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映画にしか出ない俳優が増えている? バラエティや歌をやらない訳 [映画業界物語]

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俳優とタレントは違う。両方をやっている人もいるが、近年は明確に線引きがされている。昔は歌手でレコードを出し、ドラマに主演し、映画に出て、CMの出演という人が多かった。が、次第に俳優は俳優。歌手は歌手という風に専門職(?)が主流になってきた。

これは近年のレストランと同じ。昔はデパートの最上階にある食堂とか、洋食、和食、中華なんでもあり。便利だけど、味はそこそこというのが人気だった。その後、洋食専門どころか、イタリア料理専門とか、さらに分業され。今では、オムライス専門というところまで来ている。でも、そんな店の方が人気で単に洋食というだけのレストランは人気がない。

歌手の世界も同じ。歌手なら歌手。歌が専門。映画やドラマには出ない。バラエティにも出ない。そのことでアイドルとは違い、本格派であることをアピールする。現在のアーティストの多くはこのタイプだ。元祖的なのは松任谷由実とか、矢沢永吉、山下達郎。最近のアーティストも皆、このタイプ。

俳優も同じだ。ドラマや映画を専門とし歌は歌わない。それがさらに線引きされて、映画しか出ない俳優というのも出て来た。というのもテレビドラマには出ないことで、特別感を持たせるためだ。ドラマだけではない。バラエティ番組にも出ない。ただ、主演映画が公開されるときは、宣伝としてトーク番組等に例外的に出る。

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今、人気の俳優はそんな路線で売る人が多い。いい映画を選んで出演。テレビドラマは極力出ない。映画で特別感を出して、イメージを売り、CMで稼ぐ。本来、テレビに出ることが売れるための近道だったのだが、あえてそれを避けることが主流になっている。それに対してタレントという人の多くは、以前からのパターン。テレビに出まくることで「売れている」感を与えて人気を得るという方法を続けているが、どこか俳優に比べると軽さを感じてしまう。

それらは事務所の方針である。違いは仕事をすると分かる。俳優専門で売る事務所だと、出演依頼をすれば撮影期間中のスケジュールを全て押さえてくれる。俳優が役に専念できるようにバックアップ。が、タレントあるいはモデル専門からスタートして俳優も扱うようになった事務所は、撮影休みがあると、すぐ別の仕事を入れてしまう。少しでも多くの仕事をさせて稼ぐ。

商売であることは分かるが、問題がある。そもそもタレントやモデルは基本、1本の番組。その日1日の仕事であるので、毎日違う現場に行くのは当たり前。1日でなく、数時間空けば別の仕事をするのは当然なのだが、映画というのは集中力であり、同じ役を1ヶ月に渡って演じ続けるのに、途中で別のドラマに出たり、バラエティに出たりしていると、役から離れてしまい、現場に戻ってもまた1からとなることが多い。いい芝居が出来なくなる。

そんな映画現場をタレントやモデルが中心の事務所は理解できない。なので、俳優の気持ちを考えずに別の仕事をさせてしまう。結果、いい俳優が育たない。ルックスはいいが、演技力のないタレントが役者を兼ねているという存在しか育たない。ある事務所はまさにそれ。大手で力があるが、そこの俳優はずば抜けた役者がいない。スケジュールもねじ込んで来る。だから、僕はそこからは絶対に選ばない。


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長くなって来たのでまとめるが、お笑い芸人でもいい役者はいる。が、やはり彼らはお笑いに命を賭けている人が多く、俳優業はアルバイトと考えている人が多い。タレントと言われる人たちもそう。人気はあるが、彼ら彼女らと素晴らしい作品を作るのはむずかしい。「映画も多くの仕事のひとつ」としか考えていないからだ。全力で演じない。台詞を間違わなければいいかな?という姿勢。命がけで演じることはなく。「この現場のあとテレビがあるから、体力を温存!」という感じ。

それらは個々の俳優というより事務所の方針が大きい。毎回、キャスティングをするときは、そこを重用視する。演技に命を賭けている人。人生を賭けている奴。低予算でも、大作でも、同じエネルギーで挑む役者。そんな人たちとでないと、いい作品はできない。1人でも軽い気持ちで、アルバイト感覚で俳優をする奴がいると、現場の空気が悪くなる。「早く終わってよー次があるんだからさー」みたいなタレントやマネージャーがいると、スタッフの怒りが込み上げる。

その俳優を魅力的に撮影しよう!という気持ちになれない。当然、作品のレベルが下がる。そんなふうに俳優を1人選ぶことはとても大切なのだ。その意味で僕はモデルクラブ系の事務所やバラエティタレントが多い事務所から俳優は選ばない。逆にいうと、近年、増えている「基本は映画」「歌手やタレント業はやらせない」「テレビは出さない」という事務所にはいい俳優が揃っており、映画製作に対する理解もある。そんな事務所と仕事をすることが多い。

レストランも俳優も同じ。専門店が今の時代に支持を集め、生き残っていくと思えている。

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映画用語は間違いやすい!?をもう一度。「公開」と「上映」はこんなに違う? [映画業界物語]

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以前にも書いたが、東京先行公開がどんどん近づき、また、間違った表現を使っている方を何人か見たのでその辺を書かせてもらう。

「公開」と「上映」は何が違うがご存知だろうか? 例えば「6月30日、有楽町スバル座公開」と「6月30日 有楽町スバル座上映」は何が違うのか? 多くの方が「同じじゃない?」と思うだろう。でも、この2つは大きな違いがあり、間違うと大変なことになる。

「6月30日公開」というのは、その日から映画の上映が始まり、基本2週間はその映画館で上映されるということ。「6月30日上映」というのは、その日限り、1日だけ上映されるという意味なのだ。これを勘違い、以前にFacebookやTwitterで「6月30日上映」と書いていた方が数人いた。情報発信をしてくれるのはありがたいが、意味が違ってしまう。それを見た人は「30日のみか? 7月1日なら行けたのになあ」と映画に行くことを諦めてしまう。表現を間違うとお客を減らすことになる。

では、これはどうか?「6月30日 先行公開」「6月30日 先行上映」ーこれも同じじゃない?と思う人いるかな? これらも大きく違う。「先行公開」というのは、他の地区、他の県に先駆けて上映がスタートとするという意味。今回の「明日にかける橋」で言えば、東京が先行公開。他の街は秋公開という形。これは先行公開。

「6月30日 先行上映」というのは、例えばその映画館で7月1日から公開される映画。人気があるので早く観たい人たちのために前日の6月30日に先行で上映ーその日1日限りーという意味である。特に先行上映は公開日前日、或は1週前にオールナイトで上映されることが多い。「ダークナイト」もその形。だから、「明日にかける橋 6月30日先行上映」と書くと、30日の夜にオールナイトで1日だけ上映されると解釈されるだろう。

実際はオールナイトなど行なわれないので、フェイクニュースを発信しているのと同じ。「公開」と「上映」はそれほど大きな違いがあるので、応援してくれる方。関係者の方は十分に注意して発信して頂きたい。面倒くさいなあーとー思われるかもしれないが、とてもとても大事なところ。ぜひ、よろしくお願いします。

確認のために書くと「明日にかける橋」は東京先行公開。6月30日から有楽町スバル座で公開。1日限りではなく、この日から2週間ほど上映されます。

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「明日にかける橋」予告篇作りで苦戦中! 名作映画の予告篇を思い出してみる? [映画業界物語]

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映画は2時間ほどで物語や感動を伝えるが、予告篇は90秒で内容を伝えなければならない。クラシック音楽なら1時間というのがあるが、歌謡曲なら基本3分ほど。映画は2時間だが、連続テレビドラマは1時間。というのと同じ。

2時間かけてテーマを描くのも難しいが、すでにある物語を90秒にまとめて伝えるのもかなりむずかしく、毎回苦戦する。例えれば120分かけて講演会をするのと、同じ内容は3分にまとめて話すのようなもので、大切な部分だけを抜き出し語るのだが、それで「面白い!」になるとは限らない。内容を要約するだけではなく、90秒を観客に楽しんでもらわなければ失格だ。

もうひとつ難しいのは、監督が予告篇を作る場合。客観性に欠けやすいということがある。2時間必要なテーマを語るから2時間の映画を作った訳で、それを90秒で語ると、あれもこれも!と思い時間オーバーしがち。なかなか、難しい。で、巨匠たちの予告篇作りを思い出してみる。

黒澤明監督も若い頃から自分で編集していた。印象的なものが多い。「天国と地獄」は誘拐事件の話だが、何と予告篇(公開当時の版、リバイバルは別版)では事件が解決したあと。犯人が拘置されている刑務所を権藤(三船敏郎)が訪ねたあと、帰るシーンから始まる。このカットは映画本編では使われていない。そんな場面から回想で誘拐事件を紹介していくという形。

「影武者」では夕陽を背にして引き上げる武田軍団のシーンから始まり、そこで兵士たちが噂話。「親方様(武田信玄)が死んだそうだ」別の兵士が立ち上がり「やいやい、ねぼけ眼(まなこ)を開いてしかと見ろ。親方様はあそこにござるわ!」と答える。彼らが振り返ると、武田信玄が軍勢を率いて馬に乗って現れ「影武者登場」とテロップがでる。

それぞれに短い時間の中で物語があり「何?」と思わせて引き込む演出、それでいて物語を説明する。なかなか旨い。まあ、大先輩に対して「旨い」もないが、予告篇というのはなかなか難しい。1970年代後半から一大ブームを起こした角川映画の予告も力が入っていて、センスがあり「おー」と思う旨いものが多かった。ただ、その多くは本編を見ると「ん〜」なものが多かったが、予告篇はどれも見事だった。

「人間の証明」の予告は「絶対に感動作だ〜」と思えるし「野生の証明」は「何が起こるんだろう?」と期待するし「戦国自衛隊」は「おー凄そうー」と感じる。「セーラー服と機関銃」も本編がまさか、あーとは思わなかったが、テンポのいい、青春ドラマ、これまでにない新しい感覚だと思えた。「スローなブギにしてくれも」も良かった。これまでの古くさい日本映画と違い現代的な感覚を感じた。まあ、両者とも本編は全然そうじゃないのだけど。

「キャバレー」もうまかった。角川映画の予告篇のうまさは音楽の使い方だ。マリーンが歌う「レフト・アローン」と凝った夜間撮影のライティング。フィルムノワールのような暗い雰囲気。これも「今までの日本映画と違う!」と期待させた。さて、偉そうにあれこれ批評してきたが、自分で作るとなかなか難しい。「これ観たい!!」と思ってもらえる予告篇。作らなくては、明日が〆切なのにまだアイディアがまとまらない。焦る。


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「明日にかける橋」東京宣伝ーロビーカード作戦? [映画業界物語]

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映画のスチール写真は、物語の一場面、そこから「どんな物語だろう?」と想像を膨らます。昔はそんなスチール写真が映画館のロビーに貼られていて「ロビーカード」と呼ばれた。「次回上映」と書かれたウインドウの中に飾られたスチール写真を見ながら「どんな映画かなあ」と「あーこの俳優さんが出てるんだ」「何か悲しいストーリーみたい?」とかいろんなことが想像し、映画の公開を楽しみに待ったものだ。

それがシネコンになり、その手のロビーカードは貼られなくなった。それどころか上映中のポスターを貼らないシネコンも多い。映画館にフラッとやってきてポスターや看板を見て「おー健さんが出てる映画だ。見よう!」と映画を選んだりもしたが、今はテレビやネットで知った映画がどこで上映されているかを調べた上で映画館に向かう。だからポスターも貼らないのだが、少し寂しい。

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そこで僕は毎回、ロビーカードを作りFacebookやブログで紹介している。ポスターを繰り返し何度もアップするのも大事だが、スチール写真を見ることで「この子可愛い」「何か感動もんだね」と感じて映画館に足を運んでくれることもある。なのに、この手の宣伝をする配給会社はほとんどない。スチール写真は公式HPにアップしているから!みたいなことで、スチール写真を宣伝に使う社は本当に少ない。

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そこで今回もスチールをロビーカード風に加工。東京公開の6月30日まで、毎週1枚ずつ公開していく。昨年末の完成披露試写会のときは、劇中の一場面でなく、撮影風景をロビーカードにしたものを試写当日まで2ヶ月間。毎週1枚公開して行ったが、今回は12枚を順次公開して行く。応援頂ける方はぜひ「シェア」してもらえるとありがたい。

下写真は以前に紹介した主人公みゆき役の越後はる香さんのスチール。携帯ではなく公衆電話の受話器を持つみゆき。ここにサブタイトル「1989年の想い出」がダブるよね? さあ、どんな物語なのか? 東京先行。6月30日(土)〜スバル座で公開だ。


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久々に余裕ある日。と書くとヤバい!という話 [映画業界物語]

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本日は久々に余裕がある日。いや、また怒濤のように頼み事が来るといけないので正確に書くと、明日は宣伝会議。そこから夏に向かってまた戦いが始まる。

なので本日は久々に洗濯。そして少しばかり部屋の片付け。昨年秋から「明日」の編集をスタートしてから掃除等は一切できていない。シンクにも皿とコップが山積み。夏物と冬物の衣類が散乱。掃除機も半年以上かけていない。また、ここしばらくも、連絡をくれる方々に毎度、詫びてばかりだが、電話やメールをくれてもなかなか返事ができない。

ひとつは忙しくて時間がなかったこともあるが、編集等の集中した作業をしているときは外部を遮断する。現実に引き戻されてしまい、作業が再開できなくなる。若い頃はそれでも大切な電話のときは無理して出ていたが、そのために精神状態がガタガタになり作業ができなくなることが何度もあってから、もう何があってもすぐに返事はしないことにした。

秘書かマネージャーでもいてくれればいいが、とても給与を払う余裕がないので無理。そんな状態なので、ときどき関係者から「監督、部屋で死んでんじゃないかな?」と思われることがある。「生きてます」と連絡するのも変。なので最近はFacebookかブログの更新でそれを伝える。1週間以上更新がなければ死んでいると思ってほしい。その記事に近況を書くので「あーまだ生きているなあ」「仕事してるな〜」と思ってほしい。

また、難しいのは「明日」制作発表以降は「編集中」と言えば「明日」の作業をしていると伝わるが、映画は制作発表をするまでは内緒!ということが多い。あまりに早く発表するといろいろ大変なのだ。内容をあれこれ尋ねられたり、俳優たちから売り込みがあったり、別の会社に物語をパクられることもある。

また、撮影にも入っていないのに「どこの映画館で上映しますか?」「大阪はどこですか?」「舞台挨拶はしますか?」という問い合わせが来る。おまけに間違った情報を発信されたりして、本当に大変。だから、マスコミ発表まではなるべく極秘で進める。少なくてもFacebookで記事にはしない。

問題なのはその間。シナハンをしてても、そのことを記事には書けない。以前も打ち合わせで京都に行っただけなのに「次回作は京都ですか!?」とコメントが来た。それを真に受けて「時代劇ですか?」とか別の人がコメントしてくる。友人までが「京都で映画撮るんだって?」と言い出したことがある。

だから、下手に記事を書いたり、写真を載せたりできない。でも、何も書かないと「監督、寝込んでるのかな?」「死んでるかも?」と心配されてしまう。いろいろ難しい。といって、本当に1週間くらい寝込んでいると「これは密かにロケハンでどこかに行ってるな?」とか想像されたりもする。いずれにしても困る。

また「余裕がある」と書くと頼み事をして来る人が出る。「シナリオを読んでください」「自主映画を見てください」でも、本当に僅かな余裕であり、久々にほっとできる時間だったりするのだが、「だったら!」とその余裕も奪われかねない。なかなか、難しい。とりあえず本日は洗濯ができた。早く掃除機をかけたいが、もう疲れたので明日以降。あ、明日は打ち合わせか。。。


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映画監督業はつらいよ!ーー応援と誤解と失望の中で仕事する難しさ。 [映画業界物語]

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「映画監督」というと一般の人は「偉い人」とか「凄い人」と思ってくれる。もちろん、巨匠にはそんな方がいっぱいいるが、僕のような無名監督は「偉い人」でも「凄い人」でもなく、単なる労働者だ。ただ、やはり映画という特殊な世界なので「スゲなー」「大変だなー」と思われることはある。

有名俳優さんとも仕事するし、そんな俳優さんたちは監督というと一目置いてくれる。それを見た人は「おー有名俳優の**さんに指示しているよ。映画監督って凄いな」と思ってしまうのだろう。でも、それは運転手さんが巨大なトラックを運転したり、ライオンの面倒を見る動物園の職員さんと同じで、人が簡単にできないことをするので「スゲー」になるのだと思える。また、僕の場合は感動作ばかり作っているので

「あんな泣ける映画を撮る監督は情の厚い、いい人に違いない!」

と思われることがある。だから、Facebook友達になると「あの監督ならいろいろ質問しても答えてくれるはずだ!」と友達承認をしたとたんに質問の嵐!ということがある。或は「承認ありがとうございます」とメッセージが来たので「こちらこそ、よろしくお願いします」と返事すると「ところで監督の新作はどのようなテーマでしょうか?」とか質問になる。

急に返事を止めるのも変なので、質問に答える。と、「俳優とかもう決まっているんですか?」と質問が続く。その段階でそんなことは言えない。が、「選考中です」と答える。と、さらに「最近売り出し中の**さんがいいんじゃないですか?」と来る。その内に「監督の前作に出た女優の**さん。不倫していると聞きますが、本当にアイドルの***さんと付き合っているんでしょうか?」とかいう質問が出て来る。


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会ったこともないFacebook友達に、いや、昔からの友達だとしても、仕事仲間である俳優のプライベートを話すことはできない。それ以前に会ったこともない人が、Facebook友達にそんなことを訊くことは常識的でないことになぜ気付かないか? また、そんなことを監督業の人間が答える訳ないと考えないのか?

だが、多くは「だって、監督はあんな素敵な映画を作るのだから、優しい人だ。私の質問にも丁寧に答えてくれるはず」と思っている。常識もある。礼儀もわきまえている。「でも、監督はいい人だから答えてくれる」という勝手な期待を持ってしまうのだ。これが不良が喧嘩する映画ばかり撮っていると「あの監督は怖そう。詰まらないこと訊いたら怒鳴られるかも?」と畏怖。近づいて来ないのだが、、。

俳優も同じで「いい人」「献身的なキャラ」を演じる俳優は「この人はプライベートでもいい人のはずだ!」と思われて、街角で見つけると、すぐサインをねだられる。これがヤクザな役が多い俳優だと「怖そう。殴られるかも?」と思い、町中で気付かれても声をかけて来ないと言う。そんな「いい人」をよく演じる俳優はこういう。

「勝手にいい人だと思い込んで、絶対にサインしてもらえる。記念写真もOKと声をかけてくるんで溜まらないですよ。急いでいるので断ると、失望した。裏切られた。もう応援しないなんて、ネットで拡散されたことありますよ」

僕も経験ある。勝手に「監督はいい人だ」と思い込み、連絡してくる。「監督の映画を今日、観に行きます。どこで上映していますか? 何時からですか?」と訊いて来た人がいる。そのときは仕事の返事もできないくらい忙しいときだったので、頭に来て「そんなこと自分で調べてください!」と返事したら「監督は優しいから絶対に調べてくれると思ったのに....悲しい....」と言われ、その日の内にFacebook友達から削除された。


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矢沢永吉の武道館公演に行くのに、矢沢と知り合いだからと本人に「武道館はどこですか? 何時からスタートですか?」なんて訊くか? まあ、あちらは超有名だけど、そんなことに関わらず、普通はYahoo!とか公式HPで調べるだろ? この背景も同じ。「監督はいい人だから、親切に教えてくれるはず」という思い込み。でも、そんな非常識な頼み事を断ると、先の俳優のファンと同じで「裏切られた。失望した。そんな人だと思わなかった。許せない。二度と応援しない」とあちこちにいい触れ回られることが多い。

こんなこともある。撮影でお世話になった方、それぞれ担当者がお礼に伺う。僕もご挨拶に行く。映画というのは本当に多くの人の強力で成り立つ仕事なのだ。ただ、監督業は撮影が終わっても編集という仕事が待っている。応援してくれた人一人一人にお礼すると膨大な時間を取られプロジェクトがストップ。いろんな支障が出て来るので、本当に一部の方だけにご挨拶させてもらう。なのに

「応援したのに礼にも来なかった」

と言われたことがある。担当者がすでにお礼に伺っているのだが「監督が礼に来なかった」と怒っているのだ。このケースも難しい。家を建てれば建設会社の担当者はお礼に来るが、社長はお礼に来ない。それと同じなのだが、その人は「あの監督だから応援したのに....」という。だから「挨拶に来るのが当然だ!」と怒っていたらしい。

では「あの俳優だから応援した」といえば、その俳優は挨拶に行かねばならないのか? 応援してくれるのはありがたいが、そのために交通費を出し、もう一泊現地に泊まり、すでにスタッフが感謝を伝えた方に、監督が改めて挨拶をするのはどうなのか? 気持ち的にはお訪ねしたい。が、製作費、時間、そのあとの作業を考えると難しい。


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そんなことが何度もあった。しかし、そんな人たちは決して悪意があるとか、魂胆があるではなく、多くは僕の映画を観て純粋に感動してくれた人たち。本気で応援してくれていた。が、相手が映画監督とか俳優となると、一般の友達以上の期待をしてしまうことがある。ちょっと考えれば、長年の友達にだってそんなこと訊かない、頼まないでしょう?と分かることをつい訊いてしまう。ささやかな応援なのに、礼に来ないと腹を立てる。課題な期待をし、そして拒否されると失望し、怒る。

これはその人たちが悪いというより、俳優や映画監督という職業の宿命なのだと思える。いい言い方をすれば夢を売る商売。だから、期待される、憧れが生まれる、多くの人が近寄って来る。感動作に出ている、作っているー素敵な人だと思われてしまう。しかし、Facebookでも何千人と「友達」ができ、毎日、何十人からも質問を受ければ、それが答えられる質問でも対応することで多くの時間を取られてしまう。本来の仕事ができなくなる。例え5分で返事ができても、10人から質問がくれば50分。それを質問する側は想像しない。

でも、その想像はなかなかできない。ならば、こちらが努力するしかない。数年前からFacebookでは質問されても平等に誰にも返事をしないと決めた。友達申請をして、わざわざ「承認ありがとうございます」とお礼のメッセージをくれた方にも、御返事はしない。一般論では良くないことだが、以前のように返事をしたことで、俳優のプライベートまで訊かれて、答えないと「裏切られた! 失望した」と嫌な思いをさせてしまうこともあるからだ。それは本人がどうこうより、期待させる側に責任がある。

そんなことで、Facebook上では交流しないことを一ヶ月に1回くらい告知。多くの方が理解してくれて助けられているが、一ヶ月に数十人の新しい「友達」ができるので、告知を続けている。これが有名監督なら「有名税」なのだろうが、無名でも、こんなふうになることを痛感。監督業というのは因果な商売である。だからこそ一線を引き、応援は感謝するが、個々に訪ねたり、礼状を送ったりはしない。プライベートな交流もしない。感謝は素敵な映画を作ることで伝える。という形を続けること大事だと思えている。


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明日にかける橋ーポスプロ日記 いい映画を作ると制作者は儲からない? [映画業界物語]

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まだ、改訂版は完成していが、世は確定申告の時期。そのためにこの1ヶ月、再編集作業と平行して準備が続き本当に大変だった。映画制作にかかった費用数千万円分を全て確認。何にいくらかかったか? そして領収書、請求書を全て揃えてカテゴリー別に分けてファイルに貼付け。申告、税金を払わねばならない。最終的な手続きは税理士さんにお願いするのだが、そこまでの段階は全て僕が作業する。その方が安上がりだからだ。

もちろん、最初から経理スタッフを入れておけば全部やってもらえるので時間も労力も大いに節約できるのだが、それでは人件費が高騰する。どんなスタッフでも1人雇えば、その人が生活できるギャラを払わねばならないので高額になる。だから、人をなるべく減らして、その分を僕が担当することで毎回、人件費を押さえている。

ただ、僕は経理のプロではないので、最後はプロの税理士さんにお願い。全てを再確認し、申告をしてもらう。「使途不明金はないか?」「二重に計上しているものはないか?」「漏れている事項はないか?」「不正な支出はないか?」「誤摩化しや間違いはないか?」等。全て正当な支出であることを徹底してチェックした上で、税務署に提出。手続きを代行してもらう。

疑問点が見つかると税理士さんから連絡が入る。そのたびにに説明をする。前回も書いたが、それが古畑任三郎か?刑事コロンボか? 杉下右京か!という細かい質問だ。僕は意外に記憶力がいい方だが、昨年の7月に銀行から引き出した90000円を誰に支払ったか?と訊かれてもすぐに思い出せない。通帳を見ても、提携銀行から振込をした場合は、相手先の名前が記録されないのだ。

あれこれ当時の記録やスケジュールを見て思い出し、あーそうだ!と相手先が誰か答える。「分かりません...」ではダメなのだ。それでは誰だか分からない人に製作費を渡していることになる。公金横領と同じだ。そして税理士さんには通帳のコピーも渡しているので、誤摩化しは効かない。もちろん誤摩化すつもりはないけど「忘れちゃったなあー」では通らない。

そんなふうに僕が見落としていること。気付かなかったことも税理士さんはいろんな角度から検証。細かい部分も確認してくれるので、製作費が正当に使ったことが証明されるのである。でないと、税務署に提出した段階で、問題があると、今度は税務署から厳しい追及が行なわれる。そうならないように事前に不正なし、ミスなし、誤摩化しなし、疑問なしにしてくれるのが税理士さんの仕事なのだ。

ただ、映画の場合。たいていは製作費をオーバー。その場合は僕自身のギャラでそれを補填せねばならない。製作者は受けとった額内で映画を作るのがルールであり、オーバーしたらそれは自己負担となる。その段でスポンサーに追加予算を頼むのはあり得ない。なので多くの製作会社やプロデュサーは赤字がでないように、なるべく安上がりに映画を作ろうとする。

それは分かるが、会社の中には最初から半分以上の製作費を抜いておき、受けとった半額で映画を作る。当然、クオリティは低く、粗悪な作品となる。でも、そのことで会社は確実に赤字にならない。抜いた半額は手数料と称して自社の利益とする。これ本当に嫌らしいやり方だが合法。形だけの作品を作り、多額の利益を得る。だから、多くの製作会社が作る映画は駄作ばかりなのだ。

だが、映画監督主導で映画製作をすると、利益より「より映画を良くするため!」と利益を度外視、費用を全て映画製作に注ぎ込みがち。毎回、赤字になる。僕も毎回それだが、大事なことは良い映画を作ること。こちらも生活があるので、ある程度のギャラは頂くが、映画を優先してしまうのは映画監督業。だから、俳優や映画監督が主催するプロダクションは儲からず、いつか倒産するのである。因果な商売だ。でも、大事なのは素晴らしい作品を残すことだと思う。

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学校でいくら学んでも夢は掴めない?ー映画監督になる方法 [映画業界物語]

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高校時代。将来、映画監督という仕事をしたいと思った。いや、ちょっと違う。映画監督になりたかったのではなく、映画が作りたかったのだ。シナリオを書き、撮影をして、編集をして、観客が喜ぶ作品を作る。それができる仕事というのが「映画監督」という仕事だった。

が、1970年代すでに、大手映画会社では新入社員の募集をしていなかった。昔は、映画会社の試験にパスし、そこで助監督をしながら経験を積み、監督になるというのが王道だった。あの黒沢明監督だってそうだ。なのに、当時もう映画産業は斜陽で、映画会社はテレビドラマの下請け制作等で食いつなぐ状態。すでに自社専属の監督や脚本家というのはおらず。ほとんどのスタッフがフリーであった。

高校生の僕は、どうすれば日本で映画監督になれるのか? 調べてみた。それで先の黒沢監督ら大監督たちが映画会社の社員として、入社。監督となったことが分かる。社員募集がなくなってからは、それ以前に映画界に入り、助監督を勤めて来た人たちが監督になるケースが多かった。

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ただ、それは若い人たちには当てはまらないケース。さらに調べた。CMディレクターをやっていた人が映画を作り、その後、映画監督になるという形も見つける。大林宣彦監督だ。百恵友和コンビのグリコのCM。ソフィアローレンのラッタタタ。Cブロンソンの「ん〜マンダム」とヒット作を撮ったあと、「HOUSE」で映画監督デビューしている。

「映画監督になるには、CM界で成功してからでないと今の時代は駄目か?」と思えたり。さらにハリウッド監督についても、調べた。「アニマルハウス」のジョンランディス監督は映画会社でメールボーイをしていた。コッポラは学生時代からロジャーコーマンのスタジオでアルバイト(Jキャメロンも同じ)ルーカスは大学時代に知り合ったコッポラの助監督からスタート。


それら多くがロサンゼルスのUSCという大学の映画科で学んだ者が多いことも分かる。そんなことがあって、のちのち僕もUSCを目指すことになるのだが、それはまだ先の話。一番興味を引いたのがスピルバーグ。大学時代にユニバーサル撮影所に忍び込み。そこで空き部屋を勝手にオフィスにして、「監査役」という名札を作り、スタジオ内を見学してまわっていた。

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それがバレて、当時の社長、シド・シャインバーグに呼びつけられて「何でそんなことをした?」と訊かれる。スピルバーグは答える「映画監督になりたかったんです...」普通なら、追い出されて終わりだが、社長は2万ドル(だったと思う)で映画を撮ってみろ!といったのである。それで作ったのが映画「アンブリン」(のちにスピルバーグの会社名ともなる)その出来に感心した社長は彼と監督契約を結ぶ。そして「刑事コロンボ」の「構想の死角」日本では劇場公開された「激突」を監督。その後、メガヒットを連発するのだ。

調べてみると、それぞれが面白い。で、気づいたのは同じパターンで監督になった人はいないということ。それぞれが考え、努力して、夢を掴もうとしていた。「じゃあ、僕の場合はどうすればいい?」と考えた。そのあとに2つのチャンス。8ミリ映画ブームとUSC留学。しかし、そこではまだ夢の実現には至らない。さらに3回目の戦いでリーチをかけるのだが、それはまた別の機会に。要は夢を掴むのにマニュアルはないということだ。

なのに、先日も書いたが映画学校に通う今の生徒たち。卒業すれば監督や脚本家になれると思っている子たちが多い。講師の先生から「卒業しても何の意味もない。学校来るよりパチンコ屋でバイトしろ」と言われても、ピンと来ない。まじめに毎日の授業に出て、宿題をこなす。

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彼らは日本の教育システムにどっぷり浸かり、発想を凝り固められてしまったのだ。高校受験=>大学受験=>就職試験=>会社員=>定年という日本人のほとんどが歩むコース、それ以外の方法論というのを考えることができない。だから、映画監督になりたければ、映画の専門学校に通う。卒業しても就職試験?はないのに、学校に通う以上の努力をしない。

映画作りはある種、芸術。サラリーマンとは違う。ただ、思うのはカタギの世界も映画界と同様に混沌として来たということ。もはや、入社しても定年まで安泰ではない。社員になることすら難しい時代だ。黙っていたらブラック企業で過労死するまで働かされる。どんなに働いてもまともな生活ができないこともある。映画監督になるには、様々な知恵を絞り、人とは違う方法で自分をアピールしなければならないが、現在においてカタギの仕事も同じ構図になっている。

年老いた人たちから押し付けられた古い価値観に従い、ただ学校に行くだけでは潰れていくしかない。何事においても絶対的な方法論はもうないんだ。自分なりの方法を探すこと。模索することが、夢を掴むこと、生き残ることに繋がるのではないか?


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「ディレクターズ・カット」って何か知ってます?  [映画業界物語]


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「ブレードランナー」は「ブレードランナー ディレクターズカット版」というDVDが出ている。「ニューシネマパラダイス」「JFK」「ロボコップ」もある。映画によっては劇場公開されることも。「スターウォーズ」はエピソード4−6までは「特別篇」というタイトルで何年もあとで映画館公開された。それらは一体何なのか? 

基本、ストーリーは同じだが、初公開時にはカットされたエピソードが復活していたり、編集が違っていたりする。なぜ、そんなことがあるかというと、特にアメリカ映画は監督より映画会社、プロデュサーが権限を持っていて、映画館が求める2時間以内の作品にすることを要求するからだ。そのためにどうしてもカットせねばならないことがある。或は編集権がプロデュサーにあるので、監督の思う編集ができないこともあるのだ。

それを監督が主導で、時間制限を気にせずに再編集したがの「ディレクターズカット」なのである。それこそが本当に監督が作りたかった形。それを観たい観客も多いのでDVDでは「ディレクターズカット版」というのがときどき発売される。

だが、「スターウォーズ」の「特別版」は少し意味が違う。映画制作当時の特撮技術がまだ今ほどではなく、製作者で監督のジョージ・ルーカスが満足するできではなかった。そこで技術が進んだ数年後にその部分を直し、よりクオリティの高いものにして劇場公開したのが「特別版」である。

多くの監督たちは映画が完成すると「はい。仕事は終わりー!」と反省する機会も持たないことが多い。「終わったことをあれこれ言っても仕方ないしねー」という者もいる。が、巨匠たちはいつまでも作品にこだわり続ける。

ルーカスは「特別篇」完成後も直し続ける。その後発売された「ジェダイの帰還」DVDのラストシーンに登場するアナキンは、エピソード2&3で演じた俳優に差し替えられているし、エンディングのEウォークの祭りも、音楽を新たに作り直して、オリジナルにはなかったいろんな惑星の風景が加えられていた。

ルーカスの場合。エピソード5以降は全て自分でプロデュースしているので、映画会社からの横やりというのはなかったが、時間が経つことで気づいた問題点を直しているのだ。製作当時に技術面で不満足だったところ。また、映画完成間近はもうバタバタで仕上げるだけで精一杯ということが多い。年月が経つことで、客観的に観れるようになり、作品をより良くする方法が見つかる。

司馬遼太郎は小説を書き上げると原稿を箱に入れて何ヶ月も読み返さなかったという。映画も小説も完成直後はクリエイターも作品を客観視できないものなのだ。ただ、映画の場合は直すためには編集室やMAルームを改めて借りなければならず高額の費用がかかるので、時間を置いて直しというのはなかなかできない。が、近年は「ディレクターズカット」という概念が出来たので、その種の特別版を作る映画も多くなった。

映画監督というのは「完成」で終わりではなく「さらに良くしたい。あそこはこうしたかった.....」という思いを持ち続けるものなのだ。スタンリー・キューブリック監督などは手直しではなく「「2001年宇宙の旅」以外は全て作り直したい!」と言っていたらしい。フランシス・コッポラ監督も「地獄の黙示録」を手直し、2時間30分の映画をさらに長い3時間16分の「ディレクターズカット」を作ってしまった。

さて、僕も近いものがある。「明日にかける橋」の公開は今年の秋頃になる。時間はあるので、「ディレクターズカット」ではないが、直しをする、秘密の直しもあり。それはいずれ発表させてもらう。お楽しみに。


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【初日舞台挨拶に席を取れ!という友人。勘違いする困った人たち】 [映画業界物語]

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映画が公開初日になると、思い出す話がある。僕の作品が公開初日を迎える前、友人からこんな連絡が来た。

「初日の舞台挨拶。友人と観に行くので5席押させてほしい」

はあ? 何それ? 何でそんなことしなきゃいけないのか? もちろん、映画を観てくれるのは嬉しい。だが、初日舞台挨拶はたいていの場合は争奪戦になる。出演者のファンが前日から並んだりする。その頃はまだネット予約もなく、早く行って並ぶ!ことで席をゲットできたのだ。

それを並ばずに事前に手をまわして席を、それも5席も押さえろとはどういうことか? もし、友人が連れて来る人たちがマスコミ関係者で、映画の記事を新聞に書いてくれる。或はテレビで紹介してくれるというのなら宣伝になるので考えるが、単なる友人なら席を押さえることはできない。

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初日というのは映画公開にとってとても大事な日であり、ヒットするか? しないか?を決める。その日は関係者ではなく、一般の人に観てもらい、口コミを広げてもらうことが大事。そんな日に友人を呼んでも、映画の口コミは広がらない。友人はすでに映画の存在を知り、いずれかの機会に観てくれるだろう存在。初日である必要はない。

出演者のファンが初日に観てくれてこそ、その感動や喜びをあちこちで話してくれてこそ意味がある。その旨、友人に話すと、連れてくるのはマスコミ関係者ではなかった。「でも、彼らは友達が多いので、あちこちで宣伝してくれるよ〜」というが、どーだかなぁー。詳しく聞くと単に人気上昇中の出演者たちの舞台挨拶を観たいというだけのようだ。

彼らは友人が僕と親しいので、頼めば裏から手をまわしてもらえると思ったようだ。そして「友達が多いから宣伝する」とメリットがあるかのようにアプローチした。だったら、宣伝しなくていい。本当に観たければ他の人と同じように前日から並べ! 

何より、僕と親しいから、宣伝するから。という理由で「初日に席を取れ」というのはダメ。初日は関係者ではなく、一般のお客様のもの。その一般のお客様に来てもらうために、出演者が勢揃いするのだ。それを友人だから、関係者だからと裏から頼んでくるのは絶対に許さない。そう告げると友人はこういう。

「だったら、2日目にもう一度、舞台挨拶をしてよ。でないと、僕の顔が立たない!」

やはり、「監督とは親しいから、席を取らせるよ」とかいっていい顔をしたのだろう。だが、そもそも、監督の一存で舞台挨拶はできない。出演者のスケジュール。映画館側の都合。それらを何ヶ月前から配給会社が調整して行うのだ。数日前に言われてできるものではない。それ以前に単に若手女優を生で観たいだけの連中のために、2度も舞台挨拶をする必要はない。

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映画に貢献した訳でなない。会ったこともない。いや、映画に貢献していたとしても、初日に席を取るというのは筋違い。初日は一般のお客様のものだ。観たければ朝から列に並ぶのが筋。それでダメなら仕方のないこと。もう、その友人との縁が切れてもいいと思い断った。僕はその辺、真面目で、友人でも、プロデュサーでも、スポンサーでも、筋の通らぬことはできない。だから損をすることが多い。

でも、友人のせいで5人の一般のお客が映画を観られなくなるのは、あまりにも理不尽。前日から並べばいい。運がよければ当日でも入場できるはずだ。万が一、満員御礼で当日、入れないと嫌なので、裏から手をまわして来ただけなのだ。もちろん、初日に特別招待をする方々もいる。が、皆、それなりの意味がある。単に若手女優を生で観たいというのとは違う。

友人は「だったらいい!」と怒っていた。が、そんな理不尽を通そうとする奴と友達関係を続ける必要はない。結局、彼は上映終了間近に映画館で観てくれたらしい。連れてくるはずだった友人は誰も映画を観ないで終わった。友人は「詰まらない映画だった!」と酷評。そもそも、彼の趣味でないことは分かっていた。が、今も交流は続いている。

ただ、僕が融通の効かない奴だと分かってくれたようだ。映画は身内に便宜を計るより、一般のお客様に観てもらうことが何よりも大事なのだ。

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