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ロスアンゼルスで開催される映画祭に参加 [7月ー2018]

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「明日にかける橋」が海外の映画祭の招待作品となった。嬉しい。その映画祭は毎年行われるもので、LAのリトル東京を中心に何箇所かで、この1年くらいに製作、公開された日本映画が何本も上映する。日本文化に興味のあるアメリカ人、日系人、そしてLA在住の日本人らが観客。

LAも昔は日本映画専門の映画館がリトル東京にあったのだが、80年代に潰れて、それ以来、日本映画を大スクリーンで見るのがむずかしくなった。ま、DVDがあるので日本のレンタル店に行けば見ることはできるが、やはりスクリーンで見れないのは残念。そんな状況なので、映画館で日本映画が観たい!というひと人々が映画祭に集まる。

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僕の映画は以前にも招待作品となり、上映してもらったことがある。あるときは映画館(タランティーノがオーナー!)あるときはリトル東京のホール。時と場合でいろんな会場となる。多くの人が集まることが多いが、そこそこのこともある。カンヌやベルリンのような大きな映画祭ではなく、日本文化を広めるために市民が続けている小さな映画祭だ。

ただ、やはり、アメリカ人に見てもらえる機会であり、自分が作った映画がどんなふうに見てくれるのか?興味深々。反応も楽しい。舞台挨拶あり、観客とのQ&Aあり、いろんなイベントがある。日本からのゲストも大林宣彦監督、俳優の仲代達矢さんなど大物もいる。常盤貴子さんも飛び入りしたことがある。

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オープニングパーティから、クロージングまで、毎日何かイベントがあるが、多少の時間はあるので毎回、同行してくれた人たちをLA観光に連れて行く。僕にとっては以前に6年も住んでいた街なので、地図もナビもなしで案内できる。通訳兼ガイド。おまけに映画ロケ地ツアーまでやってしまう。

「ターミネーター」「ブルーサンダー」「ヒドウン」「ダークナイト ライジング」「理由なき反抗」「キルビル」「ブレードランナー」「24」「パラダイム」「リーサルウエポン」とLAでは多くの名作映画が撮影されている。それらの場所を僕は全て知っているので(もう、地元ですから!)同伴者はめっちゃ楽しんでくれる。

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あと、LAには美味しいレストランがたくさんある。チャイナタウン、コリアンタウン、ハンバーガー(最近はインアンドアウト・バーガーがお勧め)カルフォルニア・キッチンもうまい。「プリティウーマン」の舞台となったロデオドライブは高級品店がずらり。サンタモニカは桜田淳子の歌で有名? チャイニーズ・シアターでスターの手形を見るだけで何時間も過ごしてしまう。映画好きにはLAはヘブンだ。

何だか映画祭に参加するのか? ツアーガイドに行くのか?分からなくなるが、そんな映画祭に8月参加する。楽しみだ。



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昔「夢を諦める若者」今「夢が見つからない若い人?」 [my opinion]

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記事等で「夢を諦めてはいけない」と書くと、「現実は甘くない」と批判する奴が必ず出てくる。だが、夢を追いかけることは、人生にプラスになるということ。成功するかどうか?だけではない。それが近年、興味深い意見を聞く。「夢を諦めてはいけない」というと、こんな批判が来ることがある。若い人からである。

「その夢が見つからないんだよ! ムカつくなあ!」

その言葉の意味。分かるだろうか? 僕の時代には「夢なんてしょせん夢。現実を見ろ」と大人たちは言っていた。だから、将来の夢があっても、それを諦めるのが大人の考え方だと自分自身に言い聞かせたものだ。

だのに、今時の若い人たちは「夢が見つからない」という。これは僕らの世代とは違う。つまり、夢を見つけ、それに向かって真剣になってみたいという願望がある。だから「諦めるな」と言われると「その夢が見つからない」と腹立たしく思うようだ。

俳優になりたい!歌手になりたい!作家になりたい!レーサーになりたい! ボクサーになりたい! そんな夢がない。でも、何かに夢中になり、必死にがんばるという青春を送ってみたいという気持ちがある。では、なぜ、そんな夢が見つからないのか?考えてみた。

たぶん、彼らは真面目に教育を受け、おとなしいいい子として育つ。成績優秀でなくても、そこそこ勉強をし、暴走族になったり、ドラッグをやったりせず。いい子でいた。余暇ではテレビを見たり、漫画読んだりするが、クラブ活動に熱を入れたりしない。学業の邪魔になることはしない。

厳しい受験戦争を乗り越えて大学に入り、バイトをする。コンパをする。スキーに行く。海に行く。彼女を探す。時間はある。そこそこのお金もある。でも、特にやりたいことはない。そんなとき僕の記事を読んだ。「夢を諦めてはいけない」....何言ってんだ!その夢が見つからないんだよ!とムカつく。

そんな彼らの人生を見つめれば夢が見つからないのも分かる。勉強をする。邪魔になることはなるべくしない。クラブ活動もしない。しかし、勉強の邪魔になることこそが「夢」につながるのだ。邪魔になるというのは、そちらに熱を上げ時間を費やし、勉強に身が入らなくなるということ。

邪魔になることは排除してきた。小学生からずっと。それが大学生になり、時間ができた。そこから何かやれ!夢を追えと言われても、どうしていいか?分からない。でも、若い心の中に「何か夢中になれるものはないか?」「真剣に時間を忘れて没頭できることがしたい!」という思いがある。なのに。それが見つからない。

なのに、聞いたこともない映画監督が「夢を諦めるな!」という記事をネットに書いてる。「うるせーなー。その夢が見つからないんだよ!!!」ということなのだ。何度もそんなコメントを書き込まれたことがある。ただ、その種の声を僕が若いころにはほとんど聞かなかった。先にも書いた通り「夢なんてしょせん夢」「諦めるのが大人の考え方」というのが当時の若者の考え方。

映画が好きでも、ロックが好きでも、そこそこにして、ましてプロを目指そう、将来そんな仕事に就きたいと思っても自制して、勉強に身を入れる。同級生の多くがそんな感じだった。大学生になっても、バイトと、コンパ。スキーに旅行。ただ、同級生たちと話すと「本当はギターリストになりたかった」「小説家を目指していた」という。でも、夢を諦めた。それが今の若い人は諦める以前に夢が見つからないという。

確かに勉強の邪魔になると思い、避けていては夢は見つからない。夢以前に自分がしたいことは何なのか?も分からない。なら、僕らの時代はなぜ、それを見つけることができたのか? むしろ、そちらが疑問に思えてくる。大学時代にバンドしていた奴がいる。小説を書いていた奴もいる。彼らを思い出してみると、高校時代からそれが好きで、いつか自分もステージで! 本屋の店頭に著書を並べたい!そんな夢をみるようになった。

今の子たちはどうか? たぶん、自分で何かを始める前に自分で自分を止めるのではないか? 「ギターを弾きたい。でも、勉強の邪魔になる。やめておこう」「ミステリーが好きだ。自分でも書いてみたい。でも、やめておこう」僕らの時代に比べて自己制御機能が強くなっているのではないか? だから、何かをしたい!という気持ちを抑えてずっと生活する。大学に入り、時間ができた。でも、何をしていいか分からない。無名監督の記事が目に入る「夢を諦めるな」うるせーー!

僕らの時代以上に教育と学校。さらには社会が個人を押さえつけ、誰かが注意しなくても、ルールを作らなくても、個人の欲求を抑え、夢を追いかけたりしないで、まじめに勉強をする環境が出来上がっているのだ。おとなしく勉強さえすれば、安定した人生が送れるという思いに縛られてしまうのだろう。誰もそんなことを保証しているわけではなく、会社の終身雇用制は崩れ、正社員にさえなれない時代なのに、若い人たちは過去の価値観に縛られたまま、20代を迎える。

そこまで来て初めて「こんな人生でいいのか?」「どうせ厳しい社会なんだから、本当に好きなことをやりたい」そこで気づく。「俺には追いかける夢がない.....」僕らの時代は「夢はしょせん夢」と諦めた。今の若者は「その夢が見つからない」どちらが幸せなのか? どちらに可能性があるのか? いずれにしても、管理社会は想像以上に個人を束縛し、考え方をもコントロールしていることを痛感する。


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夏になると毎年聴くアルバム [7月ー2018]

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1982年の夏。今から36年前。僕は横浜に住み。映画学校に通っていた。が、授業は本当に詰まらなくて、学校には行かず、仲間と8ミリ映画を作っていた。その上映会をするために、日時をコピーしたものをチラシの裏に貼り付ける作業をしていた。

当時は4畳半一間。エアコンどころか扇風機もなかった。風も通らない部屋。まるで真夏のビニールハウス。そこで友人と2人で、チラシの裏に日時を書いた小さな紙をノリで貼り付ける作業をしていた。汗が滝のように溢れる。頭にタオルを巻いて作業。

ラジカセでテープをかけた。それが当時大人気だった「ナイアガラ・トライアングルVOL2」だった。特に「LOVE HER」が流れると、涼しい風が吹いたようだった。友人も顔を上げ「俺もそう思ったよ」と呟いた....。それから36年。

今年の夏は「明日にかける橋」の宣伝とメイキングの編集。生活のための仕事もせねばならないが、まだ手付かず。やばい。でも、あれから36年。僕はあのころと同じことをしている。チラシを作り、予告編を作り、メイキングを編集。今年も暑い夏が続きそうだ...。


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メイキング編集は続く⑤ 誰も教えてくれない。学校では学べない。どうする若者? [7月ー2018]

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撮影6日目の素材を見ている。メイキング担当の学生君が撮ったものだ。最初に比べて映像が落ち着いてきた。ということは初めての撮影現場で動揺してミスを連発していたと思える。ピンボケ。手ぶれも少なくなった。が、確か、この辺で僕が彼の撮影振りを見て注意したのも思い出す。

あと、6日にして彼はとうとう革新する。誰が主人公か?を把握したようでカメラの中心でその俳優を捉えていたのだ!!!!そしてついに、6日目にして初めて、その俳優の寄り絵を撮影した!!! よしーーー!というか?遅すぎるのだが、、、、

それでも弁護的にいえば、撮影1週目は何を撮っていいか?全く分からない映像の連続。ロケ地近所の家の犬を延々撮影していたりする。それが少しすると引き絵ばかりだが、撮影の全体を撮るうようになる。それだけではダメなのだが、一時は彼は「メイキングとは引き絵で撮影風景を撮ること?」と考えているのかとさえ思えた。が、6日になると、途中でズームして俳優の寄り絵を撮るうようになった。凄い。進化している!

ただ、それは当たり前のことで、そのくらいのことは撮影初日からできることなのだが、まったくやる気のない学生というわけではないようだ。そして、いかに映画学校で何も学んでいないか?を痛感する。ただ、現場は学びの場ではない。実習でもない。真剣勝負の場だ。学生の勉強のために呼んだわけではない。でも、彼だけに関わらず、多くの若い人はその辺が分からないようで、「ギャラはいくらですか?」とまず口にする。とても金を払える腕でもないに関わらずだ。

バイト感覚。1時間働いたらいくら?ということなのだろう。だから、プロの現場でそんなレベルの学生を使うことは危険。本当は彼にとってとても勉強になるのだけど。それがあちこちで低予算映画が作られる中、学生であっても現場に呼ばれるチャンスが出てきた。真剣勝負の場というのは、ものすごく勉強になる。俳優でも100回レッスンを受けるより、1回撮影現場に出る方が100万倍勉強になる。スタッフも同じだ。

予算削減と不況のせいなのだが、それが学生には大きなチャンスとなっている。にも関わらず、それを生かせず、バイト感覚。言われたこともできない。言われたことしかしない。メイキングが何たるか?を勉強して来ない。主人公が誰なのか?も把握しない。ため息が出るが、以前のメイキング担当は編集を投げ出して逃げしまった。それに比べて今回の学生君は怒られながら叱られながら最後まで現場を務めた。映像を見ると少しずつだが進歩している。

今回は彼の学習の場を作ったわけではなく、プロの仕事としてお願いしたので、それはまったく果たせてはいないが、その背景にあるもの。いろいろと感じる。僕は思う。学校システムが、特に映画学校や演劇学校はその役割を果たしていない。彼らは高い授業料を払うだけで、役に立つことを学べず。学ぼうとせず。現場では使い物にならない。昔の映画界はそんな若者を育てる場でもあったが、今は違う。即戦力が必要とされ、育てる余裕はない。

学校でも学べず、現場でも教えてくれない。これは映画界に限ったことではないだろう。原石を磨くとかいうが、誰も磨いてはくれないのだ。自分で考えるしかない。DVDを見る。自分でやってみる。自分で腕を磨くしかない。そして、いつまでも無意味なレッスンをしていないで、現場に出ること。それが大切なこと。学生君の奮闘からも感じる。


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メイキング編集は続く④ 大切なのは反省と分析。前向きに考えるのはそのあとだ。 [映画業界物語]

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本日も朝から作業。現在は撮影の順にメイキング素材を確認。使えそうなものを選んで行く。6日目の病院ロケを作業中。何度も書いている通り、メイキングは予算の都合で映画学校の学生君に頼んだのだが、上がりはかなり酷い。でも、そこから現代の若者像が見えてくるので、記事にしている。

以前はこんな記事を書くと、業界の先輩が「おい!太田。内輪の恥をネットで晒すようなことをするな!」とか怒られたが、先輩も今は行方知れず。注意がくることもなくなった。彼は記事を読むと「愚痴を語るな」「恥を晒すな」「個人攻撃をするな」などとよく言ってきた。

が、全て当て外れ、愚痴ではなく反省。恥ではなく、トラブルをいかに克服したか?を綴っているのだし、個人攻撃ではない。固有名詞をあげていないし、彼がダメなやつだと指摘するのではなく、その背景にある教育を問題視しているのだ。

先輩は非常に日本人的というか、古いというか? 内輪の問題は隠すべき。外部に漏らすべきではない。という観念があったのだろう。ま、60代だし、古い価値観に縛られており、後輩がバカなことを書いている。注意してやらねば恥をかくぞ。という思いで連絡をくれたのだと思える。後輩思いではあるが、やはり彼の価値観は古いと考える。

映画監督を目指す若い人が数多く、僕のFacebook記事を読んでくれている。後輩のディレクターや監督たちも注目してくれている。その人たちに対して、華やかな映画界の部分だけを伝えていいのか? 特に今は予算削減。信じられないような製作費で映画を作る会社が多い。その中で、どうやって質を落とさずに安く上げるか? 学生や一般の人の力を借りてがんばるか? その際の問題。プラスやマイナスをあげて分析。伝えることこそ、学校では教えてくれない勉強になりはしないか?

内輪の恥を晒すとか、個人攻撃と考えて闇に葬ってしまうことに意味があるのか? それは時代と逆行している。問題が続発しているのに、いいことしか伝えないのは大本営発表であり、どこかの政権がまさに今、行っていること。それでは新しい時代を乗り切ることはできない。問題や事件を正面から見据えて、その背景や原因を追求する。そして解決策を考えることこそが映画の仕事だけでなく、大切なことなのだ。

だから、先輩の苦言を聞くたびに日本の企業や役所の隠蔽体質を思い出してしまう。その先輩も今どこにいるか?分からない。業界でも噂を聞かない。悪い人ではない。お世話にもなったし、感謝感謝の方だ。でも、古い価値観を振り回す人たちは、やがて淘汰されていくことも感じる。「いつまでも悩んでいても始まらない。今度のことは忘れて前向きに考えろ」とよく言っていた友人もいるが、過去に向き合わず、同じ失敗を繰り返していたことを思い出す。

大切なのは失敗から学ぶこと。事件を分析すること。予算がなかったから.....で済ませてはいけない。まず反省。分析。そしてどうすべきだったか?を考えること。そしてなぜ、彼があんな映像を撮ってしまったか?を検証することだ。それが次の仕事に生きるはずだ。


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番宣用のメイキングを編集中。 [7月ー2018]

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番宣用のメイキングを編集中。

部屋の温度は34度!

本日も暑い。。。

でも、冷房入れずに仕事。


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メイキングから考える③ 日本の教育。 [映画業界物語]

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メイキングを撮った学生君のことを考えていて、自分のことを振り返ってみた。僕も長らくメイキングをやっていた。自分でいうのも何だが、かなり評判がよく。次々に依頼が来た。「本編よりメイキングの方が面白い!」といってくれる人までいた。が、僕はドラマを監督したかった。なのに、依頼はメイキングばかり。

先輩などは「ここまで来たらメイキング極めろ。ドラマはその次だ!」とまで言いだす。メイキングを極めることに何の意味があるのか? でも、その内に目のあるプロデュサーが「このメイキングは面白い。こいつにドラマを撮らせてみよう!」という展開があるかもしれない。と思い、メイキングを続けた。

が、そんな展開はなく。やがて僕は「メイキングしない宣言」をする。惰性でメイキングを撮るのは嫌だし、生活のためだと我慢してやるのも嫌。何より、毎回違ったアプローチをしていくと、それ以上に新しい展開はもうメイキングではできないというところまで行った気がしたからだ。そこに先に先輩から「極めろ!」と言われたのが、それを極めることに意味はない。それよりドラマで新しい挑戦をしたかった。

それだけに僕はメイキングにはうるさい。1時間ものの編集に半年かけたこともあるし(完全に赤字!)複数のカメラでメイキングを撮ったり、ドラマ仕立てのメイキング(?)、バラエティ風のメイキング。メイキングというより熱血ドキュメンタリー。泣ける感動もの。といろんなパターンを作っていた。その方法論でのちにテレビ・ドキュメントも担当した。

最終的には大林宣彦監督から映画「理由」のメイキングに指名してもらった。これは「監督デビュー前に大林組で勉強しなさい」という大先輩からのエールでもあったのだけど。2ヶ月ほどの撮影に参加させてもらった。昔々は助監督経験を積んでから監督になったが、僕の場合はメイキングをすることで、いろんな現場を体験し、監督デビューしている。

本当にメイキングというのはギャラをもらって勉強するインターンのようなもので、邪魔にさえならなければ、撮影現場のどこで、どんなふうに撮影してもいいし、俳優やスタッフにもインタビューして、疑問を聞くことができる。ものすごく勉強になる。本当に素敵な仕事だ。ただ、メイキングにも限界があり、あれこれ挑戦すると、それ以上のことは撮影現場ではできないことが多くなり、やはり本来からの目的でありドラマを監督したくなった。

話が逸れたが、それだけに僕はメイキングにうるさい。ちょっとだけ自慢すると、大林監督の現場ではいつもメイキングが注意され、ときにはクビになることあるという。巨匠の現場はとても厳しい。監督がメイキングカメラの位置を指定することもあるそうだ。が、それはその通りなのだ。現場で、そのシーンをメイキング撮影するなら。

本編のカメラが例えばここ、そうするとメイキングカメラはここ!と決まってくる。「どこで撮ろうかなあ? ここだと本編のカメラに映ってしまうし。ここだと... 」と考える必要はない。シナリオを読み、ロケ現場を見れば、メイキングはここから撮ると場所は決まる。

撮影しながら編集も考える。だったら、こんなカットも撮っていこう。この人もアップで撮っておこう。もしかしたら、新人の**さんメインのメイキングはできないか?とあとになって言われることもある。あるいはスタッフ中心のメイキングってできないか?と聞かれるかも? だから、いろんなパターンで編集できるように素材をあれこれ撮っておく。実際、「理由」のときはメイキングで予告編を!との話になり、それも担当させてもらった。

「太田さんはいつも大林組でメイキングをやっているんですか?」とスタッフさんから言われた。監督からほとんど怒られずにいたからだ(一度だけ怒られたけど)。いつもは大変らしい。でも、僕はそのときが初めて。「へー」と言われた。ベテランのスタッフさんから頂いた最高の褒め言葉だった。でも、ちょっと考えれば、メイキングのカメラ位置はすぐに決まる。邪魔にならない場所。方法論。それらは自然決まってくる。考えずに撮影するからまわりに迷惑をかけ、クオリティの低いものになるのだ。

だから「なぜ僕ができたことができない!」と思ってしまう。決して僕が優秀なのではなく、考えればわかることなのだ。が、前回も書いたが若い人は考えない。言われたことしかしない。メイキングは誰も何も言ってくれない。自分で考えて行動するパート。前作「向日葵の丘」のメイキング素材も酷かった。撮るべきところは撮っていたが、カメラが下手過ぎ。おまけに撮影したその若いディレクターに編集させたら、本当に酷く。結局、僕が編集した。

才能とか、実力ではない。考えるか? 考えないか? 人が撮ったメイキングを見て学ぶ。周防正行監督のメイキング「マルサの女をマルサする」は名作だ。「レイダース」のメイキングも面白い。ドキュメンタリーを見て、その方法論をメイキングに持ち込めないか?考える。何にフォーカスし、どんなスタイルで編集するか? 考えた上で撮影する。撮影しながらも考える。さらに、こんな、あんな形にもできるかな?と考えて、あれこれ撮影しておく。

才能ではない。実力でもない。考えれば誰でもできることだ。だが、10年に渡る日本の教育で若い人は考える力を失う。正確にいうと考える力を育てる教育をされていない。暗記ばかり。言われたことをするだけ。それが今回の学生君の背景ではないか?

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メイキングの編集を続ける② 考える力を持たない若い人たち? [映画業界物語]

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学生君が撮ったメイキング映像を編集している。が、あまりに酷いので、怒り心頭。おまけのこの暑さ。「今日はもう止めじゃー!」と日暮れと共にビールを飲みだしたら、頭ぐるぐる。寝てしまい、起きたら夜中。そこからまた編集機に向かい、編集を再開した....。

何が酷いのか?説明する。その学生君はカメラが下手。手ぶれが激しい。現場で何を撮るべきか?分かっていない。カメラを振り回し、あれこれと無意味に撮影している。ピントが合っていないショットも多数。それならオートフォーカスのビデオカメラを使えばいいのに、一眼のかなり高級なカメラを自前で用意してきた。動画も撮れるものだ。が、それが使いこなせていない。

最悪なのはヒロインのアップがひとつもない。アップどころかフレームに入って来ない。引き絵で撮影風景を撮るばかり。たまにズームしたか?と思うと、スチールさんが肩から下げたカメラをアップで撮っていたり。「おー、いいカメラ持っているなあ。俺のより高級機だ〜!」そんなことを考えて撮ったのだろう。撮影中に撮るべきは俳優。そして少しばかりスタッフ。スチールさんのカメラをアップで撮る必要はまったくない。

映画撮影に興味がないように思える。いや、そうではないだろう。何を撮るべきか?理解していないのだ。学校のシーンなら、多くの生徒の中にいいるヒロインを中心に、いかに撮影が進むか?を記録する。が、引き絵ばかり。ヒロインが誰か?分かっていないようだ。もし、セリフがたくさんあれば「ああ、この子が主人公なんだ!」と気づくのだろうが、このシーンでヒロインにセリフはない。だから、気づかない。他の俳優でセリフをいう人は多少、ズームしている。やはり、誰が主人公か?理解していなかったのだ。

テレビや映画で大活躍している俳優ならわかったのだろうが、新人なので気づかなかったこともある。だとしても、メイキングをやるならシナリオを読み込み。俳優たちの名前をピックアップ。ネット等で調べて顔を覚えることくらいはすべき。ただ、呼ばれて現場にきて、無難に引き絵で撮影しているだけ。

こちらとしては予算がなく安いギャラで学生を頼むしかなかったという事情はあるが、彼にしてはせっかくのチャンス。映画科の学生なのに、なぜ、事前に準備をしないのか? イヤイヤ来た? でも、本人はやる気がないわけではない。撮影中に僕がなんども注意した。最近の若い子は怒られるとすぐに帰ってしまったりする。プロの現場でも今時はよく聞く話。撮影を放棄していなくなる。

だが、その学生君は叱っても反省し、また次の日も笑顔で現場にくる。「怒ってくれるのは、勉強になります」という。今時の若い奴にはめずらしい....そう思えた。決していい加減なやつではない。年齢も20歳少々だったかな? なのに上がった映像を見ると、努力のあとが見えない。誰が主人公か? 把握してない。延々と引き絵しか撮っていない。撮影とは関係のないものをアップで撮ったり。映画撮影に興味がないように見える。

また、高級なカメラを持っているくせに、使いこなせていない。子供が初めてビデオカメラをまわしたときのように、手ぶれ、ピンボケが多く。やたらとカメラをふりまわしている(そんな映像を見ていると船酔い状態になる)。全て初心者が必ずやる失敗パターン。そして、カメラポジションが悪い。その場所から撮ると、そのシーンで演じている俳優が機材の影になり見えない。という場所から平気で撮影している。ちょっと、左右のどちらかに移動すればいいのに、その場所から無神経に撮る。

その場面で活躍する俳優が誰か? 理解していないためか? あるいは、場所を移動するのが面倒なので、立っていたその場所から安易に、何も考えずに撮影したか?そのどちらかだろう。撮影されたものを見れば、その人が何を考えていたか?わかる。そこから推理すると、彼は映画撮影とはどのようなもので、誰が芝居をし、どの人が主人公なのか?を理解していないと思える。ただ、不思議なのは、撮影現場にまったく興味がない?イヤイヤ参加していたのか?というと、そうでない。

現場では結構、楽しそうにしていたし。「勉強になります!」となんども言っていた。どうも彼は自分で考えて行動するということができない....。あるいはそんな経験がない。メイキング=撮影現場を記録すると思い込み。ひたすら引き絵で撮っていた。誰かに言われれば「どの役が誰で?」と勉強したのだろうが、誰も言わないから予習せずに現場に来た。

実はそんな若い人は多い。言われたことしかしない。言われたことも100%はできない。言われないことは絶対にしない。自分で考えない。「これでいいのか?」「もっといい方法はないか?」と考えない。言われたことを、それなりにするだけ。映画学校や演劇学校で教えることが多いが、そんなタイプの若者がとても多い。高校や大学ではそれでいいだろう。だが、言われたことだけやっていて、監督や俳優にはなれない。でも、それに気づいていない若者が結構いる。

ただ、それは本人の問題というより、教育によってそんな人間が作られてしまったという一面がある。与えられたことしかしない。努力しない。その学生君もそんな1人なのかもしれない。と思うと、哀れに思えてくる。そんなことを考えながら深夜の編集を続ける。が、いずれにしても、あまりにもひどい素材。学校のシーンでは一度も主人公のアップ。いや、寄り絵すらなかった。これをどうすればいいというのか? クオリティ以前に作品になり得るのか?



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役所に行くたびにイライラ! [7月ー2018]

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LAの映画祭参加のために、パスパートがいる。調べると既に切れていた。で、再申請するのに住民票が必要とのことで、猛暑の中。区役所に行くと、今はパスポート発行センターとコンピューターで繋がっているのでいらないと言われる。で、また、電車に乗り、有楽町にあるそのセンターへ。

そこの担当のおばんさんがムカつく人で「期限切れは戸籍謄本が必要です!」という。先の区役所でもらった資料によると、ある種の条件の人は必要としか書いていない。分かりやすく書いておけよ!で、担当者に「ということは、本籍地まで行って取って来ないと行けないの?」と、そんな訳ないよね?という感じで聞くと「そうなるかもしれません!」と言い出す。たかだかパスポートのために関西まで行くのかよ?と、さらにむかつく。

「送ってくれたりしないの?」と訊くと「各自治体のことは承知していませんので、直接連絡してください!」と無表情でいい放つ。知らないなら「そうなるかもしれない」なんていうな!これだから役所は嫌いなんだよ。結局、猛暑の中、区役所とパスポートセンターの両方に行ったが両方とも無意味。1日無駄に過ごす。本籍地の役所に電話。あれこれ面倒な書類を作り、為替小切手と返信用封筒を同封し送れとのこと。

結局、その日のことにはならず。郵便局も間もなく閉まるので翌日のことに。そして半日かかりで指定された書類を用意。郵便局へ。メイキングを作らねばならないのに、2日も時間を取られる。それから数日。未だに戸籍謄本は届かない。パスポート取得にも何週間もかかる。こんなことで間に合うのか? 

ネット全盛の時代に、なぜ、市民が役所まで行き、あれこれ手続きをせねばならないのか? 区役所とパスポートセンターがオンラインで繋がっているなら、なぜ、地方の役所はそうならないのか? 今時、封書で、郵便為替なんて? イライラが続く。おまけに暑い!!!

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