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「嫌われること」の大切さ。映画界と会社を比較してみる。 [嫌われる大切さ]

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「嫌われること」の大切さ。映画界と会社を比較してみる。

映画の撮影は、スタッフ&キャストが流動的だ。トラブルを起こす奴。ごまかしをする奴。金に汚い奴。仕事ができない奴。プライベートを持ち込む奴。そんな輩がいれば次回は排除する。仕事ができて、気の合う人間とは次回も仕事を続ける。次第に良い環境となり、仕事を楽しくできる。いいものが作れる。

これが会社だと、部署に1人は嫌な奴がいる。面倒な奴がいる。手抜きをする奴がいる。何より上司がバカだったりする。でも、移動シーズンまで、その中で仕事をせねばならない。仕事には全力を出さず、それなりにしか仕事をしない者も多い。特に役所では1時間でできる仕事を何日もかけてやる習慣がある。

頑張って仕事をしたり、新しい提案をすると疎まれ嫌がられる風潮がある。日頃は努力しないくせに、そんな時には協力し合って、新しいプロジェクトを潰しにかかる職員たちもいる。役所や会社と関わると、そんな側面を目にすることが何度もあった。そんな中にいると「やる気」をなくし、適当にやろうと思えるのも当然だろう。

なるべく嫌われないこと。そのためには頑張らないこと。新しい提案をしないこと。過去を踏襲すること。そのために会社の業績が上がらなくても、市民のためにならなくてオーケー。それが組織の一面であるように思える。

だが、映画製作は違う。仕事を真剣にしないと次から声をかけてもらえない。新しい技術を取り入れず、古い機材や方法論をいつまでも振り回していたら仕事が来なくなる。つまり、一部の公務員のような仕事をしていると排除されるということだ。嫌われないためには、いい仕事をせねばならない。

目の前に問題があっても役所等では「見て見ぬ振り」をせねばならないことも多い。問題点を指摘したり、責任を追及してはいけない。これは映画の世界にも少しある。ベテランで問題のある人を批判しにくい。プロデュサーが誤魔化しをしても仕事が欲しいから指摘できない。だから、それを解決するのも、太田組では僕の役割だと考える。

誤魔化しをする者は二度と呼ばない。問題を感じたスタッフは事前にブロック。スタートしてから問題が起こった場合は徹底的に調べる。その原因は何か?誰か?なぜか? よく「終わったことを言っても仕方ない」と言いがちだが違う! 同じ問題を起こさないためにも徹底して考える。どうすべきだったか?

そして真相が分かり、責任が誰にあるか分かれば改善。本人に否があれば次から呼ばない。長年の付き合いでも許さない。会社でクビにするのはいろいろ大変だが、映画製作では簡単だ。そのことでチームが健全になる。

ただ、排除した人たちからは嫌われる。手抜きをしたくせに「あんなに頑張ったのにクビにされた!」と言って回る奴もいる。古い方法論を押し付けてきたのに「親切にアドバイスしてやったのに」という者もいる。だが、誰とでも仲良くやることが大事ではない。問題ある人には抜けてもらわねばならない。いい仕事をすることが一番大事なのだ。

その意味では監督業は「嫌われること」を受け入れなければならない。みんなと仲良くはできないのだ。これも別の記事で詳しく書くが、監督業、映画界だけではないだろう。「嫌われること」を避けることで、腐敗や停滞が組織内で起こるように思える。


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