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監督作品を1年ぶりに映画館で見て、反省するの巻?! [映画業界物語]

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監督作品を1年ぶりに映画館で見て、反省するの巻?!

稚内の映画祭に参加できたことで、自作「明日にかける橋」を1年ぶりに映画館で見ることが出来た。少し時間を置くことでかなり冷静に見れる。いろいろ反省もできる。80年代の日本映画を見ていると、同じ失敗を繰り返している監督が多いことを思い出す。まあ、映画監督というのは傲慢な人が多く

「俺の作品は最高だ!」

と思っているので、そうなる。また、自身の欠点に気づかない。それが自分のスタイルだと思っている監督も多かった。明らかに失敗している表現というのはある。それを反省している日本の監督はほとんど知らない。対してスピルバーグの映画を見ると毎回、猛反省していることに気づく、詳しくは以前書いたので割愛するが、ある映画を見て、その次の作品を見ると、

「ああ、あの場面。やはり本人はうまく行っていないと思ったので、今回、再挑戦しているのだな」

と思えることが何度もあった。それ以来、僕も自分の作品を必ず見つめなおす。が、完成してすぐは問題点が見えない。少し時間が経つとそれが見えてくる。DVDで部分的に見ても、発見しづらい。が、1年経って映画館で見るチャンスはない。それが今回あったので、ラッキー。

反省すべきは、やはり新たな挑戦をしたところ。青春もの。家族ものは何度も作っている。今回の挑戦は「刑事物」を取り入れたところ。主人公みゆき(鈴木杏)の弟ケンタが誘拐される部分である。撮影前には「天国と地獄」等の刑事ドラマの名作を何度も繰り返して勉強したが、見るだけでは足りなかった。

リアリティとか、重厚感とか、刑事ドラマの重さが足りない。俳優は皆、素晴らしいし、市民俳優の皆さんもとても個性的だった。先に書いた記事と同じで、監督の問題。これは「興味がない」というのではないが、僕の力不足。経験不足である。しかし、刑事ドラマとは何だろう? どうすれば刑事ドラマになるのか?

「太陽にほえろ」を目指した訳ではない。「踊る!大捜査線」でもない。できれば「フレンチコネクション」や「ダーティハリー」のような社会派で、リアルな刑事物を目指した。それら作品も繰り返し見た。カーチェイスや銃撃戦をやりたいのではない。刑事が張り込む。犯人を尾行する。それだけの場面でも、それらの映画は重くのしかかってくる。街の匂いや雑踏が伝わってくる。その辺が自分の作品では弱いことを痛感する。

それと事前に勉強するのは当然であり、やはりそのジャンルを何度も手がけるというのが大事。実際に経験しないと出来ない。俳優でも名優の演技を見ているだけでは上手くならない。自分で演じて見てこそ、問題が分かり、自分なりの表現はどうすべきか?が見えてくる。監督業も同じだ。巨匠に学びながらも自分なりのスタイル。表現を模索、我がものにすることが大切だ。

ただ、クライマックスからの展開。ここからは1年経って見ても、うまく行っている。(自画自賛!)観客の反応を見ていても、誰もグラグラしていない。退屈だと足を組み替えたり、腕を組み替えたり、体を動かすが、皆スクリーンに釘付け。そして感動シーンではグラグラ。これは涙を拭くために手を動かす、ハンカチを取り出す動作をするためだ。

それらの場面はうまく行っている。成功の要因は俳優たちの熱い演技にある。だが、難しいのはそんな名演も監督が関心のある題材でなければ、空回りすること前回の記事に書いた。映画とは小さな表現の積み上げ。逆に監督が熱い思いを持っていても、俳優のレベルが低いと感動場面にはならない。その逆はもっとダメ。映画表現は難しい。



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