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【山本太郎を追ったドキュメンタリー映画「BEYOND THE WAVES」特別上映会】 磐田市で!=「朝日のあたる家」太田隆文監督がトークゲスト決定! [告知]

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【山本太郎を追ったドキュメンタリー映画「BEYOND THE WAVES」特別上映会】

           =「朝日のあたる家」太田隆文監督がトークゲスト決定!

俳優の仕事を捨て、政治家の道を選んだ山本太郎、

その姿をベルギー人監督が追ったドキュメンタリー映画。

磐田会場のゲストー映画監督 太田隆文

(山本太郎さん出演映画「朝日のあたる家」監督)

会場 磐田総合健康福祉センター i プラザ

3/31(日)① 10:45~ ② 18:30〜

入場料 ¥1,000 学生無料
ご予約希望の方は、メッセンジャーまたは
dreamfieldmail@gmail.com
053 422 5203 大山まで!



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夢を否定しにくる大人たち。映画製作でPや役所がトラブルの元になること。同じ構図?=夢追う若い人たちに伝えたい大切なこと [映画業界物語]

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夢を否定しにくる大人たち。映画製作でPや役所がトラブルの元になること。同じ構図?

                   =夢追う若い人たちに伝えたい大切なこと

ここ続けて書いた「プロデュサーがキャスティングする弊害」「役所が起こすトラブル」どちらも共通するのは現場で戦った経験がない人が現場に口出しをしてトラブルを起こす、失敗するということだった。

これは映画製作でなくても、レストランの調理場でも、大工さんの職場でも、自動車修理工場でも同じ。現場に立ったことのない人たちが、現場の人選をしたり、作業を指示するのと同じ。現場で長年働くからこそ、分かること。調理でも、大工でも、映画でも、その分野を勉強し、実践している人たちが現場を指揮するべきなのだ。

これと以前に何度も書いた「夢」の話は同じ構図ではないか?と思えている。10代の頃。

「俳優になりたい!」「ミュージシャンになりたい!」

「作家になりたい!」「映画監督になりたい!」

と宣言すると、大人たちが束になって反対するのは、どこの町でも同じだ。僕もそうだった。大人たちだけでなく、同級生や教師まで反対した。不思議なのは、その中で1人も映画界で働いた人がいなかったということ。どんなに映画界で仕事をすることが厳しく、過酷なものか?誰も経験していない。にも関わらず...

「世の中、甘くない」「夢は所詮夢だ!」

「勉強したくない言い訳だろ?」

と言われた。これは先に紹介した映画製作の経験のない市役所職員、現場で演出したこともないPがキャスティングに口を出す構図と似ている。検証してみよう。

多くの若者は夢破れ、諦めて故郷の帰って会社員になったりするので、それら大人の指摘は正しかったようにも思えるが、僕の周りにいた大人たちを思い出すと彼らの指摘はおかしい。「世の中、甘くない」という指摘は一般論に過ぎない。もし「東大に入りたい!」「パイロットになりたい!」と主張しても、言えること。「映画監督になる!」という夢を具体的に否定するものではない。

大手企業に入るのだって大変。いや、今では「正社員になるのが目標」という若い人さえいる。何だって大変。「世の中甘くない」と言える。つまり、当時、大人たちが僕の夢を否定するために放った言葉には具体性はなく、一般論を語ってに過ぎない。映画監督になるには、会社員になるより、具体的に何が大変か? どう難しいか?は誰も指摘していない。

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つまり、知らない!のだ。映画監督になるにはどうするのか? どこが難しいのか? 全く知らない。「求人案内に出ている訳ではない。数が少ない。免許がある訳でもない。だから大変!」その程度。先の役所職員や現場を知らないPがキャスティンしてしまう背景と同じだ。

知らない。勉強していない。なのに、あれこれ口出しする。それがトラブルとなった。僕を批判した大人たちも、今考えると同じ。聞きかじった話で、勝手な想像をし、批判していただけ。Pが

「この俳優は事務所が大手だ。人気上昇中だ。主役にしよう!」

と演技力やセンス。相性を知らずに決めたり。

「わが町出身の俳優だ。主役にしよう。町が盛り上がる!」

と一面だけ見て決めるのと同様。何も知らない。調べてもいない。だから失敗する。つまり若い人の夢を、批判する大人たちも同じだと気づく。だから、若い人に言いたい。

「大人の忠告や批判を聞いてはいけない。ほとんどは何も知らずに言っているだけだ。調べたり勉強したりはしない。時にはー君のために言うんだよーと言う言い方をする大人もいるが、君のことを考えてなんていない。それなら君が目標とする仕事について勉強するはずだ。

俳優でも、作家でも、歌手でも、漫画家でも、アートを志すと大人たちは反対する。でも、彼ら彼女らは何も知らない。そんな人たちの言葉に耳を貸す必要はない。足を引っ張るだけだ」

ただ、あなた自身は目指す業界を徹底して調べて、どうすればその職業に就けるか?勉強しなければならない。憧れているだけではダメだ。そして努力すること。道を探すこと。実力を養うこと。映画製作も、夢を掴むことも方法論は同じであること。感じてしまう。



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映画製作でキャスティングに口出しする市役所? 「主演を交代させろ」??? ーB君の経験談からー [地方映画の力!]

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映画製作でキャスティングに口出しする市役所? 「主演を交代させろ」??? 

ーB君の経験談からー

「自治体では映画製作ができない?」という記事と「プロデュサーはキャスティングをしてはいけない」という記事。両方とも好評。そこで両方の話題が入った「自治体がキャスティングに口を出したことで、トラブル続出!」の話を紹介する。

後輩監督のB君。彼がある地方から依頼された故郷映画。市民が主体となって実行委員会を作り製作費を集めた。途中から市役所が参加した。が、費用は一切出さず「協力」という立場。それが非常にまずい状態を作る。金は出さないのに口は出すということ。担当の職員たちは映画製作の経験はない。にも関わらず、あれこれ言い出した。

提案することにマイナスが多いのに、プロジェクトを推進してきた市民団体が反対しない。皆、市役所を揉めたくない。また、役所の提案が間違ったものであっても、映画作りを知らない市民には「それもいいんじゃないか?」と思う人もいたようだ。

ある日、大きな事件が起こる。すでに決定している主演俳優を役所側が変更しろと言ってきたのだ。その町、出身の俳優を主役にしろと言い出した。

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製作だけでなくキャスティングにまで口出しをする。とんでもないことだ。映画のキャスティングは監督の仕事。役に合うかどうかだけではなく、相手役との相性。人気、知名度。考え方。思い。様々な面を考慮してB君が決めた。以前に仕事をした若手の人気俳優。本人も出演を快諾。すでにマスコミ発表も行っていた。なのに担当職員はいう。

「降りて貰えばいいんですよ。うちの街ではまだその人が主演することは知らない人が多いし、大丈夫です」

B君は憤る。「うちの町」の問題ではない。一度、依頼し承諾した相手に「降りろ」なんて常識的に言える訳がない。「うちの町では知らない人が」なんて関係ない。マスコミ発表をしたのだ。全国に伝わってる。

それを役所の勝手な提案のために主演を下ろすなんて、俳優にも失礼。撮影前に降ろされるなんて名誉問題だ。所属事務所から訴訟を起こされてもおかしくない。もし、役所でも一度決まったことをひっくり返したら大変なことになる。が、担当者は自身の職場に置き換えて考えることをしない。

「**の方がこの町では知名度があるし、市民は喜びますよ。すでに事務所に交渉してOKももらっています」

何勝手に交渉してるんだ!?金も出さない。映画製作も知らない役所がどういうつもりだ! 

「だから、今、そのことを伝えて、監督にも同意してもらおうとしているじゃんないですか?」

理不尽としか言いようがない。にも関わらず実行委員の市民たちは反対しない。やはり役所と揉めたくないのだ。B君が1人反対した。数日後、製作会社のプロデュサーから言われた。

「私のところ役所から連絡があり、説得してくれと。監督は自分がよく知る俳優と仕事をしたいだけだ。そんなことより、わが町出身の知名度がある俳優で行って欲しいとのことです。私もそうした方がトラブルにならずいいと思いますよ〜」

B君は完全に切れた。「よく知る俳優と仕事がしたいだけ」だと?それがどれだけ大事か分かっているのか? 仲良しサークルのノリで映画作りをしていると思っているのか? 何も分かってない奴がPに圧力までかけてくる。許さない!担当者と対決した。

ー地元出身俳優がなぜ、今回の役に合っていると思うのか?

「彼は器用だし大丈夫ですよ。僕がシナリオを読んでも彼で行けると思いましたから」

ーシナリオというものを、これまでどのくらい読んでいるか?

「今回が初めてです。シナリオなんて日頃読む機会はないですから!」

ーその地元俳優の芝居で1番好きなものは何か?

「彼の映画や芝居は観たことはないですよ。でも、本人はよく知っています。いい人ですよ!」

だめだ〜。確かにその俳優はそこそこ有名だし演技派だが、個性が強過ぎる。今回の映画の主役とはタイプが違う。それにシナリオを読んだこともない人間が「行ける」と思いこみ。その俳優の演技も見たことないのに「行ける」と判断すること自体がおかしい。B君は次第にばからしくなってきた。


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今回の企画はとても興味があり。かなり自腹を切って参加している。監督料も非常に安い。終わった時には借金の山となるだろう。でも、絶対にいいものができる!と市民と頑張ってきた。なのに、途中から参加した役所が、映画製作を知らない、シナリオを読んだこともない連中が横車を押し始めた。

これが「別の役で地元俳優を入れろ!」というのなら、まだ分かる。が、主役をその人にすると映画は完全に失敗する。監督であるB君にはそれが分かる。けど、役所の人たちには想像できない。

みすみす失敗作となるのを分かりながら、自分がふさわしいと思わない俳優を使い、素晴らしい作品になることはない。実行委委員たちと役所の担当者を呼んで説明をした。なぜ、主演が彼ではダメなのか? すでに決まった俳優でなければならないか? 30分に渡って熱弁した。

もし、それでも地元俳優で!というのなら、B君は監督を降りるつもりだった。いいものを作れないことが分かりながら妥協して進めるのは市民への裏切りでもある。話し終えた時、市民のおばちゃんがこういった。

「監督が選んだ俳優さんで行こうよ! そこまで情熱を持って選んだ人なら、その俳優さんがいいと思う!」

次々に市民たちは「賛成!」と手を挙げ、B君に賛同した。役所側は渋々地元俳優案を撤回した。その後、映画は完成。大ヒット。実行委員のあるおばちゃんとB君は映画館の近所でお茶を飲んだ。おばちゃんはいう。

「そういえば地元出身の**さんを主演になんて話があったわねえ。今、考えるとありえない〜って感じ。あの物語で**さんなんて想像もできない。やめて正解ね」

B君は分かっている。役所の職員も悪い人ではない。ただ、キャスティングに口を出すのはルール違反。映画の世界では監督がする仕事だ。とても大切な作業であることも知らない。厨房に行き、料理するシェフに、魚の良し悪しの分からない一般人が

「この魚を使った方が美味しい料理になるよ」

と魚を持ち込み、指示するようなものだ。そんなことをする人はいない。でも、映画作りとなると勘違いをする人が不思議と出てくる。餅は餅屋という言葉を忘れてしまう。

その後、B君は別の街で故郷映画を作った。そこでは役所が全く協力をしてくれなかった。そのせいかトラブルは皆無。何事もなく映画は完成した。それが地方で映画作りをする上で大事なことだと気付いた。役所を批判するのではない。映画製作を知らない人が関わると揉めるということをB君は知ったという。映画だけではない他の業界でも言えることだ。



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映画のキャスティング。Pが決定権を持つと名作ができない理由? [映画業界物語]

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映画のキャスティング。Pが決定権を持つと名作ができない理由?

キャスティングのことを書いたら結構、好評だったので、もう少し書いてみる。映画のキャスティングというのは基本、そして日本では伝統的に監督がするものだ。P(プロデュサー)もあれこれ意見を言うが、最後に決めるのは監督である。それがテレビの場合はPが決定権を持つので、勘違いPは映画でも自身で俳優を決めようとすることがある。

しかし、それが諸悪の根源。Pがキャスティング権を持つことでより良い映画は難しい。今回はその話をする。そもそもキャスティングとは、現場で共に物語を形するための俳優を選ぶ作業だ。役に合っていることはもちろん。問題を起こさない。協調性がある。時間に遅れない。評判がいいと言うことも考慮する。

人気があるのを勘違いして、勝手なことをする俳優も気を付けなければならない。また、気が合う。合わないと言うこともある。演じるのは俳優同士だ。その相性が悪いといい芝居にならない。もちろん「嫌な奴だな」と思っても我慢して演じることも大事だが、それはどこかに出てしまう。そんな細かい部分も含めて監督は俳優を選ぶ。

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監督は俳優たちと対で接して、思いを伝え、それを体現してもらう仕事だ。俳優たちのことをよく知り、見ている。信頼関係の大切さ。知名度はなくても実力がある俳優を見抜く。俳優の特性を見抜く。そんなことを何年も続けており、俳優という人種を知り抜いている仕事だ。だから、キャスティングができる。

一方、Pはその種の経験値はない。撮影ではカメラの後ろで見ているだけ。演技について指示したり、俳優とコミニケーションする必要はない。朝、会った時に「調子どう?」と声をかけるくらいなものだ。そんな立場なので、キャスティングをするときには監督とは違う視点で俳優を選ぶ。

知名度があるかどうか? 興行には大事だ。人気がありファンがあれば映画館に多くが来てくれる。レギュラー番組を持っているか? 例えばタレントとしても活躍している俳優であれば、レギュラー番組で映画の宣伝をしてもらえる。あるいは大手の事務所かどうか? 大手はテレビ局に対して力があるので、所属タレントが出ている情報番組等で映画の告知をしてもらえる。


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そういう俳優が映画に出ることでプラスになるということをPはよく考えがちだが、協調性。相手の俳優との相性。等々まで気付かない。それらこそがキャスティングで一番大事なところなのに、それは分からない。なぜなら、Pは本来、制作費の管理や興行宣伝が仕事の中心であり、撮影現場のこと。俳優との対峙をしないからだ。

つまり、それらが分からないPという人種がキャスティング権を持ち俳優を選んでしまうと、人気があるだけで役に合っていなくても選ぶ。大手事務所所属を多く選ぶ。宣伝に協力的な俳優を優先する。等々の尺度で選んだ俳優ばかりになってしまう。当然、現場は混乱する。スタッフは職人だ。「素晴らしい作品を作ろう!」という人たち。会社の思惑や収支なんて考えないアーティストだ。

「この役。この俳優じゃないんじゃないか?」

すぐに気づく。ああ、事務所が***か?Pが決めたんだな。そういう作品ね?今回は!と思われてしまう。いいものを作る気がないんだと解釈する。だったら、そこそこの力でやればいいね?彼らは熱い思いに感銘を受け動く人たち。金儲けや会社の思惑のためには真剣にはならない。監督もやり辛い。

「この役はこの俳優じゃないんだよなあ」

そう思いながら演出しても力が入らない。また、人気があるからとメインの2人を気が合わない同士が選ばれたら大変。演出以前に2人のご機嫌取りが仕事になる。俳優側からしても同じだ。

「私を選んでくれたのは監督ではなく、Pなんだ」

と、Pにばかり媚びへつらってしまう。或いは

「Pが私を選んだのは演技力じゃなくて事務所が大手だからなんだ」

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そう思うと、やる気をなくす。悲しくなる。監督というのは俳優の底力を引き出す仕事でもあるのだが、自分がよく知らないPが選んだ俳優から力を引き出すのは難しい。そもそもが監督はキャスティングをさせないPを信頼しない。多くは恨んでいる。

「そんなことでいい作品ができると思ってるのか?バカ〜」

そんなPが選んだ俳優を輝かそうとは思わない。寿司経験のない人が魚市場で仕入れてきた魚を持ってきて、寿司職人に

「さあ、美味しい寿司を握ってください!」

というようなもの。家を建てたこともない会社員が大工道具を選んで大工さんに「さあ、素敵な家を建ててください」というようなものだ。

「ノコギリないだろ!」

ということが頻発する。黒澤明監督は言う。

「一度も仕事をしたことのない俳優とは仕事はできない」

それは本当だ。その俳優のことを知り、魅力を感じ、実力を知るからこそ、その俳優の力を引き出すことができる。俳優側から考えても同じだ。

「私の力を認め、魅力を感じているから、この監督は私を選んでくれたんだ!だから、頑張ろう」

と思う。そんな俳優の心理までPは分からない。現場で俳優たちと対峙していないからだ。魚を見極められない。大工道具を使ったことない。というのと同じ。もちろん、興行や宣伝は大事だ。プラスの俳優を選ぶことも必要。でも、提案はしても決断は現場と俳優を知る監督がするべき。


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映画作りはビジネスでもあるが、興行だけ考えていては素晴らしい作品はできない。大事なのは俳優への愛だ。そして理解。その意味でPはそれらを持ちずらい立場にいる。そんな人がキャスティングをしても、いい作品はできない。この数年で

「なんで、この原作で、この人気俳優陣なのに面白くないのかなあ」

という映画を思い出すと、ほとんどがPがキャスティングしたものだ。キャスティングは映画の出来の70%を決めるというが、まさにその通り。Pを否定するのではない。彼らが活躍すべき場は他にある。日本映画では監督がキャスティングをする。それが日本映画の伝統であり、重要なことなのだ。

だから監督である僕は映画のキャスティングー全て自身で決める。その俳優の実力を知り、愛を感じる者を選ぶ。脇の1人に至るまで。それが大事だと考える。



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キャスティングは監督の仕事。それが日本映画の伝統であり基本! Pが選ぶと作品がダメになる? [映画業界物語]

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キャスティングは監督の仕事。それが日本映画の伝統であり基本! Pが選ぶと作品がダメになる?

映画に出演する俳優はどのようにして決められるのか? 日本映画の場合は基本、監督が選ぶ。作るべき物語を理解し、様々なプランや演出を考えるのが監督なのだから、その世界観を作り上げるべき俳優は当然、監督が選ばなければならない。

ただ、テレビドラマの場合は違う。プロデュサーが企画を立てて、脚本家に依頼。上がったシナリオを読み、キャスティング。そのあとにディレクターが決まる。なので人気俳優を選びたがる。そしてタレント事務所と付き合いもある。癒着も生まれやすい。

映画も主役に関してはスポンサー、プロデュサーが口を出す。主役は興行にも影響するので、無名の新人というののは難しい。が、その場合でも監督の意志が尊重される。僕がまだ新人監督だったときでさえ同様。主役はPたちがあれこれ上げた中から僕が選び、その他は全員、自分で決めている。まわりもそれを理解していた。それが映画界のやり方。

テレビ局で仕事したある番組(映画の監督が撮るドラマというのが売り)ときでも、ある事務所から選ぶように言われたが、その中からなら自由にキャスティングできた。そこにいないキャラは他の事務所からも選ぶことができた。その局のPは映画監督が俳優を決める重要性を理解していたのだ。僕だけではない。後輩たちも。先輩も。多くの監督は自身で俳優を選ぶ。それが映画界のしきたり。


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ただ、映画でも芸能プロと癒着したPが「この役はこの俳優でお願いします」という圧力をかけて来ることがある。「1人入れれば*万円」という裏取引が事務所からあったりするようだ。あるいは「次回はうちの人気俳優を使っていいですよ。その代わり今回は新人を10人」とかいう取引もされる。

Pはそんな提案に乗る人が多く、また、そんな仕事でもある。立場は分かるが、僕は自分で「いい!」と思わない俳優は絶対に起用しない。だからPにはよく嫌われた。それでも関係者は「キャスティングは監督!」という思いがありそのPのあと押しはしない。結果、いい作品ができた。

が、先にも書いた通りにテレビは違う。シナリオも、キャスティングも決まっており、監督は現場の仕切りだけ。監督の個性が出ず、その手の作品はかなり宣伝され、そこそこヒットはするが「中身のない映画だったなあ」と思われ評価されないことが多い。

考えてみてほしい。シェフが料理をつくるとき。材料は自身で選ぶ、野菜、肉、魚、香辛料。自身がイメージする料理に必要なものを用意する。それを料理をしたこともない第三者が集めた材料で「さあ、おいしいものを作ってください」で皆が喜ぶ料理ができるだろうか?映画も同じだ。

監督自身が好きで、評価する俳優を起用するから、その俳優の魅力が引き出される。俳優も「この監督が選んでくれたんだ」と思い、がんばる。Pが選んで押し付けられた俳優の場合。監督はその人の魅力を引き出そうとか、隠れたいい面を探そうとか思わない。セリフを間違えなければOK。俳優も真剣になれない。だから作品も盛り上がらない。

映画というのは不思議なもので「思い」というのが作品クオリティを変える。その監督が選んだ俳優なら愛が生まれる。押し付けなら「お仕事」になってしまう。さらにPは作品のことより損得を考えて俳優を選びがち。それで選ばれた俳優に対して監督は愛情を持てない。「ミスキャストだよなあ」と思って演出すると作品自体が盛り下がる。誰も得しない。

Pの多くはサラリーマンであり「この作品ができれば死んでもいい!」とは思って仕事しない。次もあるし、その次もある。大手の**芸能とは仲良くしておきたい。「売り出し中の**ちゃんを出して恩を売ろう」という輩も多い。もちろん、根性のある素敵なPもいるが、本当に少ない。そもそも撮影現場で演出しない者が俳優を選ぶこと自体が間違っている。

テレビ的なキャスティングをする作品は増えてはいるが、映画界では監督が俳優を選ぶという伝統があり、それが主流だ。そうでなくてはいい作品は作れない。だから、僕は主役から脇の1人まで自分で決める。そこに愛が生まれる。作品が素晴らしくなる。それが映画なのだ。



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町興し映画を作ろう!と市が予算を出しながら、悲しい結末に終わったある田舎町。 [地方映画の力!]

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町興し映画を作ろう!と市が予算を出しながら、悲しい結末に終わったある田舎町。

後輩のD君からこんな話を聞いた。彼の故郷で「街をアピールする映画を作ろう」と、市が予算を取った。D君はボランティア・スタッフとして参加。予算は2千万ほど無名の俳優ばかりの地元発見物語。だが、企画時から揉めに揉めた。

一つには行政側があれこれ文句を付けたことで、トラブルが続出。何かにつけ「市民の税金なんだから!」と言って、あれこれ作品に注文をつけたのだ。依頼を受けた映画監督が激怒。何度もあわや中止というところまで行った。D君に聞くと

「市が映画作りというものを全く分かっていないのに、あれこれ口を出したんですよ」

よくある話だ。金を出した側。映画製作の経験もなく、勉強もしないのに聞きかじった話で、あれこれ指示する。例えればオーケストラを呼び、「第9」を演奏して欲しいと依頼。指名した指揮者に市役所の職員がこう言うのと同じ。

「第1楽章はこんな風に演奏してください!」「バイオリンはヨーロッパの人を呼んでください!」

業界でど素人ーと言われるのはそういう人たちのことだ。

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金を出したら何を要求してもいいというものではない。指揮者を指名したなら、その人のセンス、実力、を信じて指揮してもらうのが礼儀。別の例を挙げるなら、レストランで料理を注文した後に厨房に行き、

「キャベツはもっと細かく刻んで、ソースは辛めに!」

とシェフに命令するようなものだ。そう言い換えると、いかに非常識なことをしているか分かるだろう。指揮者でも、シェフでもプロ。それに対して敬意を払わず、何も知らない素人が指示、命令をするのは身の程知らずとしか言えない。彼らはそのために何十年と修行したり、学んだりしてきているのだ。それが分からない地方の人、行政の人が時々いる。

「市役所職員がまさにそんな感じで、依頼を受けた監督は激怒。トラブルが続いたんです」

結果、2000万も使いながら、できたのは30分の短編ドラマ。D君はおかしいと思った。

「2000万は映画制作費としては安すぎる。でも、30分ものならもっと安くできる。内容を見ても500万くらいで出来るものだ」

いろいろ聞いて回って、どうも製作会社が半分以上の制作費を抜いているようだ。つまり、500万でドラマを作り、後の1500万は利益とした。多分、監督は知らないだろう。製作会社がこっそり行ったこと。

「これはちょっと酷すぎ! 監督も可愛そう。真相を究明しなければ!」

D君は役所に直訴したら職員はこう言う

「映画は金がかかるものだろ? あの30分に2000万かかったんだよ」

準備中はあれほど文句を言い「市民の税金なんだから」と繰り返していたのに、その税金が無駄に使われている可能性があるのに、調べようとしない。D君はすぐに気づいた。

「もし、本当に500万で作っていたら、市民の税金が無駄に使われたことになる。大変なことだ。役所の責任問題になる。だから、制作費は正当に使われたことにしておかないとまずい。職員がいうのは、そう言うことなのだ....」

D君は許せず。今度は県会議員に直訴。こう言われた。

「もう、制作費はないんだろ? だったら仕方ないんじゃないか」


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だから、製作会社に明細を出させて、使途不明金があれば返還を求めれば!と言っても「もう、終わったことだから、言っても仕方ないよ」と繰り返す。

「ああ、この人も市民の税金を無駄にすることより、問題を追及するのが面倒なんだ....」

そう思えた。気の毒なのは監督だ。最初は役所からあれこれ言われ、現場では製作会社に半分以上も費用を抜かれた額で撮影せねばならなかった。2度とあの街では映画を撮らないと言っているらしい。D君はいう。

「故郷が舞台の映画が作られると聞き、嬉しかった。だから、ボランティアとして参加した。監督もいい人だった。でも、素人の職員があれこれ言い出し、監督の思いや希望が次々に踏みつけられた。多分、それを見ていた製作会社が自治体はど素人だと気づき、費用を誤魔化しをした。500万で作ってもバレしない!と。実際、役所も県議もそれを知っても動こうとしない。

もともと、我が街で映画作りは無理だったんだ。いや、市役所には無理だった。映画監督といえば芸術家。その人にあーしろこーしろ素人がいうこと自体がおかしい。監督は屈辱的な対応でよく辞めずに頑張った。もっと、監督が作りたいものを自由に撮らせてあげれば、素敵な映画ができたんじゃないかな...」


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そう。あれこれいうのなら職員が監督すればよかったのだ。役所だけではない。映画製作を知らない、経験しない人間があれこれ言うのが間違い。これは映画だけでなく、先に挙げたオーケストラでも料理でも、その道のプロに対して指示するのが信じられない。餅は餅屋。

服のオーダメードを作るのなら本人の希望を聞くべきだし、家を建てるのなら家族の希望を受け入れる必要がある。が、映画とか、音楽とか、料理とか、多くの人に楽しんでもらう芸術的なものに素人が口を出すと必ず失敗する。その種のものはアーティストを信頼して任せるしかない。それが芸術だ。

結局、その映画は地元の小さなホールで1日、密かに上映されただけで終了。全国の映画館で上映されることはなかった。その1日のための2千万円の税金が使われたのだ。背景にあるのは役所の無知、勘違い。あれこれ指示して、監督のやる気を削ぎ、外部の会社に制作費まで抜かれて、そんな結末。なぜ、勉強しようとしないのか? なぜ、知らないことを指示するのか? 地域がいろんな意味で展開できない背景は、そこにあると思える。



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春から時間がある! ワークショップを計画中。前回は実力派と出会えて感謝。 [2019]

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春から時間がある! ワークショップを計画中。前回は実力派と出会えて感謝。

前作「明日にかける橋」は撮影前に3回ほどのワークショツプを実施した。当時は告知しなかったが、実は「明日」の俳優探しを兼ねていた。そういうと多くの若手が参加しただろうが、それでは意味がない。とは言うものの毎回、20人以上が参加してくれた。

著名な監督のワークショップなら、参加費がバカ高くても多くが集まるが、そうでない監督だと3ー5人ということもある。僕も決して有名ではないので心配していていたが、毎回多くの若手、それも経験がも実力もある役者が数多く参加してくれて感激した。

結果、3人の若手を参加者から選んだ。もちろん、それだけが目的ではなく、他の監督たちと一味違ったレッスンがメインだが、僕としては3人も選べたこと。ありがたかった。と言っても3人がぶっちぎりで良かったわけではない。同じ実力、それぞれの個性。それぞれのやくに2−3人の候補がいた。

幸い、オーディションと違い、時間をかけて芝居を見せてもらうことができたので、真の実力を見極めることができた。そして選んだ3人は期待通りに素晴らしい演技を見せてくれた。全員、セリフがあり、結構重要な役。1人は板尾創路さんと絡む重大な役。1人は田中美里さん鈴木杏ちゃんとダブるで戦う。そして最後の1人も板尾さんと対峙する超重要な役だった。

本当に皆、よくやってくれた。ワークショップによく参加してくれたと感謝している。もし、彼らが来てくれなかったら、オーディションをして、1人15分ずつくらいの審査をして選ぶしかなかったのだから。もちろん、それで外したことはないが、俳優には1時間あれば、緊張が解けて実力発揮というタイプもいる。オーディションでは力を出す前に終わる。

そんな人たちでも4−5時間続く、ワークショップでなら力を発揮するはず。実際、最初は頑なタイプと思えた女優さん。最終回はリラックス。その子の別の魅力を見ることができた。その意味で選ぶ監督側も大変だが、俳優たちはより厳しい状況にいると思え、本当の力を発揮する場が必要なのだ。

もう一つ、感じたのは、撮影が決まってからワークショップをしていたのでは間に合わないということ。時間あるときに開催して、シナリオを書くときに「お、この役はあの役者がいいかも?」と思って、その段で選べれば助かる。僕のシナリオは有名無名に関わらず、当て書きが多いのだ。

春から時間もできるし、久々にワークショップやってみようか?と考えている。ただ、今回は本当に新作が決まっていない。出演目当てだけで参加するのなら期待外れだ。ただ、個性派実力派との出会い。次回のために作らねばならない。関心ある方は僕のブログ、Facebook等を時々覗いてほしい。決まれば突然に発表する。よろしく。



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お茶生活3年目。 [2019]

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お茶生活3年目。

袋井市東京交流会で購入したお茶。毎日飲んでいたのでもうなくなった。「明日にかける橋」の製作が決まった時に「今日から毎日、静岡茶(特に地元)を飲む」と決めて3年ほど。今も1日はお茶で始まる。
そのせいか今回は過労で倒れたり、大きな病気をすることもなく、お茶効果を感じている。


話を戻し、袋井茶がなくなったが、東京では簡単に静岡県西部のお茶を買えない。先日、そのことを記事にしたら五反田で購入できるとの情報をコメント頂いたが、編集作業の追い込み中。その余裕もない。仕方なしに近所のスーパーを覗くと、「掛川茶」があった。今回のロケ地ではないがご近所?!


それを今朝から飲んでいる。


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タイアップとは何か? 宣伝PRが分からない人たち。せっかくのチャンスなのに〜という話 [地方映画の力!]

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タイアップとは何か? 宣伝PRが分からない人たち。せっかくのチャンスなのに〜という話

映画を作るとき、よく「タイアップ」という言葉を聞く。一体どんなことをするのだろう? 例えば2時間ドラマ。地方が舞台の作品。必ずホテルや旅館が出てくる。そして、なぜか?主人公である刑事に「怪しい奴を見ました」という人が現れ、ホテル内を隈なく見てまわる。が、結局、怪しい男は見つからない。あるいは主人公の友人が地元を案内してくれる。

これらがタイアップである。多くの場合。スタッフ&キャストはそのホテルに泊まる。そして宿泊費はタダ。食事も無料。なぜ、そうなるか?というと、2時間ドラマはゴールデン・タイムに全国で放送。数パーセントの視聴率でも数百万人が見る。その番組内でホテルの看板が映り、施設が紹介されるのは、全国ネットでCMを打つ以上の効果がある。

CMは15ー30秒。ドラマで紹介されれば数分。それを数百万人が見る。CMをその時間帯に放送すれば1千万円近い費用が必要となる。そう考えれば、宿代も、食事代もタダにしても安いものなのだ。観光地も同じ、宣伝費に換算すれば同額。街を上げて協力しても、かなりお得。まあ、制作サイドとしては、宣伝がモロ分かるベタな出し方は嫌だが、ホテル側のメリットは大きい。

映画でも同じ。全国の映画館で上映。DVDになり、衛星やケーブルでも数年に渡って放映される。出演した俳優がブログやインスタで街や産物を紹介してくれたり、トーク番組やラジで話したりする。それをファンが探して買う。知名度が広がる。これまた数百万、数千万円相当の宣伝効果。

だが、それが分からない人が地方にはときどきいる。ロケ地になることは大きなメリットになるのに、面倒臭がって断ったり、それでいて商売繁盛か?というと、そうでもない。つまりタイアップということが分からない。中には

「うちで撮影したいなら金を払え!」

と要求する人もいる。それは逆。撮影されることが大きなメリットになる。なのに金品を要求、せっかくのPRのチャンスを潰してしまう観光地もある。ある地方映画。地元から寄付を集めて制作した。そんな中でこんな会社があった。

「うちはロケをさせたので、寄付はしない!」

ロケをするということは、その場所、組織にとって大きなメリット。にも関わらず、大きな協力をした気分になり寄付はしないという。高額の寄付をしてでも、「うちで撮ってほしい」という会社や飲食店もあるのに残念だ。あるいは

「うちの商品はすでに有名なので、宣伝の必要はない!」

と映画協力はしないという会社もある。結果、その商品は映画内で紹介されることはなかった。宣伝とは繰り返し、いろんな形でするものであり、一度人気が出たからと、それが長続きするものではない。グリコやロッテのCM。売れないから流すのではない。売れ続けるために流しているのだ。

そんな風に宣伝、広告ということ。地方では理解されないことが多く、地方映画はチャンスなのに、毎回、変な理屈でチャンスを逃す会社や店がある。といって、頭の固い人たちに「どれだけメリットがあるか?」を制作サイドがレクチャーするのも変。こちらは素晴らしい作品を作るのが使命。だから残念に思うことが多い。

いいものを作っても宣伝をしないと人は買わない。素晴らしいお寺があっても、知らないと誰も来ない。大きなチャンスを待ってもまず来ない。小さな機会を逃さず、繋げて、大きなチャンスを掴む。商売でも、映画でも同じであることを感じる。



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宣伝PRについて、なぜ、みんな関心を持たないだろう? [地方映画の力!]

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宣伝PRについて、なぜ、みんな関心を持たないだろう?

業界のこと。一般の方々でもいろんなことを知っている。広告代理店。タレント事務所。視聴率。スポサー。バラエティ番組等でタレントがあれこれ話すことで広まったのだと思える。肖像権のことも知っている人増えている。が、意外に知られていないのは宣伝広告だ。何度も書いたが、驚くほど知らない人が多い。特に地方に行くとそれを感じる。

地方映画を作る際に地元で何度もレクチャーをするのだけど、撮影については皆さん興味を持って勉強してくれる。が、映画完成後の宣伝については、考えたこともない! 存在さえ知らないということが多い。前にも書いたが、テレビを付ければCM。新聞には広告。街を歩けばポスターが溢れている。

なのに、それらがどのように作られ、どのように展開し、どんな効果を持つのか? 興味さえ持たない人が多いことに驚かされる。大手企業は毎年何百億円という宣伝費を使っていることも意外に知られていない。そんな現実とは反対に、地方では宣伝に対して理解がなく、勉強しようという人も少ない。

なぜ、広告の海ともいえる時代に生きているのに、広告に興味を持たないのか? 80年代には糸井重里効果なのか?コピーライターになりたい人が爆発的に増えたことがある。広告代理店といえば、電通というのも知っている人は多いだろう。しかし、「電通ってどんな会社?」と聞くと

「コマーシャルを作っているところでしょう?」

という人が多い。要は宣伝広告に興味があるのではなく、糸井さんみたないカッコいい仕事がしたい。就職するなら大手の電通がいい。みたいな感覚だったのだろう。その時代から30年以上が経つが宣伝広告について、社会には浸透していない気がする。そこに何か理由はあると思うのだけど、僕も偉そうなことは言えず。映画の仕事を始めてから、あれこれ勉強した。

ついにネットの広告収入がテレビのそれを超えたと聞く。時代は動いていく。ネットの方がピンポイントで宣伝できるのが強みだろう。話は前後するが、監督仲間でも宣伝に関しては無頓着な人が多い。監督は映画を作る仕事であり、本来「宣伝」は配給・宣伝が行うものだが、今の時代、そんなことを言ってられない。
なのに、作品が完成すると「次回作は 。。。」なんて言っている。まず、完成作の宣伝だろう?と思うのだが、また、その辺のことも書いてみたい。

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