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最近、身近に困ったちゃんがいなくなった?=緑のタヌキ式「排除」作戦? その攻防を振り返る [映画業界物語]

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最近、身近に困ったちゃんがいなくなった?
=緑のタヌキ式「排除」作戦? その攻防を振り返る。

この数日、あれこれ書いていて、これまで僕もいろんな批判をされて来たなあ...と思い出した。過労になるまで映画製作に奮闘しているのに、倒れると「怠けている!」「本当はサボりたいだけ!」と「過労」というものを知らない連中が批判、直接言って来る人もいた。その前は「制作費を集めて映画を作る」というと

「無理だ!」「不可能だ!」「やめた方がいい!」
  
「お前にできる訳がない!」

と助言(大きなお世話)して来る人たちがいた。なぜ、人は頼みもしないのに、おまけに経験のないことを上から目線で言いに来るのだろう? そして、スタッフ内で、ロケ地でも、自分の都合だけであれこれ主張する人、横槍を入れて来る人、邪魔しかしない人たちがいた。まあ、人は愚かさを知らずに、間違った方向にエネルギーを費やしがちなのかもしれない。かよわき子羊ということか?

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と、あれこれ書いているが、実はここ数年はその手の人が激減している。というか、ほとんどいない。「明日にかける橋」の時なんて、スタッフ、キャスト、地元のみなさん。本当に素晴らしかった。もちろん、何人か困ったちゃんがいたが、以前の勘違い野郎どもに比べると問題にならない。

これまでは推進しているつもりで映画製作を崩壊させようとした人たち。明らかに欲得のためだけで入り込み、あるいはゴリ押しして来る連中もいた。が、そんな人たちが全くいない。また、僕が過労でダウンしていても、以前のように

「どうせ仮病でしょう?」

「いつまでも甘えてないで、さっさと仕事をしなさい」

とか言って来る人もいない。

「映画監督は仕事しないで遊んでばかりいるらしいけど、そうなの?」

と面とむかって皮肉をいう地元の人もいない。以前はそんな人たちが結構いて、だからと言って殴り倒す訳にも行かず(逮捕されます!)イライラが連日、最高潮だった。それでいて映画を作る、終わると半年間寝込んだりした。今回はまだ1ヶ月少々だが、かなり回復している。以前のように当て外れの批判や誹謗中傷して来る人。利益を求めて入り込む寄生虫のような輩がいなかったのでストレスが軽減されたのだろう。詳しく思い返してみる。

1つは地元の皆さんが素晴らしかったこと。事前に映画作りを勉強し、自分たちでルールを作り、頑張ってくれたこと。振り返ると、どの街でもメンバーに困ったちゃんがいた。深く考えず

「映画作り楽しそうだね〜」

というだけで参加。どれだけ大変であるか?を後で知る。その段階で辞めればいいのに、対面を保とうと、あれこれ勝手なことを言い出して皆を困惑させる。要は辞めたいだけ。あるいは以前にも書いたが、自分の店をアピールするだけのために応援している振りをする。ロケ地に選ばれないと掌返し。

「俺は利用された〜!」

と被害者を演じる人もいた。どうしても、その手の人がチームに入ってしまうことがある。後者の利益を求めるのは持っての他だが、前者の安易な気持ちで参加して、大変だと分かると、あれこれ反対ばかりするようになる。要は逃げ出したいだけ。それはもう工作員と同じで、体制を壊すために潜入したようなもの。でも、地元の人たちも「除名」ということができない。映画が終わっても顔を合わせるからだ。

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そんな人がどうしてもメンバーに1人2人いたのだが、今回はいなかったこと。本当にありがたかった。スタッフなら、あまりに酷いと僕自身がクビするが、地元の人を解雇するわけには行かない。それで思い出したが、初期の頃はプロデュサーがスタッフを集めた。時々、困ったちゃんが来てしまう。Pに「あいつは本当に役に立たない!」と進言しても「まあ、今更クビにはできないから...」と止められた。そもそもPが

「ギャラが安い」「顔馴染み」「依頼がないので暇な人を探した」

ということで呼んだスタッフ。監督の思いを理解するとか、この作品のテイストに相応しいで選んではいない。本当の原因はPなのだ。そこで何作目からかは、

緑のタヌキ作戦?

(当時、小池百合子はその発言をしていないが)Pを排除した。そして僕自身がプロデュサーも担当。キャストだけでなく、スタッフも僕が全て声をかける形にした。そのことで困ったちゃんがいなくなる。また問題を起こせば次から呼ばないので自然、腕のいい素敵な人たちばかりになった。

キャストも同様だ。以前から誰が何と言おうが出演者は監督が選ぶことが重要なので、それを通して来たが、外部からPを呼ぶと、あれこれ自分の趣味を押し付けたり、癒着している事務所の俳優をねじ込もうとすることが多かった。そんな役者を入れてもいい作品になる訳がない。当然、拒否するが、Pと議論を続ける時間も、エネルギーも無駄。抵抗勢力が身近にいるのと同じ。なのでPを呼ばなくなってからは完全に全員、僕が選び、議論したエネルギーは作品を良くすることに注いだ。

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3つ目には信頼。初期の頃、僕は海のものとも山のものとも分からない無名監督。周りは心配だ。

「こんな奴に任せて大丈夫なのか?」

不安になり、あれこれ口を出す。また

「何も知らない若造だから、うまく利用してやれ!」

と笑顔で近づいて来る奴もいた。あれこれ圧力をかけて来たり、周りを味方にして追い詰めたりと、ズルイ大人の作戦。が、そんな輩は全て排除。あと何本も映画を撮り、それらがとても評判がいい。そこで信頼が生まれて来たというのもあるだろう。

「あの監督は言い出したら聞かない。面倒臭いんだよなあ」

と思うと悪意ある連中は近づいて来ない。一般の人は

「有名でないけど、DVD見たらいい映画だった。何本も映画を撮っている監督なんだね」

と信頼してくれる。スタッフ、キャストも同様だろう。

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「この監督、大丈夫かよ? 不安だな〜」

と初期は 思っただろうけど、作品を見ると安心した。その一環として特に信頼を上げたのは有名俳優の出演だったと思える。

松坂慶子、長門裕之、津川雅彦、常盤貴子、田中美里、藤田朋子、今回で言えば鈴木杏、板尾創路、宝田明という錚々たる名優たちが僕の映画に出演してくれている。大企業が作る大作ならいざ知らず、おまけに毎回、低予算。なのになぜ?というと

「監督がいい映画を作るから、あんな凄い俳優さんも出演するんだ」

そう考えてくれるようになったのだろう。これはもう、出演してくれた方々に感謝するばかり。いろんな意味で前に進んでいること。感じる。まあ、毎回、必死なので、そんなことを振り返ったりする余裕もなかった。たまには過労で倒れることも大事かもしれない。

ただ、次なる課題もいくつかある。さらに上のステージに上がるには、どうするか? 考えねばならない。多くの人がより喜んでくれる映画を作るには、監督1人が努力してもダメ。地元、スタッフ、キャストの助けがとても大きい。そのことを踏まえつつ、次の目標を目指したい。


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映画監督の夢を追う友人=自分だけの世界に閉じこもり夢見る若者たち。 [映画業界物語]

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映画監督の夢を追う友人=自分だけの小さな世界に閉じこもり夢見る若者たち。

1980年代。自主映画=学生映画作りが流行った。8ミリフィルムで映画を撮り、プロデビューする。スピルバーグやルーカスのようになりたい。日本でも20代の大森一樹や石井聰亙が監督デビューした時代だ。

後輩の友人A君もそんな1人。8ミリカメラとわずかな衣類だけを持って上京。映画学校に通った。が、生徒の多くはロクに映画も見ていない奴ばかり。授業も退屈なだけ。彼は仲間を集めて8ミリ映画を撮り出した。

「今、リバイバルしているあの映画。すっごい面白いから見た方がいいよ」

学生映画の先輩が言う。でも、A君は見に行かなかった。

「何で、行かなかったんだよ?」

「ええ、忙しくて...」

別の先輩には映画に誘われた。「***を見に行こう」A君は答える

「今、そんな気分じゃないんです」

次第に彼の評価が決まってくる。気分で映画を見に行くのは映画好きの人。嫌なことがあったからコメディでも見たい。気分くらいからアクション映画で憂さを晴らしたい。そんな感じだ。先のお勧め映画も興味を持てなかったので行かなかったようだ。

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つまり、A君は自分の趣味の映画だけ見る。そんな好きな映画の焼き直しを8ミリ映画を作る。趣味のレベルなのだ。アクション映画が好きでも、それ以外も見てこそ勉強。親しい友人が推薦するなら、見て見たいと思うのに、それも拒絶。バイト先では「俺は将来、映画監督になる」と言っていて、大学生から一目置かれてるらしい。

夢を掲げるだけで尊敬を集め、趣味の映画だけ見て、その焼き直しを8ミリで作る。それでいて将来はプロだ!と思う。小さな世界で空回りにしているだけだなのだ。例えば子供が成長するには、肉だけでなく、野菜や魚も食べなければならない。なのにA君は自分が好きな肉だけしか食べていない状態。

また、趣味の映画と同じような、その学生版のような映画を作るのはビートルズのコピーバンドと同じ。よほどでないとプロデビューはない。めちゃめちゃ技術レベルが高くて、ビートルマニア(本物そっくりの演奏をするグループ)クラスなら分かるが、それは当時でいうと「太陽にほえろ」ごっこ「蘇る金狼」ごっこなのだ。大学生の友人にサングラスをかけさせ刑事役

「なんじゃこれは〜!」

と松田優作風に絶叫させる。でも、それは趣味の世界。カメラも、照明も、素人。友人が観れば笑ってくれるが、第三者には厳しい。だが、A君はいう。

「プロの監督になり、プロのスタッフが参加すれば問題ない」

彼は非常に危険なところに堕ち混んでいた。要は自分は努力しない。でも、プロのスタッフがいれば技術は大丈夫。自分の作品はプロで通用するはず。他人の力を借りれば、プロでやって行けるという発想。でも、刑事ごっこの映画しか作らない彼を誰が認めるのだろう?後年、僕も知ることになるが、プロの世界は本当に見る目のない人ばかりなのだ。

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結局、彼はプロデビューすることはなかった。当然なのだが、彼のようなタイプは今も多い。映画監督志望だけでなく、俳優志望にも言えるのだが、

「私は才能がある。見る人が見ればプロデビューできる」

でも、努力はしない。(本人は努力しているつもり。何より才能があると思い込んでいる)映画や舞台で見に行くのは趣味のものだけ。先輩に勧められた作品も見ない。DVDを借りてもそのまま。やってることは実は趣味レベル。

「でも、プロデビューすればプロがやってくれるから大丈夫」

と他力本願。まるで

「いつかは白馬の王子様が私を迎えに来てくれる」

という昔の少女漫画のヒロインのようだ。小さな自分の世界を作り上げ、バリアーを貼り、その中で生きている。「マトリックス」の世界で眠っている。現実を想像する力がない。いや、ありもしないことを夢見る想像力はある。そして、狭い世界にいる自分に気づかない。

「私は違う!」「僕は大丈夫!」

根拠のない自信。そんな子たちを数多く見てきた。どうすれば、その狭い世界から抜け出し、現実の中の戦いをスタートできるのか? 長年、考えて来たが、結局、自身が屈辱的な経験をし、敗退して、未熟さを痛感すること。そこから、もう一度立ち上がってスタートする。それしかないのだろう。でも、そこで終わる子がほとんどなのだ。悲しい...。


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1時間働けば時給がもらえるのが当然!ーと考える若者たちは大切なものを失っている?!(改訂版) [映画業界物語]

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1時間働けば時給がもらえるのが当然ーと考える若者たちは大切なものを失っている?!(改訂版)

 ときどき専門学校に呼ばれ特別講義をする。そこでこんな質問を受けたことがある。「映画監督業は食えますか?」「月いくらの収入がありますか?」そんな質問が出ること自体に疑問を感じたが、正直に答えた。

「監督業はブラック企業を超える。アルバイトをすれば時給900円とかもらえるが、監督業は時給50円。いや、日給50円。月収50円ということもある。それが監督業だよ」

そういうと生徒たちは

「映画監督なんてなるものんじゃないなあ!」

という顔をする。だが、それが現実。年収ゼロ円という監督もいる。奥さんに食わせてもらっていたり。アルバイトで生活している先輩もいる。監督業は厳しいという話ではない。そもそも、その生徒の発想が間違っていると言う話をしたい。

彼らの発想はバイトが基本になっている。1時間働けば900円。た1日10時間労働で9000円。1ヶ月に20日間働けば18万。

「それなら、どーにか生活できるかなあ?」

という考え方だ。それはバイトや会社員の価値観。映画の仕事は監督でも、脚本家でも、カメラマンでも、技術がいる。質問をした生徒はまだ何も技術を持っていない。にも関わらず1時間働けばいくら? 1日働けば***円という計算をしている。

何の技術もない彼らが撮影現場に来ても、何の役にも経たない訳で、1時間いくらどころか、1円たりとも払われることはない。いや、現場に呼ばれることすらない。そのことに気付かず。「監督をやれば、いくら? 脚本家なら**万円?」と時給計算をしている学生たちはおかしい。

バイトというのは、ちょっと教えてもらえれば出来る仕事。特別な技術は必要ない。それで1時間900円とかいう賃金をもらえる。だが、映画の仕事は誰にもでできるものではない。技術があった上にセンスも必要。それを持った人にギャラを払って働いてもらう。その違いを学生たちは理解せず。1時間働けば***円とバイトの感覚で考えるので、ズレてしまうのだ。

時間の切り売りをして、賃金をもらえるのは、アルバイトだけ。その発想で映画業界を考えてはダメ。「仕事」を得るためには、それなりの「技術」や「経験」が不可欠。映画界だけでなく、一般の社会もそうなって来た。

 大学の4年間。或は専門学校の2年間。バイトして、コンパして、旅行して、さあ、就職だ!といううときに、技術も経験もないと大変なことになる。最後に少し前に専門学校に行ったとき、出た質問を紹介する。

「太田監督の撮影現場はボランティアでお手伝いしている人がいると聞きましたが、僕らも参加できますか? それらは1日いくらもらえますか?」

 僕は答えた。

「通常は撮影現場に一般の人は入れない。技術も経験もない人が参加すると、トラブルを起こしたり、隠れて俳優の写真を撮ったり、大変なことになることが多い。だから、よほど信頼できる人で、映画愛のある人。この映画を応援したい!という人だけを厳選。お願いする。その意味で君はダメ。ボランティア・スタッフでいくらもらえる?なんて質問する段階でアウトだ。ボランティアは無報酬のお手伝いだよ」

「よく分かりました。ノーギャラでもいいので、手伝わせてください!」

といってくるかと思ったが「何だ、タダかよ!」という顔で、その生徒は帰って行った。バイトというシステムが若者たちに勘違いさせ、時代を逆行していることを改めて感じた。学校教育で与えられたことだけをやっていたら、社会に出て大変な事になる時代。なのに気付かぬ若い人が多い。悲しい話である...。


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他人の批判で「私はダメだ」と思ってはいけない。 業界は見る目のない人でいっぱい?!ー改訂版 [映画業界物語]

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他人の批判で「私はダメだ」と思ってはいけない。
業界は見る目のない人でいっぱい?!ー改訂版

もう、20年ほど前になるが、アメリカ留学から戻り、映画監督デビューを目指してシナリオを書いていた時期がある。自分で考えたオリジナル・ストーリーをシナリオに。まだ、パソコンもない時代なので、原稿用紙に手書き。

夜、アルバイトを終えて帰宅。朝まで執筆。昼前に起きてバイトへ。という生活をしていた。が、シナリオを読んでくれる業界の人は少なく、読んでもらっても全否定の批評が返って来た。

「僕は脚本家に向いていないのか...」

と落ち込んだ。でも、何度もシナリオを見てもらっていて、気づいたことがある。

「才能ないんじゃない?」

という人が結構いたことだ。その話は以前に書いたが「才能」なんて存在しない。現在、映画監督として仕事をし、様々な業界で活躍する第一線のアーティストとお会いすると、まさにそのことを痛感する。「才能」ではなく「センス」や「素質」を持つ人が物凄い努力をして素晴らしい作品を作るのだ。

なので当時から「才能」という言葉を使う人は胡散臭いと思えた。
その後、理解したのは、その手の人は

「私の趣味じゃないからダメ!」

ということなのだ。なのに「才能がない」という言葉を無神経に使っているだけだと分かって来た。最初は「業界の人に全否定された....」と落ち込んだが、背景が分かってくると気が楽になる。

また、一般の人が映画を見て「何か詰まらない!」「大したことない!」と批判するのは自由。だが、映画業界で仕事する人が同じレベルの批評をするなら問題だ。なぜ、詰まらないのか? 何がダメなのか? それを分析し、テーマを推察して、それに到達している、していないを判断。言葉にすることが、彼ら彼女らの仕事だ。それができない人が業界には多いこと分かって来た。

「才能ないと何度も言われたけど、実は見る目がない人が多いんじゃないか?」

そんな人たちの批判を真に受けて、落ち込んでいてはいけない。念のために補足するが「俺の素晴らしいシナリオを理解できる奴がいない!」というのではない。当時、僕が書いていた作品は未熟ものである。しかし、正当な批評をしてもらわないと、何が足りなくて、何が悪いか? どこがいいのか?を分からない。客観的に観て指摘してもらってこそ、実力は伸びるのだ。

その後もシナリオを書き続け、5年後に脚本家デビュー。その後、監督した映画5本全て原作ものではなく、僕のオリジナル脚本である。

「太田監督の映画は毎回泣ける!」

と多くの方が褒めてくれるが、デビュー前は否定の連続だった。今思うと、業界のプロデュサーたちに全否定されたのだから「僕にシナリオは無理だ」と諦めていてもおかしくなかった。

ただ、彼らの言葉の全てを受け入れなかったこと。そして彼らの批評をよく考えると、読み手に想像力がない、新しいものを理解できない。自分の趣味と客観的判断をごちゃまぜにしている人たちが多いと気づいた。

「そんな人たちの言葉を信じる必要はない!」

と考えたことが幸いした。同じことは他の業界でもあるだろう。新人たちを否定する人は多い。いや、業界に限らず。安易に人を批判し、他人を否定しているところがある。人の言葉に振り回されてはいけない。自分のいい部分を探し、延ばすことで道は開けるのだから。



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才能なんて存在しない。大事なのは資質と経験だ=夢を掴むために足掻く若者たち!?(改訂版)            [映画業界物語]

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才能なんて存在しない。大事なのは資質と経験だ
=夢を掴むために足掻く若者たち!?(改訂版)           

高校卒業後、専門学校に通い、映画監督を目指した。同じ歳で、同じ夢を持ち、同じような映画が好きな友人がいた。よく酒を飲みながら、将来について語り合った。

だが、当時の僕は不安だらけだった。平凡なサラリーマン家庭で育ち、親戚に芸能人がいる訳でもない。どこにでもいる18歳が映画監督になんてなれるのか? けど、友人は強気だった。

「俺に1億円出せば、最高の映画を作ってやるよ!」

僕にそんな自信はなかったが、あるきっかけで助監督を経験する。19歳。現場で先輩に言われた。

「太田は何になりたいの? もし、カメラマンとか照明とか技術部が志望なら、遊んでいちゃいけない。バンバン仕事して技術を学ばなきゃ。でも、監督なりたいなら、仕事していちゃいけない。いっぱい遊んで、いろんなことを経験しなきゃ駄目だよ」

僕は「脚本も自分で書いて監督したい!」という思いがあったので、まさに先輩の言う通りだった。いろんなことを経験してこそ、物語を描くことができる。いろんな人に出会ってこそ、人を描ける。映画館に通うだけでは、世間や時代が見えなくなる。でも、友人はこういう。

「才能があればやっていけるんじゃないか? 手塚治虫だって、若くしてデビューしたけど、あれだけ多くの作品を書いたんだ。俺にもそんな才能があるということを信じるしかないんじゃないか? そう、才能があればやっていける」

しかし、その頃から「才能」なんてものが本当に存在するのか?と疑問を持っていた。ただ、当時は「才能なんて存在しない!」と言い切れるほどの確信はなかった。では、今、必要なものは何か? そう考えて、昔から憧れていたアメリカ留学を決めた。海外で暮らすことでいろんなことが見えてくるはず。友人にその選択を話した。彼はこういう。

「そうか、がんばれよ。俺は日本でがんばる。才能があれば、やっていけるはずだ。俺は俺に才能があると信じている」

それから30年。僕は4本目の劇場用映画を作った。僕は若くして監督デビューはできなかった。43歳になっていた。友人は何年か前に東京を引き払い、古里へ戻った。結局、監督になることはなかった。それを聞いた別の友人がいう。

「結局、あいつは才能がなかったんだよ」

でも、それは違う。彼は才能がないのではなく「才能があるから俺はやっていける」と思い込み、努力しなかったことが原因。どんな仕事でも同じだろう。料理人でも、職人でも、ピアニストでも、漫画家でも。努力が必要。特にクリエーターなら、それプラス経験値が大切なのだ。

「才能」なんて存在しない努力と経験が大事。ネットで世間を知ったつもりになってはいけない。自身が経験すること。若い人にはそう伝えたい。(2014年10月)


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夢破れていく若者たち。対人関係の甘えが道を閉ざしてしまう?  [映画業界物語]

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夢破れていく若者たち。対人関係の甘えが道を閉ざしてしまう? 

20年ほど前になる。まだ映画監督デビューする前。監督業はすでにスタート。俳優の卵たちを集め、無料で月イチのワークショップをやっていた。卵と言っても事務所に所属して、俳優活動をしている。台詞が一言のような役だが映画やテレビに出ている。が、それはたまのことであり、日頃はバイトに追われながら有名俳優になることを夢見ていた。

当時は大きな劇場(T劇場とか、S演舞場)の 招待券をよくもらっていたので、メンバーの誰かを連れて行ったりした。太田組俳優予備軍という感じで、いろんな勉強をさせることで実力をつけてもらい、映画監督デビューするときには、その子たちの本領発揮ができる役を用意しようと考えていた。

飯を食わせたり、名作映画のビデオ(当時はDVDがまだない)を貸したり、小さな役だが、僕が監督するVシネマや深夜ドラマにも出演させた。が、次第に問題が出てきた。例えば友人監督のオーディション情報を聞いた。求める役に近い卵がいたので、連絡した。

「監督。すみません。せっかくですけど、その日はバイトなんすよ〜」

呆れた。オーディションを受けるだけでも大変なことだ。それなりの事務所に入っていないと連絡も来ない。卵たちは名もなき弱小の事務所所属かだ。何より役者になるために東京に出てきたのに、生活のためのバイトを優先するのが分からない。

また、親しくなると問題が出る。ワークショップで出した宿題をして来ない。宿題と言ってもビデオを見て感想を書くだけなのだが、それもしない。

「バイトで忙しくて時間なかったんです...」

ワークショップに課題のシナリオを忘れて来る奴もいた。全部、セリフを覚えて置いてくるならいい。覚えてもいないのに忘れて来る。お稽古事気分だからだ。また、女優を目指す子の中には

「監督は私のことが好きだから応援するんだ...」

と勘違いする子もいた。女優とは付き合わない。その頃から決めている。が、その子は甘えれば役がもらえると思い始めた。そこでアウト。彼氏とうまく行かなくて芝居に集中できなくなる子もいた。それもアウト。俳優業を目指すなら、恋より、家庭より、バイトより、何よりも芝居を優先しない様ではダメだ。

当時、僕は熱く、そんな時は説教大会だ。皆、基本はいい子たちなので、その意味を理解した。が、プライベートで悩み、生活に追われ、何年経っても仕事がないことに失望し、卵たちは少しずついなくなった。病気で俳優業を続けられない子もいた。本人の責任ではない。そうやって数年で誰もいなくなった。タレント・マネージャーをする友人に言われた。

「俳優を育てるのは監督の仕事じゃないですよ。僕らは1000人育てて1人が花開けば御の字と言います。それが俳優業です」

直後に映画監督デビューの機会が来た。卵たちが出演することはなかった。同じくらいの年代の若いプロの子達を起用した。皆、凄かった。卵たちでは足元にも及ばない。愕然とした。草野球とプロ野球ほどの差があった。

卵たちは皆、いい子だったが、覚悟がなかった。芝居をしたいのではなく、女優と呼ばれたい。テレビに出たい。そんな思いが強かったのではないか? バイト生活に追われることで、目標を見失う程度しか思いがなかったのかもしれない。第1線で活躍する子たちと比べるとそう感じた。

僕も反省がある。劇団キャラメルボックス演出の成井豊は、劇団員とは飲みに行かないと、のちに聞いた。だから、いつまでも素敵な芝居を作り続けることができるのだ。馴れ合いになってはいけない。僕は厳しく接しているつもりだったが、何度も顔を合わせたことで、親しみが生まれて来たのだ。

「監督は優しいから。きっと分かってくれる...」

それが甘えに繋がる。監督はお父さんでも、兄貴でも、彼氏でも、先生でもない。そんな勘違いが卵たちをダメした。こちらが線を引いても、相手が親近感を持ち甘えが出てしまう。緊張感がなくなる。だから、こちらが考えねばならない。そのことを学んだ。

少し前だが、キャスティングで俳優のプロフィールを見ていると、一時期、卵グループにいた奴の書類があった。と言って採用はしなかった。芝居がド下手な子だったが、あれから20年。まだ、頑張っていたんだ。少し嬉しかった。


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人の忠告を聞いてはいけない。耳を塞いでこそ、夢は叶う? [映画業界物語]

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人の忠告を聞いてはいけない。耳を塞いでこそ、夢は叶う?

昔から僕は「変わってるなあ」と言われる。以前にも書いたが、このところ書いている「ムラ社会ルール」のことを考えると、その謎が解けるような気がした。小学生時代から話を始める。当時、僕は4年生くらいから長髪で

「ヒッピーだ!」

と同級生に言われていた。時代を感じさせる。高校時代は規則がうるさく、短い髪をしていたが、その後は現在に到るまで長髪。1990年代にキムタク人気でロン毛(これも時代を感じさせる言葉)が流行って、ブームの後追いと思われたかもしれないが、こちとら年季が入っている。小学生からだ! 関東にある映画学校に通った頃は

「関西人はやっぱ変だよな〜」

と言われたが、大阪の高校時代も「お前は変わってるで〜」と言われていた。関西は関係ない。LA留学時は「日本人は変わっている」と言われることもあったが、これも外れだ。

アメリカ映画、ドラマ、音楽にはかなり詳しいので、よく驚かれ、英語学校の先生には「You are a American boy!」と言われたりもした。といって英語力は大したことない。帰国してしばらくして映画の仕事を始めた。業界は変人が多い。特に監督と呼ばれる人は本当に変わっている。個性的を超えて変人。奇人。あるいは狂人。変態?という人種だ。その中では僕なんて真面目な方なのだ。昔から酒癖が悪いとか、金使いが荒い、女癖が悪いということはなく、約束を破ったり、時間に遅れたりということはない。

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映画界で仕事をするようになっても、一般からは「変わっている」と言われ続けた。一つには「高校卒業」=>「大学」=>「就職」=>「会社員」というコースに乗らなかったことがある。人からすれば、それだけで十分に変わっていると思うだろう。あるいは

「よほど成績が悪かったのだろう.....」

と考える。ただ、変人が集まった映画学校でも「変わっている」と言われ、映画の世界でも異端児扱いされることになる。

「製作費を集めて映画を撮る!」

と言い出したからだ。「監督になりたい!」という人たちは多いが「どこの会社も撮らせてくれないなら、自分で製作費を集める」という奴は少ない。それはプロデュサーの仕事だということもある。先輩たちが忠告しに来る。

「お前なあ。Pの経験もないのに、金なんて集められる訳がないだろう?」

高校時代も「将来、映画監督になる!」と言ったら、同じように大人たちが入れ替わり立ち代り来て、説教された。「監督になるなんて簡単じゃないぞ」ーそんなことは分かっている。でも、一流大学を目指すというと大人たちはいう

「いいぞ!頑張れよ〜」

ーそれも簡単なことじゃない。なぜ、大学は応援して、映画監督だと「簡単じゃないぞ!」になるのか? 映画界でも「監督したい!」という人はごまんといるのに、製作費を集める!」というと、あれこれ言われた。どちらの時も、同世代からも多くの批判を受けた。

「できる訳がない!」「無理!」

「甘い!」「現実は厳しい!」

どちらの時も、経験がある人は1人もいない。「映画監督を目指そうとして失敗した。製作費を集めようとしてうまくいかなかった。だから忠告する」なら分かる。挑戦したこともない連中が「世の中甘くない!」という意味が分からない。


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ここまでは以前にも記事にした。そして最近「ムラ社会ルール」の記事を続けて何本も書いた。詳しくはバックナンバーを読んでほしいが、僕はこの歳になるまで、そんな習慣が今も日本に根強く残っていることに気付かなかった。

詳しくはこちら=>https://okinawa2017.blog.so-net.ne.jp/2019-03-08-2

というのも、同じ地方で長年暮らしたことがない。会社員をやったことがない。限られた場所で周りと協調して生活、仕事する機会がなかったからだ。それが地方で映画を撮るようになり、事件が起きる。なのに地元の人たちは見て見ぬ振り。責任が誰にあるか気づいているのに、何も言わない。それどころか問題ある人と笑顔で接する。

何度もそんなことがあった。その背景にあるものこそが「ムラ社会ルール」=問題を見て見ぬ振りをし、トラブルはなかったことにする。責任者を責めない。同じ地区で生活しているので、あとあと揉めたくないからだ。問題を解決するのではなく、トラブルをなかったことにする。被害者は泣き寝入り、責任を追及したら、その被害者をみんなで叩く。そんな習慣が日本には根強く残っている。

原発事故の対応もまさにそれ。「ムラ社会」だけでなく政府や企業も同じなのだ。揉めない。トラブルを起こさない。そのために日本人はなるべく目立たないことを心がける。人と同じ行動をし、自己主張をしない。周りと協調する。新しいこと。これまでになかったことを始めると、みんなで止める。過去の例に従い、あちこちから批判されないように振る舞う。

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それが日本という国なのだ。役所も同様。会社でも同じ。学校でもそうだ。目立つことをするとイジメという形で粛清される。会社員は皆、紺のスーツ。似たような髪型。大学=>就職=>会社員というコースを皆が進む。さあ、それに対して困ったちゃん(私です!)は子供の頃からヒッピー。大学には行かず(結局、アメリカで行ったけど)就職もしない。会社員にもならない。

人がやらないことをする。当然、周りは困惑し、止めにかかる。僕には意味が分からなかったが、要は「人がしないことをすると止める!」のが日本人なのだ。個性派、変わり者が多い映画界でさえ、あれこれ言われた。

結局、高校時代に「映画監督になる!」と宣言。年月はかかったが、実現した。「製作費を集めて映画を撮る!」それも、3回やり遂げた。両方ともに「世の中甘くない!」「不可能だ!」と何人からも言われたが、実現できた。僕が特別な才能があるからではない。「新しいこと。例のないことをやるのは危険。不安。怖い!」と言う無意識があり、潰すことで安心したい。その圧力に屈するか?屈せずに進みかどうかなのだ。

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もう一つ。付け加えるならば、僕はわがままだ。自分の思いを抑えて我慢して暮らすことができない。世間は

「それを我慢するのが大人ですよ〜」

という。もちろん、何の努力もせずに「金持ちになりたい!」というのは違うがもし、自分が願うことがあるなら、どうすれば実現できるか?を考えて足掻いてみる。それで可能になればオーケーではないか?なのに日本人の多くは、世間体を気にし、新しいことを不安がり、よってたかって潰そうとする。賢い人たちはそんな周りの空気を読んで、大人しくしている。

でも、日本人も捨てたものではなく、時々、そんな習慣に縛られず、空気を読まないで大暴れする人たちが出て来る。織田信長とか、本田宗一郎とか、黒澤明とか、円谷英二とかは、それを実践したのではないだろうか?アメリカ人にはそういうタイプは多いが、日本にあるあのルールが人を縛り、押さえつけてしまうのだ。

ただ、これからの時代は自分にわがままでいいのではないか? 真面目に大学に行き、会社員になり、周りを気にして自分を殺して生きていても、リストラされたり、倒産したりする時代。それなら、習慣に縛られず、本当にしたいことをするべきではないか? 

どうにか食って行ければ、自分が好きな仕事をする方が楽しい。世の中、厳しいばかりではない。やれば何とかなる。「変わり者」がチャンスを掴む時代なのだ。そんな風に思えている。

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知られざる有名俳優たちの悩みと葛藤。サインを断ると大変なことになる?! [映画業界物語]

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知られざる有名俳優たちの悩みと葛藤。サインを断ると大変なことになる?!

街角で有名人を見つけると、何か紙切れを探してサインを求めたりする人が多い。ファンでなくても「とりあえずサインしてもらおう!」と思いがち。あとで友達に話したり、Twitterで自慢もできる。ツーショット写真をお願いする人も多い。だが、俳優やタレントにとってはそれらが大きな悩みなのだ。若い人に人気のある男性俳優はこういう。

「サイン下さいと言われてサインするのは構わない。でも、急いでいるときに言われると困る。ごめんね。と言って先を急いだら、後でネットで悪口書かれた。小さなことから炎上したり、話が大きくなることもある。執拗に繰り返しーあいつは二度と応援しないーと発信続ける病的な人もいる。

ただ、街角でサインをすると多くの人が気づく。ファンでない人も寄ってきてサインサインになる。次はツーショット写真だ。列ができる。どんどん人が集まる。もうこれで!悪い!と終わろうとすると、不公平だ!なぜ、俺たちにサインしてくれない!と怒り出す。だからサインをするのも難しい。断れば嫌われる。すれば人が集まり揉める。参りますよ」

本当にその通りだ。彼らの悩みは一般の人にはなかなか分からない。
少し前に見たツイート。ある10代の女性俳優。テレビでも活躍する人気者。その子のことを書いていた。

「**をカフェで見かけた。テレビで見るより可愛かった。手を振ったが無視された。偉そうに!二度と応援しない。幻滅した!!」

そもそも、手を振り返す義務はない。気づかなかったかもしれない。近視かも? でも、ファンというのはそんなことで愛が憎悪に変わることがある。あるマネージャーさんはこういう。

「もし、サインを頼まれて人が集まってしまったても、タレントにはサインを続けろと言ってあります。そして私がファンの人たちにーすみません。次の仕事があるのでーと言いタレントを引っ張って行きます。彼は引っ張られてもサインを続けます。

そうすればファンから見て、彼はいい人だ。でも、マネージャーが厳しい人なので全員にサインできなかったんだと映り、印象は悪くならない。自分でー時間ないから!ーとサインをやめたら、もう応援しないになってしまう。だから私たちが嫌われ役になりタレントを守らなきゃいけないんですよ」

それは地方で映画を撮る時も同じだ。ボランティア・スタッフやエキストラで参加した地元の人。有名俳優を目の前にすると、やはりサインだ。写真だと考える。もちろん、事前に禁止であることは伝えている。1人がサインを求めれば多くが続く。そのために時間が取られ撮影が遅れるからだ。

それでも隠れてサインや写真をねだる人がいる。だから、地元スタッフの皆さんには、そんな光景を見たら必ず注意してください。とお願いする。俳優が「サインは禁止でしょう?」とは言えない。人気商売だ。後でネットで悪口書かれる可能性もある。だから、先のマネージャジャーのように「すみません。サインは禁止なんです」と注意して悪役を演じてもらうことが大切。

せっかく、わが町に来て映画に出てくれているのに、その町の人がサインを頼み、断ることで嫌われる。全国に悪口を発信されるのは悲しい。だが、そんなことを多くの俳優が悩み葛藤していること意外に知られていない。


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「芸能界は魔物が棲んでいる。一般の人が迷い込むと狂わせれてしまう」という話を毎回思い出す? [映画業界物語]

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「芸能界は魔物が棲んでいる。一般の人が迷い込むと狂わせれてしまう」という話を毎回思い出す?

地方で映画製作をすると、揉めることがある話。今回は少し詳しく書く。地方で映画を作る。地元からボランティア・スタッフが参加してくれた。とても助かる。でも、後でこんなクレームが来ることがある。

「出番待ちの女優さんがいた。ファンだったので感激してスマホで写真を撮った。ら、スタッフさんに注意された!ムカつく!」

これはよくある話だが、写真を撮った方はなぜ注意されたのか? 分からないことが多い。その構図を説明する。まず、その人は写真を撮り、後で友達に自慢しよう!(あるいはネットでアップしよう)と考える。

中国の山でパンダを見つけたら、誰もが「写真を撮ろう!」と思うだろう。だが、俳優は人間。もし、あなたが街を歩いていて、急に人が寄ってきてパシャ!と写真を撮ったらどうだろう? 

気分のいいものではない。場合によっては殴り倒すかも? いや、相手が友人であってもいきなり写真を撮られたら「何だよ!」とムカつだろう。非常識だし、大変失礼だ。では、なぜ、それを俳優にはしてしまうのか? 

「憧れの女優さんだ!」

写真を撮れば自慢できる。ネットに上げるとウケる。そんな軽率な考えで常識が働かなくなる。多分、ワイドショーでマスコミが物凄い勢いで写真を撮る映像をよく見るので「俳優の写真を撮るのは構わない」という無意識も働くだろう。

本来、冷静に考えるとこうなる。もし、僕の会社に見知らぬ人が来て、デスクで仕事する僕の写真を無断で撮ったらどうか? 気分が悪い。俳優さんの仕事場である撮影現場でも同じ。注意されるのは当然。なのに「注意された。ムカつく!」と思う人が出てくる。

「タダで手伝っているんだから、写真くらいいいだろう?」

という人もいるが、ボランティとは報酬がない行為。「だから写真を撮ってもいい」では見返りを求めている。それはもうボランティアではない。そして無給で働いたからと言って、写真を撮ってもいいということにはならない。

でも、その手の人は決して常識がないわけではない。日常では法律を守り、ルールを守り、仕事をしている。人に迷惑をかけず、協調性もある。なのに、芸能ということになると、常識をなくすことがある。俳優さんの立場に立って考えていない。「自分がいきなり写真を撮られたら嫌だ」と置き換えない。

「タダ働きだから、写真くらいいいだろう?」

と自己本位に考える。注意されると逆ギレする。芸能関係、俳優に対して、撮影現場で、あるいはコンサート(今は警備が厳重だが、昔はホール内で暴走するファンがいた)という特別な環境になると、冷静さを失い、常識ハズレなことをする人がいる。

「芸能界は魔物が棲んでいる」

一般の人が迷い込むと狂わせれてしまうという話を昔、聞いたことがあるが、この件もそんな一つなのだろう。特に憧れを持っている人は惑わされたり、振り回されたりしがち。だから、俳優にはマネージャーが付きガードするし、撮影スタッフも俳優と一般の人たちとの接点をとても気を付ける。

他にもサインを求めたり、あれこれ俳優に話しかけたりして、メルアドを聞いたり(いずれも、物凄い集中力が必要なので俳優には大きな負担となる)スタッフが注意。そのために逆ギレ。

「手伝って損した!」「結局、俺たちは利用されたんだ!」

と不満を持つことがある。だが、彼らは俳優がどれほど神経過敏になっているか?を知らない。憧れが強く、ドラマで演じているキャラをダブらせて、

「きっといい人だ!」「笑顔でサインしてくれるはず!」「写真を撮っても怒らない。むしろ、ピースしてくれたりするだろう!」

そう考えていたのだ。こうして「映画の手伝いは辞めだ」「あの女優は二度と応援しない」と恨みだけが残る。同じ日本人、日本での撮影、なのに、芸能界と一般の世界はやはり違うのかもしれない。事前に説明しても必ず、何件かはそんな事件が起こり、毎回苦い思いが残る。


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勘違い。逆恨みで嫌われる。=それも映画人の宿命か?毎回残る辛い思い。 [映画業界物語]

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勘違い。逆恨みで嫌われる
=それも映画人の宿命か? =毎回残る辛い思い。

先に書いたが、ロケ地に選ばれなかったことで逆恨みしたレンストランの店長。最初から見え見えの応援。「わが町のアピールのため応援したい」と言いながら、店の宣伝に映画を利用しようとした。なるべき身銭を削らず、ロケ地と決めていないのに

「友達に言ってしまったから、撮ってもらわないと困る!」

というようなことを言い出し、撮影せざるを得ない状況に持って行こうとする。ロケされないと、事実とは違うデマを流して、批判。そんな人には嫌われても仕方ないと思える。

その記事=>https://cinematic-arts.blog.so-net.ne.jp/2019-05-09

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ただ、その店と繋がりのある人たち。映画を応援したい人たちまで、店長の目を気にして撮影の手伝いに来れなかった。あるいは一緒になって悪口を言ってるのは悲しかった。これも「ムラ社会ルール」だ。問題を起こした店長を悪くいう人はいない。見て見ぬ振りをする人が多数。あとは

「それは酷いなあ〜」「あの監督ってそういう人なのね?」

撮影に参加できない人たちの気持ちも分かる。今後も付き合いのある店長と映画を天秤にかければ、店長との付き合いを優先したくなるのは当然だ。撮影隊はいずれいなくなる。その時は撮影に参加できても、あとあと何年も店長から嫌味を言われることになる。

しかし、映画を作ったことで喜んでくれた人の方が圧倒的に多い。町のアピールにも役立った。とは言え少数が嫌な思いをしても多数が喜んだのだからよかったとは言いづらい。その店長だけではない。映画製作をすると必ず、批判する人がいる。

「隣の店は撮影されて話題になったが、うちは関係ないので全然アピールされなかった。不公平だ!」

「女優さんにサインをもらえなかった!」

「俳優の写真を撮ったら怒られた!」

そんなことで気分を害したり、怒ったりする人たちもいる。が、上記は迷惑を被ったのではない。俳優の写真を無断で撮るのは違法行為。注意されるのは当然。サインも現場ではもともと禁止だ。撮影の邪魔になるから。俳優が芝居に集中できない。ボランティア・スタッフなのに、後で

「お金をくれなかった!」「騙された!」

「利用された!」「酷い!」

と言ってくる人。言って回る人もいる。

「前売券をくれない!」「DVDをくれない!」

と怒る人もいる。ボランティアは何ももらわないのが常識。前売券は映画館扱い=米を植えるのを手伝ったからと、コンビニで米をタダでもらえないのと同じ。DVDも同等。事前に説明しても、聞いてなかったり、忘れて批判したり、恨んだりする人もいる。「私は被害者だ」と訴える。ごく少数ではあるが、撮影中は本当にガンバって手伝ってくれた人もいるので、勘違いとは言え怒らせたまま終わるのは辛い。

近年まで、あれこれ悩んだ。迷惑をかけるのはいけない。が、迷惑ではなく、本人が違法行為、あるいは常識から外れたことをしている。勘違い。逆恨み。映画製作の範疇ではないことを求める人たちもいる。彼らは決して悪気はなく、善良な市民。そんな人たちから誤解であっても嫌われること。覚悟せねばならない。

ま、それでも大半の市民が喜んでくれて、映画は全国に発信。何億円分もの宣伝となるのだが、毎回、苦いものも残る。


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