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表現力を磨くということ。僕の場合は自主映画と低予算ドラマー俳優業も監督業も同じ。歌手も作家も同じ? [映画業界物語]

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[新月]表現力を磨くということ。僕の場合は自主映画と低予算ドラマー俳優業も監督業も同じ。歌手も作家も同じ? 

前回のマイ体験談で全部書ききれなかったので、もう少し書く。僕の場合。監督業だけでなく「脚本家として物語を作りたい!」という思いがあった。そこで映画業界から一度離れ、海外留学をした。

これがもし、高校卒業後にすぐ留学していたら、帰国しても、業界の仕事にはなかなか結びつかなかっただろう。その意味では俳優と同じ。いろんな経験をした後、30、40代になってから俳優業を始めるのは相当難しい。前回はそこまで書いた。

書き残したのは「表現力を養う」の部分。僕の場合のどうだったか? 俳優が若い頃にいろんな体験をして、それを演技に生かすことが出来たとしても、元々の表現力がなければ意味がないという話はすでに書いた。

過去の経験が生きる役をもらえた「寅さん」の渥美清や「金八先生」の武田鉄也の場合は、それゆえ、リアルで迫力ある演技が出来て大ブレイクする訳だが、経験に即した役がもらえるなんて、宝くじに当たるようなも。そんな奇跡を願うより、いろんな役が演じられる「演技力」を付けることの方が大切。だが、それには長い年月がかかる。

監督業も同じである。演出力を養うには長い年月がかかる。学校を卒業してすぐ発揮できるものではない。海外経験のお陰で面白い視点のシナリオが書けたとしても、演出力がなければ力作は撮れない。俳優が芝居を数こなすことで演技力が養われるように、監督業も何本も作品を撮ることで演出力が養われる。

たまに演出経験のない人が、チャンスを掴み監督をすることがある。助監督経験しかない人。別の業界で成功した人。それらの多くは、ただシナリオ通りに撮影されているだけで、何ということはない凡庸な映画になりがち。感動させる。笑わせる。ハラハラさせる。泣かせるというのは演出力。技術なのだ。それが磨かれてないので凡庸な作品になってしまう。

お笑いでいえば、笑わせるのは技術。書かれている台本通りにしゃべっても、芸人に技量がないと笑わせることはできない。俳優も同じ。同じ役をやっても説得力や迫力が違うのは表現力。それを養うのは俳優でも、芸人でも、映画監督でも、いかに場を踏んだか? 表現力を養ってきたか?に尽きる。学校で学んだから、海外生活をしたからと、その種の力が育つ訳ではない。では、僕の場合。どうだったのか?

ひとつには高校卒業後。映画学校をさぼり仲間と自主映画をやっていたこと。それがプラスになった。高校時代は「俺に1億くれれば、凄い映画を撮ってみせる!」と傲慢なことを思っていたが、実際に自分で監督すると、映画ゴッコのような映像にしかならない。自分の愚かさを痛感。そこから、どうすればプロのような映像が撮れるか? 勉強を始めた。

俳優業も同じだ。初めての演技はどうしても文化祭の芝居のようなものだったり、しらじらしさが爆発したりするもの。だのにプロが演じると、とても演技とは思えない、心に突き刺さるものとなる。

僕も自主映画で黒澤明の映画のようなスピード感、迫力を出したいと考えたことがある。黒澤のインタビュー本を読み、8ミリ映画で実践したが、まるでスピードが感じられない。何が違うか? 8ミリと35ミリの違い? そんなことではない。

俳優が素人とプロ。カメラマンが学生とプロの違い。あれこれ考え、調べる。そんな繰り返しで、8ミリ映画でも多少は見栄えする作品が撮れるようになる。それが「表現力」を養うということだった。映画なら演出力。本だけで勉強しても、ダメだっただろう。

しかし、5年間に3?4本の自主映画を作っただけで十分な勉強とは言えない。留学中も1本。8ミリ映画の長編を作った。帰国してからはシナリオを書きながらバイトしていた。自主映画を作る余裕はなかったが、その後にメイキングの仕事をもらう。これがもの凄く勉強になった。

撮影の様子を記録する係なのだが、まず映画作りの勉強になる。以前に助監督やADは経験しているが、それだけでは十分でない。機材も進化している。スタッフも世代交代している。そんなメイキングで挑戦したのが、ドキュメンタリーというより、ドラマに近い作品作りだ。

撮影現場でドラマを見つけ出す。例えば新人女優が初めての現場で緊張。でも、次第に慣れて実力を発揮していくという現実に進行していることを記録する。ドラマチックに撮影し、編集する。若手助監督の葛藤と戦いをドラマ風に撮る。「すみません。もう一度!」とは言えないが、チャンスを逃さずに撮る。(だからメイキングにはうるさく、いつぞやのような映像は許せない)

それらも表現の勉強になった。今でも自分の作品ではドラマなのに、ドキュメンタリー風の演出をする。その種の表現を取り入れる。当時、学んだ技法である。

さらに、超低予算のホラービデオ、深夜ドラマの演出を任されるようになる。もう、これは実習と同じ。いろんなことを試す。どうすれば客が笑うか? 泣くか? 感動するか? それは俳優の力だけではない。撮影方法と編集と音楽と、様々な要素が必要。悲しいシーンは悲しい演技をして、悲しい音楽を流しただけでは成立しない。

では、どうすればいいか? 料理と同じ。塩を多めにする。煮る時間を短くする。素材を吟味する。いろいろある。どれが正解ということはでない。自分が一番得意のレシピを知ることが大事だ。これも俳優業と同じだ。自分の得意技を作る。苦手を知る。そのために場を踏む。

「表現力を養う」という勉強。僕の場合は帰国、業界に戻ってからかなり経験。それができたのは学生時代に自主映画をやっていて、すでに撮影や編集のノウハウを知っていたからだ。演出というのは、いろんなパターンがあり、同じ方法論でも監督によって違う。有名監督の真似をしても、その通りにはいかない。自分は何が得意で、何が不得意か? それは実践してみないと分からない。

僕が担当したドラマー失敗作もある。うまく行ったものもある。意外だったのはホラー。見るのは好きだが、作ろうとは思わなかったが、ホラーブームで猫も酌しもホラーだった時代。低予算で何本も監督した。意外に評判がよかった。「やりたいこと」と「やれること」が違うのに気付く。

「青春もの」は大嫌いなのに、監督すると評判がいい。不思議だ。やはり俳優と同じ。ヒーローを演じたいと思っても、悪役を演じると評判がいい人。現代劇はダメでも、時代劇だと映える人。自分に合う役や演技スタイルを見つけること大切。それを知るには場を踏むことだ。

現在、僕が監督する映画は結構、評判がよく「泣けた」「感動した」と言ってもらえる。その演出力を養ったのが、自主映画であり、メイキングであり、低予算ドラマの現場だったのだ。同じ意味で、俳優を志す人たちも、舞台やドラマで、いろんな役を演じ、その中でいろんなチャレンジをすることで、自分に相応しい、自分ならではの演技スタイルというのが見つかるはずだ。

そこで「俺は力を入れて演じると臭くなるんだな...」とか「軽めに演じた方が評判がいい...」とか「涙を流すときはこんな感じがウケる...」とか、場数を踏むことで見えて来る。その繰り返しが演技力を磨くことになる。

僕自身の過去を振り返っても同じ。海外体験があるから感動作を作れるのではない。表現力を磨いてこそ。あれこれ試すことで、自分に何ができて、何ができないか? 何が得意で、何が苦手か? が分かって来る。

俳優業だけでなく、作家も、歌手も、漫画家も、表現の仕事はほとんどが同じ。まずは、自分の表現力を磨くことからスタートしてほしい。そのためには学校ではない、実践できる場に何度も立つことが重要なのだ。



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