」「高校の卒業式には行かせてもらいますよ!!」と言われた気持ちになる。

こんなこともあった。映画がようやく完成。でも、映画館で公開できるとは限らない。いくつもの館に交渉。やっと、東京1館で上映が決まったことを発表したら、こんなコメントが書き込まれた「DVDになった見せてもらいます!」一瞬、嫌がらせかと思った。が、その人のプロフィールを観ると以前から応援してくれていた方だった。というのは、映画人は映画館の大スクリーンで観てもらうことを一番の目的として映画を作っている。それを映画館公開前に、DVDになってから観るといわれるのは本当に悲しい。

ラーメン屋さんに「店、オープンするので食べに来てください」と言われて「カップラーメンになったら食べます!」というのと同様なのだ。だから僕も当初、頭に来て「だったら、観ないでください!」と答えてしまったことがある。その人はビックリして、僕が何を怒っているのか分からなかった。申し訳ないことを言ってしまった。一般の人には理解し辛い。「映画はDVDで観るもの!」と思っている人も多いだろう。でも、映画人からすると「映画館で観るほどの作品ではないのでDVDで十分」と言われた思いがするのだ。

それに映画館で上映されたからとDVDになるとは限らない。僕の「青い青い空」はDVD化に6年かかった。「朝日」3年。映画館公開=DVDではない。それどころか、映画が完成されても映画館で上映されるとは限らない。「お蔵入り」といって上映されずに終わる映画もたくさんある。

そして、東京の映画館のみで上映。地元のみで上映というのもある。それを「大阪で観る!」「名古屋で観る!」と言われると......そのコメントを観て「大阪公開が決まっているんだ〜」と間違った連鎖が広がる。地元では皆、真剣に寄付集めをしてくれているのに、そんなコメントを他の人が読むと「あー製作費は集ったんだ」と思われ「寄付はもういいね」と思われるかもしれない。期待のコメントが悪意のコメントになってしまう。

映画作りは分かり辛い。理解されにくい仕事だ。誤解されることがとても多い。ただ、前々から応援してくれている人たちから、そんなコメントが入ると淋しいし、本来は期待のコメントなのに間違った情報を拡散することにもなる。そして、その種のコメントを書き込む人の多くは以前から僕の映画を応援してくれている愛ある人であり、悪意は全くない。だからこそ、悲しく、この記事をあえて書かせてもらった。

僕の最新作「明日にかける橋」は製作スタートを発表した段階で、今、まさに地元の方々が製作費を集めるために、夏のような気温の中、市民の皆さんを訪ね寄付を御願いしてまわってくれている。寄付が集らないと万が一のこともあり得る。そして寄付が全額集って初めて真夏の撮影。そして編集。試写会。宣伝。ここまで来てようやく映画館公開だ。さらにDVD化と、ひとつひとつ、粘り強く交渉し、勝ち取って行かねばならない。長い長い戦いなのだ。それが映画作りである。

寄付を頂ける方はこちらをご覧下さい。協賛機は全国から受け付けています=>
http://ffc2017.main.jp/finance.html




top-2-1.jpg

「明日にかける橋」撮影準備ーいよいよ戦闘態勢になって来た! [6月ー2017]

19059115_1503692183038414_8359310384796353660_n.jpg

夏の撮影を控えてスタッフもほぼ決まり、それぞれとの打ち合わせが始まった。ある日は撮影部、照明部と相談。例えばクライマックスの橋をどう撮影するか? カメラマンと相談して撮影方法を決める。それに従い照明部がどれだけライトが必要か?考える。が、巨大な橋を照らし出すには巨大なライトがいくつも必要になる。と、ライトを借りるのにかなりの費用が必要。照明部の人員もかなり必要。人件費も上がる。だが、予算は限られている。どうすればいいのか? その種のことを打ち合わせする。

同時にキャスティングもまだ続いている。電話1本では決まらない。ピザの注文ではないのだ。依頼をしてもなかなか返事をくれない事務所もある。断るのなら早く断ってくれた方が次の俳優に依頼できる。そう思いやっと連絡が取れたら「やる方向で考えています!」との返事。先方もいろいろあるようだ。ルーズで返事をしないのではなく、大きなイベントがありスタッフの手が回らないこと。事務所内で出演についてあれこれ議論されていたということもある。

見積りも作らねばならない。寄付で集る総額から「何にいくら使うか?」を計算する。通常、映画の製作費は3分の2は人件費。これが一番高くつく。だから、いかにスタッフを減らすか?ということが課題。通常は各パート4人+ドライバーだ。つまり5人。これを2人にすることで人件費を削減する。が、それはつまり2人で5人分働いてもらうということだ。よほどのことがないと、そこまでスタッフはやってくれない。

厳しい状況での映画作りだが、そこを地元が応援支援してくれる。宿舎に限りなく安く泊めてもらう。食事を作ってもらう。ボランティア・スタッフとして参加してもらう。車両を貸してもらう。そんなことでかなり製作費を削減。そんな地元の熱い応援に応えてスタッフはがんばる。こうして地元とスタッフが協力し合って撮影することで、限られた予算で、企業映画並みの作品ができる。集った額だけで作るとテレビの深夜ドラマのようなレベルしかできないが、通常なら1億2億かかるものがその何分の1かで出来る。

他にも美術部は多額の費用が必要。照明部もいろんな機材がほしい。撮影部だって移動車や多くのレンズがほしい。でも、そのリクエストの全てを聞くと費用が足りない。どこにいくら配分するか? また、スタッフを保険にいれねばならない。事故があるかもしれない。交通費もかかる。車で行くのか?ロケバスで行くのか?車両を借りるといくらか? キャストはやはり新幹線で呼ばねばならない。いろいろかかる。そしてスタッフ全員が一気に集まり打ち合わせする訳ではないので、僕があちこちに出向き、1人1人と打ち合わせする。

通常、見積りはプロデュサーの仕事だが、僕はプロデュサーも兼ねる。撮影現場ではさすがに無理なので、ラインプロデュサーがいてくれるが、予算削減に1番有効なのは僕が7人分働くこと。今週末は地元で市民俳優オーディションが2回。ついでにロケハンや宿舎探しもせねば。帰京したら、いよいよ、プロの俳優を集めてのオーディションをせねばならない。こうして撮影前にいつも倒れる寸前となるのだが、闘いは始まったばかりだ。




top-2-1.jpg

「明日にかける橋」は市民が寄付を集め作る映画。御支援の御願い! [6月ー2017]

IMG_4256.JPG

[新月]「明日にかける橋」は市民が寄付を集め作る映画。御支援の御願い![新月]

通常の映画は大手企業や映画会社、テレビ局が出資して作られる。でも、僕の映画の多くは市民の寄付で製作される。市民のみなさんが町の魅力をアピールするための映画ーでも、PRではない。物語ありきの感動作であり、有名俳優が何人も出演。完成後は全国の映画館で公開。多くの人に感動を届ける。僕の映画「ストロベリーフィールズ」「青い青い空」「朝日のあたる家」はそのスタイルで作られている。

なぜ、映画会社で作らないか?というと、いろいろ制約があり、本当に素敵な映画を作るのがむずかしいから。最初から主演俳優が決まっていたり、人気コミックの原作とか、制約されたところからスタートせねばならない。シナリオに対しても頭の古い偉い人たちがあれこれ口を出し、つまらないものにしがち。

プロデュサーが癒着する大手プロダクションから何人も俳優を使わねばならなかったり。「感動作を作る!」というより、「なれ合い」や「しがらみ」の中での「お仕事」となりがち。もしスポンサーにレコード会社がいれば「うちのアーティストの歌を主題歌に」となり、物語に不釣り合いな歌でも使わなければならない。俳優事務所が出資していれば「うちの***を主役で!」となってしまい、明らかにイメージの違う俳優でも主演にしなくてはならない。それで素敵な映画ができる訳がない。

それが市民の寄付なら、その手のしがらみはない。市民の願いは「わが町を舞台にした感動映画」「本当に素晴らしい作品を作りたい!」そんな熱い思いにあと押しされてスタッフ、キャストもがんばる。あれこれ理不尽な制約や指示はない。結果、僕の映画は毎回「泣けた」「感動した」と言ってもらえる作品ができる。

そして、地方映画は「大人の文化祭」だ。みんなで寄付をし、映画に出演、有名俳優と共演、スタッフのお手伝いをして、映画を作り上げ、上映会。そう、まさに文化祭。素敵な思い出作りなのだ。そんな「明日にかける橋」寄付を御願いしている。遠方の方でも振込で参加してもらえる。

IMG_4254.JPG

写真がHP。「協賛ファームはこちら」をクリックすると書類のページになる。そこに名前、寄付の額等を書き込んで送信。後日、銀行や郵便局から振込という形だ。1万円以上支援してくれた方は映画のエンドロールに名前が出る。映画は100年残るメディア。あなたの名前も100年残る。協賛額が多くなれば名前のサイズも大きくなる。

IMG_4255.JPG

まずは写真上のMENUから「製作費は市民の力で」をクリック。説明を読んでほしい。みんなで作る映画「明日にかける橋」応援、支援を御願いしたい。

こちら=>http://ffc2017.main.jp




top-2-1.jpg

僕の映画「向日葵の丘」「青い青い空」「朝日のあたる家」ー渋谷のTSUTAYAでレンタル中! [My Movies]

C7a-wz3U4AAOqrS.jpg

 僕の監督作品ー3本ともレンタル中。

 もちろん、「向日葵の丘」も!

 渋谷TSUTAYA

IMG_4164.JPG


僕の新作映画のHPはこちら=>http://ffc2017.main.jp

向日葵DVD_edited-3.jpg

映画作りは難しい。素人発想で作品をねじ曲げてはいけない?! [映画業界物語]

18670758_1482193885188244_7294731085370855771_n.jpg

僕が地方で映画を撮る方法を真似て、後輩監督のA君も地方で支援を集めて映画を撮っている。というのも、彼は以前、企業映画を撮っていたのだが、会社からあれこれ押し付けられて映画が歪められて、うんざりしていたからだ。

そんな後輩は「映画の内容は任せてください。必ず素晴らしい作品にします。町の魅力を発信する映画にします!」と宣言。キャスティングも役に相応しい俳優を優先する。若いのになかなかがんばっている。
ある町の市民グループから頼まれた映画。主演俳優は決定。以前に後輩と仕事をした若い人に人気のBさん。準備が進む。その後、ロケ地の役場が後援を表明、参加。その役場からこう言われた。

「うちの町出身のCさんを主演にしてください。その方が寄付を集めやすいので!」

後輩は驚愕する。すでに俳優のBさんを主演に依頼。承諾をもらい、彼に合わせてシナリオを書いた。多忙なスケジュールを割き出演してくれる。今さら断る訳にはいかない。それ以前になぜ、あとから参加した役場が主演を指示するのか? Cさんはその町の出身なので地元で人気がある。でも、物語の主人公とはイメージが違う。だが、役場の職員はいう。

「cさんでもこの役は出来ますよ!」

後輩は苛立つ。「映画製作をしたこともない職員に何が分かる? シナリオを読んだこともない。撮影に参加したこともない? 分かる訳ないだろう」と思ったが押さえて後輩は聞いた。

「cさんの映画で何が一番お好きですか?」

「は?彼の映画は見たことはありません。でも、本人はよく知っています」

後輩はあきれ果てた。彼らはCさんの芝居を見たこともないのに「この役は出来ますよ」「主演で!」という。単に支援を集めやすいというだけのことなのだ。シナリオを読むとき、この役は誰がいいか?想像するとき、100人が読めば100通りの俳優がイメージできる。でも、その中で誰が一番相応しいか?決めるのは本当に大変な作業。


E5B1B1E98193.JPG



間違えば撮影現場でどんなに努力しても、ダメ映画しか作れない。的確なイメージを持つことは難しい。それにはまず、多くの役者を知っていること。その人たちの芝居を見ていること。演技力、キャラ、存在感等を把握し、その役を演じたらこうなる!という鋭い想像力が必要。それと長年の経験だ。

僕もよく映画が完成したあとにスタッフに言われる「あの俳優がこんな演技するなんて、想像しませんでした」まして、プロでない人たちが最終形をイメージすることは至難の業。映画ファンならまだしも、映画以外の分野で仕事をする方々がシナリオを読んでキャスティングするのは困難。そもそも、素人であり映画製作に関わったこともない彼らが、キャスティングに口を出し、俳優を指定すること自体がおかしいのだが...。

Cさんの芝居を見たこともない。リアリティを持って「出来る」と言っているのではなく「できんじゃないのー」という安易な想像をしているに過ぎない。料理をしたことない人がシェフに対して素材を指摘するようなものだ。と役場は「支援集めがやりやすくなる」ということしか考えていないようだ。

さらに考えてみる。もし、Cさんが出演ー完成した映画を市民が見たときにどう思うだろう? 地元出身の俳優が出てくれることで喜ぶ人もいるだろう。でも「何か違うな?」と感じる人は多いはず。物語にフィットしていなければ感動できない。作品クオリティが落ちてしまう。その街以外での反応は厳しいこと、覚悟せねばならない。素人発想で映画を作るとそうなってしまう。


E58FA4E38184E794BAEFBC92.JPG


つまり、後輩が嫌う企業映画と同じ価値観に陥っていたのだ。「有名俳優が出れば出資が集るー客が来る」という安易な論理で、キャスティング。シナリオを無視して、俳優最優先で映画作りをしようとしたのだ。後輩は怒った。

「観客が感動する素敵な作品を作りたい。この町の人たちが感動。町の魅力が全国に広がる映画にしたい!」

なのに役場が邪魔する。ちなみに役場は一切出資はしていない。後援(要はがんばれーという姿勢のみ)するだけ。なのに、あれこれ口出し。主演俳優まで入れ替えようとしていた。そんな役場スタッフはこういう

「結局、監督は自分がよく知る俳優を使いたいだけだよ。Cさんで行くようにプロデュサーにも圧力かけておこう」

その話をあとで聞き、後輩は落胆した。彼はその町が大好きだった。なのに行政がそんなふうに汚い手を使って邪魔をする。だが、東京から連れて来たプロデュサーは役場側に付く。

「監督。Cさんで行った方がいいです。彼らの意向を受け入れた方が得。この町で映画作りがしやすくなります」

作品を無難に上げたいようだ。 映画界でもよくある話、何も知らないスポンサーがあれこれ言い出すのを製作会社はもみ手で応じてしまう。何でもいい。金を出してくれればいいという発想。多くの映画会社は素晴らしい作品を作ろうという思いは少ない。


E99D92E7A9BA.JPG


だが、餅屋は餅屋。他業種が口を出してよくなる訳がない。何より役場側が指摘する「監督がよく知っている俳優だから使いたい」は批判にならない。知っている俳優を使うことは、いい映画を作る上でとても大事なのだ。後輩は役場に対してこう宣言した。

「Cさんは役に合っていない。すでに決めた役者を降ろせというもおかしい。どうしても役者を変えというなら、監督を降りる。Cさんでは素晴らし作品はできない。ダメになるのが分かっていて続けることはできない。それは市民に対する裏切りだから」

そして、なぜ俳優のBさんがなぜいいのか?を延々と説明した。それを聞いた市民の多くが賛同。「監督の思う俳優で行くべきだ!」と声を上げてくれた。役場は何も言えなくなり、当初のBさんで撮影はスタート。映画は大ヒットした。多くの人が「感動した。泣けた!」と感想をくれた。何年かが経ち、当時を知る市民の1人はこういう。

「そういえば主演をCさんで!という話もあったけど、絶対にダメだったよね〜。今ではBさん以外考えられない〜」

役場のスタッフも悪い人たちではない。でも、キャスティング=シナリオを読んで俳優をイメージすることがどれだけ大変なことか?が分からず、安易に「**さんでも行けるよ」と判断。ゴリ押ししたのだ。映画作りの方法論は本当に分かり辛いが、一般の人はそれが分からなくても、あれこれ言い、映画を歪めることがある。

後輩監督のA君はそんな中でよくがんばった。僕なら大暴れしているだろう。だが、それを説明し、作品を守るのは監督の仕事。映画製作はなかなか理解されない。誤解。先入観で見る人も多い。後輩の話でそれを再確認した。

top-2-1.jpg
前の10件 | -