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本当に大切なのは「プロになること」それとも「仲間」と仲良くすること? [my opinion]

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本当に大切なのは「プロになること」それとも「仲間」と仲良くすること?

20歳前後に学生映画をやっていた。気の合う仲間が集まり、8ミリ・カメラで映画を撮る。俳優役も友達。スタッフも友達。でも、メンバーのほとんどはプロを目指している。大学生や専門学校。今でいうフリーターのような奴もいた。

が、よく揉めたのがこんなとき。集合は午前9時に代官山駅改札。そこから徒歩移動で公園に行き撮影する。学生の集まりなので、ロケバスなんてない。交通費も食費も自腹だ。メイン・スタッフは将来プロを目指しているが、お手伝いやキャストは普通の大学生もいる。

「映画撮影? おもしろそう。行ってもいい?」

と参加するが、遅刻する奴もいる。集合時間になっても来ない。監督は焦り出す。冬時期の撮影。日が暮れるのは午後5時頃。9時に集合。現場で撮影スタートは10時。日暮れまでは7時間。それまでに撮り終わらないといけない。遅刻いて来る奴あいると撮影時間も減る。

携帯があれば皆は先に行って、遅れて来た奴は電話すればいいのだが1980年代。ただ、撮影場所は伝えてあるので、遅れて来ても、探してくればいいのだが「先に行ってよう!」というと必ずこういう奴がいる。

「可哀想だろう? 待ってやろうよ」

飲み会に行くのではない。撮影だ。それも大学生がいうなら分かるが、プロを目指す奴がいう。しかし、他のメンバーも同意する。

「そうなあ。待ってやろうよ」

結局、1時間遅れで大学生友人はやってきた。笑顔で手を振っている。

「ごめん、ごめん。寝過ごしちゃってさ〜」

普通の大学生、男子だ。陽の加減で5時までしか撮影できない。とか、そのシーンを撮り切らないと別の日にまた、その公園まで皆で来なければならないとー想像しない。1時間遅れで撮影がスタート。結局、撮り切ることはできず、いくつかのカットが残った。太陽は思ったより早く沈んだ。監督だった友人はいう。

「また、ここに来て撮影しなきゃいけないなあ...」

スタッフは笑顔で答える。

「まあ、仕方ないよ。日が沈んだからな」

「違うよ。あいつが遅れたからだよ。時間通りにくれば撮り切れたんだ」

「そんな言い方はないだろう? あいつも撮影に協力してくれてんだよ」

撮影のあとに揉めた。でも、映画を完成させるには、もう一度、別日にその公園に来なければならない。皆に伝えると、こう言われる。

「えー来週の日曜日は予定が入ってんだよなあ」

「私はバイト!」

「また、交通費かかるじゃん」

「交通費出してくれるんなら、来てもいいよ」

多くの友達が不満と不都合を訴えるが、遅れて来た友人を責めるものはいない。学生映画というのは、そんな問題がよく起こる。遊び半分の大学生なら分かる。が、プロを目指していても、そんなことを言う奴が多い。このケースの場合。遅れて来た大学生が一番の問題だ。でも、プロを目指している訳でもなく「1時間くらいの遅刻。悪い悪い!」という思いしかない。本来なら彼を置いて公園に移動。撮影を始めればよかったのだ。

それなのに「待つこと」を提案したのがプロを目指している友人。映画撮影のことがまだよく分かっていなかったとしても、なぜ、待つことを強く主張したのか? プロを目指している。当然、撮影がしたくて、映画作りがしたくて参加している。が、友達が遅れた、置いて行くのは可哀想。よく言えば友達思い。厳しく言えば、映画作りより、友達が大切なのだ。彼はこう考えた。

「友達が駅に着いたとき、誰もいない。自腹で交通費払い、撮影の手伝いに来たのに置いて行かれた。公園で撮影と聞いてるけど、正確な場所は分からない。心細だろう」

そんなふうに寂しい思いをするのではないか? だから、待とうと思った。だが「撮影スタートが遅れたらどうなるのか」とは考えていない。そのために他の友人たちに負担がかかる。映画製作の期間が延びてしまう。その辺を考えていない。或は、本当に映画が好きなら、遅れて来る友達のために撮影がスタートできないことを悔しい、残念だ。「何で早く来ない!」と思うはずだ。

だが、彼は「可哀想だから待とう」と言った。彼は真剣にプロを目指している訳ではなく、映画より「友達」が大事という現れなのだろう。それも遅刻した友達を待ったために、他の友人たちに負担をかける。映画の進行を遅らせることを想像できていない。目の前の友達のことしか考えず「友達は大事」と待つことを強く主張したのだ。「友達思い」かもしれないが、近視的視野であり、結局、その他の友達に迷惑をかけてしまう。

それから30年。彼は夢見ていた監督にはなれなかった。映画界で仕事するところまでも行かなかった。通っていた専門学校を中退して、親元に帰り、就職した。

友達思いはいいことだ。が、自分の夢を掴む努力はどうなっているのか? その友人はそちらの努力をしなかったことを思い出す。僕が監督業を始めてからでも、似たようなケースがあった。ワークショップに参加いてくれた俳優の卵にオーディション情報を伝えた。知り合いの監督の新作なので紹介できる。が、若い俳優の卵はこういう。

「あーー、金曜日ですか? その日バイトなんすよ〜」

はあ? バイトとオーディション。どっちが大事だ! と僕は怒る。卵はいう。

「けど、今からだと代わりが見つからないし、店は2人なんで、俺がいかないと大変なんですよ。1人で客対応しなきゃいけないんで」

想像を超えていた。そして思い出したのは学生映画のこと。「友達が可哀想」だから、夢を追うことより、そちらを優先する。彼にすればそれで「夢を諦めるには繋がらない。また、チャンスはある」と思う。金曜日に同僚が困ることしか考えられない。そういうことだろう。

だが、この業界。チャンスが何度もる訳えはない。その卵もまた近視的視野であり、僕から見るとオーディションより、バイトが大事なのだと思えた。別の俳優の卵に小さな仕事を頼んだこともある。彼は答える。

「すみません。友達の結婚式があるので行けないんですよ。何ヶ月前に出席通知出しているし、高校時代からの親友なんですよ」

バイトならまだ分かる(本当は分からないが)結婚式なら、欠席しても誰にも迷惑がかからない。司会をする訳でもない。でも、彼はこんな想像をしない。

「その小さな仕事をやったことで、いろんな出会いがあり、次の仕事に結びついた。その次の現場でまた出会いがあり、大きな仕事を任せられた。その後、とんとん拍子に仕事が続き、食って行けるようになる」

業界ではよくある話だ。僕も1本の電話から大きな展開をしたことがある。だが、その新人は友達の結婚式を選んだ。彼はいう。

「僕の夢は俳優になることです。一度は就職したけど、辞めました。みんな止めたけど、俳優になりたいんです!」

なのに、プロへのチャンスより、友達を選ぶ。いくら口で「俳優になる。プロを目指す!」と言っても行動が伴っていない。親が病気だから、彼女と揉めている、熱があるから、今月は金がないから。どんな理由であろうとプロには関係ない。チャンスはすぐに逃げいく。それを掴めるかどうか?だ。

その彼には突き詰めて話をすれば分かるだろう。「結婚式」か「仕事」か?でも、そこまで言われないと気付かない。そして「結婚式」なんて理由で仕事を断る奴に、また仕事を頼んだりしないことも想像できていない。学生映画時代の友人と同じなのだ。同じ構図があると、地方の友人が教えてくれた。彼は田舎町で地域活動をしている。

「監督がいうこと。よく分かります。うちの町でも同じなんです。地域で何か町のアピールになることをやろう。それはいい!とメンバーが集る。が、会議を何回か続けていると、来なくなる人がいる。***さんが今日はいないから採決はできないとか言い出すメンバーも出て来る。

けど、その人が来ないのはやる気がないから。何度誘っても出て来ない。そんなのは置いておいて早くイベントを決めるべき。なのに、可哀想だ、仲良くやろうと言い出し、同調する人も出て来る。いつまで経っても前へ進めないんです」

地方ではそんな話をよく聞く。その企画が町のためになるか? 県外にアピールするか?ではなく、関係者の顔を潰さないか? 反対する人はいないか? そんなことを優先する。そして、勝手なことをする人。トラブルを起こす人が出て来ると、その人を庇う者が出て来る。

「それが田舎の論理なんです。トラブルが起こしたのに、みんな見て見ぬ振り。触れようといない。その人を責めない。可哀想だと思うんでしょう。小さな町だし、仲良くやって行く必要がある。この先何十年も付き合わないといけない。だから、そいつを責めない。責めた奴が逆に批判されるんです。田舎は...」

全て同じ構図だと思える。町のためになることより、仲間の連帯。プロになることより友達。業界での仕事より、親友の結婚式。一見「友達を大事にする」「仲間思い」「和が大切」という発想で、いいことのように思える。だが、その絆のために、大きなものを失っている。

もし、地域社会でおとなしく暮らして行くのなら、それも大事だ。プロになるより、友達付き合いが大事なら、OK。業界で仕事ができなくても、友達の結婚式にでることが大切ならいい。しかし、夢がある。プロになりたい。町をよくしたい。という思いはどうなるのか? 仲間との絆を重用視するが故に目的を達成できないでいる。

都会ではできることが、田舎できないのはそんな環境のせいだろう。なのに、都会に出て来た若者が同じ構図を作っていまい、それが足かせなり、夢を掴めずにいる。悲しい話だ。

もし、本当にオーディションに参加したければ、バイト仲間に頼み込み、シフトを代わってもらえばいい。結婚式の友人に平謝りすればいい。それをせずに、せっかくのチャンスを断るのであれば、チャンスというものが、どれほど貴重なものか分かっていない。

或は本当に夢を掴む気がないか? でなければ、先の友人のように近視敵視野で、目の前のことしか考えられないのか?だとするとあまりにも悲しい.....。これも「考える」という教育を受けていないことが背景なのか?とも思えてくる。



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