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俳優業とはどんな仕事なのか?=俳優とはオリンピック選手?ミュージシャンと同じである? [映画業界物語]

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俳優業とはどんな仕事なのか?=俳優はオリンピック選手?ミュージシャンと同じである?

僕の映画には幸運にも、大物俳優、ベテラン俳優、そして第一線で活躍中の有名俳優たちが数多く出演してくれている。だから、そんな凄い人たちの芝居を撮影現場の一番前で見ることができる(って監督だからそうなのだが)。そんな中で感じること。何度も書くが

「才能」なんかではない。

彼ら彼女らが試行錯誤しながら、コンマ1秒までの動きを考え抜いたプランを肉体を使って表現する。超高度な表現=それが「演技」なのだ。

「明日にかける橋」で言えば、鈴木杏さんの演技が強い印象が残った。本当に凄い。凄すぎる。子役時代から抜群にうまかったが、目の前で見るともっと凄かった。(その話。静岡東宝の舞台挨拶で杏ちゃんに直接したけど)女優というより、オリンピック選手という方が近い気がする。平行棒やアイススケートの選手。多分、演技も競技も同じなんのだと思える。

スケート選手はまず、流す曲に合わせて動きを決める。途中で3回スピンとかに挑戦するとか。最後のフィニッシュはこんな感じ。でも、あのスピード。氷の上を滑りながら。考えた通りにはいかない。そこでアウトプット練習。繰り返し繰り返し、頭で考えなくても、体が覚えるまで練習する。テレビの中継で見て

「おーー凄い!」

と僕らが思う以前に血の滲む特訓をしている。ああ、ミュージシャンも同じだ。例えばギター。僕は高校時代にコードのFが弾けなくて挫折したが、楽器というのはまず、あらゆる音階を弾く、吹けばければならない。コードを覚えるだけでも、音を出すだけでも苦労する。ミュージシャンはそんな楽器で曲を奏でる。下手なバンドの演奏を聴くとよく分かるが、演奏するのは本当に大変。

曲を奏でるだけでなく、感情や思いが込められて、音楽だけで泣けることもある。そこまで行く。それがミュージシャン。俳優も同じだ。体が楽器。

「声のトーンはどうするか? ボリュームは? 動きはこのくらい? いや、もっと激しい方が?」

楽器を弾くように、体や声で表現する。楽譜と同じくシナリオがある。セリフを覚えるのは当然。それをどんな風に話すか? ト書きに従ってどんな風に動くか? まさに楽譜を見て演奏を考えるミュージシャンと同じだ。素人が弾くギターは耐え難いが、プロの演奏は涙が出る。俳優も同じ。素人が読んでも何も感じないセリフを、名優だと心を揺さぶられる。

同じギターを弾いても全然違うように、同じ役を演じても、名優だと重みが違う。それは何か?というと、ミュージシャンが楽器を体の一部のように使い、音楽で「思い」を表現するように、俳優は体と声を使って「思い」を表現する。そう考えると分かりやすい。

「ミュージシャンになりたい。オリンピック選手になる!」

というと、かなり無理だなあ。と思う人は多い。が、ちょっとイケメンなら、可愛ければ、

「俳優になれるかも? 明日からでもドラマに出れるかも?」

と勘違いする。が、ミュージシャンになるには何年も練習を続けなければいけないように、俳優になるにも体という楽器を弾きこなすための練習が必要だ。

演劇学校では発声練習とかさせるが、それは楽器教室でギターを習うのと同じ。それだけでプロにはなれない。音楽家の宇崎竜童さんはいう。

「何ヶ月練習するより、1回ステージに立つ方が上達する」

俳優も同じだ。何年も演劇学校に通うより、舞台に立つ、カメラの前に立つ方が上達する。その繰り返し。劇団出身の俳優に力がある人が多いのはそのせいだ。

また、ミュージシャンもそうだが、1人で演奏する場合は少ない。いくらその1人が上手くても音楽は共同作業。演劇も同じだ。仲間とのやりとり、受け答えがある。ジャズで掛け合いの演奏があるが、演劇も同じだ。そんなノリで俳優を楽器に例えると、

常盤貴子さんはバイオリン。長門裕之さんはサックス。芳根京子さんはトランペット。宝田明さんはトロンボーン。田中美里さんはフルート。藤田朋子さんはピッコロ。時々、ホルン。

皆、持ち味があり、それらの楽器ならではの個性を奏でる。監督はそのアンサンブルを考えて、配置。映画を創り上げていく。だが、かっこいい男の子を見ると

「あなた俳優になれるんじゃない?」

というおばさんが時々いる。いかに世間では俳優業とは何か?が勘違いされているかが分かる。可愛いだけでミュージシャンにはなれないのと同じ。体という楽器を弾きこなす練習を続け、その技術と表現力を体得した人が俳優になれるのである。


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女優業はつらいよー多くの人が憧れる裏で過酷な世界を生きる女優たち [映画業界物語]

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女優業はつらいよー多くの人が憧れる裏で過酷な世界を生きる女優たち

「女優」と言う言葉には華やかな憧れが感じられる。一方「男優」とはあまり言わない。アダルトビデオの世界では「男優」と言うが、一般的には「俳優」と言う。なのに「女優」と言う言葉は一般的だ。男性より女性俳優の方が何かと注目をあび、華やかなイメージが強いせいかもしれない。

女優という仕事というのを超えて、ステイタスのようなものになっているのではないだろうか? 会社で言えば「外資系」ー「単なる会社でなく、うちは外資系です」みたいな。大学で言えば「東大」ー「単なる一流大学ではなく東大です」みたいな「他とは違うよ〜」という二アンスがあるように思える。

俳優の卵たちでも「女優になりたい」という子は何か、華やかな世界で活躍する仕事、タレントより一段上、きらびやかで多くの人に注目される存在として「女優」という言葉を使う気がする。「男優になりたい」という男は聞いたことない。「俳優になりたい」という女性の方が演技をしたいという気持ちが強い気がする。華やかな存在になりたいのではなく、芝居がしたい!という思い。ある女優さん。こういう。

「私は役者です。俳優とか女優とかいうと何か華やかな気がするけど、私は芝居がしたいし、役者というようにしています」

なかなか面白い。だが、いずれにしても女優という仕事は華やかなのは極々一部であり、他は本当に大変な仕事なのだ。僕がよく話すエピソードだが、誰もが知る大手事務所。そこは23歳までにブレイクできなければ、契約更新はしないという規則。冷たいなあーと思うかもしれないが、むしろ良心的。23歳までに売れない子が30歳を過ぎて、40歳になり売れるということはまずない。

そんな可能性が少ない子を所属させ、マネージメントしても採算が取れないからだ。それには背景がある。映画でも、ドラマでも、女優は年齢が上がると役がなくなっていく。10代は学園もので生徒役。「金八先生」のようなドラマなら、レギュラーで十数人、女子高ものなら30人は必要。ところが20代は? 30人ものレギュラーが必要なドラマはない。会社が舞台でもOL役は数人。刑事ものでも、捜査一課に女刑事は1人が定番。

30代になるともっと大変。ある大物女優さん。20代は大人気で、主演映画もいっぱいあるのに、30代後半から10年以上仕事がなかった。それが40代を過ぎてからお母さん役が来るようになり、今は CMでも大活躍している。主演を張る有名女優でも30台を超えると仕事がない。

40代は確かにお母さん役があるが、それも30人もの母親が登場するドラマなんてない。だから、20代まででブレイクした女優の中から、さらに厳選された人が40代で仕事が得られる。そう考えたら、実力とか、知名度だけでなく、そもそも、歳を取ると仕事の絶対数が減るというのが女優の世界なのだ。

それに対して男性俳優は10代は学園もの。20代以降は会社もの、刑事もの。映画ならヤクザもの、不良もの、戦争もの、と男ばかりが出演する作品は結構ある。小さな役でも同僚、友達、ライバル社員、上司、と一つのドラマに男性は何人も登場する。それに比べると女優は本当に大変だ。

例えば30代で女優業をしている子はそこそこ可愛い。あるいは美人。仕事がなくても、周りからはチヤホヤされる。監督やPも目を止める。が、多くがスケベ心で、真剣にキャスティングしようなんて思ってない。それが40代になると、声をかけるスケベ親父さえ少なくなる。それでも年齢を偽り

「30代でーす」

しかし、その手の子は20代でチヤホヤされ、小さな役だがそこそこ仕事して「いずれブレイク!」とか思っていた。ただ、可愛さだけで演技を磨く努力をしている子は少なく、歳を取ると何も残らない。これはOLでも同じ。また、バカなプロデュサーは口説き文句の代わりに

「君は才能あるよ!」「いつか君を主演にして映画を撮りたい!」

とか安易にいう。それを信じてしまうバカな子も多い。いつもいうことだが「才能」なんて存在しない。若いうちからの努力&こなした場数が全てだ。でも、

「私は女優」

と勘違いして、ささやかだが華やかな生活をしていると思い満足し、40代を過ぎてから現実に気づくことが多い。そんな風に「女優」ブランドは多くが憧れるが怖いものでもある。それとは別に本当に芝居がしたくて、がんばっている子たちいる。それでも役がない。演技力や個性があっても役は限られていて、20代までに知名度を得た女優たちが奪い去る。それが「女優」という世界なのだ。



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映画監督業はなぜ、タダ働きが多いのか? =でも、1人でも多くの観客が作品を観てくれればOKだ。 [映画業界物語]

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映画監督業はなぜ、タダ働きが多いのか? =でも、1人でも多くの観客が作品を観てくれればOKだ。

いろんな作業がある。社員がいないので全て1人でやる。ここしばらくでいうとこんな感じ。

①関係者に資料を送る。これが大量にあり、40人分ほどの住所書き、1人1人に手紙で説明を書いたメモを添付、郵便局に行き、重さを測ってもらい郵送。

②沖縄関係の本を読み、DVDを見る

③FINAL CUT Xの練習

④Facebook&ブログ等で報告記事

⑤Twitterで「明日にかける橋」上映劇場の告知
 「朝日のあたる家」のNetflix配信の宣伝

⑥ある映像の再編集。素材確認。スタジオに持ち込み作業。工場へ

⑦沖縄戦の取材データ整理。コピー作り。

朝、起きて深夜まで、以上の作業で終わってしまう。⑥番は終了。現在、工場で作業が進む。①番とかは社員、或いはスタッフがいれば任せるのだが、給与やバイト料を払う余裕がないので自分でやる。

それでなくても、映像業はお金の出ない作業がどうしても出てくる。本当は払わなければならないが、それができない場合は誰かに頼まずに、僕がタダ働きするしかない。そのために何日も作業する。嫌というのではない。

もし、働いた分だけ賃金が欲しければアルバイトをするなり、社員になればいいのだ。そもそも、自作の宣伝も本来、監督がするのは公開前に取材を受け、公開時の舞台挨拶まで。東京公開から5ヶ月。今も毎日ネットで宣伝している。それに関して何ら賃金はない。自ら進んでやっている。予告編も20種ほど作ったが、ギャラはもらっていない。

自分が関わった作品を少しでもよくしたい。多くの人に見てもらいたい。そんな思いだけでやっている。配給会社も安い費用で頑張ってくれているのだから、僕も頑張らねば!という思いである。それで1人でも多くの人が映画の存在を知り、映画館へ行ってくれれば。ネット配信で見てくれれば、こんな嬉しいことはない。


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【30代でOLを辞め「女優になりたい!」と娘。心配する父からの相談】 [映画業界物語]

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【30代でOLを辞め「女優になりたい!」と娘。心配する父からの相談】

友人は映画業界で仕事をしている。娘が突然に「女優になりたい!」と言い出した。10代なら分かるがもう30代。勤めていた会社を辞めて芸能事務所に入ったという。どうすればいいか?という相談。

「俺も両親に散々反対されて、この世界に入った。最初は大変だったが、今はどうにかやっている。だから、娘のことも反対はしたくない。ただ、この業界がどれだけ大変か?もよく分かっている。その上、娘はもう30代。通常、俳優は10代でスタートする。仕事を得るまでに何年もかかる。

大手事務所では23歳までに売れなければクビというところもある。娘はすでに30代。そこからスタートするのは業界的には無謀。でも、娘は超真剣。自分で事務所を探し、研究生になったという。毎週のレッスンを受けている...。

聞いたことのない事務所で有名俳優は誰もいない。そんなところは見所がない子でも所属させてレッスン料を取り、収入源にしていることが多い...。

その事務所に何ヶ月もいるが、仕事はゼロ。オーディションにも行かせてくれない。なのに、社長は大きなことをいい、すぐにでも連ドラマに出れるような話をするらしいんだ」

話を聞いただけでも危険だと思う。が、僕もまた若い頃に多くの人に映画監督を目指すことを反対された。本格スタートは帰国後、30代からだ。その意味ではその娘だって、可能性はある。

ただ、その娘の場合。ドラマは好きで見ていたが演劇経験はなし。OLを10年ほどしただけ。ダンスも、歌も、やったことはない。なのに

「山口智子は30代でブレイクしたから、私もできる!」

というらしい。それは違う。彼女は20代から活躍していた。その後、30代でブレイク。30代から女優をスタートさせた訳ではない。その話を聞いて、業界のことがほとんど分かっていないこと感じる。娘はこういうらしい。

「社長は大丈夫だって言ってる。芸能界で力あるから、連ドラマに出してもらえる!」

そう反論する。それは所属俳優が辞めないようにする言い訳。レッスン料で事務所経営を支えているはず。友人はいう。

「男の子なら、多少のことがあっても、いい経験だけど、娘なので心配。ダマされて枕営業させられたり、悪い男にダマされたりしないか?それなら止めた方がいいと思うんだ...」

でも、夢を追い掛ける思いは理解しており、応援したいようだ。そんな話を聞いていて気付いたこと。僕が学生の頃。大人たちは、業界を知らないくせに反対した。僕も業界のことは知らなかったが、こう思った。

「何も知らないくせに反対するのか? 可能性が低いというのなら、何なら可能性が高いのか? 一流企業に入るのだって大変。可能性は高くない」

知らないことを聞きかじった情報で批判する大人が嫌いだった。が、友人は熟知している。彼の批判は全て正解だ。娘を案じて言っている。だが、娘にとって、その批判が正解か?不正解は問題ではない。自分の思いを否定することに苛立っているのだ。その意味では僕のまわりにいた大人も同じだ。

最初は無理なことでも、ある時期は可能になったりする。以前はテレビに押されて映画制作本数は激減。新人監督デビューのチャンスはほとんどなかった。バブル時代は多くの映画が作られた。監督になるチャンスが増えた。僕はそれを逃したが、結局、思いを果たした。時代は変わる。大人たちは、過去しか知らない。そのアドバイスが正しいとは限らないのだ。業界を知らないからこそ、挑戦できるということもあるだろう。僕も散々言われた。

「世の中、甘くない」「夢はしょせん夢だ」

でも、僕も、友人も、夢見た仕事ができるようになった。僕と違い友人は結婚までして、娘もいる。ちゃんと生活ができている。大人たちの指摘は外れたのだ。世の中甘くないのは本当だが、いつの時代も可能性はある。

30代を過ぎてのスタートははっきり言って遅い。でも、カーネルサンダースは70歳を過ぎてKFCを始めて、大成功した。俳優と事業は違うというかもしれない。が、本気で考えて、本気で走れば、できることはあると思う。もちろん、僕は多くの俳優の卵たちが潰れて行くのを見て来た。本人は「絶対に俳優になります」というが、数年で消えて行った奴が山ほどいる。

でも、夢を掴むことが全てではない。その過程で経験したこと。学んだことがあとあと役に立つ。娘なので友人は心配というが逆に30代なら、それなりの経験もある。傷ついても、夢破れても、嫌な会社員を続けるより、人生にプラスではないか?今は連ドラに出ることに憧れるかもしれないが、それが大したことではないことにやがて気付くはずだ。

ただ、愛する娘なので、心配になり、あれこれ言ってしまうのは良くない。どんな的確なアドバイスでも、娘はまだそれを理解しない。どんな素晴らしい助言でも5年後には意味が違ってしまうこともある。何も言わずに、自由にさせて、応援するのがいいのではないか? もし、女優になれず、別の仕事をするようになっても、それはそれでいいと思う。友人は納得いかないようだった。

「お前は娘がいないから、気楽にいうんだよ」

と言われた。そうかもしれない。が、誰が何をいおうが、本人が気付かないと意味がない。言われた通りする子では逆にダメだ。自分で考え、自分で選択し、自分で走る。そうやって経験したことが生きて来る。愛する人があれこれ心配することは当人にとって、理解してもらえないと思うだけのことが多い。距離を置き、遠くで見守ること。それが大事だと思う。


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アーティストは、抉れた心の傷を癒すために作品を作る。(2014年の記事から) [映画業界物語]

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俳優。歌手。小説家、脚本家、画家、

いわゆるクリエーター。或はアーティスト呼ばれる人たちは、「才能」ある(という言葉を僕は使わないが、多くの人はそれで理解しようとするので)素晴らしい人たち。と羨望の目で見つめられる。成功すれば、お金も名誉も手に入り。多くの人の尊敬を集める。表面的にはそうだが、実像は人々が想像するものとは大きな隔たりがある。

ミュージシャンにしても、

ギター片手に武道館でシャウト。多くのファンの声援に応えオリジナルソングを歌う。しかし、彼ら彼女らが抱えるダークサイドを人々は知らない。

アーティストがなぜ、作品を作れるのか? 素晴らしい歌や物語。芝居や小説。それは「才能」があるからーなんてことではない。作品を作ってるつもりでも、無意識の内に抉れた心を癒すために、血を流しながら人生を見つめるのだ。その過程で過去の傷と対峙する。だからこそ、作品は多くの人を感動させる。もちろん、センスと器用さで作品を作る人もいるが、多くは自分と対峙している。だから、作品で涙する。机の上で「こんな物語を書けば、読者は泣くはずだ」と想像して書いた物語で観客を感動させることはできない。

子供の頃から差別され、踏みつけられ、

不幸だった人。親に愛されなかった子供。いや、何不自由なく成長したように見えても、人には分からない悲しみを引きずったまま、大人になってしまった人たち。彼ら彼女らが、意識するしないに関わらず、抉られた心を見つめ、埋めようとするのが表現なのだ。ハリウッドを思い出してほしい。成功した多くの作家はイタリア系かユダヤ系だ。どちらも阻害され差別され続けた民族だ。

スピルバーグ、ウッディ・アレン、バーブラ・ストライサンド、ダスティン・ホフマン、カーク・ダグラスはユダヤ系。コッポラ、アル・パチーノ、シルベスター・スタローン、らはイタリア系。アングロサクソン系は意外なほど少ない。日本でも実は同じ、芸能界でがんばっているのは同じような環境の人たちだ。

つまり、忘れられない悲しみや苦しみを背負い、

それを作品にすることでしか昇華できない人たちが、アーティストとして成功する。さらにいうと、金持ちになった。有名になった。人気者になった。それで満足できる人はクリエーターを続けることはできない。そんなことで癒せない「悲しみ」を抱えた人が作品を作り続ける。ミュージシャンの尾崎豊も、そんな壁にぶつかった1人。


大人たちに反抗。高校を中退。が、傷ついた十代の思いを歌った「17歳の地図」で人気を得た。が、アルバムが売れ、認められたことで、誰も彼を批判しなくなった、むしろ賞賛。だから、2枚目のアルバム。かなり厳しかった。悲しむ必要がなくなったのだ。そしてサードアルバムでは、歌を作れないでいる惨めな悲しみを歌い。復活するのだが、結局、ドラッグに走りムショに入る。

先日、逮捕されたASUKAも同じだと思う。

曲がヒットし、人気が出て。お金も名誉も手に入ると、悲しみがなくなり、作品が作れなくなるのだ。ドラッグに手を出すアーティスト。そんな背景であることが多い。

歌手だけではない。僕のよく知る若手女優も同じだった。最初は家族から反対され、事務所もさじをなげ、映画やドラマのオーディションには落ちてばかり。悲しみの中で、もがいていた。が、チャンスを掴み映画に出演。輝かしい活躍をした。そのことで家族も女優業を認め、応援してくれるようになった。ファンも増え、恋人もできた。事務所も有名なところに移った。出演依頼も続き、幸せいっぱい。だが、ハングリーな思いをなくし、人の心を打つ芝居ができなる。

プライベートな事件で、演技に集中できず。

素人レベルの芝居をしてしまう。女優失格ともいうべき事態。映画が大変なことになり、多くの関係者がが迷惑、彼女は出演依頼がなくなる。なぜ、女優業よりプライベートを優先したか? それは女優として成功しなくても、家族の「愛」で傷は癒えたのだ。

だから、演技よりプライベートが気になり、気持ちの入らない素人芝居をしてしまった。ここで彼女の女優人生は終わった。それに対して、小さな成功では癒されない深い傷を心に負った人々。一生作品を作り続けるアーティストたち。名声と経済的成功では癒されない心の深い傷を抱えて戦う。

本当に幸せなのはどちらだろう? その女優の方が幸せなのかもしれない。親が理解し、恋人ができれば癒される程度の傷。女優業を辞め平凡な結婚をすることが、今の彼女にとって一番の幸せだろう。もう「悲しみ」と対峙する必要はない。大成功して、金持ちになり、有名にならなくても、ハッピーなのだから。

傷が浅ければ小さな成功で癒すことができる。

が、アーティスト生命もそこで終わる。傷が深ければ作品は作り続けられるが、一生幸せにはならない。人は「才能」があるから作品が作れると思うが、そうではない。作品を作り続けないと、抉られた心を癒すことができないから。だから、心の深い傷を埋めるために格闘する。それがアーティスト。遠くで見ているほど幸せでも、ハッピーでもない。本当に幸せなのは「私は才能も何もない小市民だね?」と笑える人なのではないだろうか? 

2014-06-21



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【夢を掴むこと。そして夢破れること。果たしてどちらが幸せか?】 [映画業界物語]

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【夢を掴むこと。そして夢破れること。果たしてどちらが幸せか?】

10代の頃。友人でミュージシャンを目指していた奴がいた。根性があり、行動力があり、バンドをやっていて、彼はギターを担当。ルックスはよくなかったが、リーダー格。プロを目指していた。バイトをしながらバンド活動をしていたが、いろいろあって、バンドが解散。次のメンバーを集めるべく動いた。

そんなときに見つけた割のいいバイト。彼はそこで働きだした。もともと行動力があり、明るい性格。店長に気にられて、支店を任された。給料もいい。当時は風呂なし、トイレ共同が大学生なら当然だったのに、同じ歳頃の彼は風呂付き、トイレ水洗のアパートに住むことになる。

友人たちは羨ましがったが、彼なりに葛藤があった。バンドメンバーが見つからない。対してバイトはうまく行っていて、下手なサラリーマン以上に稼いでいた。店長からは正社員にならないか?誘われていた。が、彼は夢を捨てられず、バイトを辞める。そして故郷に戻り、バンドを続けることを決意。

その後、彼は地元のある会社でバイトしながら、昔のメンバーとバンドを再結成しようとしていた。が、ここでも会社で気に入られ、正社員になれと勧められた。その内に素敵な恋人ができて結婚。結局、正社員になった。数年後に子供ができたと聞くが、僕が連絡しても、もう返事はない。

夢を諦めたことを気にしているのだろう。僕はそれから10年ほどかかり、監督デビューする。さらに8年ほどかかり映画監督デビュー。それから12年間に5本の劇場用映画を撮った。が、ハリウッド監督とは違い、日本の監督たちは貧しい。そして貧乏暇なしで、結婚もせず(できず?)子供いないまま50代になった。

この30年を振り返り考える。彼と僕とどちらが幸せなのだろうか? ドラマなら夢をつかんだ方がハッピーエンドであることが多いが、現実的に考えて、果たしてそう言い切れるか? この先、60代、70代と映画が撮り続けられる保証はない。そこから会社員にはなれない。どうやって生活すればいい? そうならないためには戦い続けるしかない。

一方の友人。あと5年くらいで定年だろう。あとは年金生活。子供も成人して働いているはず。日曜日は友人たちと素人バンドをしているかもしれない。そんなふうに考えると、夢を実現したからと、ハッピーとは言い切れない。アメリカ映画のように名誉や金が日本では手に入るわけではない。

俳優業も同じだ。もう、何十人、何百人もの俳優志望の若い人たちに出会った。その中でプロになったものは極々わずかしかいない。が、それは悲しいことではない。そこから彼ら彼女らは平凡だがささやかな幸せを掴んでいるかもしれない。だとすれば、夢破れたことがよかったと言えるだろう。

プロになっても、そこでハッピーエンドではなく、俳優業で食えるようになること。映画やテレビに出演すること。より大きな役を演じること。と、終わりのない戦いがスタートする。そしていつ依頼がなくなり、仕事が途絶えるか分からない業界。生き残るのは一握り。

ミュージシャンへの夢破れた友人。僕を羨んでいるかもしれない。が、どちらが幸せといえるのだろうか? その答えはそれぞれに違うと思うが、言えることは、僕には堅気の生活はできない。だから、この道を進むしかない。幸せか不幸かではない。そんな世捨て人が集まるのが、この業界なのだとも思える。



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仕事のない俳優はどうやってチャンスをつかめばいいか?=ある若手の失敗をご紹介。 [映画業界物語]

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仕事のない俳優はどうやってチャンスをつかめばいいか?=ある若手の失敗をご紹介。

俳優業はとても大変だ。テレビや映画に出ている人たちはほんの一握りで、ピラミッドでいう上の部分にいる人たち。だが、底辺にはその何百倍。何千倍もの無名俳優たちがいる。

映画やテレビには出たことがない。事務所に所属はしているがオーディションに受かったことがない。エキストラのような仕事しかしたことがない。映画に出ても小さな役。年に1回2回ある程度。そんな人が多い。

20代だけではない。30代。40代の人たちもいる。皆、アルバイトをしながら生活を立てている。僕もそんな子たちをたくさん知っているが本当に大変だ。だから、飲み会等で監督やプロデュサーが来ていると彼らは力が入る。

「ここで知り合いになり、作品に出してもらおう!」

だが、監督やプロデュサーは男性が多い。むさ苦しい野郎どもに興味はない。女優で可愛い子たちには関心を持つが、そこで次回作のキャスティングをしようなんて思わない。単なるスケベ心でしかない。

また、無名の女優でもしたたかな子がいて、そんな男どもの心理を逆手に取り、恋心があるかのように思わせて近づき、親しくなり、仕事をもらおうとする子もいる。でも、体は売らない。相手のスケベ心を利用しているのだ。

まあ、やり手のキャバ嬢のようなもの。そんなことがあるので、僕は俳優がいる飲み会にはまず行かない。行った先で出会ってしまったとか、関係者の会なら仕方ないが、いつも書くように俳優とは距離を置きたいからだ。

僕のようなひねくれ者もいるので、俳優たちはさらにチャンスを見つけにくい。が、見ているとチャンスが目の前にあるのに気づかずに、みすみす逃してしまう人たちも多い。

こんなことを監督の僕が書くのもどうか?と思うが、ほんと見てられない子が多い。といって、電話して説教するのも違う。だから、ここで少し書いてみる。

例えば小さな役でも出演ができた。でも、その場合。現場で監督と話をするチャンスがないことが多い。監督はメインの俳優には演出するが、小さな役の場合は演出部スタッフから指示がでることもある。食事も別々。打ち上げでもなかなかチャンスがない。せいぜい、挨拶しお礼の気持ちを伝えるくらい。

ある俳優。僕の場合の映画の市民俳優オーディションに参加した。プロなのに市民と共に審査を受けた。受かってもギャラも交通費も出ない。それでも「この監督の映画に出たい!」という。

それは嬉しく。やる気を買って採用した。芝居はまあまあだったが、それなりの役で出演してもらった。が、最後に会ったとき、こういわれた。

「監督。今回はノーギャラで出たので、次回はギャラお願いしますね!」

呆れた。やる気は買ったが、実力は買っていない。ギャラを払ってまで呼ぶつもりはない。でも、何らかしらの芝居に対する映画に対する思いがあれば、次も何かで呼びたいと思うが、結局彼にとってノーギャラ出演は、初回無料のお試し使用でしかなかったのだ。それならギャラなりの芝居をする役者を呼ぶ。

別の俳優。彼も無名。ある監督の作品に出た。小さな役だがとても魅力的な役。監督も評価していた。その映画の初日。メイン俳優による舞台挨拶。彼は登壇できない。だから、劇場には行かなかった。

その後、舞台挨拶part2があり、彼が誘われた。が、バイトがあるからと断った。舞台挨拶はギャラがでないのだ。最終日、監督は映画館に行った。でも、彼はすでに映画を見ていたので行かった。その無名俳優の友人=彼も俳優=はいう。

「お前、ほんと馬鹿だな。なぜ、行かないんだ!行けば帰りに監督が飲みに誘ってくれたりするかもしれないだろ? 思いある監督は初日と最終日に劇場に行くんだよ。そこで会えば、こいつも思いあるんだな?と評価されるだろ? そして何で舞台挨拶行かなかったんだ?」

つまり、撮影現場ではなかなか監督と話をする機会もない。でも、舞台挨拶なら、待ち時間。終わってからもいろいろ話せる。そこで思いを伝えれば気に入られて、次も依頼くれるかもしれない。ということだ。それは正しい。

スピルバーグ監督が「ジョーズ」を撮影していたとき。出演者のリチャード・ドレイファスとランチをした。そこでスピルバーグは次回作はUFOものをやると話す。それに強い興味を持ったドレイファスは言った。

「スティーブン。その役を僕にやらせてくれよ」

が、スピルバーグの主人公イメージはジャック・ニコルソン。年配の親父イメージ。ドレイファスは若すぎると断られた。でも、ドレイファスは諦めず、スピルバーグと飯を食うたびに口説き続け、最後は主人公の年齢を下げさせて自身が演じることで了解を取り付けた。

その映画が「未知との遭遇」である。彼はそこから大スターになり、数年後、「グッバイガール」でアカデミー主演男優賞も受賞する。待っているだけではなく、行動して栄光を掴んだのだ。

友人がいうのはそういうこと。自分の思いを実力を伝えることで道が開けることもある。でも、その前に監督と話ができる機会が必要。小さな役だと撮影も数日。現場は過酷。そんなときに監督とじっくり話したりできない。でも、舞台挨拶なら余裕あり、あれこれ話ができる。帰りに飲み会になるかもしれない。

「そんなチャンスをお前は逃したんだよ!馬鹿だなあ」

俳優業は厳しい。そんなふうにチャンスを探す者。バイトだからと依頼を断る者。道は大きく分かれる。今はFacebookというツールもある。

まあ、それを使って「俺を出演させてください」というのは嫌われるが、監督の思いを知ることができる。俳優というのは監督の思いを、いかにして演技で伝えるか?が大事。だから、信頼できる俳優を監督たちは毎回起用する。

と書くと、その手のメッセージがどどどどと僕のところへ来ると怖いので、なるべく書きたくなかった(僕にその手の連絡はしないように!)いや、僕だけでなくメッセージを送るのは逆効果。特に女優がすると相手は勘違いするだけ。

アプ仕事のない俳優はどうやってチャンスをつかめばいいか? 。女優が飲み会に通っても興味を持つのは、スケベ親父だけ。今回書いたのは営業しろということではなく、目の前のチャンスを逃すなということ。そしていつもいうように営業するより、演技力をつけろ。それが一番大切なことなのだ。 



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小沢一郎の選挙手法。大事なのは仲良しゴッコではなく、党が勝つこと。興味深い=映画の世界も同じ。 [映画業界物語]

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【小沢一郎の選挙手法。大事なのは仲良しゴッコではなく、党が勝つこと。興味深い=映画の世界も同じ】

沖縄の知事選。デニーさんが立候補。対する自民側の候補には官房長官、小泉進次郎と実力者たちが応援に駆けつけた。その上、与党はあれこれ裏でも画策しているはず。デニーは大敗か? と思いきや大勝利だった!

与党に頼りがちな他の地域と違い、沖縄の人たちの熱い思いが勝因と言える。が、もうひとつ。デニーさんは自由党。小沢一郎の党だ。「選挙の神様」と言われる人。二度に渡り自民党から政権を奪った政治家。彼の功績も大きいはずだ

ただ、世間での評判は悪い。多くの人が「嫌い」という。でも、誰に聞いても「彼が何をしたから嫌いになった」といえない。要はメージだけ。おかしい。その辺から自分なりに小沢研究を始めた。

現在のトランプもそうだが、あまりに批判を受ける人は何かある。本人の問題ではなく、別のところに背景があることが多い。そんな小沢一郎が先日、BS番組に出演。選挙について語っていた。

ずっと野党が負けているのは、選挙区に野党が何人も候補者を立てるから。そのために票が分散し、それなりの票しか取らない自民候補にも負けるという。さらに

「候補者は同じ党から同じ地区に2人立てる。必ずどちらかが勝てる。ただ、それをやると候補者に嫌がられる。どちらかが落選することがあるから。でも、党のことを考えるとそれが大事なんです」

候補者としては嫌だろう。そんな危険なことをするより、1人に絞った方が安全だと思うだろう。その地区は自分しか立候補しない。それで負けたら諦めもつく。けど、2人が立ち。片方が落ちる。

「あいつが立たなければ、俺が当選したのに...」

と思えるだろう。そうなると

「小沢さんがあんなことを言うから!」

と恨まれるという話のようだ。確かに候補者側は、そう考えるだろう。でも、選挙ということなら小沢の考え方が正しい。候補者個人の気持ちより、党として全国で何人勝てるか?ということが大切だ。政治は数。多くの議員を抱えている党が発言を持つ。もし、そこで党首が

「候補者に辛い思いをさせたくない」

と、2人候補を止めて、各位地域1人ずつにする。各候補はやりがいがあり、落ちても「努力不足だった」と諦められるかもしれないが、党としては後悔どころではない。

数の力があるから、法案を通したり、悪法を反対したり、政治を動かすことができる。それが国民のためになる。小沢一郎の思いはそこにあるのだろう。だから、その戦略で落ちた候補が小沢を恨むというのは筋違い。自分が当選することしか頭にないと言える。

同じ党なら、同じ志を持つ者同志、誰かが犠牲になっても党としての志を果たすには多くが当選すること。そして政治を動かすこと。それが大事。それを実践しようとする小沢を恨むおはどうなのか?と考えていて、映画業界にも似たようなことがあるのを思い出す。

監督がキャスティングする。Aさん。これまで毎回出演してもらったが、次回作はカラーが違う。だからオファーしない。多くの役者はそれを理解する。寂しい思いもするが、意図を汲む。だが、それを逆恨みする役者もいる。

「見捨てられた...」「嫌われた...」「今までがんばってきたのに!」

と監督を恨む。そんな役者は出演することだけに囚われ、作品の完成度を考えていない。学生映画時代にもあった。以前も書いたが、集合時間に遅れる友達が1人。「先に現場に行き、撮影しよう」というと、

「**君が可哀想だ。待って上げよう!」

と言い出す奴が出て来る。そのために撮影スタートが1時間遅れる。日が沈むまでに取りきれないシーンが出る。別の日に撮影せねばならず、全員に迷惑をかける。これも1人の友達が可哀想という発想が、全体にとって大きなマイナスとなる。

この2つ。先の小沢一郎を恨んだ候補者と同じ。目先のことしか考えていない。いい映画を作ることより、自身が出演すること。学生映画を作るより、遅刻した友人が可哀想と考えること。いずれも全体を考えていない。

人はそんなふうに全体を見ることができず、自分のこと。身近な人のことを大切にしてしまう。それが全体としてマイナスになることが分からないことが多い。政治も映画も、いや、いろんな世界でそんな近視敵視野の人が、大局を妨げているように思える。

ただ、そのBSニュースを見ていて、もうひとつ感じたことがある。小沢一郎の考え方だ。実は、僕も似たことをする。仲のいい俳優だからとキャスティングしない。お世話になっているプロデュサーの頼みでも、作品にプラスにならないことはしない。(よくPは癒着しているプロダクションの俳優を無理やり入れようとする)

地方で映画を撮るときも、お世話になっているからと、地元の有力者の店でロケしない。物語に相応しければ使うが、そうでなければ無理に使わない。

もし、Pのゴリ押しを素直に聞けば、また仕事をまわしてくれる。その俳優とも今後も仲良くできる。地元の有力者も喜んでくれる。でも、そのことで映画のクオリティが落ちれば意味がない。観客が見ていて「何でこの俳優がこの役?」と感じる。「この店、この場面で使う?」そう思われたら作品にとってマイナス。だから断る。

するとPは二度と仕事をくれない。地元の有力者は「応援してやったのに、裏切られた」と言い回る人もいる。俳優は「信じていたのに...」と思う。皆、自分に正義があるようなことをいう。が、彼らは自身のプラスしか考えていない。作品のマイナスを想像していない。そんな人たちとは山ほど出会った。

小沢一郎に近づいて来た政治家たち。最後は去って行くという話も聞く。自身の利益を求めて小沢に近づく、彼に従えば選挙で当選できる。そんな輩は落選すれば「ダマされた」「裏切られた」と自分たちが正しく、小沢が悪いというかもしれない。それを聞きかじり「だから、小沢一郎は嫌われる」という人もいるはずだ。でも、彼は目先のことに縛られないから、政権を2度も奪うことができた。

世界は違うが、映画を撮るというと、利益を求めて近づいて来る人たちがいる。先のようにPや地元の人が、あれこれ頼み事をしてくる。俳優たちが「出たい!」と言って来る。でも、作品にプラスにならない提案は断る。すると「偉そうに」「失望した!」「何様だ!」「応援してやったのに!」と嫌われる。いい触れ回る人もいる。だから、分かる気がする。

でも、選挙で大切なのは何か? 党が議員を増やすことだ。みんなが仲良くすることではない。ー映画制作で大切なのは、みんなと仲良くすることではなく、素晴らしい作品を作ることだ。そう考えると、嫌われても突き進む小沢一郎という人。さらに興味を持ってしまう...。


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俳優の卵たちへ=成功者の言葉にヒントを探し、夢を追う>矢沢、マネーの虎、小室哲哉? [映画業界物語]

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【成功者の言葉にヒントを探し、夢を追う=矢沢、マネーの虎、小室哲哉?】

矢沢永吉は今も東京ドームのチケットが完売する人気アーティスト。その彼が30年ほど前に出した自叙伝「成り上がり」。

「誰もがビッグになれる道を持っている」

と書いた。その後、1980年代前半。彼がNHKの番組に出演したとき、「矢沢さん。若者にメッセージを」と言われた。番組側は若者への激励を期待していたようだ。が、矢沢はこういった。

「俺が何を言っても、やる奴はやる。やらない奴はやらない」

随分、突き放した言葉だった。が、当時、学生映画をやっていた僕は納得する部分もあった。映画監督を目指して全国から集った若者たち。8ミリ映画を作り、認められ、メジャーデビューすることを夢見た。が、夢を語りながらカメラを手に取らないもの。映画を撮ってもすぐ諦めて故郷に帰る者。

何度も励まし、一緒に監督になろう!と伝えても無言でいなくなる者も多かった。逆に、自分の夢を着実に追い、目標とする仕事についた友人も1名いた。矢沢の言う通りだ。

「やる奴はやる。やらない奴はやらない」

その後、僕はかなりの年月をかけて監督デビューした。俳優を目指す卵たちと数多く出会った。そのときのことは前回の記事で書いたが、夢追う彼らを見て、昔の自分や消えて行った仲間のことを思い出した。がんばってほしい。僕は応援してくれる人がほとんどいなかったので、余計にそう感じた。

高校時代に映画監督になりたい。映画を作りたい!と思った。が、当然、親、親戚、教師は皆反対だ。「世の中甘くない」と口を揃えて言った。映画学校に行き、学生映画を始めた。

「この作品でプロに殴り込む」

でも、同級生たちはこう言った。

「プロの世界はそんなに甘くない」

その後、学生映画ブームは終焉。僕は思うところがあり、LAに留学。憧れだったUSC(南カルフォルニア大学)の映画科に学んだ。そして帰国。アルバイトをしながら、シナリオを書き続けた。それを映画会社に持ち込んだ。が、こう言われた。

「よく分からないストーリーだね。何ともならないよ」

昔の同級生にはこう言われた。

「あのまま日本にいれば、Vシネマくらい監督できたかもしれないよね?」

否定、批判、無視、そんなことばかりだった。矢沢永吉の本を思い出す。彼はデビュー後、かなり酷い契約をレコード会社と結んだ。メンバーは気にしていなかったが、矢沢は怒っていた。で、彼は勉強を始める。印税について、契約について、興行について、

やがて、最初のバンドであるキャロルを解散。ソロデビューする。そんな矢沢。レコード作りも、最初は作曲と歌だけ。それがプロデュースも担当。テレビ出演はしないという戦略。全国で100カ所コンサートを何年も続けた。

キャロル時代のメンバー。ジョニー大倉。「笑っていとも」のテレフォンショッキングに出演したとき、タモリに聞かれた。ー矢沢永吉ってどういう人なの? こう答えた。

「大阪商人ですね!」

なるほどと思えた。矢沢はアーティストであると同時に、商人であり、ビジネスマンなのだ。

帰国してから壁にぶつかると、著名人の生き方を調べた。皆、どうやって夢を掴んだのか? 目標を達成したのか  矢沢永吉は昔から興味を持っていたので、テレビ出演やインタビュー記事を知れば、必ずチェックしていた。矢沢だけでなく、皆、壁にぶつかったとき、考えている。

何が悪いのか? 何がマズいのか? なぜ、理解されないのか? なぜ、うまく行かないのか?

当時、人気だった番組。「マネーの虎」一般人が夢を語り、その事業をする金を投資してもらうという趣向。スタジオに並んだ金持ちたち(虎)を説得できれば投資が受ける。皆、事業に成功した社長たち(ただ、その後、多くが倒産しているが)役線錬磨のオヤジたちだ。

ある回。事業がうまく行かない依頼人。次こそは!と、プレゼンした。虎の一人がいう。

「なぜ、君の事業はうまく行かず、僕らは成功したんだと思う?」

「さあ、俺の努力が足りなかったんじゃないですか?」

僕も依頼人と同じ答えを持った。が、虎の言葉は予想外だった。

「努力じゃないよ。考え方が間違っているんだよ」

がーーーーーーん! 努力じゃないんだ........。確かにその通りだ。努力しても間違った方法に努力したら、何の意味もない。大事なのは「考え方」なんだ!その考えが正解だったから、虎たちは成功した...。思えば、矢沢永吉を始め、成功者たちも、ほとんど同じ。当時大人気だった小室哲哉も近いことを言っていた。

でも、考えて正解が出る訳ではない。仮説を立てるということ。***を作る。***に持ち込む。***社はその手のカラーが好き。きっと採用される。でも、そんなことは虎に言われるまでもなく、やっていた。が、あの言葉で確信になった。

あとで考えると、当時、僕が考えていたのは売り込み方でしかなかった。もっと大きな枠で考えること大事だと思えた。映画会社は腐り切っているので、何を持ち込んでもダメ。人気原作とか人気俳優しか理解できない。感動的な脚本を求めてもいないし、読んでもその価値は分からないのだ。

考え方と同時に運も大切だ。ちょっとした出会い。そこから大きなチャンスに繋がることがある。バイトを休んででも、参加したことで展開する。バイト休むと来月の生活が....と思うが、それではチャンスと出会えない。

そう感じて、ある年の忘年会。1ヶ月間、毎日参加した。30個の忘年会ー業界のーに出たが、何ら繋がることはなかった。営業でうまく行ったことも一度もない。が、思いかけないことでチャンスが転がって来たことも多い。

先輩からの1本の電話。たまたま、バイトが休み。翌日から撮影。来てほしい。という即決して参加した。携帯のない時代だ。もし、その日、バイトをして電話に出れなかったら、別の者に電話したと、あとで言われた。

その1本の電話から、数年後、監督デビューに繋がる。そんな話をよく俳優の卵たちにしたが、それを理解したからとチャンスが舞い込む訳でもなく、やがて夢破れて消えて行く。そして世代が変わり、今の若い奴にもそれを告げるが、やはり「バイトがあるので」とチャンスを潰す奴がいる。久々に思い出したのが矢沢永吉の言葉。

「俺が何を言っても、やる奴はやる。やらない奴はやらない」

誰かに教わるのではなく、自分でヒントを探して、考えて、実践する。言われても、それは身にならない。僕は何か言ってくれる人がいなかったので、今の若い連中には伝えたいと思っていた。が、自分で答えを見つけることで、大きなプラスになると今は思えている。見つけてほしい。自分なりの「考え方」。そして「その答え」を。


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俳優の卵たちの応援をやめた理由。自分の力で気付くことの大切さ? [映画業界物語]

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俳優の卵たちの応援をやめた理由。自分の力で気付くことの大切さ?

その昔、もう15年以上前になるが、毎月、フリーのワークショップをしていた。俳優の卵たちは貧しかったこと。彼らが事務所で受けるレッスンが何の役にも立っていないこと。とてもやる気があるのにどうすればいいか?分からない子たちが何人もいて、放っておけなくてワーックショップをしていた。

が、演技力以前に、俳優とは何か?が分かっていない子もいて、芸能界のルール以前に一般常識も欠けている連中もいた。それでも俳優になる夢は本物で足掻き続けていた。僕も真剣にかかり、実力を付ければ自分の作品に出演させよう。と考えていた。ただ、以前書いたように、オーディションのチャンスがあっても

「バイトあるので行けません」

という奴がいた。そんなときは速攻で呼び出して説教。皆、しっかりと説明すると、理解した。小さなチャンスがどれだけ大事か? 大きなチャンスがいきなりやって来ないこと。プロデュサーが「君は才能ある。次回作に出したい!」なんて言って来ないこと。自分から実力を示さないといけないこと。分かってくれた。

それでも、若き俳優の卵たちは潰れて行った。恋人と揉めて落ち込みやる気をなくしてしまう。バイトバイトに明け暮れ何もしない。演技よりも友達付き合いが大事。何度レッスンしても延びない。

夢を諦めた訳ではないが、病気で続けられなくなった子もいた。そうして1人消え、2人消え。数年で誰もいなくかった。1人だけ今もバイトしながら、俳優らしきことを続けているが、エキストラ的な仕事しかしていない。

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時間を使い応援、飯を食わせたり、別の監督を紹介したり、オーディションにも送り込んだが、誰もその成果を出していない。僕の作品に出た子たちもいたが、その後は全然ダメ。そんなとき知り合いのマネージャーから言われた。

「僕らの事務所には何百人という俳優志望の子たちがいます。レッスンをさせ、特訓し、いろんな経験をさせ、育てて行きます。でも、その中で売れるのは何百人に1人。ほとんどがダメになります。監督が応援していた子たち、10数人しかいない。全員が諦めたのも当然ですよ。

それが普通。監督は監督なのですから、俳優を育てる仕事ではありません。それは僕らの仕事。いずれ夢破れ去って行く子たちに時間を裂くより、いい作品を作ることに時間を費やしてほしいです」

そうかもしれない….。当時はVシネマ、深夜ドラマ、のような仕事しかしていなかった僕も、やがて劇場映画を撮り、映画監督デビュー。経済的には苦しかったが、怒濤の戦いで5本の映画を撮った。企画、脚本から、監督、編集、宣伝までするので、とにかく忙しい。若い子たちの応援ワークショップをする余裕もなくなり、10年以上が過ぎた。

その後も、若い俳優たち、俳優の卵、とは出会った。彼らもまた、熱い思いを抱え、がんばっている。が、良かれと思いバカなことをしたり、せっかくのチャンスを逃したりしている。あるとき、見かねて、その1人にメールした。ら、

「じゃあ、どこが問題なのか? メールしてください」

と返事が来た。ま、昔なら飛んで行って説教!だが、今は映画制作で常に多忙。それを彼は知っている。Facebookを見ていても分かるだろう。

また、僕は彼の師匠でもなく、マネージャーでもない、身元引き受け人でもない。そんな相手にメールで問題点を書いて送れというだろうか? 医者にメールして、自分の病状を詳しく知らせてくれというようなもの。


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その件を含めて、最近思うことがある。あれこれ言ってもダメな奴は延びないし、出来る奴は言わなくても延びて行く。僕が元々ダメな奴だったので、それでもあれこれ考えて、この業界で生き延びきた。だから、ダメな奴を見ると応援したくなるが、アドバイスして、説教して、飯を食わせて、応援して、飛び立った奴はいない。

努力の仕方が間違っている。そして、俳優という仕事への勘違い、思い込み、過大な期待、演技より有名になりたい思いを優先。恋人と揉めたら芝居ができなくなる。

つまり、演技論やレッスンではなく、人間としての問題を解決することが先!ということが多い。僕があれこれいうべきではない。考えた。例えば僕が説教する。

「有名になりたいーでは俳優になれない」「小さなチャンスを繋いで大きなチャンスに繋げる」

理屈では納得する。が、同じ失敗を繰り返す。これは親子関係と同じだと思えて来た。親は細かいことをあれこれ言う。子供は「うるさいな」という。子供が「俳優になりたい」という。親は「無理だ。現実を見ろ」という。子供は納得しない。

これと同じ構図かもしれない。ま、内容は真逆なのだが。共通すること。言われても子供たちは分からないということ。学ぶとはどういうことか? 言葉で言われたり、文章を読んだりということはある。

が、多くは体験から学ぶのだと思える。痛い目に遭う。苦しい思いをする。バカを見る。ダマされる。利用された。そんなことがあって

「やってられないな!」

と諦めるのなら、その程度の夢だ。それでも続ける。やめられない。じゃあ、どうすればダマされないのか? チャンスを生かせるのか? そこから反省し考えてこそ、飛び上がれる。その屈辱の体験が大きなプラスになる。俳優を目指す者だけでなく、ミュージシャンでも、作家でも、画家でも、漫画家でも、いや、商売だって、職人だって同じだろう。


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特に若い子はちょこちょことやって、早く有名になりたい!というタイプが多い。だから1年がんばってダメなら諦める。それはもともと真剣ではなかったということ。もし、そこで

「1年じゃ無理なんだ。5年がんばってみよう!」

と思えれば可能性がある。やはり僕が1人1人を応援し、説教してまわることに大きな意味はない。牧師ならそうやって1人1人を説いて回ることも意味あるかもしれない。が、本来の仕事は映画監督。

よく知る若い連中が明らかに間違った方向に努力しているのを見るのは辛い。が、それで1年を無駄にするのを止めるより、1年も月日を無駄にしたことで後悔して、次の1年を有意義なものにできるなら、その1年は無駄ではない。

そこを親心で、無駄にしないように、間違わないように、うるさくいうことに意味がないと思えて来た。だから今は若い子たちに直接応援はしない。ただ、何かのヒントになるように、Facebookやブログではその種の記事を書いている。それを読み、何かに気付いてくれれば嬉しい。

あと悲しいのは俳優という職業を目指しながらも「覚える」ことしかしない長年の教育で、多くが「考える」力がないこと。結構有名な大学を出た子でも、その力が乏しい。

どの業界にも、どの世代にも言えることだが、「考える」ことに気付かなければ、この混迷の時代は生き延びることができない。新しい情報を得て、そこから道を考える。

結局、この問題もそれが答えだと思える。1人1人の応援はしないが、俳優を目指す人たち。何とか自分なりの道を見つけ、夢を掴んでほしい。



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