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映画監督に求められる5つの能力とは何か? [映画製作あれこれ]

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突然だが、「映画監督に求められるもの」とは何か?と考えてみたので箇条書きしてみる。

①面白い物語とは何かを理解している。

②その物語に相応しい俳優を選ぶことができる

③その俳優を魅力的に、物語を面白く撮影する術を知る。

④撮影した映像をどう編集すれば面白くなるか?理解

⑤編集した映像にどんな音楽をつければ盛り上がるか理解

まあ、この5つか? 効果音の付け方とか、CGの使い方というのもあるし、上の5つ全てダメでも、プロデュサーに取り入る素質があれば映画自体は撮れたりするのだが、映画(物語ー作品)を作る能力としては、基本この5つだ。しかし、いろいろあるなあ。ただ、①は優秀な脚本家がいればいい③は優秀なカメラマンがいればいい④は優秀な編集スタッフがいればいい⑤は優秀な音楽家がいればいいーんだけど、

それぞれの優秀なスタッフを使いこなし、やはり監督がそれぞれのカテゴリーを全て理解し、自分なりのビジョンを持ってなければならないんだよなあ。それぞれのカテゴリーにはルールや理屈。論法があるからだ。それは教科書には載っていないし、映画学校では教えてくれない。

そして自分のスタイルというものもある。巨匠のスタイルを真似てもうまく行くとは限らない。また、優秀なスタッフがたくさんいれば5つの内、いくつが出来れば監督はできる。ジョン・フォードだって撮影知識はあまりなかったらしい。優秀なカメラマンがいて素敵な絵を撮ってくれ、撮影が終われば優秀な編集スタッフにフィルムを渡し、旅に出た。

だから、5つとも出来なくてもいいのだが、5つを全てクリアーするのは大変だろう。でも、それが映画監督の本来の仕事なんだなあ。と人ごとのように考える....。


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地方映画は観光PRではダメ。「物語」こそを売り物にしなければ!? [映画製作あれこれ]

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僕の前作「向日葵の丘」を上映してくれたロケ地に一番近い映画館。何と6週間のロングランになった。その後、そこの方とお会いしたとき、こんな話をしてくれた。

「太田監督の映画がヒットしたのは、うちの映画館がロケ地に近いので市民がたくさん来てくれたというのはある。でも、6週間のヒット。本来は2週間の予定だったのが、4週になり、6週になり、あとは正月映画があるからもう延長できないところまで多くのお客様が来てくれたのは、自分たちの町が映っているというだけでなく、感動できる作品だったから。だから、口コミで広がった。あれだけ多くの人が来てくれたんだ」

専門家の分析は鋭い。実際、映画館上映のあと、地元での上映会があったが、それも大ホールが満員。市長も見に来てくれて大盛況だったと聞く。そこから学ぶこと。ご当地映画。つまり、ロケした町、或は近隣でその映画を上映すれば、多くの市民が関心を持ち、見に来てくれる。でも、それだけではダメだということ。より多くの人に来てもらうには作品自体が感動的でなければ広がらないということなのだ。

実際、僕の前々作「朝日のあたる家」はロケ地の湖西市で3000人が見てくれた。もちろん地元だからというのが大きな理由だが、その後、近隣の映画館で公開されたときも、大ヒット1ヶ月近いロングランとなった。僕が前々から感じていたことが証明された感じだ。

よく地方で映画を撮るとき、地元から「うちの町は大根の産地だから、大根農家ががんばる物語を作ってほしい」とか頼まれる。が、それはストレートに言えば自画自賛。「ワシらの町の者はこんなにがんばってるんだ!」というPR映画になってしまう。そうではなく、町を舞台にした全国どこでも、それこそ世界でも通用する「物語」が大事なのだ。

だが、そこを理解してもらうのはむずかしく、町で実際にあった逸話とか、地元出身の有名人の物語とか、そんな話を作ってほしいともよく言われる。それらも町の人は関心を持つ題材だが、他県の人は全く興味を持たない。それは町のアピールに繋がらないのだ。やはり自画自賛。「うちの町にはこんな有名な人を排出しているんだ」というだけの作品になってしまう。

そんなこともあり、僕はいつも自分の目でその町を見てそこから物語を作る。或はすでに手持ちの話でその町に相応しいものを町に合わせて書き直す。町が単なる背景になるだけではいけないが、観光案内になるのは最悪。物語に町の風情が溶け込んでこそ、映画を見た人はその町を好きになる。入場料を払って町のPR映画を見る人はいない。物語を楽しみにくるのだ。だが、物語が感動的なら、必ず舞台となった町に行きたくなる。

先の映画館の方の話を聞き、そんなことを思い出した。映画は観光ツールとして非常に有効。でも、観光PRを優先すると、それは効果を発揮しない。本当に伝えたいことを前面に出さず、後ろに置くこと大事なのだ。



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映画宣伝はこうして進めるーメインビジュアルの決定。 [映画製作あれこれ]



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映画の宣伝。第1歩はメインビジュアルの選定。映画は全国の人がターゲット。地元は地元用の宣伝法があるが、全国向けは別の展開が必要。例えば地元では「わが町、オールロケ映画」とキャッチコピーが最大の宣伝となる。が、全国に向けて「***市、オールロケ映画」は最悪の展開となる。「北海道オールロケ」ならいいが、有名観光地でなければ多くの人は関心を持たないからだ。なので全国展開は映画の中味で勝負せねばならない。

そのためにはまず、メインビジュアルを決める。皆が知る映画で例を上げるなら、少し古いが僕と近い世代の方々に説明するなら「ジョーズ」。鮫が海から上がって来て、泳いでいる女性を襲おうとしている絵。あれがメインビジュアルと呼ばれるものだ。

「未知との遭遇」は夜の道。その奥で光る何か? 「ET」は宇宙人の指と少年の指がくっついてるあれ。というふうに映画はメインビジュアルを決めて、ポスター、チラシ、チケットと全て同じデザインに統一して宣伝する。あれこれいろんなパターンを使うと見る人が覚えてくれないからだ。それが宣伝というもの。

「ジョーズ」で言えば、鮫のポスター。鮫のチラシ。鮫の前売り券と全てデザインが同じものが使われた。もし、ひとつだけ別のデザインを使っていると、気付いてもらえず、アピールできない。宣伝においては基本。とても大切なこと。人というのはなかなか映画の存在を認知してくれない。だから、印象の強いーインパクトあるビジュアルを作り、全て統一して宣伝する。

作品によっては公開に近づくと、ビジュアルが変化するタイプもある。「スターウォーズ」シリーズがいい例だが、最初はダースベーダーだけ。それが次第に新しいキャラクターが紹介され、最後は全員がビジュアルに出る。だが、その場合は過去に使ったビジュアルはもう出さない。見ている人が混乱するからだ。

今回の映画は全国展開せねばならない。そのためには多くの人にアピールすることが大事。そのビジュアルを決めるにあたり、まず、誰が出演しているか? ジャンルは何なのか? アクション映画か? 恋愛ものか等。笑えるのか? 文芸作品なのか? 何なのか? どんな物語なのか? さらにはターゲット。子供向けか? 女性向けか ? 家族向けか?そんなことを1枚のポスターで伝えることが大事。

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ただ、全てを正確に盛り込むと逆に分かり辛くなることもある。分かりやすく「恋愛映画!」とした方がいいこともあるし「有名俳優が出てます!」という手もある。その役者のファンが大勢いるなら、その方がアピールする。が、有名でもファンが劇場まで押し掛けるようなタイプでなければ、意味がない。これは所謂、広告代理店的な発想。

監督が「この映画は恋愛映画だ。恋愛ものとして売ってほしい」と思っても、その年の日本映画に恋愛ものがやたら多ければ、霞むので別の要素を打ち出した方が差別化ができる。ポスターを始めとするメインビジュアルは「売りたいもの」を載せることではない。映画の一番の魅力をそこに打ち出すこと。「感動できる映画」なのか? 「大笑いできる映画」なのか? それを伝えてこそ観客は「泣けそうな映画だから見たい!」「笑える映画だから見よう」となる。

僕の前作「向日葵の丘」を考えよう。売りは「有名俳優共演」「悲しくも美しい物語」的なイメージを伝え、写真を貼付けたようなデザインで青春時代を思い出すストーリーであることも表現。タイトルが「向日葵の丘」なのでひまわりとひまわり畑のビジュアルも必要。それをリンクさせることでタイトルが覚えやすくなる。

そして写真の通り。左からパンフレット、チラシ、DVD。下写真左ー前売り券、右ーホームページと全て同じデザインにしてある。そのことで一目で「ああ、向日葵の丘ね!」と分かってもらえる。これがひとつでも違うといろいろ面倒なことになる。タイトルを筆文字にして文芸作品タッチであることも伝える。

パンフレットだけ別デザインだと、映画館に置いても別の映画だと思われ売れない。HPのデザインが違うと、それを目にすることがあっても素通り。或は、見つけても「あれ?これじゃないよな」と記事を読んでもらえなかったり。「ジョーズ」の頃からメインビジュアル統一は映画宣伝の基本となっている。

そんなふうに宣伝ひとつ取ってもいろいろと約束事があり、全国公開はそれに従い進めて行く。


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なぜ、「明日にかける橋」の舞台は1989年なのか? [映画製作あれこれ]

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前作「向日葵の丘」は1983年が舞台。バブル前夜ともいう時代を見つめることで、大切なことが分かって来ると思えたからだ。あの時代はまだバブル以前で裕福だったが、希望が感じられ、これから新しい何かがスタートできる気がする時代だった。そこに今の日本が失ったものがあるーと感じていたことがきっかけだった。

前作でバブル前夜を見直したのなら、今回はバブル最盛期を見つめてみようと思った。日本の企業がアメリカのビルや映画会社を買収。世界1の金持ち国だったころ。ただ、その時代を見つめるだけでは「あーあの頃はよかったなあ」で終わってしまう。そう、そのあとに訪れるバブル崩壊を一緒に見つめないと意味がない。

札束が乱れ飛んでいたバブル時代。それが崩壊することで日本は激震した。絶対に潰れないと思っていた銀行や証券会社。そして大企業が次々に倒産。仕事をなくす人たち。同時に就職難。不況の波。日本は転げ落ちるように厳しい時代に突入。それは今も続いている。

「バブル最盛期」と「バブル崩壊」その2つの時期を見つめることで見えて来るものがある。単に不況になり大変だなあーではない。崩壊直後は「また、バブルが来て景気がよくなればいいのになあ」という人もいた。でも、それから20年以上が過ぎても景気は回復しない。

つまり、ひとつの時代が終わったのである。イギリスやアメリカを見れば分かるが、経済発展が進み、国が裕福になる。そして大国に。でも、頂点を過ぎるとあとは下り坂。隆盛を二度掴むことはできない。人は成長して大人になり、その後は歳を取り老人になり死んで行く。国も同じ。その意味で日本はもう繁栄の時代を終えたのだと思える。

同時に、新しい時代を迎えたとも言える。その時代に必要な方法論や価値観。考え方が見つからないので、不況から脱出できない。古い方法論で足掻いているから足踏み状態が続くのではないか?と思えて来る。そこでいつものテーマを考える。では、そんな困難な時代に大人は、親は子供たちに何を伝えればいいのか?

これまでと同じ教育をし、古い価値観にしがみついては新しい時代を乗り切れないだろう。だから、まず、バブル時代とその崩壊を見つめてみたい。バブルはなぜ崩壊したのか? 不況時代にやるべきことは何なのか? 生きる意味をどう考えるのか? そんなことを物語通じて考えてみたくて1989年という時代を選んだ。

背景になるのは静岡県西部。袋井市、磐田市、森町。緑が溢れる美しい町。バブル絶頂期にもまだ大いなる恩恵が届いていなかった時代。青春ものであり、家族ものとも言える物語。それらを通じて子供たちに伝える大切なことを考えるのが「明日にかける橋」という物語である。 



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明日にかける橋ー編集日記(4日目) 春夏秋冬の映像は作品を数段押し上げるのに企業映画では撮影ができない理由? [映画製作あれこれ]

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撮影は夏だったが、実は今年の冬から地元の季節を撮影をしていた。まだ、映画製作が正式に決まっていない頃だが、正式に決まって準備が出てからでは春夏秋冬を撮影できない。そこで今年の年頭ー冬から個人で風景撮影を開始した。

それらの映像は別のカメラで撮られているので、データ形式が違う。変換して取り込む。それにもまた時間がかかる。その間にこの記事を書いている。これまではその手の季節カットは編集が全部できてからはめ込んでいたのだが、今回はそれらが非常に重要な役割を果たすので、この段階で準備しておく。

以前にも書いたエピソードだが、撮影の移動中に板尾創路さんとも話した。季節の映像を撮るのは本当に大変。彼は監督業もしているので痛感すると言っていた。夏を舞台にした映画で春や冬の映像を入れようとすると、撮影終了後にその季節まで待たなければならない。

その上、またスタッフを雇い、カメラをレンタルして地元に移動。キャスト抜きだとしても数百万の予算が必要。四季を全て撮るなら本撮影以外に3回。「予算がない!」と映画会社は季節の映像を入れようとはしない。

春夏秋冬の絵が入ることで映画は数段クオリティが高くなり、奥行きができる。その町の美しさも伝えることができる。ただ、費用が大変。映画会社はその予算を捻出するのを嫌がる。

しかし、太田組ではそれが可能。カメラマンと2人でいつも車で移動。季節の撮影をする(これに関してはカメラマンに感謝。この手法を理解してくれるカメラマンは少ない)。映画会社だと多くののスタッフが行くので大変だが、こちらは2人。そんなふうにすれば安く済むのに、企業の場合はそれができない。なぜか?

監督自身が「制作部や演出部がいないと撮影が大変! ホテルの支払いまで俺がやるのか!」と嫌がる。カメラマンも「助手が必要!」と言い出す。結局10人くらいの編成になり、交通費、食費、宿泊費、ギャラを計算すると数百万になる。そんなことで美しい四季を撮影できないのが企業映画。

でも、ちょっとした努力で(監督が制作部と演出部とPを兼ねて、ホテルや食事の支払いもして、カメラマンが助手なしで撮影してくれれば)季節を撮ることができる。だから、冬から撮影スタート。春、初夏と撮影。もし、映画が中止になっていたら全部無駄になる。そう考えるから皆、やらないのだ。

絶対にやる! 映画撮影をする!だから季節を撮っておきたい!とリスクを恐れずに行動することで、低予算でもクオリティの高いものはできる。毎回、そんなことを考えながら季節撮影をする。これまでに撮った映像を変換。タイムラインに並べて行く。こうして1億円の企業映画に負けない作品を作る!



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映画で出てくる雑誌ーこれがめっちゃ大変なんだ! [映画製作あれこれ]

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「明日にかける橋」は1989年が舞台。当時の物を出す事で時代感を出したい。そんな中で面倒なのが書籍。このことは意外に知られていないので紹介する。今回の登場人物にアイドル好きのキャラがいる。AKBよりおニャン子クラブが好き。80年代のアイドルがいい!という男の子。

タイムスリップして89年に行けば当時のグッズを手に入れたくて本屋に行くだろう。となると、劇中で本屋を登場させ、その種の雑誌を用意せねばならない。が、それが超大変。雑誌にも著作権があるのだ。今回、男性向け週刊誌を劇中で使う。そのために必要なのは?

まず、神保町の古本屋街に行き、当時のその雑誌を探す。1989年の7月のものでなくてはいけない。それを買って来てからその雑紙の出版社の編集部に連絡。許可を得る。撮影前に連絡したのだが、担当者が忙しくて捕まらない。しばらくしてから連絡。今度はお盆休みでいないといわれる。

撮影が終わってからようやく捕まり、申請。1ヶ月経っても返事がない。連絡すると、書類をなくしたとので、もう一度申請してほしいと言われる。それから数週間。先方からの連絡はなく、こちらから何度も連絡。ようやくOK。でも、これで終わりではなく、担当者曰く

「雑誌の表紙に映っているアイドルと写真を撮ったカメラマンの許可も撮ってください」

そこで両者が誰なのか?確認して連絡。カメラマンは「金を払え」という。何度か交渉してようやく無償で許可を得る。次にアイドル。事務所に連絡。これまた数週間。ようやく許可が出た。出版社に連絡してから2ヶ月が経過している。本当に面倒。もし、今回の経緯で誰かが承認しなかったとしたら、例えばアイドルの事務所が反対したらアウト。

その場合はまた神保町に行き当時のアイドル雑誌を探すところからスタート。全ての許可を取り、その雑誌を用意して、カメラマンと照明部に来てもらい、機材をレンタル。その雑誌を撮り直さなければならない。そのためにまたいくら必要か? そんなふうに大変なので、今回は雑誌を1冊しか使っていないが、これが10冊とかになると、先の手続きを10回繰り返す必要がある。

もう、撮影準備をしている余裕はなくなる。しかし、レコードジャケットとか、小説、雑誌、映画ポスター等、全て著作権があり許可を取らねばならない。ものによっては高額な使用料を取られる。映画の1シーンに雑誌が登場するだけでも、本当に面倒なのだ。


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「撮影が終わると映画は完成!」と思われるが実は違うという話 [映画製作あれこれ]

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何年か前に監督した映画。撮影終了後に半年ほどポストプロダクション(編集等の作業)それを経て上映会をするために再びロケ地を訪ねた。映画好きのお爺さんがいて、ご挨拶。開口一番、こう言われた。

「監督、半年も何してたんですか? 撮影も終わったし、いつ上映してくれるのかズッと待っていたんですよ!」
「はあ。どういうことです?」
「だって、撮影が終わったんだから、さっさと上映すればいいでしょう? 皆、楽しみにしていたのに待ち疲れて、映画のこともう忘れてますよ!」


噛み合わない会話。要はそのお爺さん。映画は撮影が終われば完成!と思っていたのだ。しかし、その方は映画ファン。今も8ミリ映画を趣味としている。なのに「何で〜?」と思うのだが、その町の方々に会うと同じことを言われた。

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そう。その町の人たちは撮影が終われば映画は完成。というのも「あとは撮影したフィルムを繋ぐだけ!」と思い込んでいるのだ。たぶん、その町の方だけでなく、日本中の多くの人はそう思っているだろう。これにはかなり驚かされた。

中には「半年の間、どうせ遊んでいたのだろう? みんな上映を楽しみにしていたのに!」と怒られたり「別の仕事で海外へ行ってたんですか? それで上映が遅れたんですね?」と気遣われたりで、さらに困惑。半年近く編集室に籠もり、朝から深夜まで編集。まともな食事も出来ず、片手に菓子パンの半年。完成し映画を見たら地元の方は喜んでくれると、がんばっていただけに「遊んでたんだろ?」はかなりショックだった....。

そこで映画の撮影というのは映画制作の一部であること。撮影終わりが完成ではなく編集という作業にもの凄く時間がかかることを説明したのだが、多くは「撮ったフィルムを順番に繋ぐだけでだろ? そんなの1週間もあればできるだろう?」と言われる。んーーどういえばいいんだろう。

映画制作は3つに分かれる。「プリプロダクション」企画ーシナリオ執筆ーキャスティングースタッフイングーロケハンー撮影準備という行程。「プロダクション」撮影。「ポストプロダクション」編集、音楽制作、音入れ、アフレコ、宣伝、上映までの作業の3つに分かれる。こういうと「撮影」は映画の一部分であることがよく分かる。

撮影には俳優が参加するので、派手だし、一般の目を惹きやすい。が、映画制作の多くは地味な作業を長期間続けるものなのだ。特に編集は最低でも1ヶ月以上。僕の場合は3ヶ月。師匠の大林宣彦監督なら6ヶ月はかける。ここが理解されずらいところ。「撮影した順にフィルムを繋ぐだけ」という考え方は間違いではないが、それは違うのだ。説明する。

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昔の日本映画は無駄なカットは撮らない。本当に必要な芝居だけを撮影。NG抜きをして、シナリオ順に繋げば出来上がり。だから、昔の映画は2週間代わりで2本立て上映が可能だった。それは現代でも通用する撮影法なのだが、今では多くのフィルムメイカーが非常に凝った撮影をする。

同じシーンをいろんな角度から撮る。ハリウッド方式に近い。カメラを2台3台使う監督もいる。フィルムからデジタルになったことで安価にそれができるようになった。行貞勲監督、岩井俊二監督ら、有名監督もその手法を使う。僕もデビュー作からその撮影法。だから、同じシーンの映像がいくつも存在する。

その手法で撮れば俳優のAさんのアップ。Bさんのアップのどちらを使うか?を選べる。従来の日本映画なら撮影前にどちらのアップを使うか?を監督が決めて、その俳優のアップだけを撮るので、あとで選択はできない。それを可能にする手法である。

さらに昔の映画のように2人の俳優の会話を真横から撮り「はいOK!」という撮影法はあまりされない(撮影が簡単で時間がかからず、照明も一度のセッティングで済むから多様された)撮影は簡単だが、それぞれの俳優の表情が見えず、盛り上がらない。だが、新しい手法で撮れば、いろんな角度から俳優たちを見せることができる。Aさんのアップ。Bさんのアップ。Aさん越しのBさん。2人のツーショット。ただ、編集は大変。もの凄い数の形が可能になり、最善を選び作業せねばならない。

つまり、古い日本映画は撮ったものを繋ぐだけだが、新しい方法論で撮れば無限大の編集の可能性がある。さらに昔なら2分3分続くワンカットがよくあった。それが長いほど「いい映画!」という評論家もいたが、今は3秒4秒でカットが変わる。そうすることでテンポが早くなる。リズムが出て来る。というメリットがある。でも、3秒のカットで2時間の映画を繋ぐとどうなるか? 作業だけでも、もの凄い時間がかかる。

こんなふうに現代の日本映画は非常に細かく、緻密な編集がされている。毎日、朝から夜中まで作業しても3ヶ月4ヶ月かかるのが通常なのだ。でも、一般の人にはその辺のことを知る機会がなく「撮影が終われば、映画は完成〜!」と思われがちなのだ。さて、その恐怖の編集が間もなくスタートする。その件についてはまたのちほど書かせて頂く。


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明日にかける橋ー「俳優業は過酷な仕事。でも、必ず誰かが見ている」 [映画製作あれこれ]

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僕のキャスティングは定評がある(えっヘン!)無名の逸材を見い出し、その後、その若手が大ブレイクしたり(朝ドラの主役になったり)。ベテラン俳優を「え、こんな役で起用する?」というサプライズな配役。「太田組に出演すると俳優たちは皆、輝く!」といってくれる評論家さんもいる。

その辺が評価されるのは毎回嬉しい。とにかく、俳優陣の評判はいい。今回はいつも以上に評判がよく、先日も先輩監督が「キャストの顔ぶれだけで、どんなだろう!と映画が見たくなる!」と言ってくれた。
僕自身も今回のキャストには大満足している。だいたい、1人2人は「えーーなんでーーー」と失望する演技をする俳優がいるのだが、今回はゼロ。こんなことは初めてである。皆、素晴らしい芝居を見せてくれたし、はまり役であった。

でも、それに関して心残りがある。出演してもらえなかった無名俳優がたくさんいることだ。キャスティングをするとき、何人かはメジャーな有名俳優さんから選ぶ。それはいろんな意味で大切なことなのだけど、全部を有名俳優では揃えられない。ギャラもそれなりだし、スケジュールも大変。皆、忙しいからだ。

それとメジャーな俳優さんにはいない役もある。とてもむずかしい役であるだけでなく、キャラクターも大事だったりするからだ。だから、無名の俳優たちからも多くキャスティングする。今回も無名だが実力派、個性派の俳優さんに大勢でて頂いている。そんな人たちはどうして探すか?というと、ひとつはオーディション。

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例えば20代、男性。イケメン。ミュージシャン風とか告知。各俳優事務所に連絡。オーディションをする。でも、審査はせいぜい10ー20分。本当の実力は分からない。また、事務所に言われて来ているだけ。僕の監督作を見ないで来る輩もいる。やる気が感じられない。仕事がほしいだけなのだ。いや、仕事がほしければ募集する側の過去の作品を調べるのは当然。でも、それさえしない。

僕は俳優とは親しい交流はなるべくしないようにしているが、全く知らない相手だと仕事はし辛い。そうなると何かの形で知り合った俳優たちで、今回の役に相応しい人がいれば声をかける。そんな若手の俳優たちは皆、アルバイトをしながら劇団をしていてたり、俳優業を続けている。

皆、小さな役でもいいから映画に出たい!ノーギャラでも演技がしたい!という熱い人たち。まさにザ・役者なのだ。が、応援を兼ねて小さな役をオファーしようとしても、それがなかなか出来ない。地方ロケの場合。1人出演させるとノーギャラでも3万円ほどがかかるのだ。今回でいうと東京ー掛川の新幹線代、往復。ビジネスホテル代を払うと3万円近くになる。

これは結構大きな額。10人呼べば30万円だ。それだけの費用があれば技術部の助手を1人増やせる。それでなくても技術部も助手の数を減らしてもらい、5人がかりでやるパートを2人、3人でやってもらっている。なのに、僕が応援したいだけの若手を呼ぶのは違う。俳優養成講座ではない。素晴らしい映画を作るための仕事。

もし、その若手が本当に物語に必要。この役は彼以外にない!となれば、3万払っても呼ぶがそうでなければ、応援の気持ちで呼んでいけない。といって、じゃあ、彼ら彼女らにノーギャラで交通費自前で来い!とは言えない。それでなくても皆、貧しくて食うや食わずの生活。さらに宿泊費を負担させることなんてできない。本当に悩むところだ。

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今年ワークショップを何回か実施したが、その中にもなかなかの実力派がいた。それでも仕事は少なく、アルバイトしながら役者を続けている。努力家で、ある程度の役ならこなせる女優さんもいた。特に「太田監督の映画に出るのが目標」と言ってくれる子たちもいる。嬉しい話だ。しかし、そこで監督の権限で無理矢理。役を上げることはできない。

その俳優でなければならない役があってこそ。出演依頼を出来る。或は、役がなくても、その人が出ることで場面が盛り上がる特別なキャラや個性があれば役を作ってでもお願いする。でも、そこまでの役者はいない。そうなると、出演オファーはできない。何人からも「どんな役でもいいので、お願いします」とメールももらったが、それはできない。

後ろ髪惹かれるとはこのこと。本当に胸が裂かれるような思いだった。でも、俳優業というのはそんな無慈悲なことの連続。その中でチャンスを掴み、実力でのしあがらねばならない世界なのだ。でも、それらの俳優たちのことを忘れはしない。本当にやる気があり、実力を持つ役者たちはいつか、あーこの役はアイツだ!と思うときが来る。今回もそんな役者がいた。目を付けてから2−3年。ようやくそいつに頼むべきはまり役があったのだ。

俳優諸君。諦めてはいけない。目のあるスタッフは君たちを見ている。すぐには声がかからなくても、努力している者は必ず評価される。チャンスがまわってくる。がんばれ!


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映画監督って撮影後はどんな仕事をするの? 太田組の場合 [映画製作あれこれ]

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一般の感覚では映画監督というと撮影現場で偉そうに怒鳴っている人という印象だろう。黒澤明のメイキング映像とか見ると、そう思えてしまう。が、それは監督業の一部に過ぎない。それも怒鳴るのが仕事ではなく、自分がイメージする芝居を要求しているのだ。撮影というのは、監督がイメージする芝居。照明。撮影が大事。

そのあとは何をするか? 通常の監督なら、しばらく休息。編集担当者が撮影した素材を編集。ある程度繋がったら監督に見せて、あれこれ指示を受けイメージと違う部分を直す。そんな作業を繰り返し、編集作業が終わったら、音楽。これも音楽家に監督がイメージを伝え、作曲してもらう。できたらそれをスタジオで映像に付けて行く。細かい作業は他にもあるが、こうして完成。これが通常の監督業。

だが、太田組ー僕の場合はかなり違う。撮影が終わったら、まず、あと片付け。撮影時の領収書を清算。撮影以前にかかった経費を全て計算し、何にいくら使ったか?を記録。決算書類を作る。撮影時の経費はアソシエイト・プロデュサーが担当し、全て計算して書類にし、赤字はいくらか?出してくれる。(赤字分は毎回、監督料から差し引き補填する)が、撮影前の費用は全て僕が管理。担当するので、自身で計算。領収書整理をして書類を作る。これに何日もかかる。

同時に撮影現場で撮られたスチール写真。数千枚あるものを全て見て、その中から宣伝、チラシ、パンフレット等に使うものを数百枚選ぶ。これがまた大変な作業でかなりかかる。それを各俳優事務所にまわして、OKをもらったもののみを宣伝で使う。俳優の肖像権は全て事務所が管理している。現場で撮ったスナップでも全て許可を得なければ使うことはできない。

そしてスタッフに請求書を出してもらう。ギャラである。今回30人分くらいのスタッフの人件費は全て僕宛に送ってもらい、今月末にある委員会からの入金から事前に決めた額を銀行から振り込む。その際に法律に従い事前に源泉徴収。10.21%を引き、財務局に払わなければならない。これが面倒。その上で、各スタッフ1人1人の銀行口座に振込をする。

あと、撮影中に起こった事故とか忘れ物。失くし物。苦情。相談にもA・プロデュサーと共に対応する。いろいろあるのは、僕自身もプロデュサーを兼ねているからだ。以前に参加した映画で製作費、特にギャラを担当するプロデュサーが誤摩化しをしたり、中抜きをすることが頻発。それも製作会社ぐるみ。悪辣な人がやたらにいた。映画界でトラブルを起こすのは必ずプロデュサーと思えるほど。


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約束した額をスタッフに払わない。通常以上の手数料を抜く。一生懸命なスタッフにあとからギャラの値下げを頼む。或は支払い拒否をする。経費を払わない。僕も散々そんな目に遭った。自分の作品ではそれはさせまい!と今は製作会社には依頼せず、プロデュサーも自身で担当することにした。

そして今回のような市民映画の場合はプロダクション手数料を頂かない。その分を現場にまわす。そんなふうに手数料0円で映画制作を請け負ってくれる会社なんてないので、あれこれ仕事ー製作費の配分とか、業者とのやり取りも僕がせねばならず、おまけにプロデュサー料はもらわないので、忙しくなる上に収入は減るが、誤摩化しをするPを入れないためには必要なのだ。

それらの仕事が終わらない内に編集作業がスタートする。約3ヶ月ほど編集室に籠もり作業する。これが何より大変だが、それは別の機会に書く。

同時に、地元上映会。東京公開。全国公開の準備も始めねばならない。作品をどのように宣伝するか? どのようなイメージのポスターやチラシを作り、どんな形でアピールするか? 予算をどう使うか?等。いろんな戦略が必要。テレビで大宣伝しても映画館にはなかなか客が来ない時代。今回も大掛かりな宣伝は無理なので、どうんな方向性を打ち出すか?配給会社と相談する。

こんなふうに僕の場合は監督業以外の仕事も担当している。そのことで人件費の削減もできるし、誤摩化しや暴走も止められる。映画は企画から完成ー公開まで一環した方向で進めなければならない。出来たものを業者にポンと渡しても、先方は愛情はなく、商品のひとつしか考えない。宣伝費も無駄使いする。だから、映画業界では監督が最後の最後まで立ち会い(その段のギャラは出ない)あれこれ確認。宣伝や配給は監督の承認を取る。僕の場合は自分が中心となって宣伝活動を進める。舞台挨拶の演出も担当する。

宣伝と言えば、すでにスタートしているが、Facebook、ブログ、Twitterによる映画宣伝である。通常は映画公開の数週前からしか監督たちは情報発信をしないが、僕は撮影前からスタート。DVD発売まで続ける。今回は大企業や映画会社が作る大作映画ではない。映画のタイトルを知ってもらうことは大変。だからこそ、個人のFacebookで1−2週間。書いただけでは知名度は上がらない。それなら時間をかけ、月日をかけ、ネットで長期間発信することで、より多くの人に映画の存在を知ってもらえる。

また、映画をサポートしてもらった人。参加、出演、応援してもらった人たちへの報告でもある。現場にいても知り得ない事実。感動的な逸話等もある。それを記事にすることで、それらの人にも喜んでもらったり、同様に宣伝に協力してもらえるようにするためにも、毎日の発信が大事。こうして結果、7人分ほどの仕事をすることになる。これが太田組の監督業。いろいろせねばならないことは山積みだが、編集作業がスタートすればしばらく専念せねば。


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古里映画を作ると、なぜ大きな宣伝効果があるのか? [映画製作あれこれ]

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僕の映画は都会でロケをしない。これまでの作品は全て地方。それも有名な観光地ではない。しかし、それぞれの町には知られざる美しい風景があり、心を癒す素晴らしい景色がある。それを背景に物語を撮りたくて、地方で映画を撮り続けている。それらの映画は有名俳優が出演。日本全国の映画館で公開。必ずアメリカ等の世界の映画祭で上映される。

そのため、いろんな地方、自治体等から相談を受ける。というのも、多くの地方は赤字続きで苦戦している。新しい産業を起こすのも大変。一番、効率的なのは観光。でも、古い遺跡や歴史的な建物もないので、観光では勝負できない。ただ、映画の撮影があれば、そのロケ地としてアピールできる。NHKの大河ドラマの舞台に選ばれれ、大挙して観光客が押し寄せる(が、大河の場合。放送終了と共に観光局は激減。結果、地元が投じた費用が回収できず赤字ということが多い)

ドラマでなく、映画でも効果は大きい。観光客がいきなり倍増するということはないが、巨額を投じた宣伝とう同等の効果がある。全国の映画館で地元の風景が映し出される。映画自体の宣伝がテレビや新聞で流れる。映画雑誌、情報誌で作品が紹介。ネットでも拡散。多くの人が映画を見る。

さらに、DVDになり、衛生やケーブルテレビ、地上波でも流れる。テレビと違って映画は息が長い。テレビドラマは1年も経つとタイトルさえ忘れてしまうが、映画は何十年経っても覚えていることがある。30年前の映画をもう一度DVDで見ようと思うこともある。そんな意味で映画のロケ地に選ばれれば、その町がもの凄くアピールされる。対費用効果を考えれば数千万円から数億円になる。

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これが自前で古里の宣伝キャンペーンをすると、もの凄い費用が必要。CMを作りテレビで放送するなら億単位。駅にポスターを貼るだけでも何百万。新聞広告だって、大手新聞、一面広告なら1000万円! それも続けなければ効果は薄い。

だが、映画が来てくれれば、地元は撮影に協力するだけで、何千万円もの宣伝効果を上げることができる。だから、多くの町が映画のロケを求めている。実際、長野のある町はそれで大成功。観光客が増え、50億もの宣伝効果を上げた。また、収入だけでなく、町の知名度が上がる。町の名前や魅力、産業、特産品を全国に伝える等の大きなメリットもある。

そこで多くの自治体がフィルムコミッションを設立。ボランティアとして映画撮影に協力。わが町で映画を撮ってもらおうと努力を続けている。或は、製作費を一部出資。さらには製作費を全額集めて町が中心となって映画製作を行なっているところもある。

そんなひとつ。主婦の皆さんが「古里の魅力を発信する映画を作ろう!」とスタートしたのが静岡県西部を舞台にした映画、この夏に撮影が行なわれた「明日にかける橋」である。「映画作るのそんな簡単じゃないでしょう?」と思うかもしれないが、それを主婦の皆さんは見事やり遂げようとしている。有名俳優が多数出演。撮影は終了。「え?そんなことが可能なの?」はい。おばさんたちが大奮闘。地元テレビでも紹介された、その映画撮影日記を毎日、お伝えしている。ぜひ、お読みください。

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