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歳を取っていいこと。意外にあるので面白い④=若くしてデビューすることに憧れてはいけない? [映画業界物語]

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歳を取っていいこと。意外にあるので面白い④
=若くしてデビューすることに憧れてはいけない?

1970年代後半。アメリカではスピルバーグやルーカスが30歳前後で監督デビュー。大活躍した。その影響を受けて日本でも20代の監督が続々と登場。そもそも、日本の映画界では伝統的に大学を出て、映画会社に就職。助監督を10年勤めてからチャンスをもらい監督デビュー。早くても30代なのだ。それが助監督経験もなく、学生映画をやっていた人たちが、20代でデビュー。大森一樹、石井聰亙、長崎俊一、黒沢清、と多くの若手が活躍。

あとに続けと多くの学生たちが8ミリカメラを手にして、映画作りに励む。僕もそんな1人だった。さらに第2世代は僕と同世代の若者たち。だが、彼らの撮った8ミリ映画を見ると凄かった。学生レベルではない。膨大な制作費をかけた企業映画にはない魅力があった。そんな彼らも20代で次々にデビュー。遅れをとった僕らは羨望の目で見つめた。

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「あんな奴ら大したことない。俺が1億円あれば、凄い映画を作ってやるのに!」

と負け惜しみいう奴もいた。皆、20代でデビューということに憧れた。それは「俺は才能あるんだ!」という証にもなり、大人たちの注目を集めることになる。雑誌やテレビにも出る。映画監督というより、ミュージシャンやアイドルのような華やかな側面もあった。当時「ぴあ」という情報誌があり、そこが毎年フィルムフェスティバルを行なった。入賞するのがプロへの登竜門と言われ、みんな8ミリ映画作りに励んだ。

僕も3本の学生映画を作った。長編なので1本撮るのに1年かかる。最初は皆と同じように、20代のデビューに憧れたが、あるときに気づいた。

「もし、このまま監督デビューできたとして、運よく毎年1年に1本撮れたとして、80歳まで生きたら、あと60本近い映画を撮ることになる...」

と身の程知らずな、傲慢な想像をした。が、もし、それが現実になると、とんでもないことにも気づいていた。

「20歳までに3本の映画を作った。全て自分で書いたオリジナル脚本。今後もそうしたい。自分の脚本を監督したい。でも、3本でかなり厳しい。それらの作品は高校時代の経験をベースに書いた。それが5年でネタが尽きた。似たようものは書ける。でも、魅力的なネタは皆、使ってしまった」

そう、シナリオを書くのは経験が大事。漫画家の本宮ひろ志さんも言っていた。

「まず自分の経験をベースに描く。次に調べて描く。そうすると、それを超えたものが次第に描けるようになる」

彼の経験を書いたのが「男一匹ガキ大将」だ。その後、「男樹」「俺の空」「俺の空 刑事編」とヒットを飛ばし、今日も新作の連載を続けている人だ。その指摘に従えば、僕の経験は3年の高校生活しかない。次の5年は学生映画。それをネタにしても「映画を撮る映画」にしかならない。そのカードが使えるのは1回だけ。トリフォーが「アメリカ夜」を作る。元ホテルマンの森村誠一がホテルを舞台にしたミステリーを書くようなもの。何度も使えるネタではない。

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つまり、20歳の僕はもう人生のカードを使い果たしたことになる。超幸運で80歳まで映画が撮れても、シナリオを書き続けることはできないだろう。ただ、誰かの書いたシナリオや原作ものという手はある。それは嫌だった。オリジナル・シナリオで行きたい。そのためには映画界以外の経験をいかにするかだ。

しかし、映画界から離れると監督になるチャンスが掴めない。いろんな経験をしても、監督になれないと意味はない。厳しい選択だったが、経験を取った。そしてアメリカ留学を決めた。6年後に帰国した時は、こう言われた。

「あのまま学生映画を続けていれば、お前もVシネマくらいは監督できたかもしれないのになあ」

留学したからと監督になれる訳ではなく、アルバイトを続けながら脚本を書き続けた。結局、監督デビューするのは7年後。映画監督になれるのは、さらに8年後だ。物凄い遠回りをした。でも、それは無駄ではなかった。

あれからの映画界。20代で監督デビューした人たち。多くが1〜2本で消えて行った。最初は若さとみずみずしい感性で評価されたが、すぐに飽きられた。ヒットを撮ることもできなかった。

そして年月と共に、若手も30代、40代、50代になって行く。もう若さも瑞々しい感性もない。普通のおじさんだ。それも映画の世界しか知らない。何人かは今も頑張っているが、もうセンスでは勝負できない。


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別格の人もいるが、数人。結局、「一発屋」だった。お笑いでいうと、80年代に最初にブレイクした漫才師B&B。早口の漫才で大人気。でも、洋七さんはいう。

「大阪で修行して10年間かけて作ったネタ。東京に進出して1年で使い果たした」

舞台袖から見ていた島田紳助さんはこういう。

「洋七兄さん。もう、しゃべることが何もあらへん。せやから、いろんな言葉をいっぱい発しているだけ。意味がない。哀れや」

その話が僕には留学を決めた一つのきっかけにもなった。そして、帰国した時、羨んだ20代デビュー組はほとんどいなくなっていた。映画ファンにも

「デビュー作はよかったんだけどなあ」

と言われる。これも本宮ひろ志さんが言ってたことだが、

「最近の若手漫画家は漫画ばかり読んでて、自分の経験なしにデビューする。自分の好きな漫画の焼き直しを描く。感性はあるが、それだから長続きしない。デビュー作はヒットしても、後が続かない」

同じだ。当時は「若き才能」ともてはやされ、賞賛されたが、それはひと時のこと。過ぎてしまうと、それは美しい思い出にしかならない。でも、若い時代はそれが永遠に続くと思い込み、憧れる。僕もそんな1人だった。たまたま、80歳までやれるか?という傲慢な想像をしたことで、遠回りはしただけ。

ただ、言えるのは近作の「向日葵の丘」も「明日にかける橋」もいろんな経験があったからこそ作れた作品。とりあえず映画監督業は14年目であり、6本の映画を監督した。あの頃、もし20代でデビューしていたら、もう終わっていたかもしれない。

あと何本、オリジナル脚本で行けるか?と言われると、3−4本というところだ。ただ、経験だけでなく、取材して描くこともあるので何とかやれそうだが、別の理由で映画を撮り続けるのは難しい。不況でどの企業も金を出さないからだ。

それはさて置き、結論をいうと、今も若い人たちは20歳前後でのデビューを夢見る人は多いだろう。監督業でなくても、作家でも、音楽家でも、でも、焦る必要はない。クリエーターは遠回りした方がいい。これも長い年月を生きたから分かることの一つだ。


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僕の監督作「朝日のあたる家」監督日記のヘッダーもリニューアル。 [2019]

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僕の監督作「朝日のあたる家」監督日記のヘッダーもリニューアル。

写真多めにして、カラフルにしてみた。かなり前から変えたかったのだが、疲労困憊と時間がなくできなかった。

このブログ。2013年からもう7年も連載しているが、今もSo-netブログ映画の部で第6位の人気。映画の撮影日記のみならず、原発問題、社会問題、政治危機、精神病、森友事件、トランプ問題まで幅広く記事にしている。興味ある方はぜひご覧ください。

「朝日」のイベント上映(7月に滋賀県で)の告知あり。

こちら=>https://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp


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歳を取っていいこと。意外にあるので面白い③=才能は存在しないが、資質はある?それは大事? [映画業界物語]

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歳を取っていいこと。意外にあるので面白い③
=才能は存在しないが、資質はある?それは大事?

若い頃に一番、考えたのは「俺には才能があるだろうか?」と言うこと。高校時代に映画監督になりたい!とい言うと「お前、才能あるのか?」とよく言われた。才能があるか?ないか?なんて自分で言えるものではない。黙っていると「お前に才能がある訳ないだろ?」と言われる。

だが、一般の、特に若い奴らが言う「才能がない」とは見た目だけのこと。自分と同じように制服を着て、短い髪をした10代に「才能ある訳がない」と思い込んでいるだけ。「才能あるよ!」と言っても「だったら証明してみろ」と言われてしまう。証明のためには巨額の制作費を使い映画を撮るしかない。そんなことはできない。

留学から帰国後、業界の人にシナリオを見てもらう。あれこれ批判される。反論すると、相手が答えに詰まり「あなた才能ないんじゃないですか?」と言われることがあった。業界の人にそう指摘されるとショックで

「やっぱり俺なんかダメか?」

とも考えたが、そんなことが続いた。ある種の人は新人に対して反論できないと、その言葉を投げかけて押さえ込もうとするところがある気がした。

ベテランの人に聞くと、当たり。

「彼らは反論されるのに慣れていない。アーティストの多くは論理的に自分の作品を語れない。だから反論しない。なのに反論され、おまけに言い返せない。業界人は「俺はできる」と思っていてプライドが高い。だから、反論できない否定をしてくるのさ」


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なるほど、だった。高校時代の同級生とあまり変わらないのだ。

「俺には才能があると信じたい」

そう言う友達がいた話は以前にも書いた。才能があれば特別な経験をしなくても、アイディアが湧き上がって来て、いろんな物語が作れる。映画を撮れば観客を魅了する作品になる。それが「才能」だと友人たちは信じていた。

が、才能なんてものは存在しない。本当は自分が経験したことをベースに、様々な技法を学び、応用し、表現していくこと。それが物語作りなのだ。脚本家、小説家、漫画、作詞家も同じ。何もしなくても「才能があれば」感動的な物語が作れるなんてことはないこと。今はよく分かる。

ただ、「資質」はある。「資質」は「才能」ではない。「センス」とか「向き不向き」のこと。例えれば運動神経が悪い人はスポーツ選手にはなれない。努力である程度はできても、人並み以上にはならない。それが資質だ。

絵画の美しさを感じるのはセンス。「それがいかに美しいか?」を論理的に説明することはできるが、それを感じ取るのはセンス。それは努力では得られない。先の運動神経と同じで、努力すれば多少はよくなるが、それでは人一倍にはならない。スポーツの運動神経と同じで芸術関係も同じ。ただ、センスがあるだけではダメ。それを磨くことが大事。

その意味でも「才能」=「センス」ではない。センスはあくまでも感じる力であり、表現はまた別の問題。その感じる力を磨く、いろんないいものを見て鍛えた上に、表現力や技法を学び、応用して、初めて作品作りができる。センス以外にも「資質」は向き不向きと言う部分がある。多くの人と共同するのが苦手な人がいる。もちろん、努力である程度は改善できるが、もともと人付き合いが好きと言う人には叶わない。

映画監督業は多くの人を率いる仕事。1人で机に向かう仕事が好きなタイプだと資質が違う。ただ、人を引っ張るタイプでも、物語作りが苦手な人もいる。監督にはなれないのか? いや、大丈夫。脚本家がいればいい。でも、脚本家は個人作業が基本。1人で仕事するタイプ。その意味で現場で多くの人と作業する監督業には向いていないことが多い。


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資質はそれぞれに違う。そして「資質」や「センス」がなくても監督や脚本家になれる。いいものは作れないが、絶対に条件ではない。実際、センスのない監督はいっぱいいる。その意味でも多くの人が思う「才能」は「資質」ではない。一番はやはり努力。
技術や表現力を磨くことだ。

そして、人はなぜ「才能」と言う言葉を使いたがるのか? これも今はよく分かる。物凄い感動の小説がある。胸を打つ歌がある。涙が止まらない映画を見る。そんな時

「こんな凄い作品。自分には絶対に作れない!」

と感じる。なぜ、それを作り得たのか? 理由が分からない。そんな時、こう考える。

「才能があるんだ!」

しかし、多くの表現者もアーティストもクリエーターも血を吐くような努力をして作品を作る。その行程を一般の人は知らない。想像も付かない。だから

「才能と言うものを持つ人たちだ。自分たちとは違うのだ」

と考えて納得する。努力で出来ることではないと感じるのだ。そんなことから才能があれば努力しなくても素晴らしい作品を作れると言う勘違いが生まれたのだろう。

そして「資質」を「才能」だと勘違いする人も、努力せずとも素晴らしい作品が作れると思いがち。

「俺は才能がある」

と思い込み。努力や経験の重要性に気づかず、結局は作品を作れずに終わる。友人にもそんなタイプがいた。資質はあったが、それはドラマ作りに向いている。センスがあると言うだけ。それを才能だと勘違いして努力を怠り、芽が出なかった。大事なのは「努力」さらに言うと

「技法を学ぶこと」「表現の可能性を追求すること」「応用すること」「先人に学ぶこと」

スピルバーグも物凄く勉強している。過去の巨匠たちの作品を研究している。そこで学んだ技法を自分のものとして、演出に生かす。そうして大ヒット作を連打した。ビデオが普及しない時代には配給会社に頼み込み、黒澤明の映画フィルムを借りて、ビュワー(編集機)で1コマ1コマを確認したと言う。

そんな努力を知らない人が彼の映画を見て「才能ある監督んだなあ」と思ってしまう

「才能があるから、こんな映画ができる」

と考える。でも、そうではなく、資質を持つ人が人一倍の努力をして、素晴らしい作品を作るのである。これは俳優でも、ミュージシャンでも、作家でも、表現者なら皆、同じ。

そんなことが分かるようになったのも、長年に渡って表現者を目指す人たちを数多く見つめ、その展開や末路も見届けたからだ。若い頃には確信を持てないこと。歳を取ることで分かることがある。


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原発事故の悲劇を描いた映画「朝日のあたる家」監督日記ー連載7年目。今もアクセス多数! [告知]

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●「朝日のあたる家」監督日記ー連載7年目。今もアクセス多数!

企画時から撮影、公開、DVD発売。その後の展開。

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山本太郎さん出演の経緯も掲載。

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最近は社会派の記事は全部、こちらにアップ。

安倍内閣、トランプ、原発問題、さらには精神病、アッキード事件、ディープステイトの件まで。

「朝日」路線の硬派記事を多く掲載。

現在、So-netブログ映画部門で今も9位。(2019年4月)

こちらで=>https://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp

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歳を取っていいこと。意外にあるので面白い②=「成功する奴、しない奴」が分かる? [映画業界物語]

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歳を取っていいこと。意外にあるので面白い②
=「成功する奴、しない奴」が分かる?

若い頃。周りには「映画監督を目指す!」という連中以外にも俳優になる。ミュージシャンになる。脚本家になる。作家になる。漫画家になるという若い奴らがたくさんいた。そのほとんどが挫折し消えて行った。そして次の世代、そのまた次の世代との出会いがあり、共に夢を追いかけ。また同じ繰り返し。

僕は長い年月を経て監督業をスタートすることができた。業界で仕事をすると、僕と同じように、生き残った人たちがプロとして仕事をしている。例えれば草野球をしていて、高校野球をして、甲子園に行き、その中で数人がプロになる。そんな感じだ。また、俳優、ミュージシャン、作家、漫画家と、他のジャンルで生き残り、プロとして歩む人たちとも出会う。

そんな人たちを見ていて、また、夢敗れた友人たちを思い出して、共通点、違う点を考える。あるパターンがあることが分かった。成功する人としない人の違い。若い頃、それが知りたくていろんな本を読んだり、話を聞いたが、明確な答えを出してくれた人はいない。

「才能があるかないか?」「努力したか?しないか?」「運があるかないか?」

といろんなことを言われたり、多くが事実ではなく、それだけではないというものばかりだった。僕が長い年月、見ていて感じたこと。上げてみる。

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例えば俳優。本当に俳優になりたいのか? どうか? ま、そういうと全員が「はい!」と答える。だが、その多くはいろんなハードルでつまづき諦めて行く。「才能があるかないか?」ではない。例えば恋人と芝居のどちらが大事か? 

芝居よりも彼女や彼氏に時間や金を使っているなら、それはアウト。その人に取って一番大切なのは、恋なのだ。あるいは食えなくても俳優を続けるか? 僕の時代で言えば「風呂付きのアパートに住みたい。車も欲しい:であれば、芝居より生活が大事。だからアウト。究極の選択。何よりも芝居が好き。芝居がしたいという思いがある人が成功する。恋や生活を優先するのなら無理。

「でも、生活ができないと始まらない。生活を安定させてこそ芝居に専念できるし」

という人もいるだろう。そういう友人も何人かいたが、全員アウト。理屈ではそうかもしれないが、「芝居がしたい!」という思いがないとアウト。生活を優先するなら無理。安定からはクリエイティブは生まれない。

もう一つの側面。本当に俳優になりたいのかどうか? 皆また、「はい!」と答えるだろう。でも、本人も気づいていないことが多いが、芝居をしたいのではなく、俳優になりたいだけという人が多い。つまり、有名になりたい。女優と呼ばれたい。チヤホヤされたい。テレビに出たい。それが本心。芝居をしたいのではない。虚栄心を満たすために俳優になりたいのだ。これもアウト。

その種の人の多くは努力をしようとせず、手っ取り早くデビューしたいと考えがち。大手事務所に入ろうとする。業界の飲み会に参加する。業界人にアプローチする。下積を嫌がる。毎日の稽古をしたがならない。基礎を学ぼうとしない。いきなりプロデビューが可能だと思い込んでいる。それらのタイプも当然アウト。

もちろん、虚栄心が強く、モテたいだけで俳優を目指したが、何かをきっかけに物凄い努力をして成功するケースもある。それはどこかで芝居の魅力に気づき、チヤホヤされたり、テレビに出たりすることより、ずっと素晴らしいことがあるのを理解した人。それは極めて稀な例だ。いなくはない。

あと映画業界で仕事をして、いろんな業界の人と接して、感じたのは第1線で活躍する人は物凄い努力をしている。何よりもいい芝居をしたい。誰よりも美しい曲を演奏したい。一生忘れない物語を書きたい。

「そのためなら全てをなくしてもいい!」

と思うような人ばかりだ。金持ちになる。有名になる。チヤホヤされる。そんなことは二の次、三の次。問題にしない。

金や名誉を追いかけると逃げて行く。「そんなものはいらない!」と芝居や音楽。映画に必死で取り組むと、お金や名誉が後から付いてくることが多い。有名になりたい!と思うと、有名にはなれない。つまり、それらは結果。それを目的にしてはいけない。綺麗事を言っているのではない。

いい芝居をしたい。そのためには何が必要か? どんな練習ができるか? どんな考え方が大事か? それを考え続け、挑戦し続ける人がやがて力をつけ、どこかでチャンスを掴み、成功する。実力もないのに

「女優と呼ばれたい」「映画を監督したい」「大手出版社で小説を出したい」

と願っているだけの人は消えて行く。若い人は事務所、事務所と騒ぎ、全てお膳立てしてくれると勘違いする子が多いが、それではデビューしても、すぐに消えてしまう。

この業界は意外にフェアなのかもしれない。大手事務所にもクソのような俳優もいるが、やはりできる子を揃えている。大手に所属すれば道が開けると思うのは錯覚。実力がなければ大手に入れたとしても、すぐに消えて行く。

素人時代から、プロになり、いろんな人を見て来たが、先のパターンが多くに当てはまる。それも何十年も生きているから分かってきたこと。歳をとるのも面白い。


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第7回白夜映画祭2019 in 稚内にて招待上映決定! 太田監督と俳優・栩野 幸知さんによるトークショーあり。 [2019]

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[新月]明日にかける橋ー6月15日 北海道の映画祭で上映!

第7回白夜映画祭2019 in 稚内にて招待上映決定!
太田監督と俳優・栩野 幸知さんによるトークショーあり。


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歳を取っていいこと。意外にあるので面白い①=「才能」は本当に存在するのか? コロッケさんの言葉 [映画業界物語]

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歳を取っていいこと。意外にあるので面白い①
=「才能」は本当に存在するのか?

若い頃の疑問ー歳を取ることで、その解答を知ることがある。例えば、20歳前に共に「脚本が書ける映画監督」(コッポラやルーカスのような存在)を夢を見る友人とこんな話をした。僕はこう言う。

「才能なんてない。経験が大事。映画を作り続けるためにも、アメリカに行っていろんな体験をしたい!」

友人はこう言う。

「俺は俺に才能があると信じる。経験がなくても映画を作ることはできる。だから、このまま助監督を続けて日本で頑張る」

それから30年が過ぎた。結果、友人は監督になることはできず、数年前に故郷に戻った。もちろん、日本で頑張った彼がダメで、アメリカに行った僕が正解という意味ではない。日本にいても夢を掴んだ奴もいるし、アメリカに行ってもダメな奴もいた。見つけた答えは何か?というと「才能」なんて存在しないということ。

僕は監督になり、ある映画のプロモーションでお笑いタレント・コロッケさんのFM番組にゲストとして呼んでもらった。デビューより30年以上も第1線で活躍する人。新しい芸を次々に編み出し、観客を笑わせる。そのコロッケさんが事前に僕のブログを読んでくれたという。テレビに、ステージに、ラジオに忙しい日々を送る彼が膨大な量ある僕のブログを読んでくれた。

売れ続ける人の努力の凄さを感じたのだが、もっとすごかったのは、彼が一番印象に残ったという記事だった。それは「才能なんてない」ということを書いた僕の文章。番組中にご本人から直接聞いた。

「僕も本当にそう思って30年間やって来ました。弟子にも常々そう言っています。才能なんてないんですよ。努力です...」

誰もが才能の塊と思う大芸人コロッケさんの言葉は説得力が違う。彼の様々な芸の数々も、才能によるものではなく、努力だと言われた。物凄く納得。僕も10代からずっとそう思って来た。それが30年の時を経て、納得できる答えを聞くことができたこと。嬉しかった。

友人が夢を掴めなかった理由も「才能」がなかったのではなく、「才能」があると思い、努力しなかったからだと思える。助監督業は忙しい、新しいことを吸収したり、映画業界以外の経験をする機会がない。10代からその世界にいた。そうやって仕事で疲れ切り、書いたシナリオも何年経っても認められず。監督になることを諦めたのだ。

才能というものが存在しないことが分かれば、きっと彼は別の努力をしたはず。でも、当時、20歳前の僕らにその真偽を確かめる術はなかった。今、50代になり、友人の挫折。第1線で活躍し世間で「才能」と言われる人から「才能なんてない」と聞くことで理解した。若い頃には見つけられない答えである。それを見つけられたのは、長い年月を生き、いろんな人と出会ったからだ。その意味で歳を取るのも悪くないなあと思える。


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その道で成功する人と、しない人。何が違うのか?(改訂版) [映画業界物語]

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その道で成功する人と、しない人。何が違うのか?(改訂版)

20歳前後。退屈な映画学校をドロップアウトして、自主映画(学生映画=8ミリで映画を作る活動)をやっていた。なので、まわりには

「将来、映画監督になりたい!」

という奴がゴロゴロ。そんな1人。大学の映画科で学ぶA君がいた。実習で8ミリフィルム撮影せねばならないが、カメラを持っていないという。友人Bの後輩ということもあり、僕の8ミリカメラを貸した。

それから1ヶ月。友人Bと会った。彼も大学生だが、元々ミュージシャンを目指しており、かなり有名なバンドでプレイしていた。が、ミュージシャンで食って行くのはむずかしいので就職するという。苦渋の決断。おまけに彼が辞めてからバンドはブレイク。プロデビューして大活躍。複雑な思いだったようだ。そんな彼が後輩S君のことを話してくれた。

「A君は将来、映画監督になる!と言っているけど、違うんだろうなあ〜 あいつはお前に借りたカメラで実習をした。アパートが近いのでよく彼の部屋には遊びに行くんだけど、実習が終わるとカメラは棚に置いたまま。あれから1度も使ってない。こいつはダメだなと思ったよ。

もし、本当に映画監督になりたければ、実習をやって、はいー終わり!ではなく、自分の撮りたいものをどんどん撮ればいい。風景でも、電車でも、どんなふうに映るか?勉強するべきなのに、カメラは棚に置かれたまま。

あいつは映画を観るのが好きなだけで、作るのはさほどではないんだ。ただ、大学の課題があったので8ミリカメラを使った。それで終わり。もし、僕がギターを借りたら、毎日ガンガン弾いたよ。部屋に置いて触らないなんてことはない。でも、彼はカメラを置いたまま。そういうことだよ….」

その通りだ。プロを目指していた友人の着眼点は鋭い。彼だけでなく「将来は映画監督になる」といいながらも、シナリオを書こうとしない奴。映画は年に300本観るけど、学生映画すら作ろうとしない奴。映画より競馬が好きな奴。映画はテレビでしか観ない奴。でも、彼らは皆、口を揃えて言う

「将来は映画監督になりたい!」

ウソを言っている訳ではないが、勘違いしている。映画を作るより大事なことが他にあるのだ。夢だ。目標だといいながら、本当にやりたい訳ではなく。「おもしろそう」とか「憧れる」というレベルなのだろう。

A君はその後、どうなったか? 大学を卒業したあと、普通に会社に就職。映画監督にはなっていない。映画関係の仕事にすら就いていない。友人の言う通り、映画を観るのが好きなだけだったのだ。彼を批判するのではない。夢破れたとか、根性がなかったというのも違う。その種の人は多い。皆、映画を観るのが好き。音楽を聴くのが好き。漫画や小説を読むのが好きだっただけ。勘違いして

「僕も映画を撮りたい」「プロになって演奏したい」「小説を出版しよう」

40年の歳月を見つめて分かること。本当に夢を掴み、業界でスタートする奴は学生時代からおとなしくしていない。映画監督を目指すなら学生映画を作る。ギターリストが夢ならガンガンギターを弾く。バンドをやる。作家なら小説を書いて出版社に持って行く。誰が止めても止まらない。本当に好きか?どうかなのだ。好きなら行動する。

ミュージシャン希望ならギターを弾いているか? 

人前で歌っているか?一番大切なことは何なのか? 学業か? アルバイトか? 夢か? つまり、今、あなたが時間と人生とお金を、一番注ぎ込んでいることが、あなたが一番大切なものなのだ。

毎日、映画のことを考えている。音楽のことしか考えない。家族よりも、恋人よりも、大事。貧しくてもいい。結婚できなくてもいい。そんな思いを持った人たちが、その世界で成功する。

40年見つめて来たが例外はない。もちろん業界で成功することが人生の勝者ではない。安定した生活を選ぶことも人生だ。ただ、掴みたい夢があるなら、能書きはいいから行動してほしい。



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