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映画監督は現場で何をするの=俳優に演技指導ってどうやるの? [映画業界物語]

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映画監督は現場で何をするの=俳優に演技指導ってどうやるの?

DVDの特典映像やテレビの特番。撮影現場を見ることができる。昔、見た「影武者」の現場では巨匠・黒澤明が怒鳴っていた。「怖かった!」あの名優・大滝秀治さんまで怒られていた。そんな風に監督というのは現場で怒鳴っている人!と言う印象を持つ人が多いだろう。

昔は監督だけでなく、スタッフでも怒鳴る人が多くいて、現場は戦場のようだったと聞く。怒鳴るどころか殴られたりもする。いい意味ではそれだけ真剣。悪くとれば野蛮?だったが、現代の撮影現場ではかなり少なくなった。それでも監督と言うと、あれこれ俳優に厳しいことをいう仕事ではある。僕の後輩も現場ではあれこれ俳優に指示を出す。

「もっと激しく」「もっと強く」「そこは静かに」

「違う! もう一度!」

とメイキングで見るようなことを言っている。では、太田組はどうか? 僕はほとんど何も言わない。

「太田組は自由行動!」

と自分でもよく言うが俳優にあれこれ指示は出さない。よく言われる「監督の仕事は演技指導」なのだが、それがそもそもおかしい。監督は演技経験がない。伊丹十三監督なら元俳優なので経験があるが、普通はない。経験したことがないものが何で指導できるのか? 現場での演出は指導ではなく、希望を伝えているのだ。もっと明るく演じてほしい。もっと抑えた演技をしてほしい。

ただ、カメラのフレームから出て芝居をすると意味がないので、この範囲で動いてほしいとか注文はつける。カメラのピントを送る時間がいるので、ゆっくりと動いてほしいと言うのもある。それも希望であり、お願いだ。だから演技指導なんてない!と言うのが僕の考えだ。

そんな風に言うと皆、混乱するので説明しよう。そもそも、現場であれこれ指示しなくても、シナリオに全てが書かれている。暗い気持ちなのか? 明るい気持ちなのか? そして全編を通して読めば、その人物がいかなる性格なのか?分かる。あとは、それぞれの場面で、その人物がどんな反応をするか?考えれば芝居は決まってくる。なのに現場に来て監督に

「違う!」

と言われたとしたら脚本が読めていないと言うことなのだ。それは演技以前の問題。同時に、そんな俳優を選んだ者=つまり監督の責任なのだ。その流れで俳優側から考えてみよう。シナリオを読む。自分が演じるキャラの目線で物語を知る。性格を把握する。この場面ではどんな気持ちか? このシーンの怒りはどのレベルか? 個々の感情を想像する。

そんな風にして準備したのを披露するのが撮影現場。そして監督=僕からすると、その役が演じられる俳優を選んでいる。時には、その俳優に合わせて役を書いている。演じられない訳がない。あとは、どんな風に演じるか?だけ。

例えば、その役の性格が方角で言うと「西」だとする。なのに「東」を演じるとアウト。でも、「東西」や「北西」ならOKだ。そこは俳優の判断。西方面であれば問題はない。そのために僕のシナリオは当て書きでなくても、役の幅を取ってあって、北西でも東西でも演じられるように書いてある。そこが通常のシナリオと違うところ。もし、ベテランの脚本家が読めば

「キャラの造形が甘い。個性的でない!」

と指摘されるだろう。が、その通りなのだ。ギチギチにキャラを作り上げると、個性的にはなるが、それを本当の意味で演じられる人が極端に少なくなる。そのタイプの俳優が演じられないと成立しない。近い俳優が演じても実力がないと60点しか取れない。個性が合っていて実力あり。探すのは大変だ。そんな役を書いてもいろいろ大変なことばかり。

けど、幅を取って書いておけば、多くの俳優が演じられる。さらにキャストが決まればその俳優に合わせて書き直す。そうすれば、その人しか演じられない役になる。「逆当て書き」?と言える手法だ。だから、太田組作品に出ている俳優さんは皆、個性的なのだ。役に合わせて演じるのではなく、俳優の魅力に合わせて役を近づける。

あと、できる俳優さんを選ぶ。演技力だけでなく、その俳優なら、この役が演じられる。その役を理解できる。その役と同じ思いを持っている人を選ぶ。人気があるから、事務所が大手だから、仲がいいから、と言うことでは絶対に選ばない。

以上のような方法論でシナリオを書き、役を創造し、キャストを選べば、もう現場であれこれ言う必要はない。それで間違った演技をするなら僕が悪い。キャスティングを間違ったと言うこと。だから、現場では

「どんなな演技で来るのかな?」

と楽しみに待つだけ。俳優はカメラの前で考え抜いた演技をしてくれる。

「なるほど、そうきたか!」

大抵の場合。僕の想像の上を行く芝居をしてくれる。方向性が合っていても想像を下回る芝居だとつまらない。あと監督がするべきは、俳優がやりやすい環境作りをすること。演技に集中できる状態を守ること。時にはリラックスさせたり、冗談も言う。が、ここぞと言うときはマジに対応する。あと、その場面の前後関係などは説明する。夜でも昼のシーンを撮ることもある。

あと監督の中には怒ったり、追い詰めたりして、演技させる人もいるが、僕はしない。そんなことしなくても多くの俳優は自身を極限まで追い詰めて芝居をしてくれる。そんな俳優を選んでいる。ただ、俳優ではなくタレントだと、俳優業をアルバイトと考えて、手抜きしたり、半分の力で演じる人もいる。でも、その手の人は最初から選ばない。もちろん、元歌手、元お笑い芸人でも、素晴らしい俳優はいる。が、

「このあとテレビの収録なので、早めに終わってほしい」

とマネージャーが言ってくる俳優は起用しない。命がけで演じてこそ俳優。いくら名前があってもバラエティを優先するのなら俳優とは言えない。つまり、全てはキャスティングなのだ。伊丹万作監督(十三監督の父)が言ったことが正しい。

「100の演出より、適役のキャスティング。それで映画の70%は決まる」

だから、僕は現場であれこれ俳優に指示しない。確実にできる人を選んでいるからだ。あとは信頼して自由にやってもらう。そうすれば素敵な作品になる。僕の映画は多くの人に

「感動しました!」

と言ってもらえるのは、僕の力というより、素晴らしい俳優さんたちの力なのだ。つまりキャスティングは大事ということ。ただ、太田組式のこの方法論が可能なのは、僕自身がシナリオを書き、キャスティングをし、演出をするからだ。分業だとできない。あと編集もするので、可能。

日本映画界では昔からキャスティングは監督がするが、最近はプロデュサーがあれこれ口を出したり、大手プロダクションに心惹かれて選ぶ監督もいる。大手から裏金をもらって俳優を決めるPもいる。そんな奴があれこれ言って来たら、僕の方法論は破綻する。大事なのはシナリオ。そして俳優だ。信頼できる個性と力を持った俳優を選ぶこと。そうすれば自ずと素敵な作品が出来上がる。


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