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「明日にかける橋」はなぜ地元で9週間ものロングラン上映を実現できたか? =地方映画が陥る5つの問題点を全て超えた地元メンバーの努力と奮闘とは? [地方映画の力!]

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「明日にかける橋」はなぜ地元で9週間ものロングラン上映を実現できたか? =地方映画が陥る5つの問題点を全て超えた地元メンバーの努力と奮闘とは?

ロケ地のひとつ磐田市での映画館公開。つまり、自主上映や貸し館上映ではない。いわゆるロードショー公開が終了したので、今回のプロジェクトを総括してみる。

「明日にかける橋」は地方映画だ。地元有志が集まり、寄付を集めて故郷をアピールするために作った作品。その種の映画はもう10年以上前から各地で作られているが、ほとんどが地元上映のみで終わる。それが「明日」は全国の映画館。そして地元でも日本最大級の映画館チェーンであるTOHOシネマズで公開。9週間ものロングラン・ヒットとなった。

通常は1日〜2日の上映だ。せいぜい1週間。それも映画館ではなく市民会館等の公共施設。なぜ、数日しか上映しないのか?というと、関係者しか観に来ないからだ。せいぜい数百人。千人行けばいい方だ。ではなぜ、関係者のみ?しか観ないのか? 

(1つ目の理由)

宣伝をしっかりとしない。地元関係者は自分たちが*月*日、市民ホールと、主催者側なので把握している。当然、市民が分かっていると思い込む。新聞広告、テレビスポット等はもちろんできない。街角にポスターを貼るくらい。でも、多くの市民はそれが地元映画とは気付かず、上映日に映画を観ることができない。

(2番目の理由)

製作の目的が「故郷のアピール」なので、町の観光名所を紹介するような映画になりがち。「他県の人が観たときに、わが町の魅力を知ってもらうため」と考えるのだが、それではPR映画。自画自賛である。それは都会のアンテナショップで見せるべきもの。それにストーリーが着いているだけ。

関係者は完成して嬉しいので観る。が、市民には自分たちの町のPR映画を観たいと思わない人もいる。事情通はその手の映画は本当に退屈で、自画自賛に陥りがちなのを知っているから観に行かない。こうして、関係者と一部の市民(宣伝で日時を知った上に、地元が映っているなら観たいという人たち)しか会場には来ない。だから、市民会館1日で十分なのだ。

(3番目の理由)

地方映画のほとんどは低予算。当然、有名な俳優は出演してくれない。市民がその映画を知る。「どーせ、PR映画だろ?」と思っても、有名な俳優が出ていると、「え?こんな凄い人が出てるの?」と興味を持ち来てくれたりする。が、地方映画に有名俳優はほとんど出演しない。低予算なので十分なギャラが払えないからだ。そして、マイナーな地方映画に出ると、落ち目かと思われる可能性もある。「仕事がないからそんな映画に出る」と言われる。イメージダウンだ。

ただ、地元出身の俳優は出演してくれることがある。或はかつて人気があったが、今は仕事がない俳優。そんな人が特別ゲストという形で、1シーンだけ出演というのはある。ただ、通常は有名俳優は出演したがらない。そのために地元の人で映画に興味を持てない人も多数出てしまう。

(4番目の理由)

先の3つと関係するが、ストーリーが極めて凡庸であること。一番多いタイプが、これ。

「都会で挫折した主人公が故郷に戻って来る。そこで昔の友人や近所の人たちの優しさに触れ、仲違いしていた親と和解。親の仕事を継いで町で生きて行こうという結末」

その手の地方映画はほんとうにたくさんある。或は町の有名人の伝記映画。「あの人は本当に偉大で、町のために尽くした」という物語。いずれにしても、関係者以外は興味を持てない題材。結局、観た人の感想を聞いて「私も観たい!」とは思わないから、1日以上上映しても客足は増えない。

(5番目の理由)

地元で製作費は集めた。東京のプロを雇って撮影。でも、低予算。京都、奈良のような魅力的な町でもない小さな田舎町でロケ。おまけに地元から、あれこれ注文を着けられる。「あの公園。あの店、あの港、あのお寺で撮影してほしい」「町の名産の***を食べるシーンを作ってほしい」「俳優さんにこれはうまい!と言わせてほしい」町側はPR映画と思い込んでいる人が多い。要求を聞き、スタッフはどんどんやる気をなくす。

結局、指定された場所で、町の名産を食べるシーンが意味なくあり、観光地を紹介するのに都合のいいストーリーになり(意味も無く観光地を歩くシーンや歴史を紹介する場面がやたら出て来る)シナリオも退屈なものになる。ギャラもかなり安い。監督も「適当に早く撮って終わらせたい....」と考える。そうして町の人たちだけが盛り上がり、スタッフは最低限の仕事だけしてさっさと帰京。そんな形になることがとても多い。町側は

「俺たちが金を出すんだから、言われた通りにやってもらわないと!」

と思っているが、彼らは映画作りを知らない。また「町をアピールしたい」という立場から離れられず、他県でその映画を観る人の気持ちを想定しない。CMと映画を混同している。CMならその製品の魅力を連呼するだけでも成立する。それでも最近のCMはムードやセンスを大切にし、効能ばかりを訴えるものは少ない。そんな映像業界を知らない町の人たちが主導で進めるので、どうしてもPR映画しかできない。

また、プロのスタッフも、そんな人たちを説得して、「他県でも観たくなる物語を作りましょうよ!」とは言わないし、言えない。低予算映画のオフォアーを受けるような監督は、いつも与えられた映画を言われた通りに撮るだけの仕事をしている。また地方映画のあり方も分からない。

大林宣彦監督の「尾道シリーズ」はなぜ大ヒットしたか? なぜ、多くが尾道にロケ地めぐりに訪れたか?を研究したりはしない。結局、言われた通りに撮影する。もし、それを理解する監督でも、地元から「金を出すのは俺たちだ。言う通りに撮ればいい!」とか武闘派のオヤジがでしゃばり、実現不可能なことをあれこれ言い出して、やる気をなくして行く。

以上のことが背景となり、有名俳優は出ない、スタッフもやる気がない、平凡なストーリーで、地元の観光地を紹介することがメインのPR映画が完成する。当然、地元関係者しか観ない。どうせPR映画だろ?と思う地元の人は観ない。1日で関係者は観てしまう。東京の映画館に交渉。商業映画になっていない=動員が期待できないと断られる。無理矢理お願いしてレイトショーで1週間。当然、客は来ない。それを知った大都市の映画館は敬遠。地方も右に倣え。結局、地元で1日上映で終わるのだ。

今回の「明日にかける橋」の地元メンバーが凄いのは、上記の問題点5つを全てクリアーし、映画を完成させたこと。だからこそ、地元で9週間のロングラン。東京、大阪、名古屋の一番館での公開。そしてヒット。さらに地方の映画館でも公開。いずれも、市民ホール等ではなく、ロードショー館である。本当に素晴らしい。

事前に、問題点を勉強、把握。皆でルールを作り、行動したこと。他にもいくつも条件が揃ったことが成功の要因だ。単に映画を宣伝の道具と考えるだけではなく「映画が好きな人」「映画に詳しい人」「撮影に参加した経験がある人」がメンバーにいたことも大きい。いくら地元の大企業社長がメンバーだったとしても、映画というものを知らずに、それこそPR映画と思い込んで行動すれば、先の問題点を実践することになってしまう。また、頭の固いオヤジがいて、映画制作なのに、自身の業界や会社の理屈を押し付けると、トラブルの連続だ。

また、この手の地方映画の場合。恩恵や利益を求めて、いろんな人たちが近づいて来る。製作費をピンハネ。儲けを横取り。手柄を独り占め。或は映画に対する思いは全くなく、自身の知名度上げるために映画を利用する人たちもいる。だが、今回のメンバーは驚くほど純粋に、故郷を愛し、映画作りを楽しみ、スタッフや俳優を立ててくれた。目先の利益を求める要求や映画人の思いを踏みつける提案は一切なかった。

その姿勢。その熱い思いに打たれ、決して高額でない製作費であっても、スタッフは全力で撮影にかかり、第一線で活躍する大物俳優、有名俳優も出演してくれたのである。

「この映画は地元の自己満足のPR映画ではない。全国の人に見せるべき、素敵な作品を地元の人たちは作ろうとしている」

そう感じたのだ。観客の多くは感動し、涙を流し、ネットでも評判が広がった。自己満足のPR映画ではなく、大企業が作る通常の映画と同じレベルで楽しんでくれたのである。この文章を読めば、

「そりゃそうだよ。PR映画を入場料払って映画館まで観に行かないよ」

というかもしれない。が、多くがそこに陥ってしまう。映画作りの経験もないのに、あれこれ自分たちの論理を押しつけ、スタッフのモチベーションを落としてしまうのだ。その意味で、今回の成功、一番の理由は地元メンバーの「努力」と「愛」と「奮闘」なのだと思える。

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「明日にかける橋」地元上映は今週いっぱいかも?=でも、次なるイベントも準備中! [地方映画の力!]

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「明日にかける橋」地元上映は今週いっぱいかも?=でも、次なるイベントも準備中!

地元での映画館公開もいよいよ終盤。今週金曜日で終了という感じがしている。メジャーな企業映画でもむずかしい8週間上映。大ヒットとなった。このあとも、各地の映画館で上映が予定されているが、第3章もいよいよ完結という気がしている。

第1章は委員会の立ち上げから、製作費集め、第2章が映画撮影〜完成まで。そして第3章が宣伝〜映画館公開。2章はスタッフ&キャストが中心に進むが、3章からは地元の方々と配給会社が中心。宣伝活動も僕はお手伝いするという形。そして第4章はそれ以降。非劇場上映=つまり、自主上映やレンタル上映。地元の方々が中心に活動することになる。

テレビ放送やケーブル、衛星放送なども可能性が出てくる。こうして作品はさらに多くの人たちが見て行くことになる。が、第3章の映画館公開でどれだけヒットしたか?が大きく、そこで知名度を上げることで、テレビやケーブルで放映されたときも「あーあの映画だ。観たかったんだ〜」と思ってもらえる。そして、いろんなイベント。

あれこれ考えていて思うのは、やはり地元製作委員会の皆さんの活躍だ。すでに上映終了後には「明日にかける橋」ロケ地巡りバスツアーを企画。準備を進めているという。素晴らしい! というのも、この手の地元映画は作ったらおしまい!ということがとても多い。映画の宣伝さえせず解散ということが本当に多い。それをちゃんと宣伝して、大ヒットさせて、さらにその後の展開まで!

そもそも、地方映画は地元をアピールすることが目的。映画が出来て終わりではない。宣伝をしてより多くの人に見てもらうことが大事だが、多くの地元はそれに気づかない。上映が終わったら「さあ、日常に戻るか〜」となりがち。でも、映画というのは映画館でやるだけでなく、いろんな活用ができる。地元の中学校で上映する。市民ホールで上映する。ただ上映するのではなく、学校なら生徒たちに感想文を書いてもらう。

ロケ地がいくつ分かったか?クイズをしてみる。それぞれのロケ地はどんな場所なのか?学習。地元を知るとてもいい機会だ。実際、僕の監督作の1つ「ストロベリーフィールズ」ではロケ地となった中学校の生徒たちが自由研究で、ロケ地巡りをして、大きな地図を作成。ロケ地の説明。写真も添えて壁新聞を作り文化祭で張り出したりしている。単に地元を知ろうといっても生徒たちはピンと来ないが、映画があることで、強い興味を持ったという。

そんなふうに映画を使った地元学習も可能。映画館まで行けないお年寄りを集めて巡回上映をするとか。考えると、いろんなことができる。にも関わらず、まったく活用できない街もある。後輩がある県で作った地方映画。地元の人たちの寄付で作りながら、宣伝もせず、映画ができたら、委員会メンバーは地元出身の代議士を訪ね「町おこしのために映画を作りました〜」と挨拶???後輩はいう。

「要はそれが目的。町おこしにがんばる**さんと、議員先生にアピール。名前を覚えてもらいたかったんですよ。だから、映画さえできればオーケー。宣伝もしない。市民に見てもらわなくてもいい。大先生に近づければいい......本当に町おこしをしようとしたわけではないんです......情けない....」

もったいない話だ。せっかく映画を作りながら活用しない。何千万円分もの対費用効果があるのに、作った映画を蔵に入れて鍵をかけるようなもの。映画は活用してこそ効果を発揮する。だが、映画に詳しくない地元の方々には、その発想がないことが多く、選挙と同じように「応援する」=>「当選」=>「見返りを求める」そんな構図を重ね自分たちにメリットに繋げようとしたのだ。

後輩の例だけでなく、そんなケースは数多く聞く。それだけに今回の「明日」委員会のおばちゃんたち(おじちゃんたちもいます)は本当に凄い。映画公開が終わらない内に、ロケ地巡りツアーを企画。12月に実施するという。最近は映画のロケ地を訪ねることが聖地巡礼といい、遠くからロケ地を訪ねてくる人が多い。地元に住むなら簡単に行けるわけだし、知った場所でも映画を見たあとで訪れることで違って見える。

そこで故郷の魅力を再確認することができる。俳優たちが感動ドラマを演じたと思うだけでも、見慣れた風景がとてもドラマティックに見えてくるはずだ。近々、告知があると思うので、参加したい方は委員会のHP等をチェックお願いしたい。でも、まだ、今週はららぽーと磐田で「明日」は上映中。まだ見てない方。もう一度観たい方はぜひ!


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映画宣伝の極意。SNSで拡散。やるとやらないで大違い! [地方映画の力!]

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映画宣伝の極意。SNSで拡散。やるとやらないで大違い!

映画の宣伝というとテレビのスポットや新聞広告を思うかもしれない。が、それらは莫大な費用がかかる。インディペンデント映画ではとて出来ない。が、Facebook、Twitterを使えば無料で宣伝ができる。

例えば独立系で大ヒットした映画「野火」(塚本晋也監督)は公開前だけではなく、上映中も毎日、何度もツイートを発信していた。そのことで今、どこで上映しているか伝わる。「今時の客はHPを観て時間調べる人は少数派。上映時間や場所までツイートして上げないと映画館に来てくれない」と「野火」の宣伝担当の方から教えてもらった。

だが、これがなかなか出来ない。無料で発信できても、1日に何度もとなると手間がかかる。その手間を惜しむ人が多い。宣伝会社でも公開前日に1通くらい。社員なので他にも宣伝する作品を数多く抱えているからだ。地方映画の場合も地元実行委員会の人たちは堅気なので朝から晩まで仕事。無料で宣伝できるのにSNS発信をしないことが多い。忙しいだけでなく、宣伝の重要性を理解していないケースもあるからだ。

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だから、毎回、僕自身が率先して毎日、10回以上のFacebook記事とTwitterを発信している。下手な宣伝会社のアカウントより僕の「友達」や「フォロワー」の方が多いので効果あり。でも、地元にはあまり浸透しない。地元市民で「友達」「フォロワー」は製作委員会メンバーが中心。その人たちはすでに情報を知っている。それ以外の人に伝えることができない。

が、今回は地元メンバーの多くが僕の記事をシェア、リツイートしてくれる。これなら地元でも情報拡散。3倍4倍の効果がある。さらに、地元メンバー自身も記事を書きツイートをしてくれる。それも毎日だ。その繰り返しが今回の「明日」大ヒットに繋がっていると思える。

これがなかなかできない。先日紹介した後輩監督の地元でも、委員会メンバーがなかなかそれをしてくれないと嘆いていた。Facebookの「シェア」なんてボタンをクリックするだけなのに関係者は「いいね」ばかり押すという。それで応援しているつもりになるのだが、ほとんど意味がない。

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「いいね」は「陰ながら応援しています。いつも記事読んでますよ」というのと同じ。何かそこに日本人の体質も見えてたりする。「消費税値上げは嫌だ!」「戦争法案ダメだ!」と思いながらも口には出さず、デモにも参加しない。具体的なアクションは起こさない日本人。行動するのは一部の人だけ。

デモに行けというのではない。自分たちが作った映画。自分が感動した映画。多くの人に伝えたいという気持ちがあるなら「いいね」ではなく「シェア」をしてほしい。でも、今回の「明日」地元メンバーはそれをしてくれている。とても大きい。それは単に地元市民に上映情報を伝えるだけではない。

上映していない街。すでに上映が終了した街の人たちにも「明日にかける橋」は「まだ上映していますよ」「8週間のロングランですよ〜」と伝えることができる。もちろん、その人たちは近所で「明日」を見られる訳ではなく「へーー凄いなあ」と思うだけだが、のちのち、DVDが発売されたとして、衛星放送で放映されたとき「あ、あの映画だ。観てみよう」と思ってくれる。

また、そこから興味を持ち、検索する。「へーー明日にかける橋って市民が作った映画なんだ。それもおばちゃんたちが中心。静岡県かあ、ふ、く、ろい...って街が舞台? あと、磐田、森町?へー初めて聞く地名だなあ」ということで、街もアピールできる。単に映画情報を発信する以上の効果があるのだ

だから、Facebook、Twitterで情報発信は、とても意味がある。関係者の皆さん。ガンガンお願いします。これは地元で「明日」を上映している間が有効。その間に全国に映画とわが町を伝えよう。おーー。



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なぜ、自分たちの街で映画を作りながら、街の人たちは宣伝しようとしなかったのか?=後輩監督からの相談 [地方映画の力!]

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なぜ、自分たちの街で映画を作りながら、街の人たちは宣伝しようとしなかったのか?=後輩監督からの相談

僕と同じように地方映画をよく撮る後輩監督がいる。先日、電話をくれた。

ー「凄いですね。太田さんの映画。『明日』の宣伝、FacebookやTwitterでいっぱい出てますね?」

そう。地元実行委員の方々が毎日発信してくれている。これはとても大事。というのも地元の人は「あの映画。その内に見に行こう!」と思いながら、忙しくて忘れてしまう。いざ、時間ができたときに「さて、今日はどうするかな?」と完全に忘れている。そんなときFacebookやTwitterで情報が流れてくれば「あーこれこれ、観たかったんだよな。今日、行くか?」ということになる。

ー「そうなんですよね〜。なのに僕が映画を撮った街では委員会メンバーは何もしないんですよ...」

よく聞く話だ。映画を作った市民たちが完成したら「終わった。終わった!と、日常に戻ってしまい、宣伝もせず、観客気分で映画の公開を待っている。

ー「まさにそれですよ!市民はみんな映画のことを知っているから映画館に来るよ!とあっけらかんというんです。でも、蓋を開けたらガラガラ。観客が1桁。だって宣伝してないんだから客が来るわけないんですよ」

理由はこう。自分たちは映画がいつ、どこで上映されるか?を知っているー委員会メンバーなんだから当然ーが、一般の人は知らない。その知らないことに気づかない。同じ街に住む自分たちが知っているから、当然知っていると思い込む。だから、何もしない。

ー「その上、映画に関係していない人たちが、客が入らないのは映画が詰まらないからだ。なんていい触れまわるんですよ。ムカつく〜」

その意見はおかしい。彼の映画は試写会をしていない。やって評判が悪いのならとにかく、いきなり映画館で公開して客入り悪いのは映画が詰まらないからにはならない。そのケースは明らかに宣伝不足。映画の存在は多くの市民が認知しているのだから、どこの映画館、いつから?が伝わっていないだけだ。

ー「そうなんですよ。なのに委員会メンバーは『何で客来ないんだろうね?おかしいなあ』とか言って、やっぱ映画が詰まらないのかな〜なんて批判を信じたり。自分たちが宣伝していないことに気づかないんですよ!」

ただ、一般の人。これだけ宣伝が渦巻く時代に生きているのに、宣伝の意味や効果を理解していないことが多い。(だからこそ、大手広告代理に乗せられ、誘導されてしまうのだろう。今の時代でも)逆にいうと、あまりに宣伝が多すぎて、その中で暮らしているので、宣伝は当たり前、誰かがやってくれるものだと無意識に思い込んでいるのだろう。

ー「あーそんなところはありますね。皆、その重要性に気づいていない。宣伝しましょうよというと、皆、今忙しくて時間ない...というんです。宣伝活動が嫌でいう感じじゃない。もう映画できたし、まだ何かするの?って感じなんです」

これも一般の人たちにありがちなんだけど、最初は「映画作るぞ!」と、がんばる。完成したら「できたー」と思って終了。本当はそれからが勝負なんだけど「終わり!」と思ってしまう。別の例でいえば、村で新種の米を育てた。とてもおいしい!で終わり。それを出荷して地元の人。他県の人に食べてもらうことが大事。それこそが目的。なのに、米できた~で完結するのと同じ。

ー「まさにそれですよ。説明したんですけど、皆、よく分からないーという顔で、何なんでしょう?」

これはどこの街というより、日本人全体がそうなんだけど、そして僕がいつも言うことなんだけど、上から与えられたことしかしない。日本の教育はそれ。与えられたことをするだけ。できたら、次はどうするか?を考えない。また上から「次はこれをしてください」と指示が来る。そうしたら動く。

会社に入っても指示されたことをすればいい。その次、そのまた次。それによって何が達成されるか?そんなことを考えなくてもいい教育。上から言われたことをするだけ。だから、優秀な人でも次を考える人が少ない。そんな教育が影響していると思える。

ー「そうなんですかね? 委員会の人は街ニューリーダーと呼ばれて地元アピールに力を入れているのに、映画完成してそれを活用できていないんです」

もうひとつ言えること。その手の地方映画はよく作られるが、映画製作をしっかり勉強せずにやっていないことが多い。また、安易な発想でかかる。以前にも書いたが『市民に協力してもらったから、市民には無料で見せよう』と無料上映会をする。収入はゼロ。その後、県外の映画館で上映ーそれこそが地元アピールの場ーするときになり宣伝費がない。入場料を取れば宣伝費ができたのに....で、地元上映だけで終わることがよくある。市民協力=>無料上映。これでは地元で全て完結してしまう。

ー「ああ、僕の映画も近いことありましたね。委員会メンバーは地元企業の二代目とか、市会議員とか、会議所のメンバーとか、凄い人ばかりなんですよ。映画を勉強しなくても商売として考えれば宣伝が必要なことは分かりそうなもんなんだけどなあ」

でも、その手の人は勉強せず。何かというと市だ、県だ、東京の企業だ。マスコミだとそういうものに頼りたがる。自分たちで考えて行動しない。プライドは高いのに、大きな力に頼りたがる。補助金だ。緩和だ。特別会計だ。そして恩恵をほしがる。楽して利を得たがるところがあるように思える。

その典型が原発誘致。過疎化が進む。村の収入が減る。どーする。国に何とかしてもらおう!原発? 補助金が出る? いいねー。原発を引き受ける。そのリスクには目をつぶる。数年後にはまた財政困難になり2号機申請となる。

ー「そうなんですよ〜。ほんと愚かだなあ。なのに太田さんが映画撮った街。特に今回は凄いですね? 多くの人たちがFacebookやTwitterで情報発信している。僕も地元の人たちに頼んだんですが、皆、なかなかやってくれない。何度も頼んで、ようやく1回ツイート。1回じゃダメなんですよ宣伝は!毎日しないと....」

その通りだ。毎日しないと意味がない。それこそ朝昼晩と1日3回以上しないとダメだ。なぜ、たった1回のツイートをしただけで「宣伝。もうしたよ!」と言えるのか? これも先と同じ。マスコミ関係でない仕事をしている多くの日本人は宣伝というものを把握、活用できていない。だから後輩監督がいくら頼んでも「宣伝。必要あんの?心配性だな。客は来るよ...」と思い動こうとしないのだ。

ー「だから、せめて僕だけでもと1日に10回くらいFacebookとTwitterで情報発信しているんですけど、地元の方はそれをシェアしたり、リツイートすることもしない。そのくせ『監督。がんばってるなあ!応援してるよ』なんていう。あんたらの街をアピールする映画でしょう?お前らががんれよ!と言いたくなる。それに比べて太田さんがロケした街の人たち。凄いなあと思うんですよ。それもメンバーはおばさんばかりでしょう?」

いえいえ、おじさんもおりますが...

ー「大したもんですよ。だから5週間も上映が続く(注・この段ではまだ5週でした。今は7週目)なんてありえないですよ。地元映画なんて普通は1日ですよ。その上、全国でも公開されてるでしょう? 東京はスバル座だし。やっぱ、そのおばちゃんたちが優秀なんですよ!」

おじちゃんもいます...。

ー「ちゃんと映画製作を勉強して、完成が終わりじゃない。そこからスタートなんだと分かっていたですね?」

はい。皆さん。撮影前に勉強会からスタート、がんばってました。

ー「こちらの街はおじさんばかりだからダメだったのかな? 議員さんとか、組合の会長とか、***協会理事とか、偉い人がいっぱいいたのに....やっぱ、おばちゃんの時代かな?」

こちらにもおじちゃん。いますよ...。

ー「とにかく、凄い! 僕も、もう少しがんばってみます」

と後輩は電話を切った。そんな彼の映画。結局、地元の映画館で1週間上映しただけで終了。全国公開もできなかった。「誰かがしてくれるだろう」「国が、県が、東京の企業が」そんなことを言っていると結局、苦しくなるのは自分たち。どの街にもそんなことしか言わない人たちがいる。原発誘致も同じ。

自分たちの街のことは自分たちで考え、行動する。それを静岡のおばちゃんたちは実践したのだ。考えて行動すれば未来は変えられる.....あれ、どこかで聞いたセリフ。それをおばちゃんたちは証明したこと。改めて感じた。(もちろん、おじちゃんたちも)

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「明日にかける橋」おばちゃんたちが成し遂げたこととは?=未来を変えた主婦チームの功績 [地方映画の力!]

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「明日にかける橋」おばちゃんたちが成し遂げたこととは?=未来を変えた主婦チームの功績

何をいっても文句をつける友人がいる。古くからの付き合いだが、かなり捻くれている。今回の「明日にかける橋」の製作をスタートさせるときにも、こう言われた。

「地元のおばちゃんたちが映画作るぅ〜? 寄付を集めて? 政治家や企業の社長はメンバーにいない? それじゃ無理だな。金は簡単に集まるもんじゃない。現実は厳しいんだよ」

しかし、おばちゃんたちは製作費を集めた!

「どーせ、ロクでもない映画しかできないよ! いくらプロを雇っても素人は素人だ…」

完成した映画を観て多くの人が感動。完成披露試写会には3000人が訪れた。

「けど、地元で上映するだけだろ? 地方映画ってそれで終わるんだよ。自己満足だよ...」

東京で公開が決まる。

「でも、どーせ、小さな映画館だろ。客の来ない町の。それもレイトショーだな?」

有楽町スバル座で公開決定。1日3回上映。スバル座は昔の壱番館。名画を選び上映する老舗映画館である。

「ま、運がよかっただけさ。そこで終わり。全国公開はメジャー会社の作品でなければ無理だよ」

次々に全国の上映館が決まり、最終的には20館くらいになりそう。地元でも公開が決まった。

「どーせ、地元では1日2日だろ? 市民会館だな」

ららぽーと磐田ーTOHOシネマズで公開決定!日本最大の映画館グループ東宝の直営館である。

「せいぜい1週間の上映しかできないよ。それが映画界の基本。甘くないよ」

初日、2日目はチケット完売。現在。6週目の上映。大ヒットだ。

「地元だからウケているだけだよ。映画自体が評価された訳じゃない」

ロスアンゼルスの映画祭で特別賞を受賞。

「……………….でも、俺は……興味ないね…….」

彼と話すたびに笑いをこらえるのに必死だった。「どーせ無理」「世の中甘くない」口癖のいうようにいう人がいる。人の努力を否定ばかりしている奴がいる。友人はまさにそんなタイプ。なぜ、そんなことばかりいうのか?

彼は努力をしない、挑戦もしない。自分からは何もしない。だから自分が何もしないことに対する言い訳なのだ。「どうせダメだ」「無駄だ」「絶対に無理」だから自分は努力しない。行動しない。「だって無理なんだから!俺は現実を知っている。甘い考え方をしない。シビアな大人なんだ。夢見る甘ちゃんとは違うんだぜー」という意味なのだ。

何て寂しい人生なんだ。実は、真剣にかかれば、努力すれば、諦めなければ、できることはたくさんある。それを「明日」のおばちゃんたちは証明した。おばちゃんたちだけで製作費を集め、プロのスタッフと俳優を雇い、地元の映画館に交渉し、みんなで宣伝して、大ヒットさせた。多くの人が感動の声を上げた。多くの市民がおばちゃんたちに感謝した。

「私たちの町はこんな素敵なところなんだね...」

おばちゃんたちも途中で辞めよう、無理だ….と思うことがあっただろう。でも、諦めずにがんばった。「明日にかける橋」のテーマを思い出す。

「未来は変えられる...」

おばちゃんたちはそれを実践したのだ。友人はそんな凄い人たちと接したことがなかったのだろう。壁にぶつかるとすぐに投げ出す人たちしか知らなかったのだ。同じ意味で、今回、おばちゃんたちを見ていた町の子供たちは感じただろう。

「大人は無理だ、可能性が低い、やめた方がいいーすぐにそういうけど、おばちゃんたちは夢を実現した。私たちもやればできるのかも?」

おばちゃんたちは町をアピールする映画を作っただけでなく、子供たちに夢と希望も与えたはずだ。

ちなみに、先の友人も密かに映画を観たようだ。「意外によかったよ..…」と言っていた。そういう言い方をするときは感動したときだ。

日本各地で映画の上映は続く。おばちゃんたちの奮闘も続く。劇場公開が終わっても、まだ終わりではない。自主上映、レンタル上映、学校等での上映。DVD化、テレビ放送。まだまだ、多くの人たちに映画を観てもらうことが大事。がんばれ、おばちゃんたち!


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地元の人は「明日にかける橋」を3度目で感動する理由? [地方映画の力!]

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地元で作られた映画。地元の方は興味津々で観てくれる。「どこで撮影しているんだろう?」ワクワクしながら観るが、「全然、感動できなかった〜」という人がときどきいる。或は「ストーリーがよく分からなかった〜」という方もいる。映画が詰まらなかったのか? 難解だったのか? 

そうではなく、地元の人は通常の映画とは違った見方をしてしまうからだ。本来は「ストーリー」を追う。「結末はどうなるのか?」想像する。主人公に共感。応援したくなる。ところが、地元映画の場合。地元の方の多くは「どこで撮影されているか?」をまず観てしまう。「え?ここ、どこ。あ、三丁目の公園だ! 映画で観ると立派ねえ〜」「あ、ここ知ってる。市役所の裏のお店。行ったことある!」と考えてしまう。

次に「あ、この人。鈴木さんだ! あーエキストラで出たんだ〜」「えー、川田君だー。台詞までしゃべってる〜」「山田さんまで、主人公と一緒の場面じゃん!」とか、友人に目が行く。さらに、出演をしている人は「あー私のシーン。カットされてないかな? 芝居が下手だから切られても仕方ないけど。次のシーンだよね。。。。どーかな??? あー出てる!!あーーアップになった〜ウソ〜」と思いながら観る。もう、お分かりだと思うが、

①町のどこで撮影されたか?気になる 
②友人が出ているのを探す 
③自分のシーンを確認する。 

この3つに集中してしまうので、ストーリーが眼中にないことが多い。物語が把握できなければ感動もできない。こうして地元の人には「感動できなかった」「ストーリー」が分からなかったという人が出てしまう。

では、もう1回観る。でも、出演している人は自分のシーンがカットされていなことを確認しているので、次は友人のシーンを確認する。他にも誰か知り合いが出ていないか探してしまう。結局、2回目もそれに集中してしまい、ストーリーが分からない。よし、もう一度観よう! こうして、やっとストーリーが分かり、感動した。泣けた!と思える。

まあ、大変だが、これも地元映画でしか味わえない体験だ。さらに!今回の「明日にかける橋」は昨年末の地元・完成披露試写会から再編集!2分長くなり、音響効果も全てリニューアルした。というのも、試写会を開いたホールと、今後上映される映画館では音響設備が全く違う。映画館のスピーカーシステムは非常に優秀。段違いなので、音と音楽は全て5.1chステレオで録音し直した。音楽もさらに2曲追加。オーケストラで録音してある。

シネコンのシステムで上映すれば、素晴らしい音と映像が体験できる。ラストの花火大会など、まるで会場にいるかのような臨場感。音が客席を取り囲むように流れる。先日も試写会と東京の映画館の両方で観てくれた方がこう言っていた。

「音が違うとこんなに違うとは思わなかった。10倍感動して、10倍泣けました。本当に凄かったです!」

なので、ぜひ、地元の方は地元のシネコンでご覧下さい。10倍感動します。そして、試写会を観てない方はぜひ、2度3度観てくださいね。3度目に超感動するはずですから。


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ボランティアで働いたから見返りをくれという人々。はあ? [地方映画の力!]

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地方映画の現場。市民が一生懸命に働いている。ほとんどがボランティア。映画によって故郷が全国にアピールされるのを願って、様々な形でプロのお手伝いをする。市民スタッフは交通費も食費も自腹。ギャラは当然なし。なのに朝から晩までお手伝い。仕事を休んで参加する人もいる。僕の映画もそんな方々が多いので、その熱い思いに、いつも頭が下がる。

だが、完成してから問題が起こることがある。後輩が監督した市民映画ではこんなことがあった。エキストラとして参加した人たちがこういう。

「俺たちはボランティアで映画出演したのだから、映画の招待券くらい配るべきだ!」

ギャラなしだから、せめて映画を無料で見せてくれというのだ。ある意味で、そのくらいのお礼をしてもいいかな?と思う人もいるだろう。だが、考えてほしい。映画館で映画を見ると1800円。つまり、その人たちは「1800円くれ!」と言っているのと同じ。ボランティアというのはギャラをもらわない。金品をもらわないという奉仕だ。それなのに1800円ほしいというのはおかしい。

ただ、彼らの意識としては現金ではなく、招待券という紙をくれと言っているだけだから、ボランティアだと思っている。が、現金だけでなく、一切のお礼をもらわないのがボランティア。最初に「ギャラはないけど、招待券をプレゼント」という約束があるなら別だが、ボランティアで!と言って参加しておいて、あとになって何かを要求するのは筋違いだ。また、撮影を手伝って招待券は出せない理由もある。

別の形で説明しよう。農家の手伝いで田植えをボランティアで手伝った。それを米が出来たとき「手伝ったんだからスーパーで売っている米をタダでくれ!」というのと同じ。入場券=米。物を要求するのもボランティアではない。そもそも、映画を作るのは制作会社=米を作るのが農家と同じ立ち位置。映画を上映するのは映画館=米を売るのはスーパー。作る側と売る側は別組織なのだ。

先のボランティの方は制作会社仕切りの現場でボランティアのお手伝いしながら、別会社である映画館の招待券をくれといっているのだ。米でいえばスーパーで売る米をタダでくれというのと同じ。流通は複雑。その辺の構図。一般の方に分かりにくく、撮影を手伝ったから映画館でタダで見せろという流通を超えた要求をすることがある。ま、そもそも、最初に約束がないのに、そんなことを言い出すこと自体が非常識である。


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また、映画の場合は故郷をアピールするためであり、市民であればすでに恩恵を受けている。言い換えれば自身が労働した賃金を町のアピールのために寄付するのと同じ。その上で「何か、くれ!」はやはりおかしい。赤十字に募金して、「何かくれ!寄付しただろう?」という人はいない。なぜ、そんな勘違いをする人が出て来るのだろう?

これはまず、アルバイトと混同している場合が多い。アルバイトをすればバイト料がもらえる。「それがもらえないなら何か別のもものを寄越せ」と。現金がもらえないのがボランティアだと思い込んでいる場合。物も現金ももらわないのがボランティアだ。でも、中にはこんな人もいる。

「以前にエキストラ参加した映画ではボランティアだけどTシャツをくれたよー。なぜ、今回は何もくれないのー!酷いー」

シャツは制作サイドのご好意。企業映画なので製作費に余裕がありシャツがもらえた。というより、本来はギャラをはらえる余裕があるにシャツで済ませたということが多い。でも、その人が次に参加した映画は市民映画。だから本来の意味でボランティア。企業映画と市民映画を一緒にして「酷い!」「ずるい!」「利用された!」と騒いでいたのである。

最初にエキストラを募集するときに、ボランティアであることは明示されていても「前の映画でシャツもらったのによ」と言い出す人が必ずいる。その背景にも何かすれば何かもらえるというバイト感覚があるのだと思える。市民映画は祭りに近い。祭りに参加したからとギャラ寄越せとは言わない。それは町の様々なことを祝う行事だからだ。神輿を担いだからとバイト料はもらえない。市民映画も同じ。町を全国にアピールするために、神輿の一端を担ぐのがボランティアなのだ。バイト感覚と、それに加えてこんな発想を持つ人が多い。


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「町をアピールするのは役所の仕事だろー! 俺たちは税金払っているんだからさあ」

そんな思いが背景にある。「何で市民の俺たちが?」という発想が町をアピールする市民映画というのが理解できないのだ。この発想は多くの日本人に根付いていて、何かあると「国がやるべき」「県に頼もう」「市が解決すべき」と自分たちは何もしない。

原発立地地区も同じ。町の過疎化が問題なのに自分たちで解決せず、「原発を誘致すれば莫大な交付金が出る!」と飛びつくことが多い。何でも政府頼み、県頼み。しかし、自治体も限界があり、税収も減っている。大きな組織は小回りが聞かない。企画して、実行するまでに何年もかかる。その間に時代や価値観が変わる。また、市民が陳情しても「出来ない理由」を探すことに、もの凄い労力を費やす職員も多い。その時間を解決に使えばいいのにと思うが、どこの自治体にもいる。

政府を見ても、役所を見ても、市民のためにスペシャルな何かできるというところは少ない。ただ、彼らを批判するだけでは何も変わらない。市民が自らの手で故郷のために出来る何か?をすることが早道であり、有効なのだ。そんなひとつが市民映画作り。その一端を担いボランティアでお手伝いして「金をくれ」「招待券をくれ」というのが、どういう意識なのか? もう分かってもらえたと思う。視野が狭く、自分のことで精一杯。何をやってもバイト感覚。故郷のことを顧みる余裕をなくしている人たちなのだ。

そんな方々にも「いかに意味ある活動であるか?」を理解してもらうことも、市民映画作りでは重要となる。ある意味で日本人の「お上頼み」の意識を変えること。自分たちの力で変えて行く活動でもある。どの町の市民メンバーもそんな問題と対峙しながらがんばっている。ただ、声を上げ変えようとする市民がいる町は、大きな希望がある。大きな翼を持つ街だ。がんばってほしい。


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「市がやるべきだ。それは国の仕事だ!」と何もしない市民。でも、小さな力は大企業を超える! [地方映画の力!]

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近年、注目されているのが町興し映画。聖地巡礼といって映画のロケ地を訪ねることがブームになっており、ヒット作の舞台となった町が注目されている。

「だったら、わが町でも映画を撮ろう!」

そんな動きが各地で起こっている。が、映画作りが大変ということだけでなく、同じ町の人たちの理解が得られないことが多く、苦労している方々がいる。

故郷のアピールがテーマであり、実行委員となった人たちのほとんどはボランティアで製作費を集める。交通費も食費も自腹。もちろんギャラも取らない。それらを経費にしていると、いつまで経っても十分な製作費が集らないからだ。そうして寄付を集めてまわるのだが、最初はなかなか理解が得られない。

「映画撮影?おもしろそう! 有名な俳優さんも来るの?」

多くの人は興味を示すが、寄付をお願いすると渋る人がどの町でもかなりいると聞く。これは花火大会と同じ構図。ある町の役所で働く友人に聞いたが、その町の花火大会は近隣の町の人たちを呼ぶことが目的だった。花火を見に来たときに食事をしてくれる。町の魅力が伝わる。宿泊してくれる。お土産を買う。何より経済効果が上がる。


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役所が主導で花火大会は行なうが、税金を使う訳ではない。全て市民からの寄付。3千万円くらいが必要。しかし、それが毎年なかなか集らない。花火大会というと皆「楽しみです」というが、寄付というと渋る。そもそもが町をアピールし、近隣の人たちを呼んでお金を落としてもらう。つまり、町の人たちが儲かるイベントなのに多くの市民が協力しない。役所の友人は言う。

「そもそも市民のための花火。皆、喜んでいる。だから続けているのに寄付しない。ほんとやり切れないすよ!」

同じことが映画作りにも言える。町をアピールし、観光客を呼ぼう。知名度の低いわが町をPRしよう!とボランティアで頑張っている人たちがいても「映画、面白そう!撮影見に行くね」というけど、寄付というと嫌がる人たちと多い。これは特定の町に限ったことではなく同じ話をあちこちで聞く。映画であろうと花火大会であろうと、故郷をアピールする。観光客を呼ぶためのイベント。なのに多くの市民はこう考える。

「市が観光客を呼べばいい」「映画は面白そうだが、寄付はしたくない」「町の財政が大変なのは知っているが、自分たちには何もできない」「税金を払っているんだから、市が映画をやるべきだ」

でも、考えてほしい。行政が本当に意味で市民のために何かをやってくれたことがあるだろうか? 今の政府を見ていればよく分かるが、総理の友達なら大学を作るのに200億円がポンと出る。犯罪まがいなことをやった官僚でも莫大な退職金をもらう。震災後の福島の復興より、オリンピックに力を入れる。ある町の市民はいう。「役所はできない理由を探すことに努力している!」そんな現状を見ていたらとても期待はできない。

そもそも、映画作りも花火大会も町のため市民のためのイベントだ。観光客が来れば儲かるのは食堂であり、商店であり、ホテルだ。今、日本の地方は本当に大変。農業も、林業も、漁業も不振。だからこそ町興し映画というのが注目されている。それをボランティアでがんばる人たちがいる。なのに「撮影は見たいが、寄付はしたくない」というのは、意識がとても低いのだと思える。


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市や国が何もしない理由のひとつは、組織が大きいとなかなか動けないこと。或は新しいことに取り組むのがむずかしいこと。その辺は多くの人が理解しているだろう。なのに「市がやるべき」「国の仕事だ」というのは責任転嫁をしているだけ、目の前にある町の状況を見ないで済ませているだけ。現実逃避。だから、楽しそうな撮影は行きたい。でも、僅かな額でも寄付は嫌だといってしまう。

もし、本当に映画が効果がないと思うなら寄付をしなくてもいい。しかし、町をアピールしたい、観光客に来てほしいという思いがあれば、市民の1人1人が考えて行動しなければ、町はどんどん錆びれてしまう。子供たちが故郷に誇りを持てなくなってしまう。観光誘致だけではなく、映画を作ることで、故郷をスクリーンで見つめることで、どれだけ自分の故郷が素晴らしい場所であるか?にも気付く。

なのに、多くの人は千円、1万円くらいを寄付する余裕があっても何か理由をつけて断り、現実を見ないようにしていることが多い。以前にも書いたが、そこに日本人特有の思いがある。「誰かがやってくれるはずだ....」「自分には力がない。何もできない......」そんな考え方が自身を封じ込めている。だから個人も、町も変わることができない。

でも、多くの人は気付いていないが、小さな力を集めることで、どれだけ大きなことができるか? 市や国では出来ない大きなイベントだって可能なのだ。僕が映画撮影をした町の人たちというのは、まさにそれを証明している。その気になれば出来る。毎回、ご一緒する地元の皆さんと映画作りをしていると、本当にそれを実感する。今回はたった3人のおばちゃんたちの思いからスタートした。それが大企業並みのプロジェクトとなった。諦めてはいけない。小さな力を集めれば巨大な力になり町をも変えて行くのだ。



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友人が「明日にかける橋」のロケ地・袋井市を旅行したとの連絡! [地方映画の力!]

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旅行が趣味というサラリーマンの友人。男性40代。彼から以下のメールが来た。嬉しいものだ。ご紹介する。

『お久しぶりです。太田さんが「明日に架ける橋」を撮ったということで、ロケ地の袋井て何があるのかなぁ、と思い、web見てみたら、可睡斎のひな人形展示のページが出まして。このひな人形軍団見てえなあ、と思って行ってきました。

おひな様のあまりの数の多さとディスプレイのインパクトに、笑ってしまいましたが…。可睡斎は他にも見所が多くて、3時間くらいいました。あとはだんごやマドレーヌで美味いのがあって、袋井すげーっ!て感じを受けました。

太田さんが映画撮ってなかったら、全く知らなかった町です。素敵な街を教えてくれて感謝!でございます』

可睡斎とおひな様は映画の中でも登場。お楽しみに。6月30日(土)〜有楽町スバル座で東京先行公開。特報=>https://youtu.be/GQvGqBhNHaY


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映画の宣伝。応援といい間違った情報を発信する人たち。注意すると激怒。そんなケースを紹介。 [地方映画の力!]

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「明日にかける橋」東京先行ロードショーが6月30日スバル座と決り、多くの方がツイートしたり、Facebookで告知してくれている。本当にありがたい。「明日」は大企業資本の映画ではないので、テレビでCMを流したり、大きな新聞広告を出したりする余裕がない。多くの皆さんの力を借りて情報を拡散することで、映画の存在を知ってもらう方法しかない。

ただ、毎回のことだが、間違った情報を発信する人もいる。ご本人は映画の応援と思って多くのツイートしてくれるのだが、それらの情報が間違っていることがある。注意すると「細かいことで、うるせえなあ。応援してやってるんだから感謝しろ。もう応援するのは止め!」と激怒される方もいる。

しかし、間違った情報を流すと好意だったとしてもネガティブキャンペーン。映画の足を引っ張ることになる。事実ではない情報を別の人が拡散したりする。結果、多くの人が迷惑する。実はすでにこの数日も、そんなツイートを見ている。なので、その辺のことを今回は説明する。

「6月30日公開」が正解。公開というのはその日から最低2週間は上映するという意味。あとは観客動員次第。それを「6月30日に上映」と書くと、30日だけ。1日だけ上映するということ意味になる。それを見て「7月1日なら行けたのに30人だけか?残念」と映画を見るのを諦める人も出て来る。「公開」と「上映」は意味が違うのでご注意。

「全国公開は9月」と書いている人も見かけるが、「全国公開は秋」が正解。一度も9月という話は出ていない。「秋」=「9月」と思われたのだろう。決まっていないことを情報発信して、それを知らない人が読むと「9月ね!楽しみ」と思い込み。実際は10月とか11月になった場合。「9月になったのに公開しない?オクラ入り? 上映中止か?」と思う人も出てくる。

一時は「6月全国公開」と書いている人もいた。が、6月30日東京公開。全国は秋以降というのが正解。これも「東京は6月に上映しているのにウチの町はやってない。東京以外の上映は中止になったんだな」と興味を失うことがある。そんなふうに映画を応援してくれる人。或は関係者が間違った情報を流すことで、映画を楽しみにしている人たちが映画を見るチャンスを失うことがある。

厳しく言えばデスインフォメーションであり、偽情報の拡散である。悪意があるならとにかく、応援してくれる人がそれをするのは本当に悲しい。また、ネット社会なので、その間違った情報を信じてさらに拡散してしまう人もいる。映画館で上映が続いていても、「もう終わった」と発信されたり、6月公開なのに「9月公開」と発信されたら、やはり多くの人が映画を見るチャンスを失う。

ただ、そのご本人に間違いを伝えると素直に「あーそうですか?すみません」という場合と「細かいことでうるさいなあ。もう応援しない!」と激怒。その後、本当にネガティブキャンペーンを始める人もいる。なので、もし、その種の間違った情報を流している方がいたら、親しい友人や関係者から優しく注意して上げてほしい。よろしくお願いします。


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