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「有名なりたい」という若い人たち。それでは俳優にも、歌手にも、作家にもなれない=何がいけないのか?説明する。 [映画業界物語]

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ここしばらく俳優等、表現の仕事をしたい人。あるいはどんな人がそんな仕事に向いているのか? 等をいろんな角度から書いてきた。それらを読み「私は向いている!」と思った人。「俺は無理だな….」と感じた人。「無理かもしれないけど、俳優になりたい」「作家になりたい。歌手になりたい!」という人。いろいろいるだろう。

そんな人たちに向けて、もう一度書いてみる。基本、表現の仕事=俳優とか、歌手とか、作家、映画監督、他、それらの仕事をしたい人は多い。でも、多くが

「かっこいいから」「有名になりたいから」

ということが動機。その背景を考てみる。人にはいろんな欲がある。「金持ちになりたい」「****の車が欲しい」「モテたい」「おいしいものを食べたい」そんな中で「人に認められたい」という欲求がある。

戦後、日本人は貧しく、食べることにさえ事欠いた時代があった。が、食えるようになり、生活ができるようなったら、それで満足か?というと、今度は「人に認められたい」という思いが出てきた。それはもともと人が持っている欲求。貧しい時代はそれより「食べる」「寝る」が優先されただけだ。それなりに生活できる時代になると、多くの人が感じるようになる。

「褒められたり」「評価されたい」「チヤホヤされたい」

なぜ、それを求めるか? というと、自己証明=アイデンティティの確立ができるからだ。自分の存在が認められる。必要とされることで「自分は生きて行く意味のある存在」と喜びとなる。逆に「俺なんか誰も必要としない」「私なんかいなくていいの」と思うと辛く、苦しい。だが、現代はそんなふうに必要とされたり、賞賛されたりし辛い時代だ。

学校生活では成績がよくないといけない。評価されるのは一部の生徒だけ。そんな彼らよりも、もっと優秀で彼らの行けない一流大学に行く連中がいることを知っているので満足できない。あとは運動会や体育祭で活躍するくらいしか注目されない。

会社員になっても代わりが効く仕事がほとんど。1人の活躍で大きな事業を成し遂げることは少ない。集団の仕事。個人は評価されにくい。特に女性は会社で認められ、褒められることは少ない。日本社会はまだまだ女性に厳しい。主婦になっても褒められることは少ない。夫を懸命に支えても次第に当然のような顔をするようになる。

となると小学校時代に運動会で一等賞になるとか、学力テストで1番になるとか、そんなことでしか評価され、褒められることがない。子供が「ロボットの絵を上手に描けた!」といっても

「あら、上手ね。でも、勉強もしっかりするのよ」

と大人たちに言われてしまう。今の日本。結局、褒められ評価されるのは一流大学に入学したとか、一流企業に就職したということくらい。ま、オリンピックで金メダルというのは評価されるが、それはさらに手の届かない世界なので置いておく。つまり、日常を暮らしていて褒められたり、評価されることが極めて少ない。そのために多くの若者が自己確認=アイデンティティの確認がし辛い。

分かりやすくいうと、「自分なんかいなくてもいい。必要とされていない。ダメな人間だ。何の役にも立たない」というコンプレックスに苛まれ、悩み、苦しむ。生きている実感がない。「私なんか死んで方がいいんだ」という感覚。最近の「エヴァンゲリオン症候群」も近い。喪失感とも言える。勉強もできない。運動もできない。そんな若い人たち。でも、そんな彼ら、彼女らが一気に挽回できるものがある。何か?

芸能人になること。

俳優や歌手や作家。そんなものになれば多くの人に愛され、賞賛され、尊敬され、チヤホヤしてくれる。そう、若い人たちがよくいう「有名になりたい」というのは、そういう状態。だから「芸能人になりたい」となるのだ。アイドルになり、男の子にキャーキャー言われたい。テレビに出られる。コンサートでステージに立つ。そんなことでアイデンティティを確認できて、生きている実感を持てる。芸能人志望の多くは無意識にそれを求めているのである。芸能事務所のマネージャーはいう。

「事務所に入れてほしいという若い子がよく訪ねてくる。何をしたいの?と聞くと、有名になりたいという。歌手だ。俳優だ。タレントだ。いう前に有名になりたいって…..」

その言葉に全てが現れている。しかし、大きな間違いも分かる。その子たちは芝居をしたい。歌を歌いたいではなく、有名になることが目的。そこに現代の病巣を感じる。自己肯定されない社会。学校。家庭。その中でアイデンティティーを確認できない子たち。芸能人になることで、圧倒的な肯定をされたい。近所や学校レベルでない評価を受けたいーそこまで病んでいるということだ。

ただ、そんな子たちは与えらえるだけの教育しか受けておらず、そんな苦しみを癒そうとするときも、同じことを繰り返す。こう考える。事務所に入れば、いろいろしてもらえて、レッスンがあり、売り込みをしてくれて、テレビや映画にすぐ出られる。学校と同じように、与えてくれると考える。

つまり、自分が努力して何かになるのではなく、事務所が全てしてくれると考える。そして「自分なんか大したことない。誰も必要としていない」という寂しさを払拭して、バラ色の日々が掴めると思っているのだ。社会が産み出した自己否定に悩む子たちが、教育によって努力することさえ学んでいないのだろう。

そしてこのシリーズを最初から読んでくれている人はもうお気づきだろう。俳優や歌手。作家やミュージシャン。それらの仕事はそんな動機で、そんな過程でできるものではない。しかし、以前にも書いたようにテレビを見ていて

「この子ブス。私の方がまだ可愛い...」

「この俳優下手だなあ。俺の方がまだ演技力あるよ!」

てな勘違いで「私は出来る!」と思い込んでしまう若い人が多い。が、それで通用するものではない。何度も、何度も書いて来たが、「表現」という仕事はインプットだけではなく、アウトプットが大切。その訓練の繰り返しを何年も何年も続け磨いて実力を付ける。

さらに鋭い感受性が必要。他人の悲しみを自分のこととして受け止めてしまうような、日常生活が送りづらいほどの感性を持つ人が「表現」の仕事に向いている。みんなにキャーキャー言われたい。何でもいいからテレビに出たいということではないのだ。

しかし、そんな動機で芸能事務所に押しかけてもまず、入れてもらえない。万が一、コネで入っても続かない。全てを事務所がやってくれてデビューさせてくれるーなんてことはない。当然、テレビ局だって、多少可愛いだけで何もできない子を番組に出すことも出来ない。優れた技術がある。ずば抜けた表現力があるからこそドラマや歌番組に出演させるのだ。が、その手の若い子たちは

「大手事務所に入れば番組に出るのは簡単!」「一流の講師のレッスンを受ければ、すぐにうまくなる!」

とか、安易に考えている。それも月日が答えを出す。そう簡単にデビューはできず。1年やそこらレッスンをしただけではものにはならない。少しばかり可愛いだけでデビューできる時代でもない。こうして夢多き「有名になりたい」子たちは挫折していく。そしてこういう

「世の中、甘くない。芸能界は厳しい....」

違う。全て事務所がやってくるとか思い込み、自分でも通用すると勘違い。実力を伸ばそうとか、これをやりたい!ということもなく、「有名になりたい!」ということだけでは、最初から無理なことは分かりそうなものだ。

大切なことは「芝居がしたい」「歌が歌いたい」「物語を書きたい」そんな思いだ。「有名になりたい」ではダメ。「CMタレントになりたい」という子もいるが、本来CMは有名な俳優が出るもの。あるいは売り出し中の若手を出すもの。これも「CMタレントになりたい」ではなく、「CMに出て有名になりたい」というのが本当のところだろう。いずれにしても大切なのは何をしたいか?である。それ以前に時代が専門化(?)している。

70年代。山口百恵の時代は歌歌って、ドラマやって、映画に出て、CMに出るということがあった(百恵ちゃんはテレビでは「赤い」シリーズが高視聴率。映画では友和コンビ作品がヒット。歌は毎回ベストテン入り。CMでも活躍した)が、その後、80年代。松田聖子は歌とCMでは活躍したが、ドラマと映画はイマイチだった。

さらに90年代。宮沢りえの時代になると、CMにはたくさん出ていたが、ドラマ、映画、歌では大ヒットが出ていない。同世代の子たちも皆同じ。つまり、歌手は歌手。俳優は俳優というふうに仕事が分業されて来たのだ。歌は下手でも可愛いから!とレコードが売れた時代ではすでにない。

そんな中、歌でも、俳優でも、何でもいいから有名なりたいでは通用しない。もう少しいえば俳優業。演技というのは誰にでもできると思われがちなので、そんなふうに勘違いする若い人がいるのだろう。でも、演技はスポーツと同じ。アイススケートと同じ。技術を磨き、センスも必要。

絶え間ない練習と挑戦。それによってなし得る表現なのだ。ま、野球でも、ボクシングでも、レスリングでも同じだが、熟練された技術なのだ。それを有名になりたい!という動機でスタートすること自体。無理がある。が、絶対に無理か?というとそうでもない。

「有名になりたい!」「女にモテたい!」「男の子に騒がれた〜い」

という理由でスタートした人たちがいる。が、そのために努力した。練習し、腕を磨いた。若い頃からステージに立ち演奏。自分たちで歌詞を書き、曲を作った。それがビートルズだ。ま、天才たちの話をしても…と思うかもしれないし、ジョン・レノンはバンドのきっかけを「モテたかったから」と言いながら、そうではない理由もあったとは思う。が、動機のひとつだったのではないか?

バカにした奴らを見返してやろう。そんなコンプレックスがエネルギーになったはずだ。実際、ジョンは父親と仲が悪く、母は早くに死んでいる。家庭も貧しかった。日本の矢沢永吉もこういう

「金持ちになりたかったから!」

自伝「成りあがり」を読むと彼も少年時代貧しい生活。不満と怒りの少年時代。それらがバネになっているのだろう。先の子たちと何が違うか? ハングリーさではないか? 

「てめえ。今に見てろよ!」

という気持ち。先の若い子たちは、有名になることで喪失感から逃れようと考えたが、そのための努力を事務所任せにした。ジョンや矢沢は貧しや怒りをエネルギーにして楽器を買い、練習し、ステージに立つ努力をした。時代の差かもしれない。与えられたことをすればいいだけの教育で育った若い人たち。まだ、混濁と喧騒が続いていた時代の彼ら。

でも、時代のせいだけではない。ジョンや矢沢は音楽が好きだった。先の子たちは「有名になりたい」だけが理由だったことが大きいと思える。大事なのは演技がしたい! 歌が歌いたい! 小説が書きたい! という熱い思いだ。もし、本当にそうなら

「バイトあるんで、オーディションには行けません....」

と絶対に言わない。「時間がないのでまだ小説は書いてないんだ。余裕ができたら書きたい物語があるんだけど」とか言わない。歌いたいなら毎日カラオケルームに行く。「まだ、本気だしてないですから...」なんて言い訳はしない。

本当に自分が好きなことを、寝る時間も惜しんで続けてしまうことだから、上達する、うまくなる。磨かれる。それをまず考えてほしい。「有名になりたい」という思いもあり。エネルギーになる。でも、次に

「だったら本当に芝居が好きか?」

と考える。そしてすでに実践しているか? まだ何もせずに「俳優になりたい...」と言っているのなら、それは憧れでしかないのかもしれない。考えてみてほしい。いや、自分はダメかもしれない.....でも、俳優になりたい!という人もいるだろう。次回はそんな人たちへの助言をさせてもらう。

(つづく)

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