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明日にかける橋ー日記 マスコミ試写会を前に「グレーテストショーマン」の主人公に共感したのを思い出す?というのは... [4月ー2018]

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いよいよマスコミ試写会が始まる。マスコミ関係、映画評論家、映画ライターの人たちを招待し、試写室で「明日」を観てもらう。

最初にこんなことを言っちゃいけないが、僕の映画は映画評論家という人たちにあまり評判がよくない。通常、評論家というとその作品の素晴らしさを見抜き、世間に伝える仕事だと思われがちだが、映画評論家という人たちはマイナーな作品。大手映画会社が扱わないような作品を高く評価する傾向にある。

例えばレイプされた女性の苦悩を描く、親殺し、近親相姦、連続殺人、血まみれ、ドラッグ、暴力シーンが続出、暗くてジメジメした辛い物語。或は何もドラマティックなことが起こらない冴えない主人公の人生を延々と描く。その種のものが高く評価され「素晴らしい才能を感じた!」とか評することが多い。

その証拠に毎年の映画雑誌のベストテンを見ると、ほとんどが大ヒットしてない映画。単館やインディペンデントシアターで上映されたもの。大手映画会社やテレビ局制作の作品ではない。その手の優れた映画に光を当てるというのは意味あることであり、評論家として大事な仕事だと思う。

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が、なぜか? 大手映画会社的な作品。アメリカ映画的な作品は評価しない。不思議なくらいに無視。或は酷評。バカにしている。低俗と感じている節もある。そこで僕自身の作品を振り返ると、低予算ではあるが超メジャー、王道的な作品が多い。子供も大人も楽しめる。家族で見れる。ハラハラドキドキして、笑って泣いて、感動できる物語だ。

まさにハリウッド映画。ま、アメリカ映画に憧れてLAの大学に行ったくらいだから....つまり、評論家の先生方が絶対に評価しないタイプの映画なのだ。前作を観てくれた評論家3人。同じ映画雑誌に評論を書いていた。全員が☆ひとつ。最高が☆5つ。普通は誰か1人くらいはそれなりの批評を書くのだが、3人共、全否定。「詰まらない」「平凡」「陳腐」「手垢のついた」という文字が並ぶ。ま、前回だけではない。今までもこんな評が多かった。


「才能の欠片も感じない」「このテーマはこの監督には重過ぎたようだ」「よくある使い古されたストーリーに退屈さを禁じ得ない」

でも、よく読むと彼らがテーマと思っているものがテーマではなく、しっかりと物語を把握できていないことが多い。昔の評論家と違い今の人たちは映画を本当に真剣に観ているのか?という気がするが、映画は結局趣味。「レベルが高い」「才能を感じる」といっても、それは「俺の趣味に合う」ということなのだ。とか、毒づいていて「グレーテストショーマン」を思い出す。

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あの映画でも主人公も評論家に酷評されてばかり。アメリカの、あの時代でも評論家は同じなのだな...と感じた。たぶん同作品の監督も僕と同じような思いを以前から抱いていたのだろう。(M・ナイト・シャマランの映画でも映画評論家が怪物に食われる話があり、同じ思い?を感じた)だから劇中でもウルバリン、じゃなく主人公バーナムはあれほど観客を楽しませても評論家に酷評される。

そして映画のエンディングの言葉。「最も崇高な芸術は人を幸せにすること」本当にその通りだ。芸術性という。素晴らしい才能という。親殺しや近親相姦の映画も悪くないが、やはり映画の王道は人を幸せにすることだと思う。今回の「明日にかける橋」はそんな映画だ。たぶん、評論家の皆さんの評判は期待できない。当て外れな指摘を雑誌に書くだろう。

しかし、大事なのは一般の人たちが笑い、ハラハラして、感動して涙すること。明日からまた「がんばろう!」と思ってくれること。それが「明日にかける橋」という映画だ。いよいよ今週から宣伝活動の第2部がスタートする。1人でも多くの方に観て頂きたい。前売り券は明日17日から有楽町スバル座で発売開始だ。


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