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映画監督の夢を追う友人=自分だけの世界に閉じこもり夢見る若者たち。 [映画業界物語]

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映画監督の夢を追う友人=自分だけの小さな世界に閉じこもり夢見る若者たち。

1980年代。自主映画=学生映画作りが流行った。8ミリフィルムで映画を撮り、プロデビューする。スピルバーグやルーカスのようになりたい。日本でも20代の大森一樹や石井聰亙が監督デビューした時代だ。

後輩の友人A君もそんな1人。8ミリカメラとわずかな衣類だけを持って上京。映画学校に通った。が、生徒の多くはロクに映画も見ていない奴ばかり。授業も退屈なだけ。彼は仲間を集めて8ミリ映画を撮り出した。

「今、リバイバルしているあの映画。すっごい面白いから見た方がいいよ」

学生映画の先輩が言う。でも、A君は見に行かなかった。

「何で、行かなかったんだよ?」

「ええ、忙しくて...」

別の先輩には映画に誘われた。「***を見に行こう」A君は答える

「今、そんな気分じゃないんです」

次第に彼の評価が決まってくる。気分で映画を見に行くのは映画好きの人。嫌なことがあったからコメディでも見たい。気分くらいからアクション映画で憂さを晴らしたい。そんな感じだ。先のお勧め映画も興味を持てなかったので行かなかったようだ。

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つまり、A君は自分の趣味の映画だけ見る。そんな好きな映画の焼き直しを8ミリ映画を作る。趣味のレベルなのだ。アクション映画が好きでも、それ以外も見てこそ勉強。親しい友人が推薦するなら、見て見たいと思うのに、それも拒絶。バイト先では「俺は将来、映画監督になる」と言っていて、大学生から一目置かれてるらしい。

夢を掲げるだけで尊敬を集め、趣味の映画だけ見て、その焼き直しを8ミリで作る。それでいて将来はプロだ!と思う。小さな世界で空回りにしているだけだなのだ。例えば子供が成長するには、肉だけでなく、野菜や魚も食べなければならない。なのにA君は自分が好きな肉だけしか食べていない状態。

また、趣味の映画と同じような、その学生版のような映画を作るのはビートルズのコピーバンドと同じ。よほどでないとプロデビューはない。めちゃめちゃ技術レベルが高くて、ビートルマニア(本物そっくりの演奏をするグループ)クラスなら分かるが、それは当時でいうと「太陽にほえろ」ごっこ「蘇る金狼」ごっこなのだ。大学生の友人にサングラスをかけさせ刑事役

「なんじゃこれは〜!」

と松田優作風に絶叫させる。でも、それは趣味の世界。カメラも、照明も、素人。友人が観れば笑ってくれるが、第三者には厳しい。だが、A君はいう。

「プロの監督になり、プロのスタッフが参加すれば問題ない」

彼は非常に危険なところに堕ち混んでいた。要は自分は努力しない。でも、プロのスタッフがいれば技術は大丈夫。自分の作品はプロで通用するはず。他人の力を借りれば、プロでやって行けるという発想。でも、刑事ごっこの映画しか作らない彼を誰が認めるのだろう?後年、僕も知ることになるが、プロの世界は本当に見る目のない人ばかりなのだ。

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結局、彼はプロデビューすることはなかった。当然なのだが、彼のようなタイプは今も多い。映画監督志望だけでなく、俳優志望にも言えるのだが、

「私は才能がある。見る人が見ればプロデビューできる」

でも、努力はしない。(本人は努力しているつもり。何より才能があると思い込んでいる)映画や舞台で見に行くのは趣味のものだけ。先輩に勧められた作品も見ない。DVDを借りてもそのまま。やってることは実は趣味レベル。

「でも、プロデビューすればプロがやってくれるから大丈夫」

と他力本願。まるで

「いつかは白馬の王子様が私を迎えに来てくれる」

という昔の少女漫画のヒロインのようだ。小さな自分の世界を作り上げ、バリアーを貼り、その中で生きている。「マトリックス」の世界で眠っている。現実を想像する力がない。いや、ありもしないことを夢見る想像力はある。そして、狭い世界にいる自分に気づかない。

「私は違う!」「僕は大丈夫!」

根拠のない自信。そんな子たちを数多く見てきた。どうすれば、その狭い世界から抜け出し、現実の中の戦いをスタートできるのか? 長年、考えて来たが、結局、自身が屈辱的な経験をし、敗退して、未熟さを痛感すること。そこから、もう一度立ち上がってスタートする。それしかないのだろう。でも、そこで終わる子がほとんどなのだ。悲しい...。


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友達も、恋人も、夫婦も、何かプラスがあるから長続きする? [my opinion]

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友達も、恋人も、夫婦も、何かプラスがあるから長続きする?

泉谷しげるの歌に「長い友との始まりに」というのがあるが、僕にも長年の友達が何人かいる。古くは中学時代から。もう、44年の付き合い。高校時代からの友人は3人。学生映画時代の友は1人。LA留学時代は1人。それでも34年の付き合いだ。

学生時代に仲良くしていても、卒業するとそれっきりという同級生が多いことを考えると、その後も連絡があったり、会ったり、飲みに行ったりで、10年、20年、30年と、付き合いが続くのは凄いこと。そんな友人たちは、僕がどんな人生を送って来たか?を知っている訳で、あれこれ言わなくても分かってもらえるので、とてもありがたい。

では、なぜ、そんな長い付き合いになったのか? そしてなぜ、その他の同級生とは疎遠になったのか? 考えてみると長年の友人ほとんどに言えることは「映画好き」ということ。だから、会うと話題に困らない。「あの映画見たか?」「DVDで話題の作品見たよ」と、あれこれ話題がある。近年はシナリオを書いている時、撮影の前後。編集時。公開前と、その時々にいろんな面で相談している。

友人にすれば「観る側」だった僕が「作る側」になったことで、違った視点で話が聞ける。業界の話が聞ける。また、エキストラやボランティアで撮影に来てくれる奴もいる。現場にいくチャンスなんてなかなかないので、面白がってくれる。そんな映画という「絆」があることで、長い付き合いとなったのだ。

これがもし、会って世間話をするだけなら、クラスが変わったり、職場が変われば、それでお別れだ。長い付き合いには何かプラスが必要。恋人関係、夫婦関係にも言えるだろう。最初は愛だ!恋だ!と盛り上がるが、いずれのカップルもやがては冷める。

最初は「彼女は可愛い[黒ハート]」と思い、「彼氏はカッコいい[黒ハート]」と感じていても、それが当たり前になる。恋人時代は互いに努力して、彼女が好きな「恋愛映画」を一緒に見たり、彼氏が好きな「カンフー映画」に付き合ったりする。逢っているだけで楽しい。でも、次第にそれが当たり前になり、恋が覚め、愛が失われる。互いにわがままが出る。

なぜ、あの夫婦は結婚したんだろう?仲良くないし、趣味も合わない。ということがあるが、それが恋から覚めた状態。そこで子供がいれば、夫婦生活がうまくいかなくても我慢。子供が大きくなるまでは離婚しないでいよう。学費、生活、いろんな面で2人で頑張ることが必要。と考える。

あるいは妻が栄養を考えた食事を作る。炊事、洗濯をする。そのことで夫は仕事に専念できる。共働きなら、そのことで経済的に潤う。何とか生活できる。1人ならかなり大変な生活になるということ。妻がいるから育児を任せられる。夫がいるから生活費を稼いでくれ、育児に専念できる。

これは「生活」「子供」が2人の絆になっている。それがあるから恋が覚めても、離婚しないし、文句を言い合っても一緒にやっていかねばと考える。これが経済的に余裕があり、両者共に仕事があれば、小さな不満から離婚ということもある。女優がよく離婚するのは、自分で稼げるからだ。夫の経済的援助が必要ないから。

そう考えると、友達でも、夫婦でも、何かプラスとなるもの。趣味なのか? 経済なのか? 子供なのか? 何かがあることで続いて行くのだろう。友人の夫婦。結婚生活?年。今や兄妹のような関係。でも、奥さんは毎日、健康的な食事を作ってくれるという。そのことで夫はしっかり仕事ができる。ある夫婦は夫がしっかり稼いでくれる。それがあるので妻は自分の好きな趣味を続けることができる。

無償の愛とかいうと美しいが、互いにプラスがあるから長続きするのだ。友達関係でも、恋人関係でも、夫婦関係でも。それが同じ趣味でも、生活でも、経済でも、子供でも。国と国との付き合いも同じ。原料を売ってくれる。それで加工した商品を買ってくれる。何も利害がなければ交流の必要はない。

人の関係も同じなのかもしれない。可愛い。カッコいい。「だから好き」だけでは長続きしない。その人がいることで助かる。便利。ありがたい。心和む。美味しい料理を作ってくれる。健康を気遣ってくれる。生活費を稼いでくれる。理解してくれる。何かプラスがあることが長続きする上で大事なのだろう。


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