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太田隆文監督によるープロの俳優のためのワークショップ第3回ー6月11日ー参加者募集開始 [WS]

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オーディションというのは、本当に短い時間しか与えられない。それでも監督である僕はその時間内で実力派を見つけなければならないのだが、1時間ないと本領を発揮できないという俳優もいる。そんなタイプの俳優の力を短時間で見いだすのはむずかしい。

そこで時間をかけたワークショップを考えた。これまでに2回。大好評で多くの俳優たちが参加してくれた。皆、プロで活躍する人たちであり、実力派ばかり。延長戦をいれて5時間ほどやった。最初は緊張気味だった俳優たちも、後半になるとかなり持ち味を出し始めた。だが、それでも力を発揮できなかった人もいるはずだ。

だから、3回目を開催する。1回勝負のオーディションではなく、何回かのワークショップをする中で実力派を探すことができるはずだ。この夏に撮影する新作「明日にかける橋ー1989年」にも抜擢できる逸材と出会えること。楽しみにしている。

監督 太田隆文




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーワークショップ第3回ー詳細

 日時 6月11日(日)午後1時開場、1時半開始〜5時(1時間延長の可能性あり)

 場所 東京 荻窪 徒歩15分ほど(詳しい住所は参加者のみに伝えます)

 参加料 5000円(当日支払い)

 参加資格 自称プロの方。初心者向けのレッスンでなく、経験ある人のスキルアップが目的

 受講者数 8〜15人くらい。

 講師 太田隆文監督(実際に撮影で使った台本等を使い芝居をしてもらい、太田監督が指導します)

 *太田監督の作品「青い青い空」「朝日のあたる家」「向日葵の丘」をレンタルDVDで見てから参加を御願いします。全国のTSUTAYA、GEOで借りれます*


 希望者は以下のアドレスに、希望理由。名前。住所。携帯番号。所属事務所(フリーも可)等
 を書き、顔写真付きのプロフィール(履歴書)をメール添付で送ってください。

 希望者多数の場合は審査の上で、連絡させて頂きます。

 連絡先はこちら。メールを!=>青空映画舎 aozoraeigasya@yahoo.co.jp



太田隆文
監督プロフィール


1961年和歌山県生まれ。「スターウォーズ」のGルーカス監督の母校・南カルフォルニア大学・映画科に学ぶ。

2006年、故郷を舞台に青春ファンタジー映画「ストロベリーフィールズ」(佐津川愛美、谷村美月、波岡一喜)を監督。カンヌ映画祭フィルムマーケットでも上映。和歌山県から「きのくに芸術新人賞」受賞。

2010年、浜松を舞台にした青春書道映画「青い青い空」(波岡一喜、松坂慶子、長門裕之)を監督。地元でその年1番のヒット。ロサンゼルスの映画祭でも上映。

2013年「朝日のあたる家」(並樹史朗、山本太郎 いしだ壱成)原発事故の悲劇を描いた作品を監督。全国23館。世界6カ国で上映。

2015年は向日葵の丘1983年夏」(常盤貴子、田中美里、藤田朋子、芳根京子)を監督。全国でヒット。

いずれも原作のないオリジナル脚本を自ら執筆。地方の美しさを描いた映画。「毎回、涙が止まらない爽やかな感動作!」と多くの映画ファンが注目。毎回、大作ではないが、多くの有名俳優が出演を承諾。俳優陣からの信頼が大きい。大林宣彦監督が最も期待する映画作家の1人である。



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[新月]「明日にかける橋」製作費の寄付の仕方が分からない?という方々へ[新月] [5月ー2017]

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[新月]「明日にかける橋」製作費の寄付の仕方が分からない?という方々へ[新月]

いつも応援。ありがとうございます。ここ続けてこんな声が届いた。

「今回も太田監督の映画は地元の寄付で作ると聞き、県外ではありますが、私も支援させてもらおうとHPを見ましたが、説明が見つからず、どのようにして寄付すればいいか分からず断念しました」

本当に申し訳ない。僕もHPを確認したら、寄付の仕方説明のページや協賛金ファームが確かに分かり辛い。そこですぐに地元、実行委員会に連絡した。今回は映画会社からドカン!と製作費が出る映画ではなく、一般市民の方の寄付のみで作る作品。HPを始め、映画の全て、市民俳優オーディションから撮影の手伝いまで、すべて一般有志の方々の力でやっており、プロの業者や企業がやっている訳ではないので、なかなか手が回らないところがある。

HPも一般の方が管理。マスコミ発表に合わせてバタバタで作ったので、分かり辛いところが出たとのこと。そこで現在、急いでHPの改良を進めてくれている。分かりやすく、寄付をしてもらいやすいようにする。

ちなみに、今回も支援頂いた方のお名前が映画のエンドロールに表記される。これは祭で寄付した人の名前を紙に書いて貼り出す「金、壱萬円」とかいうのと同じ発想。1万円で基本サイズ。3万円で少し大きく。5万円でさらに大きく。その上のランクも用意している。「朝日のあたる家」「青い青い空」のときには日本中から多くの寄付を頂き、エンドロールが「スターウォーズ」のようになった。今回も、寄付を頂くといろいろ特典があるので、HPを見てほしい。

今回は市民が作る市民の映画。製作費が集らなければ撮影中止もありえる。だから地元の方は全力で寄付集めを行なってくれている。平行して市民オーディションの準備。もう、本当に大変。そんなとき、先日も紹介したが、僕の映画を応援してくれている人が「公開楽しみ?」とか「大阪上映はあるのですか?」とコメントしてくるのは悲しい。それを見た別の人はもう映画が完成したかと勘違い「寄付しようと思ってたけど、もう大丈夫ね!」と思ってしまうかもしれない。

公開どころか、撮影に至るにももの凄い労力と時間。多くの暖かい寄付がなければならない。もし、応援してくれるのなら「楽しみ?」ではなく、何か別の形や声で応援してほしい。地元映画はスタッフ、キャストだけでは作れない。地元のみなさん。そして他県のみなさんの支援、応援があって始めて完成する。HPの寄付説明ページの改良が済んだらまた告知させてもらう。「寄付するぜ!」という方。少しお待ちください。よろしく!

HPはこちら=>http://ffc2017.main.jp


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【明日にかける橋ースタッフィングとは何か?】 [映画業界物語]

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【明日にかける橋ースタッフィング! シナリオを送付】

キャスト集めのことをキャスティング。スタッフ集めをスタッフィングという。キャストも大事だが、スタッフも重要だ。カメラが回されば誰でもいい!ということではない。ピンぼけを出さないのは当然、技術だけでなくセンスが大事。撮影部と照明部は相性が大事。それぞれが別の主張をすると現場で大混乱になる。

演出部は全体の仕切りをするパート。監督にとって一番の味方となる立場(でも、一番の敵になることも!)僕のやり方を理解してくれる、ふところの広い存在でないと、揉める(僕と)制作部は皆が気持ちよく仕事が出来る環境を作る大切なパート。美術部は映画内の世界観を作ってくれる。あと様々なパートがある。

太田組では常連メンバーがいる。皆、本当に凄い連中で、業界の第1線で活躍している。毎回、僕の映画はは低予算だが、声をかけると喜んで来てくれる。僕の作品が毎回、評価されるのは彼ら彼女らのお陰だ。ただ、売れっ子なので、同じ時期に彼らのスケジュールが合うとは限らない。Aさんは夏OK。でも、Bさんは夏NGで、秋OKーとなると困る。

もし、常連のAさんが参加できなくなり、初めてのスタッフが来ると、いろいろ揉める。僕のやり方が理解できない。あれこれ古い価値観を振り回す。例え、いい奴でも慣れるまでに時間がかかる。太田組のやり方は独特だ。頻繁にトラブルが起こると作品クオリティが下がる。この辺は本当に難しい。

或はスタッフから「太田組でやりたいですけど、すでに依頼が....」といわれることがある。僕も辛い。が、彼らも辛い。本当に悔しいが、これは誰が悪い訳ではない。1年前から依頼はなかできない。そして気が合うスタッフはなかなかいない。気が合わないといい作品はできない。映画作りはむずかしい。そんな感じで、今回もどうにかスタッフは決まりつつある。残るはあと数人。ま、その数人がむずかしいのだが、、、

本来は会ってシナリオを渡すのだが、ギリギリまで別の仕事がある人もいるので、そのときは送付する。本日も4冊郵送。皆、夏の撮影を控え、すでに準備をスタート、町を知り、好きなるところが始めてくれている。夏期間に他の仕事を入れないようにして、僕が出した宿題DVDを見ている。メンバーは30人近い。この全員の生活と運命を監督は1ヶ月間。背負うことになる。




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[新月]出演してくれる俳優を探す=キャスティングとはどんな仕事なのか?[新月] [映画業界物語]

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[新月]出演してくれる俳優を探す=キャスティングとはどんな仕事なのか?[新月]

キャスティングを続けている。どんなことをするのか?説明したい。有名俳優の場合は事務所に依頼して、先方のスケジュールを聞き、OKならシナリオを読んでもらう。気に入ってくれれば、ギャラの相談。クリアーなら出演決定だ。そんな作業をキャスティングのスタッフが対応してくれる。監督は直で事務所と交渉しない。ギャラの額もなるべく聞かない。知っていると撮影現場で「この役者。高いギャラ取っているのによー!」とか思ってしまうからだ。

俳優事務所はよりいい仕事を選ぶために、他の依頼と比較する。より大きな企業の作品。よりギャラが高い作品を優先する。だが、ベテラン俳優になるとギャラより、やりたい役を選ぶ人もいる。事務所が反対しても「出たい!」と言ってくれる。そのやり取りもあるので、また時間がかかる。「来週、返事します」と言っていてもなかなか連絡がないことが多い。それが出演交渉である。

有名でない俳優の場合。僕がよく知る人なら「***役は***さんがいいなあ」と考えて、その俳優の事務所に連絡する。でも、以前にも書いたが、順番があり、A子の役が決まらないとB子役を依頼できないということもある。或はA子役。イメージとかなり違う人を起用した場合。B子のイメージも変える必要も出て来る。当初、僕が「B子は***だ!」と思っていても、A子役俳優と似ているなら、B子役は残念だが別の俳優にせねばならない。或は予算の関係。大物俳優が決まり高額のギャラを払うので、B子役を依頼する余裕がなくなることもある。

だから、A子より先にB子役を依頼するとマズいことになる可能性がある。依頼しておいて「役がなくなりました」「イメージが変わったので降りてほしい」では済まない。そんなことで、ひとつの役が決まらないことで、他のキャスティングも全て止まってしまう。今回はまさにそれ! 参っている。

また、先方がシナリオを気に入り「出たい!」と言ってくれても、スケジュールが合わず、出演してもらえない場合もある。では、先方のスケジュールに合わせるとどうなるか? その場合はスタッフで都合が合わない人が出て来たりする。あと、物語の季節感が変わってしまうとか。延期できないことが多い。さらに、他のキャストで出演できない人たちが出て来る。もう、ルービックキューブの6面を同時に合わせるような作業。ひとつの面を合わせると他が壊れる.....それが映画のキャスティングなのだ。

本当に出てほしい俳優に出てもらえなくて、セカンドベストの俳優を起用せねばならないこともある。いや、サードベスト。フォーズベストということもある。だが、それでも「この俳優いいなあー。当初予定していた人よりうまいかも?」ということもある。そんなことが何度かあった。予定していた俳優が直前に断って来てパニックになったことがあるが、慌てて選んだ俳優が抜群によくて、あとで「あの人、辞めてくれてよかったー」ということもあった。ベストがベストとは限らない。

キャスティングは知名度やキャリアだけではない。キャラや演技力だけでもない。俳優と監督の相性もある。監督が好きになれない俳優とはうまく行かない「でも、仲良く仕事することも大事」と言われそうだが、監督は観客の代表的な存在。監督が好き慣れない俳優は観客も魅力を感じない。また、魅力ある俳優は男でも女でも、撮影中にスタッフは皆、その人のファンになり、大好きな俳優となる。最後まで嫌われている人は世間で一時的に人気が出ても、すぐに消えて行く。

キャスティングは出会い。運命の人とのめぐり逢いのようなものだ。時間も忍耐も必要で、神経をすり減らすが「えーい、この人でいいや!」と妥協せず、戦い続けることが大事。でも、撮影期間が近づくとやはり焦る。時間が経つほどに選択肢は減る。胃がキリキリ痛む。吐き気が止まらなくなることもある。それに耐えて向かい合う戦いである。




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【地方映画なのになぜ、方言が使われないことが多いのか?ーその疑問を解説】 [映画業界物語]

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「監督、映画の中で主人公が駅前の道をまっすぐ歩いて市役所に行きますが、あの道じゃ行けませんよ。嘘を描いちゃダメですよ」

この意見にはビックリ。こう説明した。映画の中の位置関係は実際とは違う。実際に市役所に行く道を撮影すると絵的に美しくない。だから、別の道で撮影。また「あんな早く駅には着きませんよ」と言う方もいるが、実際に30分かかるからと、30分かけて描いていては大変だし、わざわざ30分かかったという表現をすることが物語に意味がなければ描かない。そんな部分が多いほどに映画は退屈になるからだ。

観客にすれば映画を観て「この道を行けば市役所に行けるんだ」というふうには考えないし、実際の道より、物語に相応しい絵になる道の方が映画に入り込むことができる。このことは多くの方がすでにご存知かと思うが、実際に自分の町で撮影された映画を観て初めて気付くことも多い。同じことが「言葉=方言」にも言える。ロケ地の方からこう言われることがある。

「私たちは**弁を使っているから、映画でも当然、俳優さんは**弁で台詞を話すんですよね?」

これも自分の町で撮影がないと気付かないこと。でも、テレビドラマでも、地方が舞台でも登場人物は方言ではなく標準語で話すことが多い。もちろん、その地方の言葉が使われる作品もあるが、何が違うのだろうか?


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①俳優が演じるというのはもの凄い神経を使う。表情。動き。姿勢。歩き方。手の動かし方。その全てを計算する。その上に方言で話せと言われると、演技か?方言か?どちらかが疎かになる。どんなベテラン俳優だって、そう簡単に方言はマスターできない。そのことにエネルギーを使うなら、より素晴らしい演技をしてもらう方がプラス。

②方言を使うことのメリットは何か?地元の人はいう。「だって、私たちは方言使ってるんだから映画でも使うのが当然だ」でも、俳優たちがどんなに練習しても地元の人には「イントネーションが違うのよね〜」と批判される。方言はそんな簡単なものじゃない。それに他県の人からは「方言だから何言ってるか分からないんだよね〜」と不満がでる。方言を使っても誰も喜ばない。むしろ、マイナスが多い。だから、多くのドラマはどの地方が舞台でも登場人物は標準語で話す。

③では、なぜ、方言を使う映画があるのか? これは地元に根ざした物語である場合だ。例えば「仁義なき戦い」は広島が舞台。そこに大阪の巨大暴力団が攻めて来る抗争ドラマ。これは実話であり、広島ヤクザは巨大組織を追い返している。その熱い戦いを描くのには広島弁が効果的だった。(それでも広島の友人は「あの広島弁はおかしい。ヘタ!」と批判していた)

或は「横山やすし物語」という映画が作られたとして、やすし役を標準語でやっては台無しだ。関西弁のキャラとして認知されている漫才師が標準語で話すのはあり得ない。当然、彼のまわりの登場人物も関西弁でなければならない。でも、これが琉球時代の沖縄が舞台だと違う。実在の人物だとしても、沖縄の、それも当時の言葉で話すと多くの人が理解できない。

だが、「仁義」と同じ広島を舞台にした大林宣彦監督の「尾道シリーズ」は全て標準語(1人だけ尾道弁を話すキャラはいたが、メインキャラは全員標準語)なぜ、尾道弁ではないか? 方言だと観客に台詞が伝わりにくいからだ。それにこのシリーズで重要なのは「尾道ではこんな方言で話していますよ」ということではなく、青春映画。その舞台が尾道。方言が重要なキーである映画ではない。さらにテーマがあるのだが、それはあとで説明する。

④「スターウォーズ」のダースベーダーは英語で話す。遥か銀河の彼方の地球とは関係のない星の住人がなぜ英語なのか? 「クレオパトラ」や「ベンハー」という古代ローマを舞台にした映画も英語だ。当時の言葉を使わない。これも同じ背景。わざわざ宇宙語を作ってダースベーダーに話させるのはリアルだが、観客がそれで喜ぶか? ラテン語でクレオパトラが話しても意味がない。俳優が大変。観客も字幕スーパーが必要。それと日本映画で標準語を多様するのも同じ背景なのだ。


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僕はよく「PR映画にしてはいけない」という「この町の大根は最高だ!」というような台詞は書かない。それを映画館で他県の観客が見ると自我自賛にしか見えない「あーPR映画ね?失敗したなあ〜」で終わり。でも、地元の方にとっては「せっかくの映画なのだから、地元大根を宣伝したい!」という思いが強い「観客が映画を観たらどう思うか?」という発想を失い、地元から外部への一方通行の視点になりがち。位置関係や方言も同じ。「市役所はこの道じゃない」「**弁でいつも話している」というのは当然のことなのだから、当然、映画でもその通り描かれると思ってしまう。

しかし、それらを描くことで映画館の観客が喜ぶかというと、むしろマイナス。映画の中で市役所に行く道をリアルで描くこと。俳優が苦労して方言を話しても、映画館に来た観客を困らすだけで、何らプラスはない。町の記録のためだけのドラマなら方言の方がいいが、日本中の人に見せるというのが目的なら、観客がより観やすい形をとることが大事だ。

僕は師匠でもある大林監督の方法論を使う。というのも彼の映画を観て気付いたことがあるからだ。「時をかける少女」でも「転校生」でも尾道が舞台なのに、映画を観ている内に「これは僕の古里の物語だ」と感じた。尾道の物語ではなく、僕の記憶の中にある古里のイメージ。原田知世演じるヒロインが自分の初恋の人とダブった。


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が、もし、これが尾道弁だったら、あくまでも尾道の物語であり、他人の他県の物語になっただろう。標準語だからこそ、共感できた。僕と同じように思った人は多いはず。だから多くの人がロケ地巡りに行きたくなった。尾道が「心の古里」になったからだ。

僕も同じ表現で町を描く。地元の方言を使わず。標準語で台詞を書く。ハリウッド映画が世界で見られるのは英語という国際語を使うからだ。日本で多くの人に観てもらうには標準語を使うことが大事。観客が求めるものはまず感動物語であり、聞き取りやすい台詞。「俺たちはこんな言葉を使ってる」と言うことが映画のテーマではない。「観てもらう」という姿勢が大事。そこにその町ならではの美しい風景が背景になる町の人たちが出演することで十分町らしさは伝わる。

そして、大林映画のような表現なら「これは僕の町だ。心の古里だ!」と感じてくれて、その町に行きたくなる。町を好きになる。これまで撮ったどの町も同じ思いで撮り「この町は僕の古里」と思って取り組んだ。結果、多くの観客が「素敵な町ですね!」と言ってくれた。最新作もそんな声を期待してがんばる。




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人は本当に好きな仕事をすることで、多くの人をハッピーにできる! [my opinion]

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1960年代の日本映画は世界レベル。なのに今はダメ。その理由を黒澤明監督に聞いた人がいる。答えはこうだった。

「当時は監督が本当に撮りたい映画を会社が撮らせていたからさ! でも、今は押しつけの企画ばかり。だから、いい作品ができないんだよ」

これは分かりやすく、同時に分かり辛い言葉だ。では、現在の映画界を考えよう。自分が本当に好きな映画を撮れる監督は非常に少ない。会社が企画したものを依頼されることがほとんど。それも漫画原作とか、人気俳優が主演、主題歌は有名な***と決まっている。

そうなると監督は単なる請負業。この役はこの俳優じゃないのになーというキャスティングでも撮影せねばならない。人は納得できないもの、真剣になれないことはお仕事として対応しがち。特に芸術家とも言える監督はその傾向が強い。全力で映画作りをしない。逆に、本当に撮りたい映画を作れれば全力で作るので名作ができるー昔の映画会社はそれを知っていたので、世界レベルの名作がたくさん作られたが、押しつけの企画ばかりの現代はいいものが出来ないと黒澤監督はいうのだ。

これは映画監督だけではない。どんな仕事でも、本当に好きでやっている人はいい仕事をする。逆に「給料がいいから!安定しているか! 他に仕事がなかったから」という理由で仕事をしている人はやる気が見えず、簡単な仕事でも時間をかけてやる。ラーメン屋でも流行っている店の大将はいつも元気だし、自分が作るラーメンをお客が食べてくれることを最高の喜びとしているように見える。そんな店のラーメンは本当においしい。

映画監督も同じ。例えるとラーメン作りが好きな人に、映画会社は「若い人はハンバーガーが好きだから、作れ」ということが多い。おまけに、肉はこのメーカー。パンはこの店。ケチャップは大手食品会社と指定されるので、クリエイティビティがなくなり、やる気をなくすのだ。そう考えると黒澤監督の言葉は映画監督だけでなく、多くの職業にも当てはまる。

巨匠たちを考えよう。黒澤明でも、市川崑でも、大林宣彦でも、彼らは自分の意思を絶対に曲げない。会社やプロデュサーと戦って、自分が信じる道を進む。結果、名作が完成する。映画は映画監督が「本当に作りたい!」作品を思うように撮ることで素晴らしい作品となるのだ。

巨匠たちに学び、無茶だと知りながらも僕は1作目の「ストロベリーフィールズ」から夏撮影予定の「明日にかける橋」まで、全て自身が企画した作品。どれも原作はなく、オリジナル・シナリオを自身で書いている。キャスティングもスポンサーからの押しつけではない。演出、編集、音楽、完成まで、自分の思う通りやらせてもらう。本当に撮りたいから頑張る。だから毎回、評判がいい。「感動した」「泣けた」「俳優が素晴らしい」と言われることが多い。それも本当に撮りたい映画を撮っているからだろう。

ところが、その構図を一部の人は理解できないようだ。日本人的な発想が影響している。「嫌な仕事でも一生懸命やることが大事」という人が多い。それはその通りだ。しかし、その発想が曲がってしまい、こういう人たちがいる。「辛いのが仕事。楽しいのは遊び」「好きなことばかりできるほど世の中甘くない」つまり、仕事は辛いものであり、楽しいのは遊び。好きなことをするのも「遊び」「趣味」「身勝手」という考え方だ。僕も映画を撮った地元でこう言われることがある。

「結局、監督は自分が撮りたい映画を撮っているだけだろう?やりたいことをやるのは遊び。厳しい仕事に取り組んでいないね〜」

その延長でこういう人もいる。

「好きなことやってんだから、ギャラはいらないでしょう?」

何でそうなるの?と思っていたが、先の論理だ「仕事は厳しいもの=耐えてやる人は偉い」「好きなことをやるのは趣味=楽しいだけ。仕事と言えない」その考え方をする人の多くは「好きでもない仕事」をしている人たちだろう。そして「好きな映画を作る」方が依頼された「嫌な映画」を作るより何十倍も大変であるか?を知らない。

そして嫌々仕事すればマズいラーメンしか作れないが、本当にラーメンが好きなら、美味しいラーメンを作れる。映画も同じ。監督が本当に作りたい映画を作ることで、苦労はあっても素晴らしい映画ができる。なのに「あの監督は自分が作りたい映画を作っているだけだ」と批判する。そして「俺たちは利用されているだけだ」とまでいう。スタッフ&キャストが全力で自分たちの町をアピールする映画を作っているのに、そんなことをいう住人が必ずいる。

では、逆に監督が撮りたくないものを撮らせればどうなるか?クオリティの低い映画ができるーその手の批判をする人はそんなことを望んでいるのか? にも関わらず「耐えることが大事。嫌な仕事を我慢してがんばるのが大人!」という考え方をする人がいるのだ。戦後、日本ならその発想も意味があったが、現代ではもう成立しない。

僕にとって大事なことは、観客が喜んでくれる映画を作ること。クオリティの高い作品を作ることだ。作りたい映画だかこそ、ギャラが安くても、7人分の仕事をしても、過労死しそうでも努力する。諦めない。手を抜かない。自分が真剣になれない企画はどんなにギャラが高くても受けない。ま、その結果、いつも赤字が出ると、その穴埋めに監督料脚本料を使うので、映画が完成して残るのは、いつも膨大な借金だけということが多い。

でも、それで素敵な作品ができればいい。監督が真剣にかかるからキャストやスタッフも真剣になる。そして素敵な作品ができる。地元の皆さんは喜んでくれる。各地の人が映画に感動。「この町へ行ってみたい!」と思う。皆がハッピーになる。だから若い人にはこういう。

「本当にしたい仕事をしろ。それは簡単なことじゃない。求人募集がない仕事もある。でも、その仕事をどうすればできるか?真剣に考えて行動すれば、必ず就くことができる。年月がかかっても諦めなければ掴める。好きな仕事をすれば多くの人をハッピーにすることができる。我慢しながら嫌な仕事をして、がんばる人を批判する人生を選んではいけない」





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[新月]「明日にかける橋」の市民俳優オーディションを受ける皆様へ[新月] [5月ー2017]

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今週末に「明日にかける橋」市民俳優オーディションが開催される。ロケ地である静岡県袋井市でだ。すでに受付は締め切られ200人近い応募を頂いた。僕の映画では最高記録の人数。毎回、多くの市民が参加。本当にありがたい。

僕の映画では毎回、市民の皆さんに出演してもらう。通行人のようなエキストラだけではなく、台詞のある役。名前のある役。有名俳優の相手役をする役まで、いろんな役を用意している。どれを演じてもらうといいか?を決めるために、市民俳優オーディションを開く。

台詞がうまい人はそんな役を。台詞が苦手でも存在感ある人はそれが生きる役を。刑事。探偵。主婦。いろんな役がある。高校生。小学生の役もある。どの役が相応しいか?映画界で行なわれているのと同じスタイルでオーディションをする。

すでに締め切ったので、今から応募はできないが、すでに応募した方は、ぜひ、僕の過去の作品をDVDで観ておいてほしい。近所のTSUTAYAやGEOに行けば置いてある。「向日葵の丘 1983年夏」「朝日のあたる家」「青い青い空」そうすると、僕がどんな映画を作る監督か?分かってもらえるし。自分たちが演じる姿がどんなふうに映画になるのか?も想像しやすくなる。

市民オーディションの審査は僕自身が行なう。みなさんとお会いするのを楽しみにしている。




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[新月]僕の新作映画「明日にかける橋1989年」(夏撮影予定)の公式HP[新月] [5月ー2017]

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[新月]僕の新作映画「明日にかける橋1989年」(夏撮影予定)の公式HP[新月]

(HP本文より)
映画製作には製作費が必要であり、製作費は映画の規模や出演する役者によって大きく変わります。今回の内容と、主演に考えている女優さんを使った場合、最低でも1億円~2億円の費用が掛かります。しかし市民によるボランティア応援、スタッフ&キャストによる削減等出来る事を協力者全員で行う事で実質3000万円ほどで製作する事が可能になりました。(この映画規模ではかなり破格です。)
これは市民が一丸になり、この映画を完成させようと努力する事から、監督や演者及びスタッフも協力的になりお金ではない価値観で動いてくれるのです。

【製作費の集め方】
 製作費最低3000万円は、すべて市民及び地元企業からの協賛で賄おうとしております。協賛金は1000円から募集、10,000円以上でエンドロールに名前掲載等金額によって様々な協賛特典が付きます。(別紙参照)また、映画の中のシーンに協賛企業(店舗)の看板や商品を、いやらしくない形で映画の中に取り込む等の特典もあり、協賛金を集めやすくするシステムになっています。今、話題のクラウドファンディングも活用していきますが、協力者全員で協賛金を集める事が大事になってきます。 


 HP=>http://ffc2017.main.jp



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映画監督業って、やっぱり理解され辛いー。いろんな質問や連絡が来ても返事できない理由 [映画業界物語]

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夏撮影予定で準備を進めている。やることリストを上げてみる。

①キャスティング 
②スタッフィング 
③地元ロケハン 
④地元市民オーディション 
⑤地元説明会 
⑥シナリオ直し 
⑦予算組 
⑧撮影スケジュール作成 
⑨音楽打ち合わせ 
⑩生活のための仕事
⑪1989年の勉強 
⑫映画情報をTwitter、Facebook、ブログで発信 
⑫スタッフと打ち合わせ 
⑬スタッフ用資料作成 
⑭地元勉強 
⑮業界関係者にご挨拶 
⑯スタッフのスケジュール調整 
⑰映画の参考DVD視聴 
⑱キャスティングのためのDVD視聴 
⑲税理士依頼
⑳映画宣伝(ラジオ、ネット等)

これを全部同時に進めている。通常は7人分の仕事。それを1人でやっている。あと6人雇えば、僕は監督業だけをやれば済み、かなり楽になるのだが、そのために多くの人件費が必要。製作費もかなり高騰する。それを節約するために僕が7人分の仕事をしている。最終的にもらえるのはせいぜい1.5人分くらいだが...誰かがやらねば、低予算で感動を伝える映画は作れない。

朝起きてから寝るまで作業する。何日かけても終わらない。これらとは別に次々に問題が起こる。スタッフのスケジュールが合わなくなるとか、相談を受ける。調整する。文句が来る。注文が来る。誤解が起こる。勘違いが進む。それらを解決するために話合う、メールを出すためにまた時間を食う。

もう、本当に時間がなく世間の流れを知るためのニュース番組を見る余裕もない。あれほど毎日チェックしていた森友学園問題も次第に分からなくなる。家計学園問題はもう??? 食事も仕事をしながら、片手で食べられるもの。地元と東京を2週置きに往復。バスや電車での長時間移動はかなり疲れる。おまけに生活のための仕事をしている。家賃を払い、食事を取るための生活費を稼がねばならない。


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だからもう、この段階でオーバーロード状態。そこにFacebookやメールであれこれ質問や売り込みが来る。先にも書いたが「公開が楽しみです」とか!「公開ところか、撮影に入ることができるかどうか?!分からないで努力している状態なのでイライラ。「大阪では公開しますか?」と質問が来る。これも先と同じ。この段階で訊いてくれるな。俳優からの売り込みも来る。キャスティングは「依頼」と「オーディション」で対応。1人1人に返事はできない。

こんなのもある。「監督は静岡で4本目の映画ですが、静岡へのこだわりがあるのですか?」ーこれは忙しい忙しくないに関わらず、返答できない。かなり前にその説明を書き、ご理解頂き、その手の質問は来なくなったが、月日が経ち、その辺の事情を知らない方が増えて来たのだ。悪意はないのだが、映画監督という仕事が分からない、誤解してるからだ。

例えばFacebookをやっている医者に「なぜ、胃腸科の医師になったのですか?」とは訊かないだろう。公務員の人に「なぜ、市役所で働くのですか?」と聞くだろうか? それに答えるには時間も労力もかかる。それを会ったこともない方が訊いて来る理由が分からない。

映画監督も同じ。マスコミ・インタビューでその手のことを語るが、それは仕事だ。映画の宣伝のために話す。それをお1人お1人に時間を割いてお答えする余裕はない。だから、仕事に関しても、プライベートに関しても1人1人の質問には答えない姿勢を取らせてもらっている。


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そう書くと「失望した!」「監督はいい人だと思ったのに!」「もう応援しない!」そう批判された。或いは「答えるくらい5分でできるでしょう?」と言ってくる人もいたが、10人から質問が来たら50分取られてしまう。仕事以外に1時間。パソコンに向かうことになる。1人に答えると別の人からも質問が来る。ある時期は1日に何十人からもコメントが来た。1人に答えて他に応えないとあとの人たちが、

「不公平だ!」「差別だ!」「酷い」

といってくる。でも、それはおかしい。そもそもメール1本でコメント一行で、親しくない人に何かを頼むのは、違う。そしてFacebook友達はあくまでもFacebook友達。本当の友達とは違うことが認識できない人も多くいるということだろう。そして、映画製作中は実際の友達でも返事が返せないことが多い。多くのメールが来るので、連絡に気付かないこともある。けど、みんな、僕の状態を知っているので分かってくれる。

最近はFacebookでもその手の質問はなく、ありがたかったが、新作映画を発表。多くの人が関心を持ってくれているせいか?その手のコメントやメッセージがまた増えて来た。そこで改めて現状を説明させてもらった。ご理解頂きたい。僕の近況や映画の進展はこのFacebookで逐一紹介している。そちらを読んで頂きたい。


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【「明日にかける橋」は今、協賛金を集めている途中。支援御願いしている段階。何でこんなコメントが来るの??】 [5月ー2017]

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【「明日にかける橋」は今、協賛金を集めている途中。支援御願いしている段階。何でこんなコメントが来るの??】

多くの人から激励を頂いている。ありがたい。でも、こんなコメントも来る。「公開が楽しみです!」「大阪の映画館で観ます!」「スポンサーがついて良かったですね!」或は「撮影はどうですかあ?」ー???? まだ「明日にかける橋」は完成していない。いや、撮影も始まっていない。いや、製作費も集っていない。地元の方々が今、町中を駆け回り寄付を集めてくれているところだ。目標額が集らなければ撮影はできない。だから、もの凄くがんばってくれている。

そして今回の映画にスポンサーなどついていない。市民映画。大手の会社が出資する映画ではない。初期段階から「市民映画。寄付を集めて作る映画」とお伝えしている。なのに「製作スタート」というと「スポンサーが着いた!」と思う人がいるようだ。同じように「製作スタート」というと「映画館で公開される!」と思う人もいる。でも「朝日のあたる家」のときは多くの映画館から上映拒否。お蔵入りの可能もあった。今回もどうなるか分からない。
そんな状態で「公開楽しみです!」「大阪の映画館で観ます!」と言われると、もの凄く違和感を感じる。一般の方は「製作スタート」=「映画館公開」と思うのだろうが、作る側からすると、「妻が妊娠した。でも、死産の可能性もある。心配だ。でも、いい子が生まれるようにがんばろう!」というときに「成人式が楽しみですね〜」「高校の卒業式には行かせてもらいますよ!!」と言われた気持ちになる。

こんなこともあった。映画がようやく完成。でも、映画館で公開できるとは限らない。いくつもの館に交渉。やっと、東京1館で上映が決まったことを発表したら、こんなコメントが書き込まれた「DVDになった見せてもらいます!」一瞬、嫌がらせかと思った。が、その人のプロフィールを観ると以前から応援してくれていた方だった。というのは、映画人は映画館の大スクリーンで観てもらうことを一番の目的として映画を作っている。それを映画館公開前に、DVDになってから観るといわれるのは本当に悲しい。

ラーメン屋さんに「店、オープンするので食べに来てください」と言われて「カップラーメンになったら食べます!」というのと同様なのだ。だから僕も当初、頭に来て「だったら、観ないでください!」と答えてしまったことがある。その人はビックリして、僕が何を怒っているのか分からなかった。申し訳ないことを言ってしまった。一般の人には理解し辛い。「映画はDVDで観るもの!」と思っている人も多いだろう。でも、映画人からすると「映画館で観るほどの作品ではないのでDVDで十分」と言われた思いがするのだ。

それに映画館で上映されたからとDVDになるとは限らない。僕の「青い青い空」はDVD化に6年かかった。「朝日」3年。映画館公開=DVDではない。それどころか、映画が完成されても映画館で上映されるとは限らない。「お蔵入り」といって上映されずに終わる映画もたくさんある。

そして、東京の映画館のみで上映。地元のみで上映というのもある。それを「大阪で観る!」「名古屋で観る!」と言われると......そのコメントを観て「大阪公開が決まっているんだ〜」と間違った連鎖が広がる。地元では皆、真剣に寄付集めをしてくれているのに、そんなコメントを他の人が読むと「あー製作費は集ったんだ」と思われ「寄付はもういいね」と思われるかもしれない。期待のコメントが悪意のコメントになってしまう。

映画作りは分かり辛い。理解されにくい仕事だ。誤解されることがとても多い。ただ、前々から応援してくれている人たちから、そんなコメントが入ると淋しいし、本来は期待のコメントなのに間違った情報を拡散することにもなる。そして、その種のコメントを書き込む人の多くは以前から僕の映画を応援してくれている愛ある人であり、悪意は全くない。だからこそ、悲しく、この記事をあえて書かせてもらった。

僕の最新作「明日にかける橋」は製作スタートを発表した段階で、今、まさに地元の方々が製作費を集めるために、夏のような気温の中、市民の皆さんを訪ね寄付を御願いしてまわってくれている。寄付が集らないと万が一のこともあり得る。そして寄付が全額集って初めて真夏の撮影。そして編集。試写会。宣伝。ここまで来てようやく映画館公開だ。さらにDVD化と、ひとつひとつ、粘り強く交渉し、勝ち取って行かねばならない。長い長い戦いなのだ。それが映画作りである。

寄付を頂ける方はこちらをご覧下さい。協賛機は全国から受け付けています=>
http://ffc2017.main.jp/finance.html




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