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僕の場合。映画監督になるために、あえて業界から遠ざかった?=俳優等「表現の仕事」をしたい人たちのための覚え書き [映画業界物語]

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[新月]僕の場合。映画監督になるために、あえて業界から遠ざかった?=俳優等「表現の仕事」をしたい人たちのための覚え書き

表現の仕事ー大切なものをいろいろと書いて来た。それは俳優でも、歌手でも、作家でも、ミュージッシャンでも、映画監督でもほぼ同じものだ。まず、鋭い感受性が必要。それを磨くこと。日本の学校教育や会社組織はその感受性を鈍くさせ、麻痺させるところ。その中で生活して行けるようなら、表現の仕事は向いていないとさえいえる。

美しい、悲しい、苦しい、素晴らしい、愛らしいと感じる力が感受性。それが鋭くなくてはいけない。そして、それを磨かなければならない。俳優を目指しながらバイトバイトの生活をしている若い人の中には、せっかく鋭い感受性を持っているのに、次第に一般の価値観に毒され、いつの間にか目標である「俳優業」より「バイト生活」や「友達」を優先してダメになって行く者が多い。表現の仕事に就くには、自分を追いつめるか? 或は、平均的な日常では暮らせないほどの鋭い感受性を持っていることが大事なのだ。

他にも「経験」「表現力を磨くこと」について書いた。全てが揃わなくても、どれか1つ抜きん出ていれば成功することがあるし、その1つがダメでアウトということもある。もう20年以上前から、いや、学生時代を思い出すと、30年以上、俳優や作家、歌手、映画監督等を目指す人たちを見て来た。そこで夢を掴んだ人。掴めなかった人の違い。表現の仕事に向いている人、向いていない人。それが年月を経て明確に見えて来た。前回までに条件をまとめてみた。

偉そうなことばかり書いて来たので、僕自身の話も紹介する。映画監督という仕事もまた、鋭い感受性が必要であり、その上で「経験」と「表現力を磨くこと」の2つが要求される。が、ここが難しいところで、俳優業なら例えば30歳まで、いろんな仕事をしてから俳優になるのは難しい。その種の人は経験はあっても演技力はないから。経験のない30代の新人俳優を求める芸能事務所もないし、業界も求めない。その意味で若い頃に俳優としてスタート。演技力を磨くことが大事と書いた。

映画監督も同じ。例えば助監督をしていると、映画の作り方。演出の仕方。俳優との接し方。スケジュールの立て方。小道具大道具のこと。衣装、メイク。いろんなことを学べる。それらを知らずして監督業はできない。そして巨匠やベテラン監督と仕事をする事で多くを学ぶ。ただ、朝から晩まで撮影撮影の生活。映画のことは学べても、それ以外のことを経験できない。

僕は19歳で助監督を経験。先輩たちは超多忙なのでテレビも新聞も読む暇がなく、世間のこと。それどころか芸能界のこと、どんな俳優が人気あるか? 今、どんな歌が流行っているか?も分からなくなっていた。年齢が上に行くほどそれが酷い。いや、流行や世情ならいい。考え方がとても閉鎖的で古くさい。センスがない。おっと、全員がそうではないが、そんな人が多かった。古い作品を誉め称えるのに、新しいものを否定。僕も30年後はああなるのだろうか?そんなとき、業界の先輩からこう言われた。

「太田は何になりたいんだ? 技術系なら遊んでいちゃいけない。真剣に仕事して、いろんな技術を覚えないとダメだ。でも、演出部で行きたいなら仕事ばかりしていてはダメだ。いっぱい遊んで、いろんなことを経験しないと!」

そうかもしれない。カメラとか照明。録音。特撮等は技術系。学ぶことが重要。遊んでいる暇はない。でも、演出というパートは機械を使うとかではない。いろんなことを知らなければできない仕事。例えば、ヤクザの役がある。彼らはどんなふうに話すのか? どんな態度を取るのか? 俳優に指示しなければならない。警官ならどうだ。政治家なら。公務員なら? それを知らなければ演出はできない。

考えてみると監督と呼ばれる人は単なる現場監督とは違う。黒澤明は歴史に詳しい。大島渚は政治について論じる。オリバーストーンはまるでジャーナリスト。ウイリアム・フリードキンは大学教授のようだ。もちろん、職人的な監督もいる。監督を分類してみる。


①ディレクター(テレビの場合。監督をディレクターと呼ぶが、まさにそれ。複数のDが同じシリーズのドラマを撮っても、誰がどのエピソードか?分からないほど、個性を出さずセンスと現場進行の能力で仕事する人)

②映画監督(与えられた作品を予算内、期限内に撮り上げる。クオリティも高い。自分なりのスタイルもある。が、物語を通じて何かを主張しようとか、テーマを追及したりはしない)

③映画作家(映画を通じて、自分の思いを主張、メッセージする。作品はとても個性的)

そう考えると、僕は3番目だと思える。単に仕事としてシナリオを渡され、それを映像化する仕事ではなく、自分が考える思いや疑問を物語にして、それを映画にしたい!という思いが強いことに気付く。そのためにはシナリオを書かなければならない。でも、監督業に就くには現場を経験する必要がある。そこで認められて監督になる。

ただ、シナリオを書くには「経験」が必要。以前の回で結論を書いたが、10年間、いろんな体験をしたからと、作家になれる訳ではない。最初は身近なことを書き、次第に取材をして書く。長期間に渡り、書く力を養うことが大事だと。しかし、当時の僕には身近なことがなかった。

実は高校時代からシナリオや小説を書いていた。映画学校時代も独自にシナリオを書いたが、ベースになるのは、高校時代の記憶である。それをもとにSF的な物語を作るのだが、今考えると、過去に見た映画の切り貼りだった。多くの作家志望や映画監督志望者がそうだが、自分の好きな作品の寄せ集めでしかない。それで観客を感動させることはできない。要は映画ごっこレベルなのだ。

何ら経験がないのに、観客を興奮させ、感動させる物語は作れないことに気付いた。もちろん、もの凄い創作力がある人はサラリーマン生活をしていても、素晴らしい物語を作るかもしれない。「人間の証明」の森村誠一さんはホテルマンをしながら小説を書き、その後、会社を辞め、作家に専念。大ベストセラー作家となった。黒澤明監督も絵描きになるのを断念。東宝に入社して世界的な巨匠となる。どちらも、特別な経験をしている訳ではない。そんな状況を見て同じく映画監督を目指す友人たちはいう。

「才能があればやっていけるんだよ。手塚治虫だって、若い頃から漫画を書き続けて、未だに凄い物語を作っているだろ?」 

そうかもしれない。その上、映画界から離れてしまうと、どんなに素晴らしい体験やドラマチックな経験をしても、それを映画にするチャンスが遠のいてしまう。作家になるのなら、小説を書き、出版社に持ち込めば…ということが可能だが、映画の場合はそうは行かない。何の実績もない若造に何億円もかかる映画の監督など任せることはない。

5年ほど、自主映画活動をメインにして、助監督やADもやった。そして結論を見つける。昔から憧れていたアメリカに留学しよう。「スターウォーズ」のジョージ・ルーカス監督が学んだUSC(南カルフォルニア大学)の映画科に行こう! そうすれば映画の勉強をしながら、海外体験ができる。映画から全く離れてしまうとよくないし、といって、このまま日本にいても、経験値は延びないと思えた。

僕の場合。一度、業界で仕事をしながら、離れて海外に行き。いろんな体験をして、戻って来た。なので映画学校の同級生が業界で仕事していた。帰国してから書いたシナリオを見てもらうこともできた。昔、仕事をした先輩たちを訪ねることもできた。自主映画時代の友人も業界で活躍していた。もし、これがいきなりアメリカに行き、いろんな経験をして日本に戻っても、誰も知り合いのいない映画界で仕事を探すことはむずかしかったかもしれない。

ただ、当時からコツコツと小説を書いていた友人。シナリオを書いて映画にするんだと息巻いていた後輩。日本でバイトをしながら自主映画をしていた仲間は皆、いなくなっていた。皆、バックグランドがなく、バイト生活しか経験していない中で、自分の好きな映画やドラマを切り貼りした物語を想像。書き続けていたが、バイトをするだけで1日が終わり、「書く力」が残されていない。書きかけては挫折。原稿用紙を破る。最後まで書き上げたという話を誰からも聞いたことはない。

思うのだけど、やはり創作というのは、何らかの経験値から、記憶から生まれて来るものだろう。東京のアパートで生活しながら、バイトしながら、それだけの経験で生まれるものではないと思える。では、アメリカ留学すれば書けるのか?というと、それはそれで苦戦するのだが、別の機会に紹介するが、僕がシナリオ=つまり、創作で本格的に戦うのは、このあとだ。LA留学をしたことで、それを元に書いたものが認められ….ではない。

アメリカ生活をしたことでシナリオが書けるようになったのではなく、異国え生活をしたことで様々な価値観、ものごとの見方、日本との比較、考えた方の違い、そんなことで知見が広がった。日本にいると当たり前のことが、世界では当たり前ではない。日本の狭い、閉鎖的な考え方、習慣も感じた。また、逆に大嫌いだった日本の素晴らしさ、美しさも知った。そんなことが後々、シナリオを書く上で生きている。

そんなふうに僕の場合は業界でチャンスを掴む、業界で勉強するということより、物語を作るために、新しい体験を求めて海外に出て、戻った。その意味では「表現力を養うこと」ではなく「経験」の方を重用した。先に書いた「俳優になるには…」の結論の逆をしている。俳優と監督との違いはあるが、下手したら日本に戻り、もう30代、そこから映画の世界で仕事をすることができなければ、大失敗となった。

しかし、友人、知人が業界にいたからこそ、助けられた。感謝せねばならないし、大きい。ただ、彼らの全てが献身的に助けてくれたか?というと、むしろ逆。僕の作品を認める者はほとんどおらず、批判否定の連続。それでも業界で働く彼らから情報や紹介を受けて展開することはできた。

大切なことは自分の目標が何なのか? 俳優か? 歌手か? 作家か? 映画監督か? そして自分がいる環境。どんなに実力があっても1人では何もできない。応援してくれる人、認めてくれる人、チャンスをくれる人、そんな人たちとの繋がりがあってこそ、前へ進める。まじめにバイトしているだけでは何も変わらない。プライドを高く掲げるだけでは誰も助けてくれないのだ。今、俳優や歌手、作家を目指す人たちの参考になれば嬉しい。


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