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明日にかける橋ー6月15日 北海道の映画祭で上映! 第7回白夜映画祭2019 in 稚内にて招待上映決定! 太田監督と出演俳優によるトークショーあり。 [2019]

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明日にかける橋ー6月15日(土)北海道の映画祭で上映!

第7回白夜映画祭2019 in 稚内にて招待上映決定!
太田監督と出演俳優によるトークショーあり。


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「嫌われること」を怖れ自分を曲げる人たちは、新時代を生き残れない。=それに気づかない日本の社会、教育、家庭? [嫌われる大切さ]

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「嫌われること」を怖れ自分を曲げる人たちは、新時代を生き残れない。=それに気づかない日本の社会、教育、家庭?

映画「生きる」ではないが、子供たちのための公園が欲しいと主婦たちは思う。それを誰かが言い出す。

「役所に頼んで作ってもらおう。ちょうどいい土地あるし、そこは市が所有しているんだよ」

でも、必ず、こういう人が出てくる。

「どーせ、無理だよ。役所は年間計画で動いているんだから、今言っても予算がない!で終わりよ。市民のことなんて考えてないし」

そんな風に何かを言い出すと必ず、それを否定する人、批判する人が出てくる。僕の経験は前回書いたが「将来は映画監督になる!」というと、周りの人たちが次々にやって来て批判、反対を始めた。

「世の中甘くない!」「現実を見ろ!」「お前に才能あるのか?」

だから、しばらくは言わないようにした。映画界で仕事をしたこともない、友人が働いているということすらない。何も知らない大人たちが、我に正義ありという顔をして批判、否定するのだ。

子供の頃は作文で「将来のこと」なんて書いたりしたが、高校になると誰も夢を語らなくなる。語れば「無理だな」「甘い」「バカじゃねえか?」と同級生たちが、大人と同じことを言い出すからだ。そこで「会社員」と言えば(あまりそうは言わないが)誰も文句は言わないが、「映画監督」とか「俳優」と人と違うことをいうと大バッシングを受けることになる。

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同じように街で、会社で、グループでも、人が言わないようなことをいうと、同じ目に遭う。だから「嫌われたくない」警報(?)が発令。皆、無難なことしか発言せず、自分の価値観を伝えたり、個性的な行動をしたりしない。その背景にあるのが「ムラ社会ルール」狭い地域で無難に暮らすためのそれに、無意識の内に従い生活してしまう。

しかし、今は江戸時代とは違い、

狭い村の中だけで生きている訳ではない。交通機関も発達し、都会への日帰りも可能。なのにルールを守る。地方ほどではないが、都会でも「嫌われたくない」症候群は多い。会社員のほとんどが紺のスーツ。女子も同じ。「個性派を求める」という企業の面接にも全員が同じ服装で訪れる。

が、面接は「他の人とは違うよ!」ということを主張する場。「俺はこんなことができる」と個性を伝える機会なのに、皆と同じ服装で、同じような髪型というのは、「私はみんなと一緒ですよ。特別ではありません」と主張するのと同じ。かなり病んでいる。それほどに日本人は嫌われることを怖れ、そのために目立たない。皆と同じ。個性を出さないことに努力している。

それは思いっきり時代と逆行している。人と同じ。目立たない。個性がない。という人材なら誰でもいい!になる。それこそ機械がとって代わることができる。スーパーのレジも自動化が進んでいる。コンビニもそうだ。いずれ、どちらも無人になるだろう。

誰でもできる仕事は機械が取って代わる。

公務員の大量リストラ時代が間も無く来るとも言われる。住民票は機械で取得できるところも増えている。誰でもできる仕事しか出来ない人材はどんどん必要とされなくなっている。

では、どんな人材が必要か? 

人とは違う価値観や発想を持ち、特別な技能がある人。過去には縛られず他の人とは違う存在。その辺の人には出来ない、新しいことができる人材である。

つまり、ムラ社会ルールに縛られないタイプだ。にも関わらず、日本社会も、教育も、役に立たない人材を今も育てている。「嫌われたくない」ために個性や主張を曲げて、無難に生きようとするタイプが今も育ち続けているのだ。ここまで来れば分かってもらえるだろう。これから必要とされるのは「嫌われる」ことを怖れず、人と違う個性や主張ができる人。過去に囚われない人材。そういうことになる。


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嫌われることを恐れてはいけない!(1人に嫌われることは10人に好かれること)=僕の経験談を紹介! [嫌われる大切さ]

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嫌われることを恐れてはいけない!(1人に嫌われることは10人に好かれること)=僕の経験談を紹介!

「嫌われたくない」と思う多くの日本人は自分を曲げて生きている。その怖れこそが「島国根性」の根本にあるのだろう。狭い世界で無難に暮らすためのもの。それを推進するのが「ムラ社会ルール」。個性を主張しない。人と違うことをしない。トラブルを見て見ぬ振りをする。皆と同じ生活をする。

その反映が会社員は皆、紺のスーツとか、女子大生はみんな同じメイクとか、人と同じことで安心し、嫌われないようにしている。皆が大学に行くので私も大学に行く。何を勉強したいか?決めてもいない。皆が会社員になるから僕も会社員になる。業種は何でもいいから会社に就職したい。皆と同じ。その背景にあるのが「嫌われたくない」という思いであり、ムラ社会ルールなのだ。皆と同じなら嫌われない。批判されない。

でも、そんな発想はすでに意味を成していない。多くの人が「嫌われないため」に自分を曲げることに限界を感じている。都会はもちろん、地方の人たちも。けど「嫌われたくない」という恐怖が自分を縛り、自分らしく生きる。個性を主張することができずにいる。

僕が学生時代に「映画監督になる!」と言ったとき、多くの友人知人から、そして教師、大人から反対された。「甘い」「現実を知らない」と批判された。わざわざ説得に来た大人もいた。従わないと「だったら勝手にしろ!」と怒鳴られた。誰にも迷惑はかけていないのに、なぜ批判され、怒られなければならないのか?当時はそう思った。要は人と違うことをすることへの批判。同じでないといけないのだ。

その後、あれこれ映画監督への道を模索、勉強期間があるのだが、意外なことに応援してくれる人が増えて来た。情報をくれる。人を紹介してくれる。飯を食わせてくれる。批判した人の10倍、応援する人が出て来た。そして時間はかかったが映画監督になった。当時、厳しく批判していた友人がこう言った。

「俺も実はミュージシャンになりたかった。ギターを練習していた。でも、世の中甘くない。親も反対する。それを押し切って頑張ってダメだったら、それ見ろ!と言われる。顔向け出来ない。近所で一生言われる。みんなに嫌われてまで、やりたくなかった....。

お前はそれが分かってない。現実を知らないと思った。でも、結局、夢を掴んだ。絶対に無理だと思ったのに。凄いよ。お前の前作、製作費の寄付を集めていたろ。少し寄付したよ。平凡なサラリーマンになった俺ができる小さなことだ。応援している」

当時は批判しバカにしていた彼も、実は同じような夢を抱いていた。多くの人はそんな風に「嫌われたくない」と自分を曲げてしまう。でも、嫌われることを覚悟で、自分らしく生きれば、その10倍の人が応援してくれる。好きになってくれる。批判していた人も支持してくれるようになる。その事実を知らないので、自分を殺し我慢してしまうのだ。

嫌われることを恐れてはいけない。「嫌われない」は「誰にも好かれない」とイコール。自分らしく生きれば、10倍の人が応援し、好きになってくれる。


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自分を曲げずに生きると嫌われる。でも、その10倍の人があなたを好きになる=嫌われることの大切さ? [嫌われる大切さ]

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自分を曲げずに生きると嫌われる。でも、その10倍の人があなたを好きになる=嫌われることの大切さ?

昨日、アップした文章。以下2つがとても好評で100近い「いいね」を頂いた。

●「嫌われたくない」と思うから自分を殺し無理してしまう。「嫌われてもいいや!」と思うと自分らしく生きられる。心が楽になる。

●「みんなと仲良くしなければならない」と思うから我慢し苦しくなる。「理解してくれる人とだけ仲良くすればいい!」と思うと素直になり、逆に友達が増える。

理由として考えられるのは、多くの人が無理をして嫌われないようにすることで、過度の負担やストレスを抱えている。「だったら嫌われてもいい! 自分を曲げない!」と思うが、なかなか踏み切れない。そんな背景があるので多くが共感。「いいね」をしてくれたのだろう。

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つまり、多くの日本人が無理をして「嫌われないようにしよう」としていると言うこと。実は僕もそんな1人だった。が、この10年くらい。特に映画製作が順調に進みだしてからは、いろんな人と接するので、そのことを考えていた。

映画を作る!と言うだけで批判される。

自分の思いを進めようとすると嫌われる。でも、自分を曲げて相手に嫌われないようにしても、何らプラスはないことに気づいた。何も出来なくなってしまう。

人はそれぞれに価値観やテーマがあり、それが他と違うと批判され、嫌われる。つまり、多くの人に好かれるには主張せず、何に対しても賛同し、人と違うことをせず、派手な振る舞いを控えることだ。そうすれば嫌われない。まさに「ムラ社会ルール」を実践することだ。

では、人に好かれ支持されるということを考えてみる。個性を主張する。人と違うことをすること。つまり、好かれ支持されることをすると、同時に嫌う人も出てくる。誰にも嫌われないで、皆と仲良くするということは、結局、誰にも好かれず、支持されないということに繋がる。どちらでもいい存在になること。

しかし、面白いことがある。

自分らしい行動を取ることで10人に嫌われたとする。すると100人に好かれることが多い。100人に嫌われることは1000人に支持されることに繋がる。実はそれが「嫌われる」「好かれる」ということ。そんな経験。僕自身、何度もしている。

嫌われたくないので自分を殺し、曲げて対応しがちだが、それで本当にあなたを「好き」になり支持する人がいるか?と言うと「嫌われない」だけにしか過ぎない。それなら自分らしく生き、自分の価値観で行動すべき。それで嫌われても、必ず、その10倍の人があなたを好きになり、支持してくれる。嫌われることを恐れて、自分を殺してはいけない。嫌われるのは好かれることに繋がる。


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