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ボランティアで働いたから見返りをくれという人々。はあ? [地方映画の力!]

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地方映画の現場。市民が一生懸命に働いている。ほとんどがボランティア。映画によって故郷が全国にアピールされるのを願って、様々な形でプロのお手伝いをする。市民スタッフは交通費も食費も自腹。ギャラは当然なし。なのに朝から晩までお手伝い。仕事を休んで参加する人もいる。僕の映画もそんな方々が多いので、その熱い思いに、いつも頭が下がる。

だが、完成してから問題が起こることがある。後輩が監督した市民映画ではこんなことがあった。エキストラとして参加した人たちがこういう。

「俺たちはボランティアで映画出演したのだから、映画の招待券くらい配るべきだ!」

ギャラなしだから、せめて映画を無料で見せてくれというのだ。ある意味で、そのくらいのお礼をしてもいいかな?と思う人もいるだろう。だが、考えてほしい。映画館で映画を見ると1800円。つまり、その人たちは「1800円くれ!」と言っているのと同じ。ボランティアというのはギャラをもらわない。金品をもらわないという奉仕だ。それなのに1800円ほしいというのはおかしい。

ただ、彼らの意識としては現金ではなく、招待券という紙をくれと言っているだけだから、ボランティアだと思っている。が、現金だけでなく、一切のお礼をもらわないのがボランティア。最初に「ギャラはないけど、招待券をプレゼント」という約束があるなら別だが、ボランティアで!と言って参加しておいて、あとになって何かを要求するのは筋違いだ。また、撮影を手伝って招待券は出せない理由もある。

別の形で説明しよう。農家の手伝いで田植えをボランティアで手伝った。それを米が出来たとき「手伝ったんだからスーパーで売っている米をタダでくれ!」というのと同じ。入場券=米。物を要求するのもボランティアではない。そもそも、映画を作るのは制作会社=米を作るのが農家と同じ立ち位置。映画を上映するのは映画館=米を売るのはスーパー。作る側と売る側は別組織なのだ。

先のボランティの方は制作会社仕切りの現場でボランティアのお手伝いしながら、別会社である映画館の招待券をくれといっているのだ。米でいえばスーパーで売る米をタダでくれというのと同じ。流通は複雑。その辺の構図。一般の方に分かりにくく、撮影を手伝ったから映画館でタダで見せろという流通を超えた要求をすることがある。ま、そもそも、最初に約束がないのに、そんなことを言い出すこと自体が非常識である。


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また、映画の場合は故郷をアピールするためであり、市民であればすでに恩恵を受けている。言い換えれば自身が労働した賃金を町のアピールのために寄付するのと同じ。その上で「何か、くれ!」はやはりおかしい。赤十字に募金して、「何かくれ!寄付しただろう?」という人はいない。なぜ、そんな勘違いをする人が出て来るのだろう?

これはまず、アルバイトと混同している場合が多い。アルバイトをすればバイト料がもらえる。「それがもらえないなら何か別のもものを寄越せ」と。現金がもらえないのがボランティアだと思い込んでいる場合。物も現金ももらわないのがボランティアだ。でも、中にはこんな人もいる。

「以前にエキストラ参加した映画ではボランティアだけどTシャツをくれたよー。なぜ、今回は何もくれないのー!酷いー」

シャツは制作サイドのご好意。企業映画なので製作費に余裕がありシャツがもらえた。というより、本来はギャラをはらえる余裕があるにシャツで済ませたということが多い。でも、その人が次に参加した映画は市民映画。だから本来の意味でボランティア。企業映画と市民映画を一緒にして「酷い!」「ずるい!」「利用された!」と騒いでいたのである。

最初にエキストラを募集するときに、ボランティアであることは明示されていても「前の映画でシャツもらったのによ」と言い出す人が必ずいる。その背景にも何かすれば何かもらえるというバイト感覚があるのだと思える。市民映画は祭りに近い。祭りに参加したからとギャラ寄越せとは言わない。それは町の様々なことを祝う行事だからだ。神輿を担いだからとバイト料はもらえない。市民映画も同じ。町を全国にアピールするために、神輿の一端を担ぐのがボランティアなのだ。バイト感覚と、それに加えてこんな発想を持つ人が多い。


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「町をアピールするのは役所の仕事だろー! 俺たちは税金払っているんだからさあ」

そんな思いが背景にある。「何で市民の俺たちが?」という発想が町をアピールする市民映画というのが理解できないのだ。この発想は多くの日本人に根付いていて、何かあると「国がやるべき」「県に頼もう」「市が解決すべき」と自分たちは何もしない。

原発立地地区も同じ。町の過疎化が問題なのに自分たちで解決せず、「原発を誘致すれば莫大な交付金が出る!」と飛びつくことが多い。何でも政府頼み、県頼み。しかし、自治体も限界があり、税収も減っている。大きな組織は小回りが聞かない。企画して、実行するまでに何年もかかる。その間に時代や価値観が変わる。また、市民が陳情しても「出来ない理由」を探すことに、もの凄い労力を費やす職員も多い。その時間を解決に使えばいいのにと思うが、どこの自治体にもいる。

政府を見ても、役所を見ても、市民のためにスペシャルな何かできるというところは少ない。ただ、彼らを批判するだけでは何も変わらない。市民が自らの手で故郷のために出来る何か?をすることが早道であり、有効なのだ。そんなひとつが市民映画作り。その一端を担いボランティアでお手伝いして「金をくれ」「招待券をくれ」というのが、どういう意識なのか? もう分かってもらえたと思う。視野が狭く、自分のことで精一杯。何をやってもバイト感覚。故郷のことを顧みる余裕をなくしている人たちなのだ。

そんな方々にも「いかに意味ある活動であるか?」を理解してもらうことも、市民映画作りでは重要となる。ある意味で日本人の「お上頼み」の意識を変えること。自分たちの力で変えて行く活動でもある。どの町の市民メンバーもそんな問題と対峙しながらがんばっている。ただ、声を上げ変えようとする市民がいる町は、大きな希望がある。大きな翼を持つ街だ。がんばってほしい。


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「市がやるべきだ。それは国の仕事だ!」と何もしない市民。でも、小さな力は大企業を超える! [地方映画の力!]

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近年、注目されているのが町興し映画。聖地巡礼といって映画のロケ地を訪ねることがブームになっており、ヒット作の舞台となった町が注目されている。

「だったら、わが町でも映画を撮ろう!」

そんな動きが各地で起こっている。が、映画作りが大変ということだけでなく、同じ町の人たちの理解が得られないことが多く、苦労している方々がいる。

故郷のアピールがテーマであり、実行委員となった人たちのほとんどはボランティアで製作費を集める。交通費も食費も自腹。もちろんギャラも取らない。それらを経費にしていると、いつまで経っても十分な製作費が集らないからだ。そうして寄付を集めてまわるのだが、最初はなかなか理解が得られない。

「映画撮影?おもしろそう! 有名な俳優さんも来るの?」

多くの人は興味を示すが、寄付をお願いすると渋る人がどの町でもかなりいると聞く。これは花火大会と同じ構図。ある町の役所で働く友人に聞いたが、その町の花火大会は近隣の町の人たちを呼ぶことが目的だった。花火を見に来たときに食事をしてくれる。町の魅力が伝わる。宿泊してくれる。お土産を買う。何より経済効果が上がる。


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役所が主導で花火大会は行なうが、税金を使う訳ではない。全て市民からの寄付。3千万円くらいが必要。しかし、それが毎年なかなか集らない。花火大会というと皆「楽しみです」というが、寄付というと渋る。そもそもが町をアピールし、近隣の人たちを呼んでお金を落としてもらう。つまり、町の人たちが儲かるイベントなのに多くの市民が協力しない。役所の友人は言う。

「そもそも市民のための花火。皆、喜んでいる。だから続けているのに寄付しない。ほんとやり切れないすよ!」

同じことが映画作りにも言える。町をアピールし、観光客を呼ぼう。知名度の低いわが町をPRしよう!とボランティアで頑張っている人たちがいても「映画、面白そう!撮影見に行くね」というけど、寄付というと嫌がる人たちと多い。これは特定の町に限ったことではなく同じ話をあちこちで聞く。映画であろうと花火大会であろうと、故郷をアピールする。観光客を呼ぶためのイベント。なのに多くの市民はこう考える。

「市が観光客を呼べばいい」「映画は面白そうだが、寄付はしたくない」「町の財政が大変なのは知っているが、自分たちには何もできない」「税金を払っているんだから、市が映画をやるべきだ」

でも、考えてほしい。行政が本当に意味で市民のために何かをやってくれたことがあるだろうか? 今の政府を見ていればよく分かるが、総理の友達なら大学を作るのに200億円がポンと出る。犯罪まがいなことをやった官僚でも莫大な退職金をもらう。震災後の福島の復興より、オリンピックに力を入れる。ある町の市民はいう。「役所はできない理由を探すことに努力している!」そんな現状を見ていたらとても期待はできない。

そもそも、映画作りも花火大会も町のため市民のためのイベントだ。観光客が来れば儲かるのは食堂であり、商店であり、ホテルだ。今、日本の地方は本当に大変。農業も、林業も、漁業も不振。だからこそ町興し映画というのが注目されている。それをボランティアでがんばる人たちがいる。なのに「撮影は見たいが、寄付はしたくない」というのは、意識がとても低いのだと思える。


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市や国が何もしない理由のひとつは、組織が大きいとなかなか動けないこと。或は新しいことに取り組むのがむずかしいこと。その辺は多くの人が理解しているだろう。なのに「市がやるべき」「国の仕事だ」というのは責任転嫁をしているだけ、目の前にある町の状況を見ないで済ませているだけ。現実逃避。だから、楽しそうな撮影は行きたい。でも、僅かな額でも寄付は嫌だといってしまう。

もし、本当に映画が効果がないと思うなら寄付をしなくてもいい。しかし、町をアピールしたい、観光客に来てほしいという思いがあれば、市民の1人1人が考えて行動しなければ、町はどんどん錆びれてしまう。子供たちが故郷に誇りを持てなくなってしまう。観光誘致だけではなく、映画を作ることで、故郷をスクリーンで見つめることで、どれだけ自分の故郷が素晴らしい場所であるか?にも気付く。

なのに、多くの人は千円、1万円くらいを寄付する余裕があっても何か理由をつけて断り、現実を見ないようにしていることが多い。以前にも書いたが、そこに日本人特有の思いがある。「誰かがやってくれるはずだ....」「自分には力がない。何もできない......」そんな考え方が自身を封じ込めている。だから個人も、町も変わることができない。

でも、多くの人は気付いていないが、小さな力を集めることで、どれだけ大きなことができるか? 市や国では出来ない大きなイベントだって可能なのだ。僕が映画撮影をした町の人たちというのは、まさにそれを証明している。その気になれば出来る。毎回、ご一緒する地元の皆さんと映画作りをしていると、本当にそれを実感する。今回はたった3人のおばちゃんたちの思いからスタートした。それが大企業並みのプロジェクトとなった。諦めてはいけない。小さな力を集めれば巨大な力になり町をも変えて行くのだ。



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友人が「明日にかける橋」のロケ地・袋井市を旅行したとの連絡! [地方映画の力!]

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旅行が趣味というサラリーマンの友人。男性40代。彼から以下のメールが来た。嬉しいものだ。ご紹介する。

『お久しぶりです。太田さんが「明日に架ける橋」を撮ったということで、ロケ地の袋井て何があるのかなぁ、と思い、web見てみたら、可睡斎のひな人形展示のページが出まして。このひな人形軍団見てえなあ、と思って行ってきました。

おひな様のあまりの数の多さとディスプレイのインパクトに、笑ってしまいましたが…。可睡斎は他にも見所が多くて、3時間くらいいました。あとはだんごやマドレーヌで美味いのがあって、袋井すげーっ!て感じを受けました。

太田さんが映画撮ってなかったら、全く知らなかった町です。素敵な街を教えてくれて感謝!でございます』

可睡斎とおひな様は映画の中でも登場。お楽しみに。6月30日(土)〜有楽町スバル座で東京先行公開。特報=>https://youtu.be/GQvGqBhNHaY


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映画の宣伝。応援といい間違った情報を発信する人たち。注意すると激怒。そんなケースを紹介。 [地方映画の力!]

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「明日にかける橋」東京先行ロードショーが6月30日スバル座と決り、多くの方がツイートしたり、Facebookで告知してくれている。本当にありがたい。「明日」は大企業資本の映画ではないので、テレビでCMを流したり、大きな新聞広告を出したりする余裕がない。多くの皆さんの力を借りて情報を拡散することで、映画の存在を知ってもらう方法しかない。

ただ、毎回のことだが、間違った情報を発信する人もいる。ご本人は映画の応援と思って多くのツイートしてくれるのだが、それらの情報が間違っていることがある。注意すると「細かいことで、うるせえなあ。応援してやってるんだから感謝しろ。もう応援するのは止め!」と激怒される方もいる。

しかし、間違った情報を流すと好意だったとしてもネガティブキャンペーン。映画の足を引っ張ることになる。事実ではない情報を別の人が拡散したりする。結果、多くの人が迷惑する。実はすでにこの数日も、そんなツイートを見ている。なので、その辺のことを今回は説明する。

「6月30日公開」が正解。公開というのはその日から最低2週間は上映するという意味。あとは観客動員次第。それを「6月30日に上映」と書くと、30日だけ。1日だけ上映するということ意味になる。それを見て「7月1日なら行けたのに30人だけか?残念」と映画を見るのを諦める人も出て来る。「公開」と「上映」は意味が違うのでご注意。

「全国公開は9月」と書いている人も見かけるが、「全国公開は秋」が正解。一度も9月という話は出ていない。「秋」=「9月」と思われたのだろう。決まっていないことを情報発信して、それを知らない人が読むと「9月ね!楽しみ」と思い込み。実際は10月とか11月になった場合。「9月になったのに公開しない?オクラ入り? 上映中止か?」と思う人も出てくる。

一時は「6月全国公開」と書いている人もいた。が、6月30日東京公開。全国は秋以降というのが正解。これも「東京は6月に上映しているのにウチの町はやってない。東京以外の上映は中止になったんだな」と興味を失うことがある。そんなふうに映画を応援してくれる人。或は関係者が間違った情報を流すことで、映画を楽しみにしている人たちが映画を見るチャンスを失うことがある。

厳しく言えばデスインフォメーションであり、偽情報の拡散である。悪意があるならとにかく、応援してくれる人がそれをするのは本当に悲しい。また、ネット社会なので、その間違った情報を信じてさらに拡散してしまう人もいる。映画館で上映が続いていても、「もう終わった」と発信されたり、6月公開なのに「9月公開」と発信されたら、やはり多くの人が映画を見るチャンスを失う。

ただ、そのご本人に間違いを伝えると素直に「あーそうですか?すみません」という場合と「細かいことでうるさいなあ。もう応援しない!」と激怒。その後、本当にネガティブキャンペーンを始める人もいる。なので、もし、その種の間違った情報を流している方がいたら、親しい友人や関係者から優しく注意して上げてほしい。よろしくお願いします。


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町おこしのための地域映画が成功しない理由ー映画が完成すると撮影に参加した人が、単なるお客様になってしまう現象? [地方映画の力!]

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映画は本当にお金がかかる。製作費だけでは十分でなく、地元の方が数多くボランティアで参加してくれる。或は市民俳優として出演。物を借りたり、建物を貸してもらったり、差し入れを頂いたり、情報を提供してもらったり。何百人もの応援を得て映画は完成する。

「私たちの街を舞台とした映画が出来た!」

と、皆、喜んでくれる。が、不思議なことに、撮影が終わると参加者の多くが、単なる観客になってしまう。「公開が楽しみだな〜」といって待つばかりとなる。「それでいいんじゃないの?」と思う人もいるだろう。

が、撮影のあとは「宣伝」という大事な仕事がある。なのに、多くの人は「撮影終了」=「完成」。自分たちが作った映画なのに「あとは、観るだけ〜」とお客様になってしまうのだ。

映画は宣伝し、多くの人に伝えないと映画を観に来てはもらえない。だから、ポスターを貼ったり。チラシを配ったり。前売り券を売ったりするのだが、地元の人は何もしなくなる。なぜか? 一般の人はこう思いがち。

「映画を作ればテレビが勝手に宣伝しくれて、新聞にも広告が載るだろ。だから、放っておいてもお客が来るんじゃないの?」

と無意識に思い込んでいるからだ。けど、テレビや新聞に広告が出るのは広告料を払うから。それには何千万も何億も必要。そんな余裕がないから、製作費を寄付で集め、ボランティで多くの市民に参加してもらった。巨額の宣伝費がないこと、分かりそうなのに........誰も、気付かない。説明してもピンと来ないようで、「今、忙しいから...」と言われる。撮影のときはあれほど、がんばってくれた人たちがそんな返事。そして以下のような会話となる。

「だって、広告会社がやってくれてるんだろー?(予算ないから雇えない!)」

「映画館が宣伝してくれるんだろー?(しません)」

「テレビが宣伝してくれるよね〜?(金を払わないとしてくれません)」

なのに最後は「映画の公開。楽しみにしています〜」で終わる。結局、お客様。動こうとする人はなかなかいない。最近はテレビ&映画業界については詳しい人が多いのに、なぜか「宣伝」に関して多くの人が「誰かが宣伝してくれるんじゃないの〜」と思い込んでいることが多い。だから、毎回、そこから説明して、宣伝活動に参加してもらうのだが、こんな人もいる。

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「映画ってのはいいものを作れば、口コミで広がってヒットすんだよ。宣伝するのは作品に自信がないからだ!」

だが、それも違う。映画館上映は最低2週間。事前に前売り券が売れてこそ、3週4週と伸びる。そのためには公開前から宣伝が必要。それを映画が公開されてからの口こみを待っていたら、客が来る前に上映は終了。口コミが広がるには、かなりの時間がかかる。

僕の友人が古里で撮影した映画も同様だった。その街の映画館で上映されるのに「いつから公開されるか?」をほとんどの人が知らない。地元の人が前売り券を売ってない。その結果、初日の映画館がガラガラ。数週間で上映打ち切り!

地元でヒットしない映画が東京で公開される訳もなく。あれほど、みんなががんばって、一致団結して作った映画が、一部の人だけが見ただけで終わる。参加者でさえこういう人が多い。

「え?いつ上映したの?知らなかった...」

宣伝しないから皆、上映を知らなかったのだ。あの大変な撮影は何だったのか? あの努力と奮闘は無意味だったのか? そんなことが地方映画ではよくある。何より自分たちの街の良さを全国にアピールするための映画なのに撮影だけ参加して「あとはよろしく〜」みたいな人が多い。だが、彼らが、いい加減ということではない。一般の人の多くは「宣伝」という認識がないからだ。

「誰かがやってくれるだろう。テレビで宣伝してくれるはず。映画館が告知してくれる」

と思い込んでいるのだ。自分たちが作った映画は自分たちで宣伝しなければ、誰も宣伝しないことが分からない。なのに実行委員や関係者が「映画公開、楽しみ〜」とネットで「いいね」を押するだけになってしまう。せっかく、みんなで作った映画が、そのために惨敗して2週間で終わり。他の街では上映されない映画もよくある。

宣伝というのは、撮影と同じくらいのエネルギーと労力が必要。そこで何もしなかったら、せっかくの映画が無駄になる。なのに地方ではそんなふうに宣伝の大切さを分かってもらえないことが多い。上映が終了し、何ヶ月かして「そーいえば、あの映画どうなったんですか?」といわれることもよくある。本当に悔しい....。

映画だけではない。日本人って大変な状況になっても、自分たちがとんでもない目に遭っても「誰かが何としてくれるだろう?」と思いがち。しかし、誰も何もしてくれない。自分たちが動かなければ何も変わらない。それに気付いていない人、多いのだ。悲しい...。


2015-05-20


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明日にかける橋ー地方映画が陥る問題を超え、東京公開は射程距離に! [地方映画の力!]

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近年、地方映画は数多く作られている。

市や県が予算を出したり、市民が寄付を集めて町をアピールするために映画を作る。そうやって地元の魅力を全国に紹介。観光誘致する。ただ、何度も書いたがそのほとんどが失敗している。

完成したものは映画ではなく、長めの地元紹介映像になっているからだ。映画は物語がありドキドキハラハラして笑ったり泣いたりする内容だからこそ、人は映画館に行く。なのに物語はおまけのようなもので、ほとんどが地元の観光地や歴史紹介ばかり。そんな映画を人は観たいとは思わない。

地元の人たちはそこを勘違い。

映画の中で地元を宣伝することがPRだと考えてしまう。それは映画ではなくPR映画。アンテナショップで上映すべきもの。それを映画館で入場料を取って見せようというのだから、映画館側も上映を断る。地元の人たちが劇場側に頼み込み、お金を払いレイトショーされることもあるが、観に来るのは地元関係者ばかり。結果、地元PRにはならない。

「我が故郷は素晴らしい」

「***が名産品だ」と映画の中で地元愛を歌うほどに、他県の観客。特に東京の人たちは冷めてしまい、映画を観てくれない。分かりやすくいうと、テレビドラマを観るのはドラマを観るのだ。間に入るコマーシャルを観るためではない。それを地方映画の多くはドラマを少しにして、コマーシャルを長くして「みなさん。観てください!」といっているのである。それでは多くの人が観てくれないのは当然。

そんなことが多い中、今回の「明日にかける橋」は陥りがちな問題を乗り越えて、東京公開が決まりそうだ。昨年末の完成披露試写会でもロケ地以外の人たちが多く訪れ「感動した」「泣けた」「ドキドキした」とかなり評価が高い。「どーせ、地元のPR映画だろ?」と思っていた近隣のある方も「全然違って、凄くよかった」と評価してくれた。

通常の商業映画と同じで、

物語を楽しむことができる作品だかこそ、東京の映画館も上映することを同意してくれた。ここまで来れたのはやはり、地元実行委員会の方々が映画作りをイチから勉強。「PR映画にしてはいけない」「観光地や歴史の紹介。地元名産物のアピールを映画の中ですることが実はマイナス!」と感じて、製作サイドにそれを押し付けず、本来の映画のあり方を理解してくれたことが大きい。

今回はそれを超えて商業映画と肩を並べて戦える作品となっている。さて、地方映画が犯す第二の失敗。それがこれからの課題だ。いかに宣伝して映画の存在をアピールするか?だ。多くの地元関係者は映画が完成すると「終わった!終わった!」と何もしなくなり、観客になってしまう。だが、本当の戦いはこれから。映画を他県の人たちに観てもらってこそ、地元アピールになるのに、日常に戻ってしまう。

多くが無意識に映画館が上映して、宣伝してくれるだろうと考えるのだ。しかし、映画館は上映するだけ。宣伝はしない。配給会社が宣伝をするが、通常の商業映画は宣伝に数千万から1億単位をかける。地方映画にそんな予算はない。では、どうするか?それが大きな壁となる。次回はその辺の方法論も紹介して行きたい。


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地方映画の力ー僕の作品は他の地方映画と違うメリットがある? [地方映画の力!]

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地方映画は我が故郷をアピールすることが目的で作られることが多い。そして映画館で公開される前から地元の宣伝になる。制作発表や宣伝段階でも街がPRされることは前回書いた。出演俳優が番組やブログでロケ地のことを伝えてくれる。映画サイトがその街で撮影が行われることをネットで発信してくれる。これだけで数百万から1000万近い宣伝費をかけるのと同じ効果なのだ。

どの地方映画でもそれは同じなのだが、僕の作品はさらに、もうひとつメリットがある。自分でいうのは何だが、僕自身が毎回、映画の企画時からブログとFacebook、そしてツイッターで情報発信をしていること。先の2つは毎回、準備段階、撮影、編集、宣伝、公開とその全てを日記形式で綴る。このFacebookでも今回の「明日にかける橋」のことを何百回も書いている。

もちろん、多くの人に映画を知ってもらい、観てもらうための宣伝の一環だが、そのことによって「袋井って街で太田監督は新作を撮るのかあ〜」「磐田ってとこでもロケするらしいなあ。あのサッカーのジュビロ磐田の磐田?」「森町ってとこは監督が好きな古い風景が多いなあ。どこにあるんだろう?」と読者は感じる。

これは映画の宣伝と同時に町のアピールにもつながる。僕のFacebook「友達」やブログの読者はロケ地の町を覚え、関心を持ってくれる。「映画を観る前に一度、その町に行ってみようか?」「撮影でボランティアを募集しているなあ。応募しよう」「市民俳優オーディションが地元であるのか!いいなあ」と町に来てくれたりもする。だから毎回、全国から応募やボランティア、市民俳優がやってくる。

「ただ、監督がブログを書くのは当然だろ?」という人もいるだろう。いや、当然ではない。ほとんどの監督は撮影日記を書かない。ブログで毎日連載なんてしない。本当は監督が情報発信することが一番、映画ファンは興味を示すのだけど、忙し過ぎて時間がないので、ほとんどの監督が制作日記のようなものを連載する余裕がない。たまに映画公開前に限定2週間とかでブログを書く監督もいるが、それですら極まれだ。

なのに何で僕がそんなことできるのか? は以前に何度も書いたが、僕は毎回7人分の仕事をする。そして映画制作以外の時間はなくてもいいと思っている。「たまにはパチンコ行きたいし」「旅行もしたい」「家族団らんも大切だし」とサラリーマンのようなことをいう監督もいるが、映画作りは戦い。人生を賭けた勝負。だから、プライベートがなくても良い映画を作ることの方が大事と僕は考える。

ま、動機は何でもいいが、ブログ、Facebookで僕が発信することで大きな宣伝になるのだから、やらない手はない。現在、Facebook友達は3297人。ブログは1日800件アクセス。これが公開前になると5000ー8000アクセスになる。Twitterは5000人くらいのフォロワーがいる。つまり、映画の情報が1万人を超える人たちに毎日発信できるのだ。これは大きい。

また、僕の映画を毎回応援してくれている著名人、文化人、俳優、歌手、政治家の方々もいる。その人たちがシェアやリツイートをしてくれるので、さらに情報は拡散される。全国に応援団ともいえる人たちもいて、僕が映画を撮ると熱烈応援してくれる。自分の店にポスターを貼ってくれたり、ブログで映画の感想を書いてくれたり、Twitterで上映する映画館を告知。上映時間までツイートしてくれるたりもする。

それらを含めると、これも数百万の対費用効果ーつまり、数百万円を使わずにして、それだけの宣伝効果が上がる。だから、なぜ、多くの監督はFacebookやブログで映画日記を連載しないのだろう?とも思うのだが、皆、映画の公開日を告知する程度で、企画時から日記を連載する人はほぼいない。

もちろん、そんなことをすれば、映画ファンからあれこれ質問が来て、答えないと「無視された!」「裏切られた!」と騒ぐ人もいる。1人に答えると次々に質問がくる。返事で1日2時間!邪魔にしかならない大きなお世話もあり、本当に大変なことになる(僕も一時期大変でFacebookを二度休止した)ただ、それでも宣伝になるのだが、やるべきだと思うのだが、そんな監督はほとんどいない。

その意味で僕が担当する映画は他とは違うメリットがあるといえる。「自画自賛?」と言われそうだが、それなりの効果があるので続けたい。もちろん、監督でなくても地元の方が情報発信をするのも大事。宣伝こそが、町のアピールに一番大きな力となる。地方映画の多くは何億もかけた企業映画のような宣伝費はないのだから、せめて無料のネットを使い情報発信することは大切なのだ。


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明日にかける橋ーこうして映画で街がPRされる!関係者が情報を発信してくれる? [地方映画の力!]

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前回は映画サイトにより街のPRができてしまうこと書いたが、映画サイトばかりではない。地元で映画を製作すると、いろんな形で地元ーわが町ーが全国にアピールされる。町のPRで大事なのは、まず町の名前を他県の人に覚えてもらうこと。それが第1歩だ。なのに多くの地方でPRをしたい人たちは、楽して大きな展開を望み失敗している。

もし、自分たちが動かずに大々的に町をPRしたければ億単位の宣伝費を用意するべき。でも、それは自治体や地元企業にはできない。だから、小さな努力を続けて、時間をかけ、町の情報を発信していくしかない。そんな中、地元で映画製作すればタダで情報発信ができる。その意味でいつも書くように「映画ができた!バンザーーイ」で解散してしまう地方映画というのは、本当にもったいない。

話を戻そう。地元映画が作られれば映画サイトだけでなく、多くの個人もネットを使い情報を発信する。まず、映画を作った地元実行委員の方々は宣伝や告知のためにFacebookやツイッターで映画のことを書く。友達は他の町や他県にもいる。いつもは個人として繋がっているが、友人が住む町に強い興味を持つことはない。だが、友人たちが町で映画を作ったとなると「へーーどんな映画だろう?」「どんなところで撮影したんだろう?」と興味を持つ。まず、ここで町に関心を持つ人が増える。

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撮影のために映画スタッフがやってくる。撮影がなければなければ一生くることのない町であることが多い。しかし、撮影で訪れ、美しい風景や立派なお寺。懐かしい木造住宅の街並みに触れる。「あーこんな素敵な町があったんだ!」と感動する。地元の食材を食べる。温泉に行く。地酒を飲む。地元の人たちと交流する。そんな彼らは撮影が終われば帰京。また、別の撮影に参加。そのときに、町の話をする。おいしかった食材のことを伝える。

懐かしい町を探している企画があれば「***市がまさにそれでしたよ。街の人たちもとても親切だし」とプロデュサーに話すだろう。「だったら、そこで撮影するか!」となり、新たな撮影チームがやってくる。さらなる宣伝になる。というふうに、スタッフからも町の魅力が拡散されていくのである。

撮影に参加するのはスタッフだけではない。我が太田組の場合は日本各地からボランティア・スタッフがやってくる。そんな彼らも町を体験する。美しい風景、素敵なお寺。彼らは町の名前を覚え、寺の名前も覚え、ブログを書き、***市ロケの映画の情報を発信する。彼らに300人のFacebook友達がいれば、その300人がロケ地***市の存在や魅力を知ることができる。


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ボランティアだけでなく、エキストラ、市民俳優という人たちもいる。「映画に出たい!」と他県からも大勢がやってくる。隣町の人でも、すぐ近くの町のことを知らないものだ。そんな人たちもロケ地の魅力を知ることになる。近隣なら「また、来よう!」と思う。ロケ地めぐりも週末にできてしまう。それをまたブログに書く。ここでも町の魅力が拡散される。

以上の流れだけで、映画に参加した地元の人、スタッフ、ボランティア、エキストラ、市民俳優たちがネットで情報を発信。あるいは口コミで町の魅力を伝えることで、何千人という人に町の名前、魅力が拡散されるのだ。もし、映画を作らなければスタッフも、ボランティアも、エキストラも、市民俳優もその町に来ることも関心を持つこともない。当然、Facebookやツイッターでその町のことを書くこともない。

地元の人が自分たちの町の魅力をFacebookで綴っても、関心を持ってくれるのはごく一部だろう。でも、「わが町で映画を作ります!ロケがありました!」というと、多くの人が「へーー」と思う。関心を持つ。つまり、映画を作るだけで、映画館で公開される前すでに、わが町の魅力が全国に発信されるのである。それもタダー無料で!

何千万円も払ってテレビで町のCMを流すのも宣伝。しかし、そんな広告料を払える地方はなかなかない。でも、映画を作れば、映画館公開前だけでも、かなりな宣伝が可能になる。だからこそ、多くの町が映画ロケ誘致のためにフィルム・コミッションを作ったり。自治体が制作費を捻出して地元映画を製作したりするのだ。でも、まだ、これだけではない。映画による地元の宣伝。次回もご紹介する。



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地元で映画を作ると、公開前から大きなPR効果がある?! [地方映画の力!]

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地元を舞台にした映画を作ると(作られると)多くのメリットがある話を何度も書いた。そんな1つを今回も紹介する。

僕が監督した「明日にかける橋」もそんな映画の1つ。静岡県の袋井市、磐田市、森町の市民が中心となり寄付で製作された映画。公開は今年の夏ー秋だが、すでに町PR効果がスタートしている。下記をクリックすると「映画.com」という映画紹介のサイトに行く。日本最大の映画サイトで何十万人という人(何百万人?)が読んでいる。そこに「明日にかける橋」の紹介記事が出た。以下のような文章が並ぶ。

「全国的にも最大級の規模を誇る静岡県の袋井花火大会を舞台にした作品」

「8月11日にクランクインし、8月末まで同県袋井市、磐田市、森町で撮影される」

ちゃんと町のことが紹介されている。これを「ただ、町名が出ただけじゃん。こんなことじゃPRにならないよ」と言う人もいるだろう。それがまさに素人考え、雑誌やテレビ、新聞、そしてネットの大手サイトでどんな形であろうが紹介されるということは、もの凄いことなのだ。

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情報発信というのはお金がかかるもの。新聞広告で小さな記事を出しても何十万何百万だ。だが、記事になれば広告料を払わずに宣伝してもらうのと同じ。 何より記事というのは、お金を出しても書いてもらえるものではない。(だから、記事風の広告が多い)広告は読み飛ばしても記事なら読者が読むからだ。つまり広告より効果がある。

そんな記事として「全国的にも最大規模を誇る静岡県の袋井花火大会」と書かれている。これを何十万人もが読む。「へーーそんな花火大会があるんだ」「知らなかったなあ」となる。この記事が掲載され読むことで、花火大会が大いにアピールされるのだ。袋井の花火大会は大規模で本当に凄いが、都会ではほとんどの人が残念ながら知らない。また、その手の雑誌で紹介されることは少なく知名度が低い。だが、この記事を読み「じゃあ、来年の袋井花火に行ってみよう」と言う人も数多く出るはずだ。

これがPRなのだ。さらに「同県袋井市、磐田市、森町で撮影される」町の名前が紹介される。オリンピックや国体。万国博でも***市でいつから開催と報道される。札幌の雪祭も、毎年ニュースで開催が報道される。そんなことで町の名前がアピール。多くの人たちがそれを覚える。そして興味を持つ。観光で訪れる。そんな機会がないと人は自分が住んでもいない町を知ろうとはしない。また、大イベントがあるのはやはり大きな町だ。だから小さな地方はアピールしない。


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それが映画製作を行なったことで、日本最大の映画サイトが「袋井市、磐田市、森町で撮影される」と記事を出し発信したのだ。磐田市はジュビロ磐田で有名だが、残念ながら袋井、森を知る県外の人は多くはない。でも、こうして記事に出れば「どんな町だろう?』と思う。名前を記憶が片隅に残る。そんなことの積み重ねで、何かの機会に「あーー袋井って聞いたことある。何だっけ? あー映画のロケ地ねえ。それがこの町か!」と結びつき、町の名前を覚え関心を持つ。

PRとはそういうもの。ゴールデンタイムにCMでバンバン、町の宣伝をすることだけがPRではない。おまけに、それだと何十億円も広告料を取られる。それが映画のロケがあれば、広告料を払わなくても、こうして日本最大の映画サイトで紹介され、何十万人もの読者が町の名前を知る機会が生まれるのだ。こんな美味しい話はない。

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もちろん、これで十分という訳ではない。広告というのは一度発信して終わりではなく、繰り返し発信しないと多くの人は情報を受け止めない。その意味で映画は強い。以下の記事は「製作発表」時。撮影前だ。そのあと、撮影終了時には地元新聞の記事になったし、完成披露試写会は地元テレビが報道。このあとは東京公開、全国公開とそのたびにマスコミは注目する。テレビや新聞、雑誌、ネットで映画が紹介されるたびに、ロケ地である町がクローズアップされる。

もし広告としておなじ分量をメディアに発注していたら数千万円になる(それを対費用効果という)映画を製作したことで、全てタダでマスコミが発信してくれる。もちろん、より多くのメディアに発信してもらためには、それなりの戦略が必要だが、町でロケされること。あるいは町で映画を製作することは、そんなふうに大きなPR効果がある。もちろん、映画を観た人は「素敵な町だなあ。一度行ってみたい!」と思うのだが、映画が公開される前段階で、これだけの効果があること。意外に気付かないものだ。凄いでしょう?

こちら=>http://eiga.com/news/20170719/4/




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多くの人がレトロな懐かしい街に興味を持ち、訪れたいと思っている=だから映画による故郷PRは効果大?! [地方映画の力!]

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先にレトロな街がブームと書いたが、近所の喫茶店でまさにそんな特集の雑誌を見つけた。多くの人がレトロな懐かしい街に興味を持ち、訪れたいと思っているということ。

この雑誌で紹介されている街街に負けない魅力が「明日にかける橋」のロケ地にはある。が、悔しいがこの手の雑誌も有名な街ばかり紹介。明日ーロケ地はレトロ街マップのページにも紹介されていない。「明日にかける橋」がヒットすれば、この手の雑誌編集者も興味を持ち、特集を組むはずだ。映画の効果はそんな風に広がる。


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